第二章/傘
わかりにくいところ、アドバイス等があったら教えてください。
できる限りなおします!
〜傘〜
傘がゆれる。
水しぶきをあげて、くるくると傘を回していた。
保志はそんな女の子を見た。
まだ小学生か、幼稚園くらいの幼い子供だった。
前歯が二本ともなかった。
そろそろ永久歯に変わるのだろう。
にこにこしていて、無邪気で、苦しみなんて言葉は不似合いな、そんな少女だった。
「ほう、おまえはあんなのがタイプか」
隣で自称、熱血野球部(馬鹿)がからかうように言った。
保志は肩をすくめただけで、無視した。
幾分緊張しているのか、嵩太はよくしゃべった。
「駅にいるんだよ。駅のコンビニでバイトしてるんだ。彼女」
「いつ出会ったんだ?」
「昨日だよ。日曜日。んで、その子は月、水、日曜日の五時から、バイトしてんだって」
「早いな。情報集めんの」
「まあ、立ち聞きさ」
「・・・・・・盗み聞きだろ?」
ははっと、笑うと、嵩太は深呼吸した。
まったく、告白するわけでもないのに、おかしなやつだ、と思いながら、実際は保志も少し緊張していた。
嵩太の高ぶる感情が、念が、強くこちらにもやってきたにちがいない。
深呼吸する。
つんとした空気が心地よく肺にたまった。
においがする。
雨のにおいがする。
ほこりが雨に染みて、地上に浮かんでくるように。
雨の、においがする。
独特の、においが。
心なしか、手が震えてきた。
喉の奥が震える。
声を出せば、かなり頼りないものなんだろうな、と遠くで考え、意識を飛ばそうとした。
(なんでこんなに怖いんだろう。なんでだ・・・・・・)
苦手意識をもつからだ、と自分に言い聞かせてみても、やはり震えのようなものは止まらなかった。
(もう克服したはずなのに・・・・・・)
少し感情をゆるめるだけで、それだけで『恐怖』が頭をもたげてくるのだ。
なにか、ほかのことを考えなくてはいけないだろうとわかってはいるが、なにも思い浮かばなかった。
雨が怖い、なんて。
男のくせに。
もう、高校生だ。
なのに、どうしてだろう。
不安のような憎悪のような、暗く、沈んだ気持ちがおさまらない。
(やっぱり、雨なんて大きらいだ・・・・・・)
保志は深呼吸を何回かし、やっと平常心を取り戻した。
「なにふてくされた顔してんだよ。泣きそう」
ぎょっとして、保志は我に返った。
隣に嵩太がいるなんて、忘れてしまっていた。
きっととんでもなく情けない顔をしていたにちがいない。
あわてて保志は顔をそむけると、荒々しく歩きはじめた。
「待てよ」
からからと笑いながら嵩太が追ってくる。
ばしゃ、ばしゃ、と、水たまりを平気で踏んで。
「・・・・・・はねるじゃないか」
「え?」
「水。服につくだろ。泥とか。汚れるし」
「あ、悪ぃ」
冷めた目で、保志は嵩太を見た。
先ほどの仕返しのつもりだったのに、嵩太は気にすることなく、並んで歩く。
(まったく、ため息の多い日々だ)
首をすくめ、保志はひとり機嫌をよくしてかすかに笑みをつくった。
隣の相棒の勇士を見届けるのも、悪くない。
雨だって、なんだって、きっと些細な感情でどうにでもなるんだ。
(それに、今はそれほど怖くない)
ようは、意識のもっていき方なのだ。
どう意識し、感じるか。
コントロールできれば、心配することもない。
確かに、自分は異常なほど雨に恐怖心を抱いている。
しかし、どうにかなるだろう、と思うことにした。
人には人それぞれの怖いものがある。
それは自分にしかわからない感情ではないだろうか。
ならば、精一杯、そういう感情と向き合えばいいではないか。
保志は小さくガッツをつくり、嵩太の背中をばんとたたいた。
「がんばれ、熱血ヤロー」
「お、おう!」
コンビニが見えてきた。
嵩太の眼が倍に大きく見開かれた。
保志はがんばれ、をもう一度心のなかでややさくと、そのまま静かに歩を止めた。
嵩太は吸い込まれるように、コンビニに入っていった。
保志はしばらく突っ立っていたが、やがてこっそりと嵩太のあとを追った。
好奇心が膨らんだのだ。
