最終回【後編】エピローグ
聖塔の頂から放たれた黄金の光は、シラクーザ全土を優しく包み込んだ。
カサルの肉体は二十歳の青年の姿へと急成長を遂げ、その深淵なる一等級核【魂】の力は、彼の意識を無数に分裂させ、国民一人一人の精神の深層へと送り届けた。
「……お前達。長い夢から覚める時間だぞ」
シラクーザの全住民の脳内に、カサルの穏やかで気品に満ちた声が響く。
マリエの『悪魔』の契約とメディシスの『魅惑』の魔法によって塗り潰されていた思考が、カサルの『魂』の魔法触れ、鮮やかな色彩と「迷い」を取り戻していく。
人々は立ち止まり空を見上げ、自分が「生きていた」ことを思い出し───絶望した。
カサルの魂の断片は、かつての仲間たちの元へも現れた。
◇
まずは、ヴェズィラーザム銀行。
リヒャルトライン、ゾーイ、そして一三人の少女たちの前に、神々しい光を纏った青年のカサルが立つ。
「あなたは……?」
「カサルどしたの、おっきいじゃん」
ゾーイはピーチティを飲みながら、大きくなったカサルを見上げる。リヒャルトラインは初め気づいていなかったが、ゾーイの言葉でもう一度カサルを見上げると驚いて口を覆った。
「……驚かせてすまない。リリ、ゾーイ。そして未来の宝たち。……これからのシラクーザを、ヴェズィラーザムを頼む。そういうお別れの挨拶をしにやって来た」
「もう会えそうにないの?」
ゾーイはカサルの状況を把握しているかのように、そう訊いた。
「え、そうなんですか!? 」
リヒャルトラインは慌てて任された業務で今後最も課題だった後任探しの件についてカサルに伺いを立てようとしたが、カサルにそれは止められた。
「リリ、お前はその地位に見合うだけの実力がある。もう少し自分を評価してやれ」
「は、はい!善処します!」
「ゾーイ、お前は一番小さいが、きっと誰よりも一人で逞しく生きていけるだろう。……そんなお前に頼みがある。弟のザラを頼めないだろうか」
カサルが最も大切にしているヴェズィラーザム領の未来を託すに値する人として、カサルはゾーイを選んだ。彼女のヒラメキにはカサルは何度か助けられている。
その天啓をザラと共に活用して欲しかった────のだが。
「カサルがつべこべ言う必要なくない?彼の誠意次第なとこあるし」
そう言ってカサルの願いをゾーイは笑って一蹴した。
しかしカサルにはそれで充分だった。
「フッ……まあそうだな。後はアイツ次第か。タヌキはいるか?」
「ゴンザレスさんは今、死装束機関の人々と病院を立ち上げるために医学を勉強しているらしいです。ヴェズィラーザム領にも何件か病院が立つ予定ですよ」
「そうか……アイツが人の命を……」
メモが無いとすぐに忘れてしまう物忘れの達人である彼女が医者に。その先の未来を考えることを止めたカサルは笑顔で「頑張るように伝えてくれ」と言い残して、タヌキへの伝言をやめた。
「メディシスはいるか?」
「メディシスさんは……」
リヒャルトラインがそう言いかけた時、執務室の扉がバンと開いた。
「いますけど。何ですか?」
少女に呼ばれて焦って走ってきたのか、若干汗ばんでいるメディシスが扉の前に立っていた。
彼女のおかげでカサルは聖塔にいる半年の間、常にゴシップの標的にされ風評被害をまかれ続けた、因縁の相手だった。
「メディシス……お前には一杯食わされたまま終わってしまったが、それはお前が一重に誰にもない野望と優秀さを兼ね備えていたからだろう。これからもその力でマリエを支えてやってくれ」
「あなたに言われずとも、そのつもりです。私にはこれからもっと、世界中の人々に私の美しさについて知って貰わなければなりませんから」
「あぁそうかい。……それと秘密を守ってくれてことには礼をいっておこう。我たちは隠し事が多すぎた。大変だっただろう」
「そのことでしたらお気になさらず。そんなこと以上に悪目立ちする悪癖の塊じゃないですか」
「ハハッ。やっぱりお前嫌いだ」
「私もです。マリエがなぜあなたのことを好きでいるのかまるでわかりません」
