おバカ貴族とオタク令嬢
王都シラクーザ上空、高度三千メートル。
カサルは優雅に紅茶を啜りながら、羊皮紙にペンを走らせていた。
宛先は次期国王候補レビス・アークライト公爵。
『前略、我が友よ。
ゴルディオンの包囲網を食い破るため、例の男爵令嬢を檻から出す必要がある。
彼女が渋った場合を想定し、納得させるための材料として「家名の復興」と「地位」を確約してほしい。
その代わり、ゴルディオンは我が倒す。
それから───』
カサルは手紙を書き終えると、伝達用の白フクロウに手紙を結び付け、窓から放つ。
フクロウは矢のように飛び去り、わずか三時間後には舞い戻ってきた。
その足には、レビスらしい薔薇の香りがする手紙と、小さな小包が括りつけられている。
『やあカサル君。
レテシア嬢の件、了解した。
彼女の家は取り潰す予定だったんだけど、僕の権限でそれは取り消しておくよ。
まだ足りないようなら「王宮筆頭貿易官」のポストもつけると言っておいてくれ。
……ただし、彼女もクセのある人だから、お土産を一緒に送るよ。コレを持って出向くといい』
小包を開けると、中には小瓶に入った銀色の粉末──レビスにしか作れない特殊な「魔法触媒」が入っていた。
本来崩壊するはずの物質同士を数十秒繋ぎ合わせておける国宝級の代物だ。
主に錬金術で使われる代物だが、なぜ彼がそれを寄越したかまでは分からなかった。
(無意味なものを寄越すような人間ではない。何か理由があるのか?)
カサルは不思議に思いながら、小瓶を懐にしまった。
とりあえずの武器は揃った。
さぁ、いざ姫の救出だ。
◇
王都北端、王立監獄──謀反を起こした貴族が幽閉されることから、通称”破滅の塔”と呼ばれるその最上階の特別房では、異様な光景が繰り広げられていた。
床一面に描かれた複雑怪奇な錬成陣。壁を埋め尽くす膨大な数式。
そして部屋の中央で、紫がかった黒髪を振り乱しながら、ブツブツと大釜を掻き混ぜる女がいた。
「……違う。この配合比率じゃ湿気で劣化しちゃう……保存料の術式を書き換えて……あわわ……ダメだこりゃ……」
レテシア・カーメルン男爵令嬢。
分厚い丸眼鏡に、顔の半分を隠すほど長い前髪。
典型的な研究者肌というか、俗に言う「オタク気質」の令嬢である。
彼女は自分の世界に入り込んでおり、階段を上がってきたカサルに気づきもしない。
カサルは呆れつつ、扇子で鉄格子をカンカンと叩いた。
「精が出るな、ミス・レテシア。
反省文を書かされているかと思えば、怪しげな薬作りか?」
「……フュエァッ!?」
変な悲鳴を上げて、レテシアが弾かれたように振り返る。
長い前髪の隙間から、丸眼鏡の奥にある瞳がカサルを捉えた。一瞬、懐かしい友人を見る色を浮かべたが、すぐに興味なさげに手元の紙へ視線を戻す。
「……カサル様。申し訳ありませんが、現在忙しく……お菓子もありませんので、お引き取りを」
「ほう。釈放の誘いに来たのだが、興味なしか?」
「特には……」
レテシアは即答し、再び大釜に向き直った。
薬品で変色した指先が、忙しなく動いている。
「ここなら静かですし、資料も差し入れてもらえます。俗世の噂話よりも、ココでの作業の方が有意義です」
「何を作っているんだ?」
「……今、東方大陸で『石化病』という奇病が流行っていることをご存知でしょうか。
あちらの商人の方々に頼まれて、現在特効薬の制作中なのです」
カサルは目を見開いた。
自分のせいで投獄されたことを恨むどころか、彼女は獄中で「世界」を見ていたのだ。
その視野の広さ、そして貴族としての責務を果たさんとする姿。
カサルは驚き以上に、感心させられてしまう。
てっきり来る前は恨まれていると思っていたが、そんなことはなく、むしろ領地経営から身を引いて現在は錬金術に手を出しているようだった。
「なるほど。殊勝な心がけだ。
だが……その薬が完成したとして、どうやって運ぶ?」
「……」
返事がない。
レテシア嬢は答える必要のない質問は基本的に無視する人だったということを、カサルは思いだす。
流石はエディスの友人、彼女もやっぱり変人だった。
なのでカサルは訊き方を変えた。
「東方大陸までは海路で二ヶ月。
今の物流はゴルディオンが牛耳っている。奴は金にならない救済物資など運ばんぞ?
