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ゴスロリ貧乏貴族は天才発明家(男の娘)!? ~働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました~  作者: 星島新吾
終章:二鍵の聖選編

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働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました

「マリエ・リーベ。大人しく(ばく)につけ。……抵抗すれば、容赦はしない」


 シェリングの冷徹な宣告が、血と(さび)の匂いが漂う『更生リゾート』に響き渡った。

 だが後入りして取り囲む聖法捜査局の面々や、愕然(がくぜん)と立ち尽くす新王レビスを前にして、マリエはただ、穏やかに微笑んでいた。


「アハッ、抵抗なんてしないよ。……だってこれで私の役目は、全部終わりだもん」


 マリエは自ら両手を差し出し、魔法を封じるミスリルの手錠を「宝物」を受け取るかのように受け入れた。その瞳には後悔の色など微塵もなく、むしろ長いマラソンを完走した直後のような、清々しい達成感さえ宿っている。


「どういうことでしょう……?」


 オーモンドの呟きは、その場にいた全員の困惑を代弁していた。ここに来れば捕まることは、天才でなくとも予見できたはずだ。抵抗の素振りすら見せない彼女の真意が、誰にも掴めない。


「マリエ……お前、本気でこんな地獄を作って、許されると思っていたのか?」


 カサルの問いに、マリエは慈愛に満ちた瞳で首を傾げた。


「きっとカサルちゃんは私を許してはくれないだろうね。……それは、始める前から分かっていたよ。でも、こうでもしなければ、世界があなたに追いつけないもの。……カサルちゃん。私はあなたを、独りぼっちにはしたくないの」


 マリエは、カサルが行う機械化の果てに起こり得る選別――真に有能な『一部』だけが命を削って働き、それ以外の人々はただ管理されるだけの記号へと堕ちる未来を予見していた。そして、その世界で最も過酷に働くことになるのは、誰よりも優れた知性を持つカサル自身である、と。


 マリエはその真実に気づいた時、例えどんな『悪』として断罪されようとも、彼の『不労』を現実にするための生贄になる覚悟を決めたのだ。


 そしてこの半年間、マリエは自ら()()()()()()()()()()()()にひたすら従事し、そして自分の考えは間違いでない事を証明した。


「本当は貴方も分かっていたんでしょう? 合理性を極めた先に、不完全な『人間』の居場所なんて無いってこと。……だから、私が代わりに、世界から『無駄な心』を全部消してあげたんだよ。さあ、カサルちゃん。私の作ったこの世界を、存分に楽しんでね」

 

 そう、マリエはカサルの理想を理解していなかったわけではない。理解していたゆえにその未来で起こりえる、カサルの『不労』という夢が叶わないことを理解して、その未来を変えるべく動いていたのである。


 連行される直前。マリエはカサルの耳元に顔を寄せ、恋人同士のような甘い囁きを遺した。


「……また、すぐに会えるからね」


 カサルはその言葉の「物理的な重み」を、数時間後に知ることになる。


 ◇


「……カサル君。……お帰りなさい」


 マリエが王都の『嘆きの塔』へ収容されてからわずか数日。


 ヴェズィラーザム本邸の執務室でカサルを待っていたのは、決まりの悪そうな顔をしたリヒャルトラインだった。マリエを止められなかった罪悪感か、あるいはこれから起きる事態への恐怖か。彼女の顔色はお化けのように白い。


「……リリか。ハァ、いや、今は何も言うまい。……それで、この状況は何だ」


「……マリエは、自身の身柄に『身動きが取れなくなる』ことを発動条件として、あらかじめ魔法契約――『自動継承契約(オート・サクセション)』を設定していました」


 リヒャルトラインが、一枚の羊皮紙をカサルの前に差し出した。そこにはマリエの流麗な署名と、カサルが彼女に預けていた『子爵印』が、禍々しい魔力を帯びて押印されている。