なにかいたずらをするまえのわくわく感がとめどなく襲ってくる。
「いらっしゃいませー」
にこにこっと、女性店員が言った。
店には三人の店員と客は数人まばらにいた。
坊主頭はすぐに見つかった。
ペットボトルの商品をきれいに並べている女性の近くで、なにかもたもたしている坊主頭。
嵩太の心を射止めた女性は、茶色のふわりとした髪、白い肌、くりくりした目をしており、かなりの美女だった。
これなら、彼氏がいたっておかしくはない。
「ドンマイ、嵩太」と、ひそかに思いながら、それでもまだ可能性を信じたい保志であった。
女性のその後姿は、とてもきれいだった。
スタイルもなかなかいい。
しばらくどきどきしながら見張っていたが、嵩太はもたもたしているばかりで、一向に行動を起こそうとしない。
少々いらいらし、保志は目頭を押さえた。
どうしたものかと思考をめぐらせていると、ドンっとうしろからかなり強くぶつかられてしまった。
「ぎゃ」
うしろでおせじにもかわいいとは言えない悲鳴がした。
「わ、す、すいませんっ」
「あ、うん。いえ・・・・・・」
ぺこっと頭をさげると、ぶつかってきた人物はかなりあわてたようすで保志のまえを通り過ぎた。
それから今度は雨にぬれた靴でかけたものだから、そのせいで転びそうになっていた。
笑いをこらえ、保志はコンビニを出た。
なんとなく、流れで出てしまった。
出てしまってから、しまったと思った。
これでは嵩太の行く末を見守ることができないではないか。
もう一度入る勇気もなく、小ぶりになった雨を傘でさえぎりながら、立って待つことにした。
そういえば、ぶつかった少女は傘を持っていなかった。
(かなりあわててたしな・・・・・・)
ふう、と軽く息を吐き、ほうけていると、目の前にしょんぼりした顔が出てきた。
嵩太だった。
「な、なな、なんだよ。おまえ、いつの間に・・・・・・」
「無理だ!声もかけらんねぇ」
がっくしと肩を落とし、嵩太は傘もささずに歩き出す始末だ。
「ばか!まだ時間あるだろ?なにかしろよ、男なんだし」
いくら言っても、嵩太は聞こうとしなかった。
(あ〜あ。おれのせいか?おれのせいなのか?)
保志はしばらく並んで歩いていたが、やがて自分でも驚く行動に出た。
引き返し、コンビニへ走ったのだ。
遠くで嵩太の呼ぶ声がしたが、かまわなかった。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ると、保志はきょろきょろとあたりを見渡した。
商品を並び終えた嵩太のあこがれの女性は、レジにつこうとしていた。
「あのっ・・・・・・すいません」
保志は声をかけた。
夢中だった。
「なんですか?」
「あの、メアド教えてくれませんか?」
きょとん、として、女性は保志を見つめた。
そこで、やっと保志は恥ずかしさを思い出した。
赤面し、言い訳を考えた。
「あ、いや、おれではなくて・・・・・・その、友達が。すいません」
失敗した、そう思った次の瞬間、にこっと笑って、彼女はメモ帳にさらさらとアドレスを走り書きした。
「片倉千佳子です。どうぞ。お友達にわたして?」
「ありがとうございます」
千佳子はふふっと笑って言った。
「あの、失礼だけど、お友達ってもしかしてさっきここにいた、野球部みたいな人かな」
(バレてたのか・・・・・・)
保志は決まり悪そうに苦笑し、千佳子からアドレスの書かれた紙を受け取った。
「まあ、そうです。知ってたんですか?」
「いいえ。ただ、好みのタイプだったから、その人だったらいいなあ、と思っちゃって」
笑顔でそう言うと、彼女は仕事に戻った。
やるせなさを半ば覚えて、しかし保志は相棒のために、雨のなか、再度走り出した。
(これを持ってってやれば、あいつもよろこぶんだろうな・・・・・・)
そんなことを考えながら、保志はポケットに入れた紙をさすった。
にかっと笑顔の坊主頭の顔が浮かんでくる。
なにかいいことをしたような気になり、保志は気分よく雨にぬれた。
ばしゃばしゃと、水たまりを踏みながら。