運べたとしても、船積みしている間に薬は劣化し、現地に着く頃には患者は石ころだ」
レテシアの手が止まる。
彼女はクイッと丸眼鏡を押し上げ、早口で反論した。
「……よくご存知ですね。ですが海路で二ヵ月と言うのは、勉強不足ともいえます」
コチラがある程度勉強してきたという態度を示すと初めて口を開く辺り、彼女は常時世間の人間を平等に馬鹿だと思っている節があるようだった。
「この時期は特殊な偏西風が吹くことをご存知でしょうか。その風に乗れば、二週間もあれば東方大陸まで運ぶことができます。問題は、その短期間でも薬の劣化が進んでしまうことですが……」
そう言ってまた彼女は思考の海に沈もうとしていたので、慌ててカサルは言葉を挟む。
「ほう!ソイツは丁度いい時に我が来たな」
カサルは急いで懐から「コンテナ」の図面を取り出し、鉄格子の隙間から滑り込ませた。
「これなら運べるぞ」
「……はい?」
レテシアは不審げに図面を拾い上げる。
だが、その内容を見た瞬間、彼女の背筋が伸びた。
「コレは……」
前髪の奥の瞳が、鈍く光る。
(……食いついた)
カサルは密かに心の中でガッツポーズを取った。
「我々が開発中の『コンテナ』という鉄の箱だ。そして最新鋭の高速航空船団。
これを使えば、東方大陸まで三日で届く。
……これなら作ったそのままの鮮度で、世界中にばら撒けるのではないか?」
「……詳しく聴かせてください」
レテシアが鉄格子に背中を預けて資料を黙読する。
カサルは更に詳細な資料を鉄格子の間から渡しながら、彼女の反応を伺った。
レテシアはブツブツと独り言を呟きながら、咀嚼するように文章を読み込んでいく。
そしてその発明の凄さに気づいたのか、ワナワナとその手が震えだした。
「……樽と木箱の時代が、終わるんですね」
「ほう……流石だな。
ヘルメス……うちの経済王でも、その答えを導き出すまでにしばらくかかったというのに。一瞬か」
「貿易による物流コストの大幅カット。それを生かすために、私の実家の力が必要なんですね。……なるほど、ロジックは理解しました」
レテシアは顔を上げ、困ったように眉を下げた。
「ですが……申し訳ありません。我がカーメルン家は、物流ギルド・アルゴスとも懇意にしているので……流石にそれを裏切るような真似は出来ません」
レテシア嬢の言葉にカサルは冷静な表情を崩さないまま、内心ではエディスを罵っていた。
(敵の仲間だったのか!? ……エディスのヤツ、一体何を考えているんだ?)
それでも仲間になって貰わない事には話が進まないので、何とか交渉でコチラについて貰えないか話を開始した。そして話を聴いているうちに、カサルは彼女がとても義理堅い人のようだとも感じた。
それもまた彼女の美点だろうが、しかし今のカサルには障害でしかない。
そんな彼女を口説き堕とせるか少々不安だったが、カサルは切り札の一つを切ることにする。
「いや、ちゃんとカーメルン家にも得があるような交渉材料を持って来たつもりだ。……これを」
カサルは、レビスから預かった小包──魔法触媒を差し出した。
それを見た瞬間、レテシアが息を呑む。
「こ、これはレビス公爵の『結合触媒』……!
