No15 カルパル・デュオ
先祖返り。
カルパル・デュオが転生者の血統でありながら、その特性を色濃く受け継いだ。世界には絶対数の魂が存在し、例え転生者といえど死ねばその魂は元の世界に戻るのだ。
よって、先祖の霊魂の一部が自身の体に意識として宿る”先祖返り”は、転生者の血統を持つものは不可能だとされている。
カルパル・デュオが転生者の”先祖返り”を可能にしたのには、一つの理由がある。
その理由を語るには、彼の存在が欠かせない。
転生者でありながらも勇者とは認められず、この世界の勇者の影として役割を担ってきた男、エイゼン・ミツビである。
エイゼン・ミツビは聖者としてパーティーを癒す回復薬であり、強敵との戦いに欠かせない人物であった。彼の回復魔法はもちろんだが、なにより凄いところは、体力を回復させるだけでなく、仲間の健康状態も知るところができるところだった。
通常、魔法は手や杖から放出するものとして考えられるが、エイゼンの場合違う。彼の回復魔法は領域を対象にしていた。前者を回復放出魔法として、タクマは回復領域魔法とする。
エイゼンの回復領域魔法は、その立場や身分に指定される。
例えば、二体のデビルドラゴンを倒すためにパーティを二つに分けて戦う。この場合、一人の回復役は分けられたもう一つのグループにしか回復できなくなってしまう。
これが回復魔法の常識なのだが、エイゼンの回復領域魔法の場合、パーティーメンバー全員に回復魔法をかけることができる。
その理由はエイゼンが魔法を行使する直前に発動する”円”が理由である。彼はこの”円”のことを結界と言っていた。彼の回復領域魔法は、この結界内にいるものに、回復魔法を指定して与えることができる。
エイゼンは自身の能力を付与士に近いと公言している。なるほど、確かに付与士は指定した対象に能力向上魔法や防御魔法を与えるものである。
しかし、実際には違う。エイゼンの特筆すべき能力は”結界”にあった。
彼の結界は自身の知識と経験、そして本能から生まれたものであるが、その本質を知っているとは限らなかった。
見落としていたのだ。転生者として恩恵を授かった者の落ち度であった。
彼の結界は、いわば自らの世界を”決定”させるもの。心の世界とは自らの生きた時間、経験や知恵という人生全てといっても過言がないものであるり、広がったり、時として狭まったりする。
エイゼンの失敗は、それを”魔法”として行使したことだ。何百、何千と行使した領域魔法は、次第にその力が大きくなり、自身の絶対領域を構築するまでに至った。
エイゼンの思うままにできる世界は、当然何人も触れることができない。その力は死後の続く。転生者であるエイゼンの魂は元の世界に帰ろうとしたが、彼の領域魔法に弾かれたのだった。曰く、自らの魂を脅かすものとして認知されたのだろう。
エイゼンの元の世界には、いくら巨大な龍をも倒せる魂を持ったとしても使い道のない。むしろそれによって悲惨な人生を過ごさせる可能性をも秘める。
そもそも、魂とは生きた過程で成長するものである。そう世界は定義しており、死んだ魂をリセットすることは絶対であった。
自らの存在を真っ白にされることを拒んだタクマの魂は、自らの子孫に宿ることにした。分解し、小さな魂の欠片として存在し続けることを選んだ。
カルパル・デュオとは、エイゼンの一部の魂を持つものであり、”先祖返り”に至るほど相性がいい人物だったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
どうん、と。
重低音のする音を響かせながら鉛の弾丸はツバトを貫いた。
「かはっ」
口から出る血反吐。立つ力もなくなったツバトと一緒に彼を抱えていた翡翠の少女も自然と倒れていった。
「大丈夫ですか、少年」
大丈夫ではないことは翡翠の少女は分かっている。『セキュラー』と戦い、集中力も精神力も使い果たした彼が大丈夫なわけない。
しかし、今ここで声をかけなければ彼は意識を失い死んでしまう、確信がある。そうならないためには、なんとしても彼の意識を保たせる必要があった。
「……ㇵァㇵァ」
荒いが呼吸音が聞こえる。どうやら意識は落とさなかったようだ。
翡翠の少女は安堵する。
「ほう、殺戮者といえどそんな顔ができるのだな」
後方から声が聞こえる。
どうんっ。
「…………かあっ!!」
「おいおい、振り向いてはいけないよ。そうだ、君はそのまま這いつくばってください」
翡翠の少女が後ろを振り向く動作に合わせて、後ろの人間は発砲した。肩から電撃のような激しい痛みが流れる。
(……ふう、どうもこの痛みだけには慣れませんね。
しかし、どうしましょうか。声帯からして三十代半ばの男性でしょうか。ここにいるということは、冒険者。少年と同じギルドのメンバーというのが濃厚ですね)
だとしたら、後ろの人間がギルドに所属する少年に発砲したのが気にかかる。確かに私が少年を助ける姿は、犯罪者の仲間に見えるだろうが、そうだとしても撃つだろうか?
