No6 黒髪と研究者の逃走
投稿を遅れてしまった私を、どうか許してください。
それでは、どうぞ。
メリル工場第29階層、大通路
赤いバンダナを右腕に巻いた黒髪の少年は、メリル工場の女性研究者を背負って走っていた。
目指すのは、外まで通じる転送魔方陣。
「ちょっと! もう少し速く走れないの!」
「無茶言わないでください!」
二人の背後には何体もの霊体鬼が追ってきていた。
「あなたがもう少し速く走れば他の冒険者たちとも合流して逃げることができたのに!」
「しょうがないでしょう! 僕もこれが精いっぱいです!」
「男の子でしょ! はい、ガンバレ!」
「そんなこと言われても、おおおおおお!」
前方に突如、壁をすり抜けてきた霊体鬼が凶爪を振るう。間一髪屈むことで避けれたが、もし遅れれば女性ごとツバトを貫通していただろう。
「「ぎゃあああああああああああ!!!!」」
「いや、そこは、きゃあああああ! 、と言って欲しかったです」
「言っとる場合か! もっと早く走りなさい!」
「ほおっぺひひゃらないでくだひゃい(ほっぺ引っ張らないでください)」
前方の霊体鬼を蹴り飛ばし、逃走する。
霊体鬼の歩行速度は速くないが、彼らは仲間を呼び、獲物を集団で喰らう習性を持つ。そのため、壁や床から霊体鬼による奇襲が来る。
階層となっているメリル工場は彼らにとって狩場でしかないだろう。
ツバトはそのことを理解していたが、それを打倒する手が浮かばない。
戦うにも背中には一般人がいる。
ここは、ただ逃げるしかない。
「あの道、曲がって!」
「はい⁉」
女性の唐突な指示に従い、思わず道を曲がってしまった。
「なんで曲がるんですか⁉」
「その道の先に実験室があるわ。そこには戦闘にも使えた小型装置があるはずよ」
「装置ですか?」
「そう、その名も『音響解析装置』。本来、魔物の体内構造を解析する装置だけど、小型から大型の魔物まで音量を変えることができたはずよ。
使いようによって兵器にもなるけど、研究者である私が使うことには、問題なく許可認識されるわ」
「その『音響解析装置』をどうするんですか?」
あなたバカ、と言いながら女性研究者が話を続ける。
「霊体鬼の本体はあのミカゲイシなんでしょう? だったら『音響解析装置』でミカゲイシだけを破壊すればいいのよ。強い音響は振動でものを破壊することもできるわ」
「それって僕らにもダメージが来るのでは⁉」
「安心して。『音響解析装置』には音響範囲を操作する音響収束機能があるわ。それを使えば、私たちの前方にだけ音を放つことができる。
ほら、あそこの部屋が実験室よ」
扉の前に行き、女性がツバトの背中越しに扉に手を付ける。
扉は、認証されました、という機械声とともに開いていく。
中には実験に使う装置や機器に溢れていた。壁にはなんらかの構図が書かれた紙が何枚も貼られている。
「じゃあ、探すわよ」
もう大丈夫よ、と女性はツバトの背中から降りて目的物を探す。
ツバトもそれらしきものを探すが、難しいそうな機器が並んでおり、どれが目的物なのか全く分からない。
探している途中、四角い小さな板が盤に羅列していた。そのうち一つのスイッチが赤く点滅している。
ためらいながらも、点滅するスイッチを押してみる。
「うわっ!」
ヴンッ、と音ともに水色の長方形の板らしきものが空中に出現した。
「見つかったわ! ってあなた何しているの?」
「いや、これはっ!」
ヤバイものでも押してしまったのかとツバトは顔を青くする。女性は、ああ、と何でもない風に口を開く。
「これはメリル工場の図面よ。侵入者の位置を知らせ、鉢合わせないための逃走ルートを作るものね。ほら、赤い点滅する点が侵入者で、オレンジ色の点が魔物。緑色の線が逃走ルートのはずなんだけど、線が出てないってことは安全に逃走できるルートはないってことね」
目の前に広がる水色の長方形の解説に、ツバトは「ほおー」と感嘆した。注視していると、ツバトはあることに気が付いた。
「あれ、あそこオレンジ色の点、密集していませんか?」
「あそこは第26層の転送魔方陣があるわ。もしかしたら、あそこから霊体鬼が侵入しているかもしれないわね」
「第26階層にですか?」
「ええ」
ここで第26階層に赴き転送魔方陣を閉じれば、これ以上霊体鬼が侵入してくることはない。しかし、民間人の保護を優先しなければならない。ツバトは結果的に霊体鬼の侵入を許してしまうことに悔しむ。
しかし、それは女性も同じように感じていた。
「第26階層の転送魔方陣を止めに行きましょう」
「だ、だめですよ!」
女性の予想外の言葉に驚き、ツバトは言葉をうまく言えなかった。
「危険なのは分かるわ。けど、これ以上霊体鬼が増えるのも他の研究者を危険に晒してしまう。私たちも襲われる可能性も上がるわ。どっちみち、外につながる転送魔方陣は第20階層にあるから、26階層は通らなきゃいけない。
だったら、そこの転送魔方陣を塞ぐべきよ」
それに私にも武器があるし、と女性は『音響解析装置』である大型の銃を両手に抱えて見せる。
「それよりも、あなたの相棒大丈夫なの」
「えっ?」
「私たちは第34階層、B34研究工場からここまで来たわ。赤い点もそこに点滅している。つまり、今あそこで侵入者と戦っているのはあなたの相棒かもしれないわよ」
「大丈夫です」
女性の気遣いはツバトに不安を与えるものだったが、当の少年は何の躊躇いもなく大丈夫だと言い切った。
「ウーネルさんは僕の師匠ですから」
◇ ◇ ◇ ◇
同時刻、メリル工場第34階層、B34研究工場
冒険者ウーネルと山羊の角を生やした男は戦っていた。
大剣と打撃は火花を散らすまでの速度でぶつかり合っていた。
次回は、冒険者ウーネルと山羊男(頭に山羊の角を生やした人間)の戦いです!
転生者が異世界に何を残したのか? そして、カルパル・デュオとは何者なのか?
うまくまとめあげれれば幸いです。