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残骸の翡翠  作者: こだわり竹刀
転生者喪失世界編
13/28

No13 獰猛猿(エンパイプ)

「うああああああああああああああああああああ!」


 獰猛猿エンパイプにの剛腕から繰り出される右ストレートによって飛ばされた翡翠の少女に向かって僕は悲鳴に近しい声を挙げながら走っていった。




 あれ、僕はあののことが嫌いなのに、どうして?




 ツバトの頭には、そんな疑問すら出なかった。


 彼は確かに、本能的に翡翠の少女に強い憎悪を持っていた。彼自身は理屈をこねていたが、その憎悪がどこから湧き上がるものかを、正しくは理解していない。

 翡翠の少女も例外ではなかった。ツバトと同じように憎悪を抱き、ツバトを同じ”根源”から湧き出た憎悪だった。


 ”同族嫌悪”である。


 互いを本能で理解できたからこそ、鏡像ともいえる自分を否定したかった。人より深い悔恨を持つ者なら誰でも自分を殺したいと、自殺衝動に責められる。

 約3割の人間が衝動に従い、1割が記憶から消し、そして残り6割の人間が罪を背負いながら生きていく。罪を背負いながら生きていく人間の姿は、無様で泥臭く、救いようないのだ。


 そんな人間を”死”を持って救いたいと思うのは、同名の罪を背負うものしか分からない。


 分からないかもしれないが、本当に救われない”哀れ”な人間が存在しているのだ。


 その心を共有できるからこそ、救えるものなら、救いたい。




 無様な最期ではなく、清算された綺麗な最期が、なお喜ばしい。




 ガシッ!!


「大丈夫ですか!!」


 僕の言葉に翡翠の少女は答えようとするが呻き声しか出ない。無理して喋らないようにと言いながら、破損された機械の影に隠れる。


「はー、はー、はー、はー」


 苦しそうに呼吸をする彼女を見て、僕は心臓を握りしめられたかのように、苦しい。彼女の腹部にダメージが貫通しているのは血に染まったローブ越しからでも分かった。


 腹部骨折は間違いない。全身に流れる衝撃による骨折も二十は超えているだろう。


「そう、私は死ぬのでしょう」

「!? しゃべてはいけませんよ!」


 翡翠の少女は、僕の注意を片手を挙げて断りながら、口を開く。


「私の肉体は限界を超えたダメージを受けています。そして、あなた一人ではあの暴走する『セキュラー』を倒すことは不可能です」


 僕は黙って彼女の話しに耳を傾ける。


「あなたが逃げるという選択肢もありますが、あの『セキュラー』に背中を晒すというのは極めて危険な行為です。戦ってねじ伏せるしかありません」

「ねじ伏せるって……」


あまり物騒な物言いに、僕は少し引いた。翡翠の少女はそんな僕の態度を非難するような目で見る。


「怖気づいてはいけません。このままでは、二人とも死んでしまいます。貴方はともかく、私だけでも生きる方法を探さなくてはならない」

「あんまりじゃないかな」

「妥当ですよ。なにせ私は美少女、あなたはクソガキ。どちらが世界に貢献するかなど一目で分かります」

(自分で美少女って言うんだ……)


 正しいかもしれないが、自分で言っては駄目だろう。殺し合うまでは神聖視していた僕も、今では残念美少女にしか見えない。

 あのときの僕は頭でも打って”ハイ”にでもなったんじゃないか、そんな疑いまで出てくる。


「なにか?」

「いえいえ、なにも」


 余りに恐ろしい目に僕は顔を背ける。ああ、冷や汗が出てるのが分かる。

 翡翠の少女はしょうがないように、長い溜息をつく。


「いいですか、よく聞いてください。この状況下において、私たち二人とも助かる手段が二つあります」

「えっ、あるんですか、助かる方法がっ!!」

「顔が近い」


 興奮した僕を抑えるように、両手で顔を阻む。さっきまで死ぬかもと思っていた僕は、助かる可能性があることに興奮し、翡翠の少女に顔を近づかせ過ぎたようだ。


 そのことに気が付いて、僕は素早く顔を引っ込める。


「ああ、すいません」

「いえ、大丈夫です」


 なんとなくであったが、彼女の声の最後のところだけ小さく聞こえた。

 不思議に思ってもおかしくなかったが、それよりも助かる可能性について僕は聞きたかった。


「それで、どうやったら、僕たちは助かるんですか」

「”憑依”です」


 彼女が真剣な顔で教えた言葉は、僕も冒険者から聞いていた言葉であったが、だからこそ、余計彼女が何を言いたいのかを分からなかった。


 思わず僕は、反芻するように言葉を繰り返した。


「ひょうい、ですか?」

「そう、”憑依”です。魔物が人の体内に入り込み、意のままに操ると言われるあの技です。あれを私は使えます」

「え……」

「”特異体質”。そう捉えてください」


 魔法、スキルといった力から外れた能力を持つものを、総じて”特異体質”と呼ぶ。これは珍しいわけはではなく、魔法やスキルといった枠組みで区分されていないため、そう呼ばれている。  