そんな疑問が生まれる。
「あなたは誰ですか? よく私が殺戮者だと分かりましたね」
「分かるよ。だってこの工場の中にいる人間を全て感知できる機械を、僕持ってるから。君を中心として明かりが消えていく様子は、現実離れしている僕には刺激が強かったしね」
お道化たように話す男は、どこか楽しそうだ。
「ああ、すまない。人と話すのもなんだか楽しくてね。いやあ、科学者ってのは基本ヒッキーだから、いざ話すとなると饒舌になるのさ。友達になりたい科学者がいるのなら、この情報は役に立つよ、きっと。
だけど、僕は君の質問に答えることはできない。なぜなら、今から死んでしまう君が僕の名前を覚えるのは、君にとっても僕にとっても不快感を残すだけだからね。
蟻を死んでも罪悪感が芽生えないのと同じように、顔も名前も知らない人間が死のうがくたばろうが、人は罪悪感を感じることはない。全然普通のことだ」
「…………」
「ハハハ、少し衝撃的過ぎだったかな。でも、そんなもんでしょう? 名前も声も知らない人の葬式に出ても涙出ないって。
僕がおかしいっていうのは、分かるけどさ、少しも一ミクロンも共感を持てないってわけでもないでしょ?
口に出して言えるか、そんな考え方が言葉が頭の中に生まれるか。違いはそこだけで、残りは全部同じものなんだと、僕は思うね」
歪んだ人生観を持つ男には、夥しいほどの犠牲がまとわりついているように、翡翠の少女は思った。
人間ではない、種類。
そう切り離さないと自らがこの男と同じ人間であることを受け入れられないような気分だ。本当、吐いて捨てたい。
翡翠の少女は、科学者の男を、心を外してしまった人形を侮蔑する。
自らに酔うように人生感の述べる様は、翡翠の少女のは、滑稽にしか見えない。狭い世界だ。そんな小さな話しを聞き流しながら、翡翠の少女はこの状況からの脱出の意図を探る。
翡翠の少女は、せめてこの少年だけでも助けようと考えてるはずだった。
破壊され、砕かれた反射ガラスの欠片ごしに、男が映るまでは。
「…………あ、あ、あ、あ、あ、ああああああああ!!」
記憶の奥底から呼び起こされるそれは、世界を呪う悲鳴のような、怒号のような。
◇ ◇ ◇ ◇
「巫女様のお仕事はどうですかな?」
「大変だけどやりがいがある? ハハ、そう言って貰いますと儂達も嬉しく思います」
「この土地の作物が実るのも、全て勇者様が魔王を討伐したおかげですね、ありがたや、ありがたや」
「儂らも負けずに頑張りましょう。なに、若いもんがいなくてもまだ頑張れますよ」
「ハハ、これはお見苦しいものをお見せしまいましたな。ええ、儂の息子と孫です。今ここで安らかに眠っています」
「昔のように平和になって、ちょっと思い出してしまっただけですよ。出征したあいつらも魔王が討伐されて、何一つ心配なく成仏できましょう」
「どうしましたか、巫女様? 何か気になることでも」
「ああ、あの婆さんからお話しを聞いたんですね。はい、この村からも勇者が一人いました」
「昔から変わった奴だとは思っていましたよ。なにせ、魔物の糞尿を畑の肥料にするとか言って森の中突っ走った奴でしたから」
「他には? そうですね、何かと物事に詳しかったりしてましたね。大人でも知らないことをあいつは知っていました。今思えば、あれが勇者の片鱗でしたな」
「巫女様も勇者に負けずに頑張らないといけませんね」
「巫女様、今日は外からのお客様がお見えになります。なんでもこの村の伝統行事が見たいだとかで」
「ええ、今日も立派な舞でしたよ。神様もお喜びになられているはずです」
「ハハ、友達と喧嘩をしたのですか。いいえ、怒りませんよ、巫女様といえど子供らしいのですね。儂も怒りませんから、巫女様も友達のことを怒らないように。ハハ、約束できそうにありませんね」
