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ゴスロリ貧乏貴族は天才発明家(男の娘)!? ~働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました~  作者: 星島新吾
第三章:ヴェズィラーザム領復興/天空物流革命編

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おバカ貴族と華麗なる的外れ推理

塔での生活が始まって一ヶ月。


 『二鍵の聖選』は、歴史上類を見ないほどの泥沼に沈んでいた。


 何度投票を繰り返そうとも、五人の候補者たちの票は絶妙に分散し、誰一人として過半数に届く兆しすら見えない。それどころか、昨日までレビス派だった貴族が今日は唐突に芸術を語り始め、熱烈なヴォルグ信者だった枢機卿が突如として経済の重要性を説き出す始末。


「今なら、あのメディシスも許せるだろうな」


 そう呟きながら、カサルはマスカットを口に含む。

 このところ裏切りの連続で、他人が全員クズに見え始めていたカサルだが、彼のために用意されたこの豪華な一室だけは、外界の狂気が侵食していない唯一の聖域として、彼の心身を癒していた。


「……ふむ。このマスカット、絶妙な冷やし加減だな。褒めてやろう」


 カサルは絹の寝巻きを翻し、ふかふかのソファに寝そべりながら、一口サイズのフルーツを再びフォークで突き刺した。窓の外には、霧の深い王都シラクーザを一望できる絶景が広がっている。雲海の上を飛んでいるような、非日常的な高揚感。カサルの右腕の傷は、この一ヶ月の「強制療養」によって驚くべき回復を見せていた。思いもよらぬ天の恵みを感じつつも、彼の知性は当然のように疑念の牙を研いでいた。


「勿体なきお言葉です、猊下。本日もお口に合いましたようで」


 雑務係のザイルが慇懃(いんぎん)に頭を下げる。彼の背後のワゴンには、カサルが読みたがっていた稀覯本(きこうぼん)や、東方の香りがする最新の茶葉が完璧に揃えられていた。ザイルは普段、教皇の傍仕えとして働いているらしく、その気配りの全ては教皇(彼女)に向けられているという。


(教皇め……なんと羨ましい環境を独占していたものだ)


 そんな優雅な時間に、ノックの音と共に「選定者」の無機質な声が響く。

 二十四時間休まず動いているというから、やはり人間かどうかは怪しい存在。


 睨めっこでは無敗、塔内で上映された悲劇の演劇でも瞬き一つせず、感情の揺らぎすら見せない。食事に誘えば同席し、ポーカーでは進んでディーラーを務める。サービス精神はあるようだが、ドレスを着せようとすると静かに拒絶するあたり、自らを「人外」として演出することに余念がない。


(人間は余白があれば、その穴埋めを好意的に行うものだ。アレなりに自分を美しく映すため、あえて装飾を削ぎ落とし、神秘という名の余白を作っているのではないか)


 カサルがそんな邪推を巡らせるほどには、彼には暇な時間が溢れていた。

 そんな彼の元に、新たな「玩具」が到着する。


「……外部ヨリ、調査員二名。猊下ノ召喚ニヨリ到着シマシタ」

 

 「選定者」は体を先に捻り、後から頭が追いかけてくるような不自然な動作で、持ち場へと去っていく。アレは誰かに見られている限り、機械の真似事をやめないのだろう。もしかすると人がいなくとも、この無機質な演技を続けているのかもしれない。


 そんなアレをカサルが少しばかり不快に感じるのは、互いに「何か」を演じ続けているという、ある種の同族嫌悪からくるものだろう。


 その人形と入れ替わるように入ってきたのは、場違いなほどにすすけた、神秘とは対極に位置するコートを纏った二人組。カサルが外界より呼び寄せた猟犬たちだった。


「……うげぇ。なんだよ、この不自然に綺麗な空気は。喫煙者が全員絶滅した世界ですか、ここは?」


 気怠げに首を回しながら入ってきたのは、聖法捜査局のシェリングだ。後ろでは、以前よりさらに丸みを帯びたオーモンドが、塔の豪華さに目を白黒させて震えている。


「よう、探偵ごっこの最中に悪いな、悪徳領主。……いや、今は『枢機卿猊下』とお呼びすべきかな?」


 煤けたトレンチコートを翻し、シェリングが薄笑いを浮かべて部屋に足を踏み入れた。その目は、あまりに清浄な塔内の空気を拒絶するように、鋭く室内を値踏みしている。


「皮肉はよせ、シェリング。……まぁ座れ。国家の一大事だ」


 カサルは絹の袖から包帯の覗く腕を優雅に動かし、対面のソファをゆったりと手招きした。シェリングは遠慮なく、泥のついたブーツを最高級の絨毯に沈ませ、差し出されたヴィンテージ・ワインを一口で煽る。


