触れてはいけない距離
争いは、
望まなくても起きる。
理由がなくても、起きる。
道は、いつの間にか細くなっていた。
舗装は残っている。
だが、人の手が入った形跡が薄い。
足音が、少し遅れて返ってくる。
「……ここ」
アインが立ち止まった。
警戒ではない。
居心地の悪さに近い。
レイも足を止める。
風が、一定じゃない。
強くも弱くもならない。
向きだけが、定まらない。
シロが前に出た。
尾を低く保ち、
視線を左右に走らせる。
――来る。
そう判断する動きだった。
草の間で、何かが動いた。
擦れるような呼吸。
低い音。
姿が見えた瞬間、
それが人ではないと分かる。
獣型。
だが、シロとは違う。
体躯は歪み、
輪郭が安定していない。
目が合った。
次の瞬間、
それは飛び出してきた。
速い。
一直線。
「下がって!」
レイが叫ぶより早く、
シロが踏み込んだ。
衝突音。
空気が震える。
獣は弾かれ、
地面を転がる。
すぐに起き上がるが、
動きが揃わない。
シロは追わない。
距離を保ち、
進路を塞ぐ。
獣が唸る。
威嚇ではない。
焦りに近い。
再び、突っ込んでくる。
今度は、横。
シロは真正面から受けない。
半歩ずらし、
体当たりで軌道を逸らす。
獣の体が、
不自然な角度で跳ねた。
――力の差じゃない。
何かが、噛み合っていない。
三度目の突進。
途中で失速した。
脚がもつれ、
地面に崩れる。
シロは一歩踏み出し、
低く唸った。
警告。
それ以上、来るな。
獣は、
しばらく身を震わせていたが、
やがて後退した。
草むらへ消える。
音が、戻る。
風が、また一定になる。
レイは、息を整えた。
「……倒さなかったな」
シロは振り返らない。
それが答えだった。
アインが、小さく息を吐く。
「あれ……」
少し間を置く。
「長く、立っていられない感じだった」
評価でも、判断でもない。
ただの感想だった。
レイは、さっきの獣を思い返す。
暴れていたわけじゃない。
ただ、
近づきすぎただけだ。
「……行けるか」
シロが、少しだけ振り返る。
進める、という合図。
三人は、再び歩き出した。
ここでは、
強さだけが答えじゃない。
触れてはいけない距離が、
確かにあった。




