No26 赤くパンクな研究者
赤いパンクなワンピースの女性、パンキーナさんに助けられた僕たちは、彼女の研究所に連れられた。
大理石のような白く大きな長方形の岩を掘り起こしてできた空間に、メリル薬品工場でも見たことがない、柔らかそうな機器がところ狭しと並んでいる。
「なんだ、これ?」
キトラテスはじー、と黄緑色の機器の一つを見ながら言った
へぶちっ。
「うわっ、汚ねっ!」
くしゃみをした黄緑色の機器にキトラテスは驚いて仰け反り、その勢いで地面に尻を着ける。黄緑色の機器はキトラテスに意を介しないまま、鼻をすするような音を出し、いびきのような音を出す。
よく見たら、斑点のような黒い目があるが、口と思わしき部分はなかった。他に機器も観察すると目のような部分はあるが、耳や鼻、口といった器官がなかった。
「ハハハ、驚いたかな」
パンキーナさんは笑いながら、僕にビンのドリンクを手渡し、キトラテスに手を差し伸べる。
「大丈夫かい?」
「ああ、驚いただけだ。しっかし、なんだこれ? 生きてんのか?」
「ああ、生きてるよ」
パンキーナは白く小さな機器を手に乗せて言う。
「彼らは霊己分裂の原理の研究に使っている実験体だ」」
「実験体ですか?」
「そうだ。私は彼らのぶよぶよした形状から<スライム>と呼んでいる。まあ、今ではその役目も終え、機器として使いやすいように改造を加えたがな」
再利用だと笑って言う。冒険者と研究者の気質の違いなのか、どうにも共感できない。
パンキーナさんは誇らしげに白い<スライム>を手で弄りながら、語り始める。
「霊気分裂し霊己精霊となった彼らは動物のように生きるもの、大自然の一部のように漂うもの、空流にのり世界を回るものと、その本能に近い行動をとる。
その習性からか、他大陸では彼らのことを世界の循環を司る精霊と崇められている」
精霊。
そこ言葉は僕の元いた世界でも存在しており、魔力を世界に循環させる役割を担っていると言われているが、過去に精霊に会ったという記述はなく、伝承だけが残っている。
「あ、あの赤い猫」
「ああ。あれのことか」
僕の思い出した赤い猫にパンキーナさんは思い当たることがあるらしく、様々な色の機器が密集している中から、何かを取り出した。
「にゃあー」
「あ、猫」
「どこからか迷い込んできて、家に入って来たんだ。恐らく、さっきの地震の影響で『失楽園』まで隙間が出来たのだろう」
「にゃー」
猫は頷き、一声鳴く。
「この赤い猫って、もしかして精霊ですか?」
どうにも人間らしいというか、猫にしては知性が高い。
僕の言葉にパンキーナさんは「ああ」と言いながら、詳細を話す。
「恐らくなんらかの霊己武記が霊己分裂した精霊だろう。まあ、その原因は大体つくがな」
「なんですか?」
「霊己武記の所有者の死亡だ。武勇を作りたい、金銀財宝を掴みたい、単純に死にたくないというのもあるが、そんな死にきれなかった霊己武記所有者が死んだあと、その意思を汲み取って精霊は霊己分裂するんだ。
まあ、一年もすればその思いも摩耗して野生へと戻るんだけどね」
パンキーナさんは悲しそうな眼をしながら赤い猫の毛並みを愛おしくなでる。
「ここにいる<スライム>もそうだ。ダンジョン攻略を専門とする一ギルドが夢半ば全滅し、精霊だけが残った。
ギルドの意志を汲み取ったのか、全員が<スライム>だったのは驚いたよ。」
彼女の言いたいことは、なんとなくだが判った。
精霊が動物を模した姿をしている理由は人間の動物としての本能によるものだ。だからこそ、色は違えど複数の<スライム>の精霊が存在していたことに驚いた。
「もしかして、その色違いの理由はダンジョン攻略の役割を現しているのですか?」
「それは、あれか? 壁役や魔法職、戦場を分析する司令塔のことを言っているのか?」
僕の言葉にキトラテスが反応した。パンキーナさんは僕の言葉に驚いた表情を出し、新しい玩具を見つけたようなキラキラした目を向けながら近づく。
「へえ~、私もその発想に至るまで二カ月はかかったというのに、君は見事な着眼点を見せる。実に興味深い」
「近いですよ、パンキーナさん!」
遠くて気が付かなかったワンピースの裂け目から見える肌色は魅惑的で、近くで見る赤と肌色のコントラストに顔が赤くなってしまう。僕の心情に気づいたパンキーナさんは微笑し、軽く謝りながら離れた。
「ツバトと言ったかね、君の言う通りだ。彼らの色違いはギルドの役割に反映している。赤色は攻撃担当、黄色は壁役担当、緑色は補助役担当、青色は回復担当といった具合だ。
そして、司令塔が白色。最も大きく膨らんでいて白鬚を生やしているあの赤色の<スライム>がギルドマスターだと私は思っている」
そう言ってパンキーナが指さした<スライム>は白くて立派な髭を生やしていた。瞳も他の<スライム>と比べ、大きくはっきりとしている。ギルドマスターらしき<スライム>はこちらを一瞥して、興味をなくしてのかそっぽを向いた。
キトラテスはギルドマスターらしき<スライム>の態度が勘に触ったらしく舌打ちをした。