カサルはこの野心に満ち溢れた女の破滅がこの目で見られないことが残念で仕方がなかった。
仕方がないので相槌を打ち、それから最後に13人の少女達一人一人の目を見て、その小さな手に「自由」という名の責任と言葉を託していった。
◇
そして、東方貿易の拠点。ヘルメスの前に現れたカサルは、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「ヘルメス。お前に頼みがある。……シラクーザの初代財務大臣として、この国の血流を整えてはくれないか」
ヘルメスは、変わり果てた主人の姿に圧倒されながらも、商人としての誇りを胸に首を横に振った。
「……へい、若旦那。お言葉ですが、あっしには自分でやりてぇことがありやす。カサル経済圏を、もっとデカく、誰も手が届かねぇ場所まで広げてぇんですわ。申し出は嬉しいですが……公務員なんて柄じゃあございやせん」
かつてのカサルなら、不敬だと切り捨てたかもしれない。
だが、大人になったカサルは、ゆっくりと、深く、ヘルメスの前で腰を折った。
「……分かった。ヘルメス、お前の意志を尊重しよう。だが、お前がいてくれないと我の作った世界は回らない。……どうか、我の力になってくれないか」
その光景にヘルメスの瞳から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
あの傲慢で、働きたくないと言い放っていた若旦那が自分のために頭を下げる。
それがどういう意味か、ヘルメスには分からないワケがなかった。
誰かのために頭を下げる、それが出来るのは大人になった証拠だ。
カサルは外見だけではなく、本当に大人になってしまったのだとヘルメスは寂しく思っていた。
「……分かりやした。二年だけ。この国に忠誠を誓いやす。それ以上はあっしにも夢があるんで」
「ああ、それで構わん。……すまない。お前には何かと世話をかけてしまったな」
「こちらこそ。旦那には返せねえ恩が出来ちまった。これからはどうされるんで?」
「さあな。だがしばらくはこの世界に干渉出来ない場所にいる。だからこれはお別れの挨拶だ」
「そうですかい。旦那も向こうで達者にやってくだせえ。そんでもしこっちに顔出せるようになったら、一報くだせえ。飛んでいきますんで」
「その頃にはもうシラクーザに留まらない、世界の経済王かもな」
「任せてくだせぇ。あっしは世界に名前を轟かせる商人になりやす。旦那にも聞こえるぐらいのね」
「そうか。ソイツはいい楽しみが出来たな──────それではな」
そうしてカサルは光となって消えた。
ヘルメスは一人、商人特有の笑顔のまま、静かに涙を流して友を見送った。
◇
最後にカサルが訪れたのは、嘆きの塔。
白いガーベラの舞う風と共にやってきた青年を一目見て、マリエはその青年が自分の愛したカサルであることを確信した。
「カサルちゃん……。そんなに大きくなって……」
「マリエ。お前はこれから、我の代わりに世界を見守っていてほしい。……我はこれから聖塔の管理者として、人と関わることはできなくなる」
マリエは何も言わず、ただ優しい顔でカサルを見つめた。
彼女の計画は、カサルの自己犠牲によって瓦解した。だが、彼女の瞳に絶望はなかった。
「あの手紙ってやっぱりカサルちゃんが書いたんだ」
彼女の手にはカサルの手紙がグシャグシャに握りつぶされている。
カサルはそれがいい意趣返しになったと、微笑を浮かべながら話を続けた。
「……あの時はまさか、【魂】の魔法で、最後に会えるとは思ってなかったからな。今はこうして魂を分けて、皆の下に挨拶周りというわけだ。ザラや父上や母上も皆寂しそうにしていたよ」
「そっか。私も寂しいな……どうしても行っちゃうの?」
「ああ。それが我の償いだ」
カサルは覚悟を決めている目で、マリエをみていた。最後の最後まで、やはり彼女は何を考えているか分からない。それは一等級異端核保持者になっても変わらなかった。だからこそ飽きなかったし、楽しい旅だった。
