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ゴスロリ貧乏貴族は天才発明家(男の娘)!? ~働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました~  作者: 星島新吾
第三章:ヴェズィラーザム領復興/天空物流革命編

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78/80

おバカ貴族と二鍵の聖選

 聖塔の石扉が閉ざされた瞬間、外界の喧騒は嘘のように死に絶えた。

 カサルが足を踏み入れたそこは、監獄という言葉からは程遠い、神の愛で塗り固められたような贅沢な回廊だった。


 足首まで沈み込む最高級の絨毯。壁を飾る名画の数々。

 そして何より、王都シラクーザの汚染された空気とは無縁の、花の香りと魔力の残滓(ざんし)が混じり合った心地よい微風(そよかぜ)


(機能美は皆無だが、装飾性だけは一級品だな。これなら、一週間ばかり『寝たきり』で過ごすのも悪くない)


 カサルは無意識に包帯の巻かれた右腕を庇いながら、雑務係のザイルに案内され、王立劇場も驚くほどの広さを誇る「円形議場」へと到着した。そこには、すでに今回の選定に参加する「選ばれし二百十六名」が顔を揃えていた。


「やあカサル君……来てくれたか。ふぁああ……よかった」


 紅白の髪を靡かせ、豪華な法衣を羽織ったレビス・アークライト公爵が、眠たげな目を擦りながらカサルに手を振った。


「久しぶりだな、レビス卿。卿も相変わらず、緊張感という言葉をご存知ないようで」


「ははは、仕方ないよ。ここはベッドが最高すぎてね。最近ずっと忙しかったから、僕はしばらくここでゆっくりさせて貰うさ」


 レビスと並び、王候補として壇上に座っているのは、この国の歴史を形作ってきた三人の侯爵。


「この議場の装飾、少しばかり『赤』が強すぎないか? 芸術の調和を欠く場所で、正しい法が生まれるとは思えん」

 不満げに優雅な扇を仰ぐのは、芸術狂いのリズ・ド・メディッチ侯爵。

「演説の時間一分につき、我が領地の商会が失う利益は金貨三千枚だ。……効率的な評決を頼むぞ」

 金貨の音を耳元で鳴らし、帳簿を弾くのは、守銭奴のソレクス・リード侯爵。

「規律なき議論はただの放談だ。……不服従の輩は、我が鉄杖で正してやろう」

 軍服のような法衣を纏い、威圧感を放つのは、堅物将軍リクフェダー・バルカ侯爵。


 そして、その中心。最もレビスから離れた席に、一人の「少年」が座っていた。

 漆黒の髪。冷徹な黒曜石の瞳。カサルと同様に「異端核の呪い」によって第二次性徴を奪われた、美少年の姿。


 ――ヴォルグ公爵。


 シラクーザ最強の攻撃魔法『核融合(スーパーノヴァ)』を有し、その幼い掌から放たれる熱量で、かつて幾多の都市を地図から消滅させてきた軍略家でありながら、情報戦もこなす稀代の怪物だ。


「……ヴェズィラーザム家の長子。痴愚により家督を弟に譲り渡した貴様が未練がましくも王権に縋り、あまつさえそのような無様な姿でこの場に出向くとは……ヴェズィラーザムも堕落したものだ」


 ヴォルグの放つ殺気は、議場の温度を物理的に数度引き上げる。カサルはドレスの裾を揺らし、扇子で口元を隠して優雅に微笑み返した。


「どのような姿であれ、卿も(オレ)と等しく、ただの『一票』だ。そう肩肘を張る必要もあるまい。それに今回、(オレ)は子爵としてこの場に同席したわけではないぞ、公爵」


 そう言ってカサルは、枢機卿の指輪を掲げた。


 まさかの立場表明に、貴族たち、そして枢機卿団からも驚愕のどよめきが沸き起こる。枢機卿の中でも『胸内の枢機卿(イン・ペクトレ)』は公にされない特例。ゆえに、この「おバカな美少年」が教会の重鎮であるとは誰も知らなかったのだ。


 だが、ヴォルグ公爵は動じない。情報戦では、彼もまたカサルに匹敵する冷徹な才を持っていた。


「貴様の減らず口もろとも消し炭にできないことが残念で仕方がないよ、カサル・ヴェズィラーザム。血の運命(さだめ)から逃げたうえ、玉座を簒奪せんがため手段を選ばぬその卑劣さ。貴様の厚顔無恥にはつくづく反吐が出る」


