No9 『不倶戴天(ウラヌイ)』
遅くなり申し訳ありません!!
今話はフルバトルです!
バレンタインの日に投稿っていいですね! 機会があればイベントにちなんだ小説を書きたいです。
メリル工場:倒壊層
両手から巻き起こる風は、捩れた枝のごとく、ツバトの体に突き刺さる。強風が小さな穴から一点に排出されるような、鋭い攻撃がツバトを襲ったのだ。
「うぐう!!」
幸い、身に着けた防具が風を防いだが、それでも防具越しに威力がツバトに伝わり、苦痛が漏れる。あまりの威力に防具の損傷も酷く、その抉られたかのような傷が悍ましく残っている。
ツバトは体勢を取ろうとするが、翡翠の少女は攻撃のモーションに入っている。彼女は再び、両手を後ろに反らしていた。
(来る!)
ツバトは本能に従い、後方に飛んだ。
翡翠の少女は反った両手を前に突き出し、風を放出させる。
破壊されたガレキをさらに分解するような攻撃。ツバトは直撃は避けたものの、あまりの風圧に飛ばされ、向こう側のガレキにぶち当たる。
そして、追撃とばかりに風の渦がガレキごとツバトに襲う。
その威力、規模、風の回転力はまさにサイクロンを思わせる。
「ああああああああああああああ!」
ツバトは夥しい風の渦を浴び、叫びながらも、両足に力を込め、踏みとどまっていた。
彼の目は勝負を捨てた目ではない。
闘う者、そう戦士の目をしていた。
だが、殺し合いに覚悟はいらない。
風の渦が晴れ、ツバトは翡翠の少女を視界に捉えた。
捉えられた少女は表情を乱さず落ち着いており、捉えた少年は驚愕した。
なぜならツバトの目に入ったのは、少女が石の槍を穿とうとする光景だった。
「死んでください」
ガレキを風で研磨した槍は、風を纏いながらツバトの首を切り裂きにいく。
間一髪、ツバトは首を動かして避ける。
槍は勢いのままツバトの肩上を通り、少女はツバトに隙を晒す。
(いける! この距離ならリーチの短い武器を持った僕が有利!)
「はああ!」
槍に纏う風は勢いを増し、ツバトを弾き出すように吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
左回転にかかった風はツバトを空中に放ることに成功した。
翡翠の少女は手元に槍を戻し、投擲の構えに入る。槍の末端に向かい風がロケットのブースターのように頻出している。
投擲する瞬間、恐らくこの工場に入って初めて、翡翠の少女は顔に歪みを見せた。
「くぅ!」
少女の右肩の関節にはナイフが刺さっていた。
休むことのない連続攻撃に意識が朦朧とするなか、ツバトは少女よりも先に自身の得物を投擲することに成功させた。
地に落ちたツバトは瞬時に翡翠の少女目掛けて駆ける。
恐らく、これが最初で最後のチャンス。
「ハアアアアアアアアアアアアアアァ!!!」
短剣暗殺術-『不倶戴天』。
この技はツバトにとって奥の手であるが、切り札ではない。
ツバトは、切り札で勝負するには相手との実力が離れすぎていることを、第7階層の侵入のデータから知っていたため、一か八かの奥の手で勝負する方が勝算は高いと思った。
そして、この『不倶戴天』が暗殺術において邪道な技であることも理由の一つである。
本来、暗殺術とは敵にばれることなく殺す、いわば闇に隠れる隠者の技であり、翡翠の少女がツバトを認識した時点で暗殺術は失敗している。
だが、『不倶戴天』は例外である。
ぐきいいっ!
ツバトの拳が鈍い音を立てながら翡翠の少女の腹にめり込む。
「っかはっ」
翡翠の少女が反撃に出ようとするも、ツバトの膝蹴りを肩に食らい、構えを取れない。
ここにきて長物の槍が邪魔になる。手放そうと指を開こうとする前に次の攻撃が迫る。
そこから頭突き、蹴り上げ、倒立からの踵落としが、少女をやすりで削りおとすように続く。
「くふっ!」
拳を持ち上げるように放たれた重い一撃は、少女の体は弛緩させた。
このままではまずいと考えた少女は距離を取るために、旋風を巻き起こす。
自身も巻き込むこの風には殺傷能力はない。しかし、数メートルであるが、黒髪の少年との距離は取れたのは大きい。
遠距離からの攻撃において翡翠の少女の独壇場。
彼女の考えは誰から見ても正解である。
「なっ!」
だからこそ、ツバトにもその正解を読むことが出来た。
旋風を突き破り、風の残滓を纏いながら少女に迫る。
超近接格闘術。
二度の轍は踏まない。翡翠の少女は、四肢のあらゆるところに風を装填させる。
(一撃目は受けるかもしれません。しかし、二撃目は受けない! くらった瞬間に装填された12の風を全てを開放します!)
コンマ二秒という咄嗟の時間で翡翠の少女は、活路を導き出した。その早い思考スピードと的確な答えを算出することから、彼女はこれまでどのような修羅場を潜り抜けてきたのかが分かる。
装填された風がエンジン音を響かせるように荒ぶりを見せる。
黒髪の少年と翡翠の少女の零距離まで、あと一メートル。
このとき、翡翠の少女は己の、肉を切らせて骨を断つような戦術だったとしても、勝利を確信していただろう。
しかし、やはり、あまりにもコンマ二秒は短かった。
「っっっっ!」
右わき腹から激痛が走った。まるで炎の蛇が皮膚を食い破り体内でもがくような、焼き付くような痛みだ。思わず手で抑えると妙に生暖かった。
ズブリ、と赤い液体が自分の足元に垂れているのが分かる。
「…………」
呆然と赤い水たまりを見る。このときの私の目は精気を失っていただろう。
切口から流れる血が、自慢のセーラー服に染みている。これは落とすのに苦労しそうです。
感傷に浸っていたせいで気が付かなかったのか、いつのまにか装填した風は全て無散している。血を流しすぎてしまいましたか。
私は、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには黒髪の少年が立っていた。右手には一振りの赤いナイフがある。いや、あの赤色は私の血の色だ。ナイフの先端からゆっくりと雫が落ちているのをみて分かった。
「そうですね、あのときの倒立でしょう」
思えば、踵落としからの倒立はかなり無理がある。よほど練習しないとあそこまでスムーズにはいかない。きっとナイフを投擲した時点で、技の組み合わせは決まっていたのですね。
倒立で拾ったナイフを袖などに隠し、私が距離を取るために放出した旋風を突き破り、通り抜けるようにして私の腹をナイフで切った。
その、一撃。
今までの連撃は、必殺の一撃に繋げるための布石。
すがすがしい負け方です。
ですが、私は、それでも。
「死ぬのは、いや、です……」
この言葉を最後に、そして黒髪の少年の後ろ姿という光景を最後に、私は気を失った。
連撃から暗殺への高速切り替えし術――『不倶戴天』により侵入者一名撃破。
メリル工場侵入者、現在確認数、1名。
2名撃破、及び1名確認不能。
次話投稿もけっこうかかりそうです。申し訳なく思っています。
ここ、最近小説を書く苦しさを味わっています。
やはり、根性いりますね。