ササヤンとなっちの場合~実のならない恋~
恋せよ乙女。恋する少年。
好きな人の前では見栄を張っちゃう少年と好きな人の前では開放的になる少女。好きな人を思う気持ちは自由的。
冬。雪が舞い降る。
僕、笹谷春樹には好きな人がいる。幼稚園から同じだった腐れ縁と言われそうだが、幼馴染みで今は通すことにする。立花夏森だ。
だけど、彼女には好きな人がいる。駅前のいつも通い続けるケーキ屋の店員。恐らく年上好きなのだろう。
僕は彼女の小柄で茶髪で肩まで垂れ、ふんわりとした天然パーマが犬の垂れ耳の奴……ダックスフンド見たいで好きだ。
きっと彼女の考えは「友達以上、恋人未満なのだろう」。ここまで、同じ時を過ごした仲のせいだろう。大体彼女の考えそうなことは分かる自信はある。
そんなわけで別に気まずい雰囲気と言うわけではないためいつもと同じように一緒に下校している。
二人は横断歩道橋を渡っている。
夏森は赤いチェック柄の女神巻きと呼ばれる巻き方をして、制服の上にファー付きの抹茶色ジャンパーを着て、ポケットに手を入れている。春樹も灰色のマフラーをアフガンストール風に巻いて、同じく制服上にダウンを着ている。
「ねえねえ」
「んだよ」
と、夏森に目を向ける。
「今日も駅前のケーキ屋行こうよ」
春樹の腕を夏森の右手で強引に引っ張る様に連れて行く。
「どうせ。断っても連行されるんだろ?」
人差し指を立て唇の下に左手を置き少し唸り、
「……そうだね」
「否定はしねぇのかよ」
横断歩道橋を渡り切り、ケーキ屋がある駅前まで走った。
駅前に着いた。
駅前のケーキ屋は、全体的に華やかな印象ではなく、シックな雰囲気をして軒先が赤く、上に横に一つ下に横に二つの白いラインが入っている。二つのラインの上に店名「ティラミス」と書かれている。夏森の話では意味は「私を幸せにして」をもじり「貴方を幸せにする」らしい。
暖かい店舗の中に吸い込まれるように入っていく夏森だが、春樹はいつも中に入らず外で待っていた。
「物好きだよな。アイツも。毎日買いつめるなんてさ。ケーキ屋ってそんなによる所か普通?まあ、誕生日かクラスマス以外しか食べて事無いが……久々に買ってみるか?さすがにここでは買いたくないが……」
カランコロンとベルの音と共に扉を開け、紙袋を持った夏森が出てきた。
「なに一人で喋ってるの?」
顔が真っ青となり、もう突進で駆け寄り、夏森の左手で春樹の額を触り熱を測る。自分の感情をコントロール出来る春樹でも少しドキッと頬を赤く染めかける。
「……熱は無いか……頭打った?」
夏森の手を払いのけた。
「風邪もひいてねぇし、頭も打ってねぇよ」
夏森は胸を撫で下ろすように、ほっとした表情を浮かべる。
「それならいいけど……」
今度は少し俯いた表情を浮かべた。
夏森はテンションの強弱は激しいが明るく元気で表情がコロコロ変わる。実はと言うと春樹はこういう人間は苦手だったりもする。理由は一つだ「自分のペースを狂わされるから」だ。だが、夏森と同様彼も一途であり、一度も心変わりをしたことがないが、告白しようにもタイミングが必ず悪いというアクシデントに出くわし、今に至る。
「ホントに何かあれば言ってよ?」
「わーってるよ」
と、頭に手をやって。
自分のクラスの教室だ。もう半年ぐらい経つ頃合い、クラスで人気者の鈴原秋人と根暗で目立たなかった黒羽冬子が付き合い始めた。
付き合い始め、冬子は腰まであり長かった髪をバッサリと切り、現在は肩に来るぐらいまでしかない。性格も比較的明るくなり、お洒落にも気を使い始め、内心どう思っているかはさておきクラス内に溶け込み友達もできたようだ。
その友達の中に立花夏森も入っている。夏森からは愛称で「ゆっちゃん」と呼ばれている。
「ゆっちゃん」
と、制服の上に大きめのニットベストを着用し、指先だけが見えている、夏森は冬子の机の前にきた。
「えっと、何かな?夏森さん」
「だから、なっちでいいって」
「な、なっち」
初めて愛称で呼ぶため戸惑いを隠せずたどたどしい。
「そうそう。あ、そう言えば。イケメン君とは今はどう?」
クラス内が一瞬緊迫し張りつめた。
「う、うん。いつも通り、かな?」
その視線に負け、作り笑いの様な微笑をこぼす。
別に盗み聞きしているわけではなく、大声で話をしているから聞こえてるんだと言わんばかりに、聞いていない振りをしなら聞いている。
