行き先を決めないまま
選ぶことと、
進むことは、同じじゃない。
廃施設を出ると、空気が変わった。
乾いて、軽い。
辺境のいつもの風だ。
それだけで、少しだけ身体が重くなる。
さっきまで、息が深く吸えていたことに気づく。
シロは、施設の外でも歩調を落とさない。
戻る気配はない。
アインは、少し後ろを歩いていた。
距離は一定。
近づきすぎず、離れすぎない。
「……ここ、どうするの?」
唐突に、アインが言った。
戻るのか、進むのか。
そういう意味じゃない。
“ここ”そのものをどうするのか、という問いだった。
「分からない」
レイは、すぐに答えた。
考えていないわけじゃない。
ただ、結論を出す材料が足りない。
アインは頷いた。
「うん。
分からないなら、いい」
否定も、安心もない。
レイは歩きながら、地図を取り出した。
父が残した、簡素な線。
海を避け、大陸を縦断する進路だった。
ここから先は、町とは逆方向だ。
教会の影響が強くなる場所。
人が多く、正しさが増える。
「町には、戻らない」
レイは、それだけ言った。
理由は言わない。
戻らない理由はいくつもあるが、
どれも決定打じゃない。
ただ、戻ると
何かを“説明”しなければならない気がした。
シロが足を止めた。
振り返り、短く鳴く。
待つ、という合図。
アインがレイの横に並ぶ。
「ね」
小さな声。
「どこに行くの?」
レイは答えなかった。
代わりに、地図を畳む。
「決めてない」
アインは少し考えてから、言った。
「じゃあ、一緒に行ってもいい?」
許可を求める言い方じゃない。
確認に近い。
「……危ないかもしれない」
「うん」
「覚えられないかもしれない」
「それは、いつも」
アインは、少しだけ笑った。
「でも、ここより先のほうが
長くいられる気がする」
理由は言わない。
勘とも違う。
“慣れた感覚”だった。
レイは、少しだけ考える。
誰かを連れて行く決断は、
一人で進むより、重い。
だが、ここで
「一人で行く理由」も、見つからなかった。
「……好きにしていい」
許可でも、拒否でもない。
ただ、決めなかっただけだ。
アインは頷く。
「うん。
じゃあ、一緒に行くね」
その言葉に、
責任の重さはなかった。
シロが歩き出す。
進行方向は、地図の先。
レイは最後に、もう一度だけ廃施設を振り返った。
神がいらなかった場所。
だが、ここに留まる理由もない。
――ここは、始まりじゃない。
レイは歩き出す。
行き先を決めないまま。
それでも、足は止まらなかった。




