No1 むかしのはなし
転生という言葉をご存知でしょうか。
命が潰え、肉体から離れた魂が、記憶を保持したまま次の命に宿ることです。
その者は転生者と呼ばれ、天才、神童、神の子と世界から祝福と誉れが付きました。
強靭な肉体。膨大な魔力。泉の如き知識。
それら全てを世界から、神々から与えられました。
ゆえに、彼らは強かった。
ゆえに、彼らは凄かった。
ゆえに、彼らはその世界の人類より先を見ることができました。
ある者は旅人として知識を広め、ある者は開拓者として土地に息吹きを吹き込み、ある者は船乗りとして未知の世界に赴き、ある者は騎士として邪竜を討ち、ある者は王子として姫を助け、ある者は勇者として魔王を倒し、ある者は王として国を守り、ある者は神の使者として厄災を退け、ある者は己として世界を救済しました。
しかし、彼らは誰一人英雄になることはできませんでした。
「どうして、彼らは英雄になれなかったの?」
学びの一環である老婆の昔話が終わり、子供たちが散開していくなか、そこに立ち止まる翡翠色の髪をした少女が訊いた。
老婆は少女の翡翠色の髪を掻き分けながら答えた。
「彼らは誰一人英雄になりたくなかったんだ」
「どうして?」
「理由は色々ある。前世に思いの残しがあった、運が悪かった、女に騙された。英雄よりもなりたいものがあるやつもいた。
ただ、一番の理由は…………」
「一番の理由は?」
「大人になってしまった。そんな大人という人間になったからだろうね」
老婆は悲しそうに言った。
翡翠の少女は老婆が何故悲しそうな顔をしているのか分からなかった。
「大人はダメなの?」
「少なくとも私はそうだった」
「私も大人になりたくない」
「どうしてだい?」
「だって、私もダメになりたくないよ」
「そうかい」
「でもね、おばあちゃんが言った転生者の人みたいにはなりたい。あの黒髪をしてアジサイの浴衣をしたサムライっていう剣士の人」
「…………転生者はダメって言ったじゃないか」
「それでもなりたいの!」
怒りながら大きな声で話す少女を宥めながら老婆は訊いた。
「その人が大好きだから。
だから私も大好きなその人みたいになりたい!」
「…………そうかい。なれるといいね」
「うんっ!」
老婆は呆れた様子で翡翠の少女を見た。少女の翡翠色の目は元気な少女と同じように輝いている。
魔法と剣の世界で少女は大人になった。
憧れのその人のようになるため、残骸の世界で少女は何になるのか。
これは、翡翠色をした英雄物語。