「巫女様、急で申し訳ないのですが、舞をしてくださりませんか?」
「はい、なんでもとある貴族様が勇者が生まれた村を見たいとかでして、そのときに神への舞も見たいとかでして」
「あれですか? あれは飛行船というもので空飛ぶ船らしいのです。なんでも、あの勇者様の一人が考え付いたとか」
「巫女様、貴族様が大変喜ばれておりましたね。儂も嬉しいです」
「すいません、巫女様。本土で巫女様の舞が話題となり、団体のお客様が来るとのこと。また、舞を披露してほしいと通達が」
「ええ、そうですね。貴族様方が神様を奉りたいとあらば、断る理由などないですね」
「ここの村も賑わいを大きくなりましたな。全て巫女様と神様のおかげです。ありがたや、ありがたや」
「最近人が多すぎ、ですか? ハハ、あまりに大勢だとさすがの巫女様も緊張しますか。大丈夫です、彼らもあなたと一緒に神様を奉りたい同志です」
「ほう、知り合いが念願の本土のところで働けると。それはめでたいことですな、儂も嬉しく思います」
「…………はい、儂が疲れていると? そうかもしれませんね。人がたくさん来られてバタバタしたせいでしょうかね。ですが、負けもせんよ。巫女様も頑張ってるのですから」
「あの建物ですか? あれは貴族様がこと土地でも休めれるように建築された城です。団体で来られても全員休められるそうです」
「見慣れない人たちがいると? ああ、あの方々は本土から来られた騎士やメイド、家来ですね。貴族様に仕える者たちですよ」
「知らない人に話かけられたですと? うむ、巫女様を守る兵を用意しなくてはならないですな」
「そうですか、おきにいりの木がなくなっていましたか。申し訳ございません、儂の力が及ばないばかりに」
「どうしました? この時間はお友達と遊んでいたではありませんか? 巫女様とはいえ、女の子なのですから遊んでも構いませんよ」
「気にしないでと言われましても、そのような寂しいお顔をされては。…………誰もいないですか?」
「どうですか、新しいお友達はできそうですか? 貴族様とはいえ、子どもです。少しぐらい気負いしないほうがいいかもしれませんよ」
「いえ、大丈夫です。ですから、貴族様といえで断りたいのであれば、断ってください。儂が巫女様を守りますゆえ」
「そんな顔しないでください、巫女様。彼らもそのうち本土に帰ります。本当です、儂を信じてください」
「婆さんの言う通りだったかもしれませんね。いえ巫女様、こちらの話ですよ」
「舞を踊る回数が減ったですか? 違いますよ巫女様、今までが多すぎたんです。これからはゆっくり行っていきましょう」
「ええ、あの城からは人はいません。貴族様は本土に戻られましたから」
「ええ、広いですね。儂もどこか寂しく思います」
「巫女様、こんなところでどうしましたか?」
「舞を見て欲しいと? 儂らと巫女様だけでは神様もご不満でしょうが、巫女様が踊りたいというのあれば、神様も断れませんな」
「ええ、寂しくなりましたな。以前はもっと多くの人が巫女様の舞に目を輝かせたというのに」
「このようなお食事ですいません、何せ作物が育てるものが少なく」
「巫女様、儂はもうすぐ天に召されるのでしょうか?」
「ええ、分かっていますよ。もうこの村にはこのような数の人しかいないのですね」
「村の若いものが大枚をはたいて本土から飛行船を呼んだと聞きます」
「どうか、巫女様も一生に本土へ渡ってください。この村、島にはもう先がありません」
「泣かないでください、あなた最善を尽くした。それはこの村の誰もが分かっていることです」
「……ハア、巫女様ともあろう方が、まさかこの島に残るとは……」
