酒呑童子の婚活事情
無自覚ホラスポブレイカーのまひろちゃんのちょっとした掘り下げです。
まひろの両親は、普通の人間だった。
高校で出会って、進学先が同じで、所属したサークルも同じ、となると親近感が湧き、そこから恋愛関係に発展したごく普通の夫婦である。
そんなふたりを、「略奪結婚」だと嘯いたのはまひろの母親の幼なじみの修二だった。
『将来、ふたりは夫婦になるのかな?』
良く一緒に遊んでいたふたりは互いの両親からそう言われていた。
まひろの母―――弥里は修二をただの幼なじみとして見ていた。
家が近所で、だから一緒に遊ぶ事の多い異性の友人。『男性』として見た事はただの1度たりとも無かった。
ただ、修二は違った。
両親がそう言うのなら、将来弥里と夫婦になるものだと思っていた。
自分は寛大だから、と、高校で進学先が別れた時に弥里が出会った男と付き合っている、と共通の友人から聞いても、自分の気を引きたいだけだ、必ず自分の元に戻ってくるだろう、なんて考えていた。
それなのに、弥里は自分を選ばず、ポッと出の、何処の馬の骨とも知らない男と結婚するのだと嬉しそうにしていた。
弥里は、自分と結婚するのでは無かったのか、と、修二は両親に当たり散らした。
暴れる修二を、両親は必死に宥めすかした。
『落ち着きなさい、しゅうちゃん。旧い時代でも無いのだし、婚約をしていた訳でも無いじゃない』
自分は弥里と結婚するものだと思っていたので、恋人のひとりもいなかった。
「彼女欲しいー」と言うクラスメイトに対して、自分は弥里と言う将来結婚を約束した相手がいるのだと優越感に浸っていた修二は、自分が所謂負け組なのだとは認めたくは無かった。
だから、弥里の結婚は略奪結婚だと嘯いた。
ふたりが順当に愛を育んでいった事を知る者は気にも止めなかったが、他人の不幸は蜜の味、と言う様に、面白半分で修二の流した噂を信じる者もいた。
おかしな噂を流されて困っている、と相談に来た弥里に、―――少しだけ困らせてやるつもりで「良く効果がある縁切り神社を知っている」と修二は囁いた。
信じ易い性格の弥里は修二にお礼を言うと、夫の克也と生まれたばかりの娘のまひろを連れてその場所に行ったのだ。
そこは、噂では鬼が祀られている、と言う神社だった。
生まれたばかりの子供を連れてお参りすると神隠しに遭うと言う噂がある事は修二は黙っていた。
この科学の時代に神隠しなんて有り得ない、と考えていたところもある。
―――弥里達は、神社に出かけてから凡そ2ヶ月、行方不明になった。
『お宮参りも兼ねて神社に行ってくる、と家を出たきり帰って来ない』
防犯カメラの映像等もあり、家族3人で神社に参拝に出かけたのは間違い無かったのだが、参道に入るところを宮司に目撃されて以降の足取りはまるで掴めなかった。
警察犬も導入されたが、参道の中程でぷっつりと足跡は途絶えていた。
捜査が打ち切られ、それでも生存を諦めきれない弥里と克也の双方の両親やきょうだいが懸命に捜している中、3人はふ、と戻ってきた。
参道の中程で突然姿を消したのと同じ様に。
ふらり、と突然戻ってきたのである。
『2ヶ月?!』
『そんな、ほんの数十分、迷子になっただけだと思っていたのに...』
ふたりはとても驚いていた。
『あら、これは?』
まひろがサーファーの御守り等に良く見られる鮫の歯の様なものの付いた首飾りを付けているのを見た両親はふたりに問いかけた。
『...帰り道を、教えて貰ったんだ』
『ただでは案内してくれない、と言うから。お金なら、あるだけ払う、と言ったけれど、お金はいらない、と言われて』
『まひろを将来、自分の嫁に渡す証拠だと、渡された』