 僕としては、自分だけが持つ力みたいで、かなり羨ましかったりする。”特異体質”を持っているだけで、冒険者ギルドのパーティーに引っ張りだこと聞きますし。


「え~と、その”憑依”を使って、あなたは何に憑依するつもりですか」

「愚問です。あの『セキュラー』に決まっているじゃないですか」


 僕は、気づかれないようにして後ろのガレキから覗く。

 獰猛猿エンパイプの『セキュラー』は僕たちを見失ったらしく、ところ構わずに怪光線を打ち出している。


 現実感がなく、終末期を匂わせるBGMにしか聞こえない。


「私も機械に憑依するのは初めてですが、モデルが動物ですし憑依事態には問題ないと思います。ですが、対象がこうも暴れられては憑依に集中できません。

 なので、あなたには対象の拘束、または硬直させるほどのダメージを与える必要があります」


 いや、拘束とか無理でしょ。

 そんな思いを口に出すわけにいかず、僕は弱い気持ちを押し殺すしかなかった。


「OK! よし、分かった。やるしかないんだろう。だったらやるぜ」

「大丈夫ですか、かなり目が泳いでますよ。口調もかなり変ですよ」

「大丈夫です!!」


 翡翠の少女の不安げ顔を見てしまったが、自分がそれほど怯えたように見えるのかと勘ぐりそうになったが、僕は大きな声で言い張った。


 だって、やらなければ、やれれるから。

 

 僕は、自分の気持ちが、今の高揚感に似たような、自暴自棄になったかのような気持ちのまま、ガレキから飛び出し、『セキュラー』に向かった。


「…………!」


 翡翠の少女が何かを言おうとしていたが、ただ口の形を動かしているだけだった。その言葉にもならない声は、不思議と僕の耳に入り、そして思い出した。


(そういえば、僕の名前を言ってなかったっけ)


 同時に彼女の名前を僕は知らないことも分かった。犯罪者の名前を知ったところで、ここから脱出した後で再び会うこともない彼女の名前を知ったところで、僕の気持ちに何か影響するでもないが、少し聞いとけば良かったという本音がある。


今までを振り返る作業も、獰猛猿エンパイプの視界に入った瞬間に終了した。


『Guoooooooooo!!』


 翡翠の少女を吹き飛ばしたのと同じ剛腕が僕を襲う。僕は転がりこみようにして避ける。


「ううぅ!」


 剛腕の余波だけでも、吹き飛ばされそうだ。その凄まじい威力から、一撃当たれば無事では済まないことを物語る。

 いや、翡翠の少女の怪我を見れば、それは分り切っていたことだ。


 再度、剛腕が襲う。今度は左だ。それは僕はバックステップで躱そうとするが、余波のことも考え、少し体を左に傾けながら飛ぶ。


「おおぉ!」


 僕は余波に起こる風に乗りながら、少し距離を取ることに成功した。我ながらうまいと思う。


『Gyaaaaaaaaaaaasu!!』


 憤慨したかのような、誇りを傷つかれたかのような、怒りの雄叫びを挙げながら、拳のラッシュを叩きこんでくる。

 何の計算もされていない、速さと威力のみが込められた拳を、僕は一撃も当たらずに躱す。


 獰猛猿エンパイプからあまり距離を取ってはいけない。獰猛猿エンパイプの拳が届く範囲から遠くなれば、奴は怪光線を放つからだ。そして、僕には遠距離から対応できる武器も防具もない。


 獰猛猿エンパイプの拳を当てられてはいけない。余波をもろに食らうだけで、次の回避に遅れてしまうからだ。そうなれば、いつか直撃を食らってしまう。


 この二つを前提に、僕は回避に専念している。反撃する機会もあるのだが、反撃すれば敵の拳の対応が少なからず遅れてしまう。そうなれば、僕に待つのは死しかない。


 翡翠の少女が僕に頼んだのは、拘束、または硬直に陥れるかの二つである。このどちらかをクリアすれば、翡翠の少女が”憑依”し、獰猛猿エンパイプを沈黙させることができる。


「うおおっと!」


 今の両腕を使った攻撃は、やばかった。危うく足をやられるところだった。変なのけ反りからをしたせいか、転がるようにして、僕は距離をとった。


 いや、取り過ぎた。


「まずっ」


 ビュンと赤い光線が僕を狙う。横に飛ぶようにして僕は避ける。


(やばい、これで近づけない! ここは、ひとまず!!)


 僕は獰猛猿エンパイプから、さらに距離をとって、近くのガレキに身を隠す。そして、すぐさま他のガレキに走りながら移る。


『Gaaaaaaaaaaaaaaa!!』


 怪光線を連続で照射する様はまさに怪物だ。そんな両腕を誇示するかのように上げなくてもいいじゃなかと思った。

 正直、その姿はかなりびびるものがある。相手は機械で猿だが、なんかゲームに出てくる大魔王にしか見えない。


 13個目のガレキに移ったところで、獰猛猿エンパイプは赤い光線を放つのが止まった。恐らくではあるが、怪光線から出来た煙が消えるのを待っているのだろう。


 煙が晴れ、僕が見つからなければ、奴は再び僕を炙り出すようにして怪光線を四方に放つだろう。


 一度、怪光線を放った瞬間に一撃入れてみようかと思ったのだが、ダメージを与えられるとは微塵も思えない。


「こんなナイフで、いけるかなあ……」


 忘れているかもしれないが、僕の得物は刃渡り30センチだ。とてもあの怪物に硬直させるほどの一撃を与えられるとは思えない。


 というか無理だろ!!


「ふう~、どうしよう」


 溜息出るのも無理はない。


 幸い、敵である『セキュラー』は機械なだけに、単調というか、まあ単純なため、一度こちらの姿を見失えば、発見されるのに時間がかかる。


 とはいえ、翡翠の少女が、隙あらば”憑依”しているだろうし、その集中力もそう長くは持たない。



(彼女の怪我の具合、そして俺との戦いで減ったスタミナの分を考えて、多くて見積もっても三分は持たない。二分弱で仕留めるのがベスト!)




 ツバトは自らのナイフの峰をなぞりながら、腹を決める。

 その指先は、どこか侘しさが備わっていた。

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