 ヴォルグ公爵が冷たい視線を逸らした先。そこには、全裸で虚空を見つめる機械人形――選定者が、黄金の天秤を携えて静止していた。


 ◇



 間もなく、第一回目の投票が始まった。

 厳かな讃美歌がどこからともなく流れる中、貴族院百八名と枢機卿団百八名が、それぞれ金の鍵(教会の信託)と銀の鍵(貴族の信任)を携え、机に設えられた鍵穴へと差し込んでいく。

 カサルは迷わず、レビス・アークライトの名が記された鍵穴に金の鍵を差し込んだ。


 ヴォルグ公爵もまた迷いなく、自身の名の鍵穴に銀の鍵を捻じ込む。

 この投票が終われば、あとは美味しい夕食を食べて眠るだけ。カサルはそう確信していた。

 だが。


「……結果ヲ、告ゲマス」


 選定者の無機質な声が響く。天秤の皿は、不気味なほど不安定に揺れ動いていた。


「レビス公爵:六十票」

「ヴォルグ公爵:七十五票」

「メディッチ侯爵:二十五票」

「リード侯爵:三十六票」

「バルカ侯爵:二十票」


「過半数(一〇九票)ニ達シタ者ハ……オリマセン。明日、再投票ヲ行イマス」


 会場に、どよめきが走る。

 一回目の投票としては驚くほどに票が分散し、どの候補者も絶対的な優位を築けていない。有力なレビスとヴォルグが票を分け合い、その隙間を三人の侯爵が絶妙な匙加減で削り取っているのだ。


「……どうやら、盲人が紛れ込んでいるようだな」


 ヴォルグが不快そうに舌打ちをする。カサルもまた、眉をひそめた。枢機卿団には多くのレビス派が固まっているはずだ。だというのにこれほど票が割れるということは、想像以上に貴族の票がヴォルグ公爵に傾いていることを意味していた。


(メディシスめ……やってくれたな。まさかこれほどの影響力を出すとは……)


 一週間で終わるはずの予定に、不穏な雲行きが立ち込める。


「猊下。お疲れ様でございました。本日の投票はここまででございます」


 ザイルがやってきて、カサルを自室へと案内する。そこには、マリエが指定した「一口サイズのフルーツ」と「最高級のアーモンド」が、完璧な配置で用意されていた。


「これより数日間は、各候補者による『演説会』と、親睦を深めるための『夜会』が執り行われます。本日は、王都の一流劇団による演劇が用意されております。どうぞ、お寛ぎください」


 外界では、ゴルディオンが物流を止めているはずだ。レビス派の貴族たちは、領地の飢えを心配して焦っているに違いない。だが、それでもこの塔の中は、不気味なほどに凪いでいた。


 豪華な舞台、美酒、極上の食事。

 カサルは、用意されたシルクの寝具に身を沈める。負傷した右腕の疼きが、この安楽な空気の中で次第に麻痺していくのを、彼は皮肉な悦びと共に受け入れていた。


「……非効率だが、この休息は……抗いがたい」


 カサルが微睡みの中で、外界の危機感を一瞬だけ手放した。





 不自然極まりない票の乱高下。誰一人として過半数に届かせない、精密に設計された操り糸。


(ヴォルグ公爵の計略か?……いや、一気に過半数を奪い取る実力があるあいつが、わざわざこんなまどろっこしい真似をする合理的理由がない。……ならば、誰だ?)


 カサルは『二鍵の聖選』の舞台裏に、自身の計算を狂わせる未知のノイズが混入していることを察知した。彼は雑務係のザイルを呼びつけると、一通の手紙を無造作に突きつけた。


「外界との通信は、いかなる理由があろうと禁じられております……」


 怯えるザイルに対し、カサルは枢機卿の指輪をかざし、冷徹に言い放った。これは個人の私信ではない。この神聖な儀式を汚す『不純物』を特定し、排除するための、教会の守護者としての正当な召喚状である――と。


 カサルの強引な理屈に屈したザイルの手により、一通の手紙が聖域の森を越え、外界へと放たれた。



 その数日後。


 聖塔の重厚な石扉を叩き、この優雅な停滞を土足で踏み荒らしにやってくる『二人組』がいた。

 それは、天才が最も信頼し、かつ最も厄介に感じている、真実を追う二頭の猟犬たちだった。




この回を書くか非常に迷ったのですが……一応の投下です。

このお話を書いたせいで、また数話寄り道をしなければならなくなってしまい、

なんだかなぁーと言った感じです。

カサルには聖塔で大人しくしておいて貰うつもりだったのですが、

そう言えばヴォルグ公爵が出てないな、ということになり、登場する機会を伺っていたら

こんなタイミングになってしまいました。

次のお話は計画を引き継いだマリエとゴルディオンの物流戦の最終回になります(たぶん)。

聖塔での犯人捜しは明後日公開(の予定)です。


リアクションされると喜びます。

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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