「……わかったよ、カサルちゃん。……最後に一つだけ、お願いしてもいい?」
「なんだ?」
「……抱きしめて。魂だけでもいいから」
マリエは涙をひとしずく流した。
それにカサルは躊躇わず、実体を伴わぬ腕で、マリエを優しく抱きしめた。
――その瞬間だった。
「……アハッ。盗った」
マリエの『悪魔』が、かつてない禍々しい輝きを放った。
彼女はカサルの魂が自分と重なった一瞬を逃さず、その霊的エネルギーの一部を吸引し始める。
「……っ!? マリエ、お前、何を!」
カサルは抵抗し、魂を集結させて彼女の吸引から逃れようとした。だが、シラクーザを襲った龍災の際、民衆を救うためにマリエと交わした「貴方の人生は全て私のモノ」という血の契約が、神となった彼の足を強く縛り付ける。
想像を絶する力によって、カサルの内側から「マリエを愛する情動」だけが引き剥がされ、一体の人形へと濁流のように流れ込んでいった。
「カサルちゃん。あなたは世界を救ったけど……私は、世界なんてどうでもいいの。私は、あなたに愛されているこの世界が、大嫌いなんだよ」
魂の抜け殻となった博愛主義のカサルの本体は、消え入りそうな光となって聖塔へ逃げ帰った。
後に残されたのは、マリエに捕らえられ、抵抗虚しく一体の『カサルちゃん人形』へと定着させられた愛の欠片。人形は魂を得たことで不自然に瞼を震わせ、そこにあるはずのない心音をドクンと鳴らした。
「……マリエ、やめてくれ! 我がバラバラになってしまう!」
人形の口から漏れる、少年のままの声。マリエはその人形を愛おしそうに頬ずりし、恍惚とした表情を浮かべる。
「私から逃げるために───私に別れの挨拶をしに来るなんて本当に馬鹿な人……」
マリエの背後には、神の首に鎖を巻き付け、地獄へと引きずり込もうとする悪魔の影が立ち上がっていた。驚愕するカサルの魂は人形に閉じ込められ、抗うことすらできない。
「マリエ、お前に『夢』はないのか? もっとマシな理想に向かって進めば、お前だって……」
「私に夢なんてないよ。あるのは、私とあなたの間に立ち塞がる、どこまでも高く長い『現実』という壁だけ。……でも、カサルちゃんのおかげで、たった一つだけ目標ができたかな」
マリエの瞳に、王都を焼き尽くす炎のような色が宿り、彼女の口角が吊り上がる。
「シラクーザを地獄に落とすの。それでレビスさんを玉座から引きずり降ろして、シラクーザをめちゃくちゃにしちゃうの。そうすれば、また『二鍵の聖選』が始まるでしょ? そうしたら……あなたが閉じこもっている聖塔の扉が、また開く。そうでしょ?」
マリエは、事も無げに国家転覆を宣言した。
「正気かマリエ……! お前は我を、自分一人のモノにするためだけに、この世界に戦争を仕掛ける気か?」
「しょうがないよ。私よりシラクーザの方が魅力的なんでしょ? だったらぁ、壊して更地にするしかないじゃん。……そしたらさぁ、今度こそ二人きりで顔合わせてさ、泣いて私に懇願してよ。カサルちゃん」
「やはりお前のことが理解できん。我はマリエも世界も、どちらも好きなんだぞ……?」
「フフッ……。私も、なんで天才のカサルちゃんがそれを理解できないのか、わからないなぁ」
月光に濡れたマリエの微笑みが、最後に一度だけ、少年の名残を宿した人形の瞳に注がれた。
直後、シラクーザの夜空を支配していた黄金の残光が、砂時計の最後の一粒が落ちるように、静かに、しかし決定的に消失した。
彼女は、もはや人の物ではなくなった愛おしい「魂」が宿る人形を、壊れ物を扱うように、そして何よりも強欲に抱きしめる。一歩、また一歩。マリエが『嘆きの塔』の影へと足を踏み入れるたび、その姿は夜の深淵に溶け、境界線を失い、ついには最初からそこに誰もいなかったかのように忽然と姿を消した。
それは、一人の少女による、世界に対する最も美しい宣戦布告でもあった。
同時刻、シラクーザ全土に張り巡らされていた『ギルド・マリエ』の影もまた、呼応するように動いた。
