見られている順番
正しさは、
見守る顔をして近づいてくる。
その街で一夜を過ごすことは、難しくなかった。
宿は清潔で、食事は温かい。
水も、寝床も、困らない。
辺境とは違い、助けを求める必要すらない。
――用意されている。
それが、レイには少しだけ落ち着かなかった。
夜。
宿の窓から、街の灯りを見下ろす。
教会の尖塔は、暗くなっても目立っていた。
光を失わない。
導くためではなく、見えるために。
「……静かだね」
アインが言う。
「うん」
人は多いのに、騒がしくない。
音が、揃っている。
シロは部屋の隅で丸くなっている。
眠っているようで、そうでもない。
そのとき、
扉が、軽く叩かれた。
一度。
強くもなく、急かす様子もない。
レイは立ち上がり、扉を開けた。
白い装束の若い神官が立っていた。
昼に見た施療の場にいた顔だ。
「失礼します。
巡回の確認で参りました」
声音は穏やかだった。
疑う理由が、どこにもない。
「旅の方ですよね?」
「……そうだ」
「中央大陸へ入られたばかりかと。
体調やお困りごとはありませんか?」
言葉は丁寧で、距離も近すぎない。
“助けたい”という顔をしている。
アインが、半歩だけ下がった。
意識的ではない。
癖のような動きだった。
神官の視線が、一瞬だけアインに留まる。
長くは見ない。
だが、確かに測っている。
「同行者の方も?」
「問題ない」
レイが先に答える。
神官は微笑んだ。
「それは何よりです。
この街では、教会が皆さんの安全を見守っています」
見守る。
その言葉が、部屋の中に残った。
「明日、簡単な確認をお願いするかもしれません。
形式的なものですので、ご心配なく」
断る余地は、最初から用意されていない。
それでも、強制ではない顔をしている。
「分かった」
レイが答えると、神官は満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。
では、ごゆっくり」
扉が閉まる。
静けさが戻る。
アインが、しばらくしてから言った。
「……順番、来たね」
「何の?」
「見る順番」
声は低く、淡々としている。
恐れてはいない。
慣れている。
「ここでは、
みんな一度は見られる」
理由は言わない。
言えない、ではなく、言わない。
シロが小さく鼻を鳴らした。
外の気配に反応している。
レイは、椅子に座り直す。
「悪いことは、してない」
確認するように言った。
「うん」
アインは否定しない。
「でもね」
少し間を置いて、続ける。
「見られると、
そのままでいるのが難しくなる」
レイは、その意味をすぐには掴めなかった。
だが、
教会の尖塔が窓の外で光っているのを見て、
言葉にならない違和感だけが、胸に残った。
ここでは、
見られることが、守られることと同義だ。
そして、
守られるということは――
並べられるということでもある。
レイは、無意識に息を整えた。
確かめる必要はなかった。
ここでは、何も起きない。