これがあれば……薬の結合崩壊を防げる。石化病の特効薬にも……」
鉄格子の前でぴょんぴょんと跳ねるレテシア嬢。
(……ん?……案外か?)
困惑しつつも、カサルは彼女の眼鏡の奥に隠れた小さな目に視線を合わせながら交渉を続けた。
「さらに、レビス卿からの伝言だ。
協力するなら、お前の家の取り潰しを撤回し、お前を『王宮筆頭貿易官』に迎えるとな」
レビスが勝てば、大規模な征伐が行われる。
そのリストの中に現在の王宮筆頭貿易官の名前があるため、自動的に彼が勝者となれば、その座が空席となるのだ。そこでレビスは気前よくその席を融通してくれるという話だった。
研究者としての渇望と、家の復興。
その両方を提示され、レテシアはしばらく沈黙し──やがて、深く頭を下げた。
「……分かりました。カーメルン家は、レビス様に忠誠を誓わせて頂きます」
彼女の言葉にカサルはホッと胸を撫でおろす。
ここで断られると、エディスや他の貴族に連絡を取らなければならないところだったため、
なるべく貿易のルートは早めに決めておきたかったのだ。
それに男爵令嬢である彼女に頼めたのも大きい。
これが伯爵や同じ子爵位を持つ貴族であると、また頼みづらいが、男爵なら気持ちとしても楽になる。
「それでは行きましょうカサル様。世界には、薬を待ち望んている方々が大勢いらっしゃいます」
意外にあっさりと承諾したレテシアに肩透かしを食らいながらも、彼女に他の情報も伝えていく。大切なのはヴェズィラーザム領が安定して、食料補給が出来る状態に持っていくことだ。
「ああ。それもいいが、ウチの問題もなるべく早期に解決したい。我は海外から食料を安定的に買い集めたいんだ」
カサルが鍵を開けると、レテシアは大事そうに大釜の中に錬金術の道具を一式入れ、抱えて出てきた。
「はい。東方大陸ではコチラ以上に『米』の生産に成功していると聞きます。お米を沢山買って持ち帰ると良いのではないでしょうか」
「なるほど、米か。……悪くない。
実はウチの領地はここ九年で爆発的に人口が増えてな。……シラクーザの余り物だけでは、もう胃袋が満たせんのだ」
カサルは困ったように肩をすくめる。
レテシアは目を見開いて驚いた。
貧乏領地と聞いていたが、まさか「食糧難」の原因が「人口増加」によるものだとは思いもしなかった。
てっきり「龍災に遭って食料がない」のだと思っていたが、ヴェズィラーザム領が抱えるのはもっと根幹に関わる、嬉しい悲鳴であるらしい。
目の前のこのおバカな美少年は、それを理解してやっているのだろうか?
レテシアはそんなことを思いながら牢を出る。
しかし当の本人は、
「なるほど小麦粉が良かったんだが……文句は言ってられんか」
などと、食べ物の好みに文句をつけている始末。
(相変わらず、面白い眼を持っているのね……。周りの人たちも、きっと彼に振り回されているのでしょう)
彼という台風に巻き込まれた可笑しさに、レテシアは口を押さえて笑う。
その拍子に、片手で支えられなくなった大釜がグラリと傾き──落下しようとしたところを、カサルが慌てて受け止めた。
「お、おい! しっかり持っておけ。危ないではないか」
「すいません。ふふふ……」
「釈放されて嬉しいのか……? まぁ……嬉しいか、嬉しいだろうな。嬉しくなければ困る」
そんな知人の戯言を無視しつつ、レテシアは大釜を置き、グッと背伸びをした。
久しぶりの自由を手にした彼女は、丸眼鏡の上から白い鳥のマスクをつけ、嬉しそうに声を弾ませた。
「このマスクも久しぶりです……行きましょう。連れて行ってください、外の世界へ」
こうして、計算高きオタク令嬢レテシアが、カサルの「共犯者」に加わった。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