「……あぁ、クソ。喉に刺さる」


 シェリングが空のグラスをテーブルに置くと、その後ろでオーモンドがハンカチを握りしめ、塔の装飾に目を白黒させながら震えていた。


「……で、一体何の用だ。こっちは『宗教改革』とかを謳う背信者に、汚職の大掃除で大忙しだってのによ。アンタ、こんな贅沢な檻の中で何してやがる?」


「汚職だと?」


 カサルが片方の眉を上げると、シェリングが答えようとした瞬間、隣のオーモンドが「シェリングさん……!」と必死に袖を引いた。


「だめですよ、外部に捜査情報を漏らしちゃ……! 相手はあの『カサル』なんですよ、何に悪用されるか!」


 シェリングはうっとうしそうに相棒を片手で制し、身を乗り出してカサルを睨んだ。


「コイツがまた悪さをしている可能性だってあるだろ。少年、単刀直入に訊くが、お前さんウチの職員にちょっかいを出してねえよな? 答えろ」


「聖塔の中からか? 監視の目がある中で、どうやって外界を操作するというのだ」


 カサルは扇子をパチンと閉じ、余裕の笑みを崩さない。


「俺たちを指名して呼べたんだ。お前なら何だってやりかねねえ」


「無茶を言うな。仮に(オレ)が裏で操っているなら、わざわざお前たちを呼んで調査させるほど愚かではない」


「……違いないな」


 シェリングは毒気が抜けたようにソファに背を預けた。


「いいだろう、まずはお前の要件を聴こうか。その後に、俺たちの相談に乗ってもらうぜ。どうせここは退屈なんだろ?」


「話が早くて助かる。……実は、(オレ)が調査してほしいのも、出所不明の『不審な資金源』についてなのだ」


「……あ?」


 シェリングが顔をしかめる。カサルは待ってましたとばかりに、テーブルの上に自作の「相関図」を広げた。そこには二百十六名の参加者の名前と、複雑な矢印がびっしりと書き込まれている。


「直近の聖選の結果だ。リード侯爵に流れた十票。その持ち主を洗ったところ、全員が過去にヴォルグ公爵から何らかの利益供与を受けていた。……だが、今日の投票では、彼らは何の説明もなくレビス派に戻っている」


 カサルは扇子の先で、ヴォルグ公爵の名をコツコツと叩いた。


「ヴォルグはわざと票を分散させ、この『停滞』を作り出すことで、レビス派の焦りを誘っているのだ。恐らくこの塔の中には、ヴォルグの手足となって動く『未知の工作員』が潜んでいる。そいつらを秘密裏に特定してほしい。ついでに、その買収資金の出所もな」


「……ヴォルグ公爵が、わざわざ停滞させてるってのか?」


 シェリングは呆れたようにカサルの顔をまじまじと見た。カサルの推理は完璧だ。提出されたデータは極めて論理的で、何の落ち度もない。だが、現場の泥を啜る猟犬が嗅ぎつけた臭いは、それとは全く別の方向を指していた。


「……納得いかねえな。たぶんだが、若旦那。アンタのその推理、根本から間違ってるぜ」


「ほう……では その根拠を聞こう」


 不快そうに目を細めるカサルに対し、シェリングは鼻を鳴らした。


「知らねえのか。ヴォルグ公爵の金庫番――ゴルディオンのじいさんが、ついにボケたんだよ。噂じゃあ、大量の『鉄の箱』を発注した挙句、その箱の中にモノを詰めて運んでるってんだからお笑い草だぜ。爺さんが流行を追ってる様は見ているにゃ滑稽だが、公爵様本人も今はその尻拭いに必死だ。悠長にこんな塔の中で工作なんてしてる暇はねえと思うぜ」


(……流行などと言うのは的外れな話だが、なるほど、ゴルディオンがコンテナの正体に気づいて、強引な対抗策を打ってきたか)


 カサルは扇子で口元を隠し、内心で「流石に物流王か」と感心した。外ではレビス派とヴォルグ派が、次世代物流という名の死闘を演じているのだ――彼はそう自分に都合よく結論づける。


「なるほど……。だとすると停滞の正体は別の勢力、他三組の侯爵による介入か。それとも……」


 再び思考の迷宮に潜ろうとするカサルを、シェリングが立ち上がって遮った。


「ああ、その答えは俺たちが見つけてやるよ。一週間、長くとも二週間もあれば、その『工作員』とやらの尻尾を掴んでやる。……それまでは、その美味いアーモンドでも食って、大人しく寝てな」


 シェリングがコートを翻し、オーモンドを連れて部屋を後にする。


 天才カサルは満足げに頷き、再び優雅に読書に戻った。一ミリも「正解」に辿り着かないまま。

 当然、外界ではマリエが微笑みながら、王都の法と経済を「巨大な愛」で窒息させていることなど、彼はまだ夢にも思っていない。

マリエがついに国家権力にまで魔の手を伸ばし始めました。




評価やリアクションされると喜びます。

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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