「(ガールズトークとか言う奴か?言うならもう少し静かにするものじゃないのか?知らんが……)」
と、内心だが苦笑するしかなかった。
「何かつまんないな」
「え、何か無いと駄目なの?」
「んーそうだね。アレとか、ソレとか」
「どれとどれ?」
「んーなんて言えばいいんだろう」
冬子は目が据わっていた。
と、気を利かせた春樹は後ろから割り込んできた。
「ガールズトークに入っちゃって恐縮なんだが、通訳していいか?」
男性陣が勇気あるなと言う視線を送ったが春樹には関係ない。
「たぶんだが、キスとか、まあ直球に言えば恋の亀裂だろ?」
「そうそれ!ナイスささっち」
シャキーンと効果音でも出そうな勢いで振り返りながら親指を立てた。
「そりゃどうも(……おいおい、ささっちってなんだよ……)」
と、右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出す。これはBow and scrapeと言われるヨーロッパのお辞儀で伝統的な挨拶、お礼、謝罪の行為である。
そのまま、後ろを振り返り自分の机に戻った。
「キ、キキキキキキ!キス!?……恋の亀裂って別れるの?!」
あたふたあたふたと、おろおろしている。
「普通なんじゃないの?わかんないけど」
「適当すぎでしょ」
「んーわかんないからな。付き合ってる人と別れた人の気持ちは、付き合ってない人の気持ちはわかるけど」
「自分で言ったのに落ち込まないでよ!」
「(やれやれ……これじゃあ、一生築いてもらえなさそうだな)」
腕を組みながらガックシした。
今日も一緒に下校。
いつもの帰り道。いつも通りの交差点。いつも通りの街並み。いつも通りに隣に居るのは夏森。
「今日も行こ?」
「おーけーおーけー」
「めんどくさがんないでよ。ささっちも店内に来たら、暖かいし」
「……入りたくない。何か負けを認めてる気分だ」
「なにそれ?意味分かんない」
「分かんないさ。今のままじゃ一生。分かりっこない」
何処か苦しい顔を浮かべ顔をそらせた。
「ふーん。行こ」
そのまま、春樹の腕を掴み引っ張った。
夏森はケーキ屋の店内に入った。
夏森は入り口前のトレーとトングを取り、ケーキを眺める。
ショートケーキ、モンブラン、ショコラケーキをトレーに置いた。その後、勘定をするため、レジ前に行くとある事に気がついた。
「……あの、いつもの人は?」
「いつもの人?」
と、男性の店員が頭を掻く。
「…………」
少し考え、
「あいつか。あいつは昨日やめたんだ。……いや、言い方が悪いか、一種の転勤?スカウト?そんな感じだ」
店員はフレンドリーな口調で曖昧な回答をして夏森は困る。
「要するにこの店を辞めたんですか」
「まーそうなるかな」
「そ、そうですか……あのこれ?お勘定を」
「悪いな。いつもの黒糖じゃなくてさ」
その男の人の名前を黒糖と言う。これは、店員が付けているエプロンの左側の胸元に名札が付けてあり、表示だけは表記されている為、苗字だけは分かっているのだ。
「こちらこそすみません」
「ホイ」
ケーキを入れた紙で作られた箱を渡す。
「ありがとうございました」
と店員が頭を下げる。それに合わせ、夏森も頭を下げた。
ドアから外に出て来る。
それに築き、もたれかかった壁から離れた。
「お、帰ってきたか。今日はお目当ての人いなかったのか?」
「うん。この店やめちゃったんだって」
「そっか。それは残念だったな」
頭の後ろで手を組んだ。
その手を下ろし、俯きいた。
「…………」
「何?」
「…………」
沈黙のまま。
「どうしたのそんなに深刻そうな顔して」
拳を握りしめ、決意を上げ。
「……あ。えっと。少しいいか?」
「ん?」
キョトンとした表情で、首を傾げた。
「……夏森。す――――」
カランコロンと扉に付いてるベル音がする。扉から慌ただしく出てきたのはさっきの店員だ。「すみませーん」と、手を振る。それに、築いた夏森は振り返った。
「あのこれレシート」
と、レシートを渡され、あ、と言い受け取った。何度も頭を下げ、店内に戻った。それを見た後再度春樹に目をやる。
「……で、何?うまく聞き取れなかったんだけど」
涙目でそっぽ向き「あーやっぱり」と言う様な表情を浮かべている。
「(クソっ!そんなに運が悪いのか?!)」
と内心泣きごとを漏らし、家の方角に走り去った。
「え?え?あれ?」
当然起きた状況に戸惑いを隠せず、あいつは追いかける事も出来なかったのだろう。