「いいのですか? あれが最後の渡船だったのですよ」
「巫女様だからですか。さすが儂らが巫女様です」
「ええ、すいません。儂はもう死ぬでしょう」
「巫女様、どうか最後に舞を儂に見せてくださりませんか?」
「ハハハ、巫女様の舞を儂一人が拝見するにはもったいないですね」
「おっと失礼、神様もおられましたな」
「どうか、この子が一人になられても、健やかに育ちますように」
「よろしくお願いします、我らが神様よ…………」
「……殺してやる」
友達も、お気に入りの大木も、活気も、人の生活も、自然も、資源も、水も、虫も、花も、全てが離れ、空虚になった島を一望した巫女は、覇気のない、淡々とした声を発した。
その空虚のすべてが、彼女の”力”の根源だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おおっと、やってしまいましたか」
科学者である男は嗜めるように言う。
「だって、彼女殺気が段違いに跳ね上がるんだもの。撃つでしょ、普通」
「残念、彼女ももちろんですが、その”上”の人と話しをしてみたかったんですけどね」
言葉とは逆に、弾むような声で科学者の男は部下である女に答える。
「いや、姐御と同意見すよ」
「つーか、ボス。自分を殺そうとした奴と交渉するとか、無理でしょ」
他の部下たちも、科学者の男に不満の言葉を言う。彼ら二人だけではない。ガレキに隠れていたであろう男と女が姿を現す。
男6人、女2人、計8人の武装兵が揃う。
「それは、僕だって考えていますよ、命懸かっていますし。でも、ビジネスは別でしょ。彼らもどんな形であれ、”力”は欲しいはずだ。
良好なギブ&テイクを築けると思うんだよ、僕は」
「でも、緑の髪の女の子にほとんど破壊されていたじゃない? 最新型まで」
「そうだったっけ?
でも、使えると思うんだけどね。殺傷能力もあり獣独特の性を持った自爆兵なんて最高じゃないか
ただ、室内で自爆はなしだけどね、僕もいるし」
そりゃそうだ、と科学者の男は部下たちと笑いあう。
「さて、そろそろ脱出するとしますか。ここもヤバくなってきてますし」
「OK,ボス。脱出用の転送魔方陣は用意してあるんでしょう?」
「もちろんですよ、ルビアさん。私用に使っている大型のがね、二つもありますよ」
「その理由は、訊かない方がいいっすね」
「やばいことしかかえってくねえぜ、絶対」
「ネムスでござる、だべってないで早くするでござる」
半目をした見るからに不機嫌な少女に、科学者の男は元気よく返答する。
「おおっと、すいませんね。そうでした、君には僕に変装してもらっただけでなく、あの中華風の男とやり合って貰ったんでしたね」
「無論でござるよ、殿。同じ”力”を持つものとして、あやつは敬服するものでござったが、いかせん正直すぎでござる」
「へへ、俺が遠くかたぶち抜いたんだぜ」
「バカ、俺の煙幕があってこそだろう」
「ハイハイ、分かったよお前ら。それより、外に転送魔方陣を設置したんだろうな。お前らが使った帰還玉も僕が権限を持っているからなんだぞ」
「そこに不覚はないでござる。それよりも……」
「相変わらす変な”力”だことだ。おい、もう行かないと色んな意味でやばいんじゃないか?」
眠そうにしている、ござる調の少女を担ぎ出す男に急かされ、彼ら集団は”外へ”通じる転送魔方陣へと歩を進ませる。
「分かってる分かってるって。ほら、いくぜお前たち」
「「「「YES,ボス、カルパル・デュオ」」」」
◇ ◇ ◇ ◇
彼ら、カルパル・デュオを中心となった一味が去った。
跡に残ったのは、黒髪一人の少年と、翡翠の髪をした一人の少女だった。
彼ら二人、互いに名前を知らず、未来も見えず。