【契約内容:マリエ・リーベが職務不能(逮捕、死亡、失踪)に陥った際、彼女が所有する『ギルド・マリエ』の全利権、および王都シラクーザの全物流・情報網の管理権は、直ちにヴェズィラーザム家長子、カサル・ヴェズィラーザムへ無償譲渡されるものとする】


「……は?」


 カサルは、己の視覚に異常をきたしたのではないかと疑った。


「カサル君。現在の『ギルド・マリエ』は、王都の食料、水道、魔導灯の維持管理、さらには聖法捜査局の給与支払い、果ては全監獄の運営権まで代行しています。……平たく言えば、この国の『心臓』そのものです。マリエは、各領地の経済面でも独裁的な指揮を執っていましたから……それら全ての仕事も、『代行』していただきたく……」


 リヒャルトラインが申し訳なさそうに告げると、今度はヘルメスが満面の笑みで、ドサリと一抱えもある書類をカサルの机に積み上げた。


「現在、新王が決まったばかりで国の行政機関は完全にマヒ状態。……つまり旦那。今この瞬間から、この国の全ての『決済』と『苦情』と『仲裁』に判子を押せるのは、世界で旦那ただ一人だけになってやす。ヘヘッ、ご愁傷様です!」


 ヘルメスは経済王として君臨した挙句、マリエ側について更なる巨万の富を得たのか、いたくご機嫌だった。


 彼はカサルのためになるとマリエにそそのかされ、東方大陸の経済支配を交換条件に、マリエが半年間好き勝手に振る舞うのを黙認していたのだ。


 おかげでヘルメスはシラクーザ全土はおろか、東方大陸の経済までもその掌中に収め、今や世界一の大商人となっていた。そんなホクホク顔の彼によって突きつけられたのは、マリエが消えた今、この国に残された「天文学的な量の仕事」だった。


「…………」


 カサルは、目の前にそびえ立つ「仕事の山」を、呆然と見つめた。

 

 独裁体制だからこそ可能であった、各領地を巨大な機械のパーツとして運用する宗教産業システム。半年という短期間で、ギルド・マリエは経済という名の軍隊で全土を征服していた。全土地、全国民に「最も合理的なタスク」を割り当て、熱意とやりがいによって無制限に働かせる。そして軍がそれを監視する。

 

 それは、魔法と魔導革命が最悪の形で噛み合った結果生まれた、殺人的な『生産力』の怪物。人権という「非効率」を排除すれば、人間はここまで豊かになれるという残酷な証明。人々は着る服や食べ物の質が劇的に向上した結果、その対価として、白濁とした瞳で労働に従事することに悦びを感じる「信徒」に成り果てていた。

 

「待て待て……。(オレ)は、誰も働かなくていい『不労の楽園』を作るために頑張っていたんだぞ……」


「皮肉なもんですなぁ。マリエ様は、旦那から『敵』も『悩み』も全部盗んで、最高の環境を用意して出迎えたんですがねぇ。……その結果、旦那は世界で一番『代わりのいない、忙しい男』になっちまったわけだ。ハッハッハッハッ! いやぁ、笑っちゃ悪かったかな、へヘヘッ。そいじゃ旦那、あっしは商談がありますんで、また後で!」


 ヘルメスが含み笑いを浮かべながらペコリと頭を下げて退室すると、それを見送っていたシェリングが、ニヤリと笑ってカサルの肩を叩く。


「おめでとう、少年。……いや、『国家経済の支配者』様。さあ、一発目の仕事だ。俺たちの半年分の未払い給料、とっとと決済してくれや。ほら、判子頼むぜ」


 放心するカサルの右手を無理やり動かし、書類に判を突かせると、シェリングは「娑婆の空気は最高だぜ」と言い残して、オーモンドと共に去っていった。


 残されたのはカサルと、マリエの親友であるリヒャルトライン。カサルの手元には、半年分の国政の山と、そして――マリエが収容された『嘆きの塔』の住所だけが、誘うように置かれていた。


