名を呼ばれない夜
夜は、
答えを求めない。
だから、
ここでは眠れる。
日が落ちるのは早かった。
谷に影が溜まり、
空の色が低くなる。
焚き火を起こす場所を探しても、
決まりきった跡は見つからない。
ここでは、
「ここで休め」という合図がない。
レイは、足を止めた。
岩の陰。
風を避けられる。
それだけだ。
「ここでいい」
誰に向けた言葉でもない。
アインは黙って頷き、
荷を下ろした。
シロは周囲を一回りしてから、
少し離れた場所に伏せる。
見張るというより、
そこにいるだけだ。
火が起きる。
音が小さい。
煙も少ない。
誰かに見せるための火じゃない。
アインが、火を見つめている。
揺れに、
目の焦点を合わせていない。
「……ねえ」
小さな声。
レイは顔を上げた。
アインが、火を見つめたまま言った。
「ここ、呼び止められないね」
レイは、少し間を置いて頷いた。
それ以上、言葉はいらなかった。
正しいとも、
間違っているとも言わない。
アインは、それで納得したようだった。
夜の音が、少し増える。
虫の羽音。
遠くの水音。
人の気配は、ない。
それが不安かと問われれば、
そうでもない。
代わりに、
肩に乗っていたものが、
いつの間にかなくなっている。
レイは、手を握って開いた。
力の入り具合は、いつも通りだ。
ただ、
確かめる必要がない。
「今日は、
何も起きなかったね」
アインが言う。
「うん」
「それって……」
言いかけて、
やめる。
続きを言わなくても、
この場所では困らない。
シロが、低く息を吐く。
眠る合図。
レイは、火から目を離した。
暗闇は、迫ってこない。
広がっているだけだ。
名を呼ばれない夜。
役割も、
順番も、
確認もない。
それでも、
眠れる。
レイは目を閉じた。