ヴェズィラーザム領の空を鉄壁の規律で守護していた空賊船団は、一斉にエンジンを切り、雲の中へと霧散した。嘆きの塔を堅牢に守護していたはずの看守たちもまた、誰一人として足跡を残すことなく、詰め所に冷えた紅茶だけを遺して闇へと消え去った。
後に残されたのは、あまりにも清浄で、あまりにも静かな、守護なき夜の都のみ。
歴史の表舞台から、一人の天才少年と一人の魔女の姿が永遠に失われたその瞬間。
シラクーザの風は、主を失った悲しみではなく、これから始まる人間たちの混沌とした、しかし自由な「時間」の到来を祝うように、力強く吹き抜けていった。
◇
数年後。
シラクーザは、かつてない混沌と繁栄の中にあった。
コンテナが運ぶ物流は人々に忙しさと安定を約束し、人々はカサルが遺した「魔導手形」とマリエが意図せず残した「労働の美徳」を基盤に、自由に富を築いていた。
外界では、マリエ・ヴェズィラーザム率いる『魔王軍』が、時折経済の要所を襲撃し、世界を震撼させている。だが不思議なことに、その軍勢がやってくる前には必ず謎の『カサルちゃん人形』が予言を遺し、人々を未曾有の危機から救うのだという。
「あっちの我は相変わらず大変だな」
聖塔からシラクーザを覗くカサルはほくそ笑んでいた。
壊そうとする者と、守ろうとする者。
二人きりの世界を望む悪魔と、未来を見据えた人形。
その奇妙で歪な追いかけっこが続く限り、シラクーザの発展が止まることはないだろう。
「だが……退屈しなくていい」
聖塔の窓から、新開発の杖による炎魔法の大火災が見えた。
騒がしいなと独りごちるカサルはソファに寝そべり、一口サイズのアーモンドを口に運んだ。
その混沌とした美しさを枕に、カサルは長い不労を謳歌し続ける。
更なるシラクーザの発展を、皮肉な微笑みと共に願い続けながら。
(ゴスロリ貧乏貴族は天才発明家(男の娘)!? ~働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました~ ――完――)
完結しちゃった……。
途中からガバの目立つところもあったかも知れませんが、何とか風呂敷を畳むことができたのではと、思う次第です。
役二ヵ月半ですか。毎日投稿し続けてついに完結です。
長かったような、短かったような。
これも全て最後まで見てくださった読者の方々がいたおかげです。
無難なことしか言えませんが、コレは本当です。
小さい頃から自分は他にも色んな小説を書いて来たのですが、完結したのはコレが初めてのことでした。
何が違うのかな?と考えたらやはり沢山読んで貰えた、ということが大きかったと思います。
自分は現金なやつです。
読まれ続ける限り更新はするし、修正も加えてもっと読んで貰おうとする浅ましき獣でもあります。
だからこそ、読者の方には感謝を伝えたかった。
自分の小説を読んで下さって、本当にありがとうございました。
この作品は自分に未熟さや、色んな技術の足りなさを痛感させてくれたと同時に、伏線回収のやり方や、物語の閉じ方などを教えてくれた作品だとも同時に思いました。
これから先もっとこの作品を糧に、更なる文体と面白さの向上を追及し、自分の本が出せるように頑張りたいと思います。
重ね重ねではありますが、ご愛読ありがとうございました。
蛇足の蛇足、もはや宣伝。
次の小説はもう書き始めているのですが、SF×異世界ファンタジー×お仕事系とかいう謎ジャンルでして、しかも一人称なので基本お勧めしません(今回も男の娘×貴族×魔法×物流×政治×発明みたいな闇鍋やっといて今さらですが)。
ですが、毒舌とジョークがこの小説に近いので、それが好きな方にはハマるかも知れません。
投稿はしばらく先になると思いますが、その時に見つけたらまた読んで下さい。
それではまた、次の小説でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ(´・ω・)ノシ(´・ω・)ノシ