「とりあえず……この、いつ(オレ)が過労で死んでもおかしくない状況を……何とかしなければならん。まずは権利を分散させ……とにかく、レビスとヴォルグ公爵だ。二人にもこの絶望をお裾分けしてやらねば……特に内政なら、ヴォルグがもはや一番信用に足る男だからな」


 カサルは絶好調に回復した体を引きずり、絶望を胸に旗艦『愚者(ザ・フール)』へと乗り込んだ。

 一方、王都の高級牢獄『嘆きの塔』。


豪奢な寝椅子に身を横たえ、マリエは窓の外、夕闇に赤く染まりゆく王都の空を眺めていた。

 フォークの先にあるのは、カサルが最も好む「表面は香ばしく、中は体温ほどに温かい」絶妙なレア加減に仕上げられた一ポンドのステーキだ。


「ふふっ。……カサルちゃん、今ごろ頑張ってるかなぁ。……大丈夫だよ。あなたが疲れ果てて『もう無理』って泣いて謝ったら、私はいつでも、あなたを抱きしめてあげるからね」


 マリエは、カサルを誰よりも理解していた。

 彼は無から有を生み出す天才的な「発明家」ではあっても、維持と調整を繰り返す「経営者マネージャー」ではない。

 

 どれだけ利権を他人に配り、責任を分散させようと足掻いたところで、彼が「頂点」として君臨している限り、世界という巨大な歯車から吐き出される不協和音は、すべて決裁者である彼の元へと集約される。


 カサルが合理性を突き詰めれば突き詰めるほど、その仕組みを維持するための「労働」が彼自身を絞め殺す――。それこそが、マリエが緻密に描き上げた未来地図の正体だった。


「……ふぅ。たまには、こういう『休暇』も悪くないかな」


 ルビーのように輝く高級ワインを喉に流し込み、マリエは傍らに控える看守へデザートを注文する。

 そしてその注文に従順な態度で遂行する看守たち。


 この嘆きの塔にいる看守全員が、すでにマリエの信者となっていた。

 それは魔法による力ではない。


 不正を厭わず正義を実行するその英雄的姿勢と、玉座が真空化し、荒れた国の腐敗を文字通り一掃し、シラクーザに青空を取り戻した英雄に対する、純然たる敬愛だった。


 彼らにとってマリエ・リーベとは、たったの半年で飢餓を地上から消滅させ、既得権益から民衆を守り、他国との関係を築き上げながらも、同時に全ての人間に平等な機会を与えた初めての指導者だった。


 自由は以前よりも少なくなったかも知れない。しかしその自由の中でなら自分達は幸福に生きる事を許されている。その希望の象徴としてマリエ・リーベの名前は国民の心に楔のように突き刺さっていた。


 ゆえに彼女の牢獄は、命を捧げることを厭わない兵士達によって堅牢に守られる。一人は自分の家族が受けた義理の恩返しのために。また一人は、未来ある世界に彼女が必要だと確信を持って。


「マリエ様、何かご不便はございませんでしょうか」


「うん、何もないよ。私はここで待つだけ。……あぁ、でも、もし何か難しいお仕事があるなら持ってきてもいいよ? 私が全部、代わりにやってあげるから」


 勤労の権化マリエによる、本当のギフト。

 カサル・ヴェズィラーザムが自由を求めて、自らこの檻の扉を叩く日は、そう遠くないはずだった。



伏線回収完了です。

カサルは働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました。


次回は最終回前編…の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


───蛇足───

一応、全て書き終えた後大規模な修正を加えるつもりです。

何処がどう加筆修正されるかなどは、どこかで告知すると思います(たぶん活動報告?)。

なのでここまで読んで下さった読者のあなた。

あなただけが今、この時点の原稿を読むことができた読者になります。

ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。

やがてこのメッセージも修正後には消えてしまいます。

それまで短い間ですがこの原本である、

【ゴスロリ貧乏貴族は天才発明家(男の娘)!? ~働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました~】を楽しんでください。





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