祀られている存在は鬼だ。どうして自分達ではなく、生まれたばかりのまひろを道案内の対価にしたのか、と、ふたりは双方の両親から厳しく責められた。
◇
『自分達が助かる為に生まれたばかりの娘を犠牲にした』
後ろ指を差される様になった家守夫妻は親戚の中で孤立した。
「別に、ふたりのせいじゃあ、無いのに」
まひろに託した爪を通して現世を覗き見ながら、そう呟いた。
ふたりが、まひろを差し出した訳じゃない。
普通、生まれたばかりの赤子ですら、畏れを成して泣き叫ぶ筈の酒呑童子の姿を見ても、まひろが畏れる事無く無邪気に笑うものだから。
人間の言葉で言うのであれば、ひと目惚れ。と言うヤツだ。
ほんとうは、別に対価等求めてはいなかったのだけれど。まひろの無邪気な笑顔を見てしまったからには、どうしても、まひろが欲しくなった。
人間は、求婚の時に簪や櫛を渡すらしい。
酒呑童子の知る記憶では、確かそうだった。
酒呑童子は、そんな洒落たものは生憎と持ち合わせてはいなかったから、爪を1枚剥いで組紐に繋いでまひろに渡した。
◇
まひろは素直な子供で、何時も爪を身に付けていた。
学校に行く時はランドセルの御守り袋の中に入れていて、それ以外の時は常に首飾りとして身に付けていた。
だから、まひろがどこにいようと見付ける事は簡単だった。
裳着(酒呑童子の知る女子の成人)を迎える頃になったら、まひろを迎えに行こう。
そんなある日。
まひろの両親は殺された。
世間的には、『事故』、と言う事になっているが、酒呑童子はその『事故』が弥里に焦がれた男の引き起こした殺人事件だと知っていた。
「大怪我でも負えばいい、そうすれば、鬼に娘を渡す事をあっさり認める男に弥里は愛想を尽かすだろう」
修二は深夜、ふたりの車に細工をした。
結果、まひろは両親を喪った。
まひろの大切な両親を奪った人間等、この世に存在してはいけない。
酒呑童子がひと仕事している間に、まひろは遠縁の親戚の元へと身を寄せる事になった。
まひろは、爪を持っている。
見つけ出すのに、1分と掛からなかった。
◇
大輔はガタガタと震えていた。
おかしな風習のある村のお陰で、連続殺人鬼の自分が潜伏していても、村の人間は誰1人として気にも止めなかった。
頃合いを見て、八坂夫妻を殺害して、貯金を奪って逃走しても「イエモリ様の為さる事」とこの村では誰も気にも留めないと、犯罪者仲間の繋がりで聞いていた。
貯金を奪って海外に逃亡した後は、整形して顔を変えて、今まで奪って来たカネで豪遊しよう、そんな事を大輔は考えていた。
誰が、想像つく?
連続殺人鬼の前に、本物の鬼が姿を現す、だなんて。
「人、殺してるのか。面白いから?食べたい、から?」
どちらでも構わない、と呟きながら酒呑童子はくぱぁ、と、口を開けた。
「まひろに、不安要素は近付けたく、ない」
大輔は、何が起きたのか全く理解出来なかった。
それはそうだ、人間は、人間としか交渉しないものだ。人間とはそもそもの理の違う存在と交渉出来る筈が無かったのだ。
◇
イエモリ様が居なくなったとはいえ。昔から守られてきた風習を手放すのは難しい。
○○村では昔からのしきたりを守る家庭が大半だ。
子供は20歳まで夜間外出の時は保護者と手を繋いで歩くし、夜はスマホやタブレットは保護者が管理する。
月経期間中の女子は家屋からは出られないし、人の住む部屋と部屋の間には空室がある。
もうその空室を、使われる事は無いのだけれども。
まひろはなんにも知らなくていい。
ただ、令和の時代とはかけ離れた村に住んでいる、ただそれだけの認識で構わない、と酒呑童子は眠るまひろにすりすりと頬擦りしながら考えるのだった。
酒呑童子は自分の爪をまひろが持っていれば喩えまひろがうっかり彼岸に迷い込んでも見つけ出す事が出来ます。