「なんだ、あいつ生意気だな」
「あまり、そのようなことを言うな。彼はあの姿で私たちよりも年上だし、戦いの経験も豊富だ」
「あ? なんでそんなことが判るんだよ。ギルドマスターだからか?」
「それもあるが、大きな理由は彼が髭を生やしているからだ。あのように自分の髭を誇らしげに見せる人間が若者だと思うか。少なくとも年配であることは間違いない」
へえ~、とキトラテスは興味深げに先ほどの<スライム>を眺める。
「なあ、ガキ。俺はちょっと、あのデカイ<スライム>とコミュニケーションを計ってくるぜ」
「大丈夫ですか? 僕の世界では<スライム>は初級冒険者でも狩れますが、この世界では分かりませんよ。ひょっとしたら、かなり強いかもしれません」
「あのパンクな姉ちゃんが子分にできるほどだろ? だったら、余裕だぜ! 元戦場を荒しに荒らした俺様が研究者が捕獲できる魔物にやられるわけねえだろう」
確かにキトラテスの言う通りだが、ここが『失楽園』であり、彼女もまた落伍者という烙印が付けられるほどの者ということを彼は忘れていないだろうか。
当然、その実力を標準で求めてはいけないのだが。
キトラテスは暢気な顔でギルドマスターらしき<スライム>に近づき、タックルされて気絶した。弾力性の高さからできる芸当であった。
パンキーナさんはその光景が判っていたように何も反応をせず、僕に話し始める。
「君も怪我人だろう。今日のところは一休みするといい。
一応、回復職である青い<スライム>を借しておくよ」
パンキーナさんの合図に応じて青色のスライムが僕に薄い緑色の光を与えてくれる。どうやら、回復魔法のようだ。
「生憎私は魔法を使えないのでね。
微弱ではあるが、明日の朝までには全快できるはずだよ」
「いいえ、ありがたいですよ。
ありがとうございます」
「ふふ。人にお礼を言って貰えたのも何年振りか。私は奥の部屋でもう少し研究している。晩飯は黄色い<スライム>が持ってきてくれるから、勝手に食べてくれ」
そう言い残し、パンキーナさんは奥の部屋へと入っていった。僕は去り際の彼女にもう一度お礼を言った。
地上のガラクタ街のことも気になったが、負傷して体ではやられるのも目に見えるので、とりあえず回復に務めることにした。
緊張の糸が切れてしまったのか、僕は優しい光を浴びながら水に沈むように眠った。
◇ ◇ ◇ ◇
私の名前はⅦ(セブン)、人間兵器である。
この名前の由来は私の七つの魔装兵器から由来しているのだが、もう少し捻りが欲しいものだ。どうやら芸術家という人種は肝心なところで安直に走る傾向にあり、その煽りを私が受けたのだ。
全く、たまったものではない。
どうせ名前をつけるのであれば、この白い髪にちなんでWとかしてくれれば良かったのに。いや、一応兵器であるのだから、敵を殲滅する意味を込めてクラッシャーガールとかの方が良いのかもしれない。
うん、きっとその方が良い。多くの人からも好感が持てそうな名前だ。
であれば、その名前に恥じぬように任務を果たさなければならない。
現在、消滅対象である男二人を追跡していたのだが、困ったことに彼らは不可侵領域である『失楽園』へと入ってしまった。
あそこでは多種多様な変人がおり、その実力は一般人レベルからダンジョンボスかと言うまでレベルのピンキリがある。
何しろ、私の産みの親たちである七人の芸術家も、『失楽園』で育ったと聞く。機械人間である私も相性が悪ければ瞬殺される可能性がある。
侵入者が『失楽園』から生きて帰ってくるとは思えないが、念のため花園の入口で待ち伏せをしておく。
◇ ◇ ◇ ◇
夜も更けた。
何らかの衝撃で目覚め、とりあえず任務に従い侵入者の排除を実行したが、任務はまだ達成されていない。
初めて迎える夜は静かで、耳を澄ますと火の弾ける音と小さな生命の音が聞こえてくるような気がする。
「あー、あー、あー」
魔装兵器である『十全貴邸』で簡易的住宅を作ったのだが、まだ眠るのには早い時間だ。暇つぶしに声を出してみたり、柔軟したり飛んだり跳ねたりしたものの中々眠気が来ない。
今日、夜を過ごすということが長いことを知った。
「あー、あー、あ~」
うん、いい声だ。兵器である私だが人間社会に溶け込み要人物を暗殺する仕事に就くかもしれない。この声ならば歌手や女優として活躍できるかもしれない。
天才に何をやらせても完璧だな、さすが私!
「あー、あー、あ~♪」
「あのー、大丈夫ですか?」
妄想に酔っていた私は後ろから人が近づいてくることに気が付かなかった。
「誰だ、お前は? おい、何だその目は。止めろ、優しい目で見るんじゃない! クソ、なんだこの言い表せぬ痛みは!? まさかマンムーナ最高兵器であるこの私が、精神攻撃魔法を受けているというのか!!」
混乱する私に追い打ちをかけるようにして白衣の女性は私に抱きつき、「大丈夫、大丈夫」と表面上は優しい声をかけてくれた。
「…………プー」
そこから記憶はない。




