おバカ貴族とコンテナ
シラクーザに喧嘩を売りに出たその帰り。
カサルはヴェズィラーザム領に帰ることはなく、エルドラゴへ航空船の舵を切った。
到着前に指示書を大量に各地に送る中で、どうしてもカサルにしか出来ない仕事があったからだ。
そう、巨人の首を落とすための巨剣の鋳造である。
カサルは未だヘルメスにどんな方法でゴルディオンと戦うのか教えていなかった。
ヘルメスが知っているのは、その大発明が四角い箱だということだけだ。
「旦那、そろそろ教えて貰ってもいいですかい。ゴルディオンと戦うための武器ってのは、どんなものなんですかい」
我慢の限界を迎えたヘルメスは、それとなく訊いた。
それにカサルは大量の書類を捌きながら、ヘルメス向けに難解な専門用語を混ぜながら手っ取り早く説明を終わらせると、ヘルメスはしばらく思考の海を漂うこととなる。
「……確かにそれが叶えば、ゴルディオンの首は落ちる……というより……」
そうしてヘルメスは手にした情報から未来図を描く。
「……世界がヒックリ返りやす……ね……」
ヘルメスは自分の主が目指す世界に武者震いがした。
彼の予想する世界が現実になれば、自分は世界を手に入れる。
と言うよりも、世界のあらゆるものに手が届く、という表現の方が正しいだろう。
そして全ての物が高速で動き、世界の物流は加速する。
それに比べれば、これまでの世界など『停止』していたと言えるほどに。
「旦那。ソレが現実になったら、今度はそっからどうなるんです?何年先まで見えてるんですかい」
ヘルメスは面白半分で、そんな与太話をカサルに訊く。
しかし少年の口から語られたのは、その想像を遥か上、非現実的で───しかしどこか未来を見通しているような言葉だった。
「ああ、一年後にシラクーザが世界と繋がる。二年後は分からないが……三年後には貴族が形骸化して、五年後に宗教が形骸化する。そこからは商人の時代だな。それで七年後に異端核が一般化して、十年後に庶民が当たり前に魔法が使える時代が来る。丁度我が三十歳ぐらいだな。それから今から十五年後に───」
「ちょ、ちょっと待って下せえ。そっから先は楽しみにとっておきやす……」
ペラペラとさも当然のように予言するカサルに、彼は待ったをかけた。
この天才がどれだけ未来を見通しているのか恐怖したからだ。
「そうか、百年後まで話してやっても良いんだが……まぁ、それもこの我の人生最大の発明、『コンテナ』がうまく言ったらの話だ」
ヘルメスは再び黙って作業を再開した若きカリスマを前に、固唾をのんでその背中を拝みたくなった。彼は間違いなく自分の前に現れた商売の神だ。
自らは何も欲せず、ただその存在が周囲に莫大な利益を生む黄金のガチョウ。
彼を間近に見て学べるこの環境こそが、どんなに大金を支払ってでも手に入れる事の出来ない、ヘルメスにとって一番の『価値』だった。
◇
航空船は夢と未来を現実にするため、鉱山都市エルドラゴに到着する。
かつて讃美歌が一大ムーブメントになったエルドラゴは今、赤黒い熱気に包まれていた。
カン! カン! カン!
昼夜を問わず響くハンマーの音。
炉からは黒煙が上がり、出来上がったばかりの剣や槍、大砲の部品が、次々と荷馬車に積まれていく。
王都の政情不安と、周辺諸国の不穏な動き。
それを察知した「中立」を謳うシソーラ侯爵令嬢エディスが、全方位への武器輸出を開始したのだ。
故に必然的に起きる特需。バブル。
職人たちは目の前の金と、鉄を打つ高揚感に酔いしれていた。
「……嘆かわしいな。死の匂いで腹を満たすとは」
広場に設けられた演台。
カサルは、殺気立つ職人たちを見下ろし、冷ややかに言い放った。
彼の手にはワインではなく、一枚の図面が握り締められる。
隣では、ヘルメスが脂汗をかきながら、集まった職人たちに酒を配っていた。
「あぁん? なんだ若造。俺たちゃ忙しいってのによ!」
「エディス様からの注文が山積みなんだ! 『箱』だか何だか知らねえが、そんな金にならねえガラクタを作ってる暇はねえ!」
ワインに釣られて集められた職人の一人が、焼き入れ中の剣を掲げて怒鳴る。
彼らにとって、武器を作ることは誉れであり、金になる仕事だ。わざわざ手を止めてまで、貴族の道楽に付き合う義理はない。
だが、カサルは動じない。
彼はゆっくりと、懐から「ある物」を取り出し、演台の上にドンと置いた。
それは、使い古された一本のツルハシ。
柄には複雑な魔導回路が刻まれ、集音機がついている。
「……ありゃあ、『歌うツルハシ』か?」
「本物だ。初期ロットの試作品じゃねえか」
ざわめきが広がる。
エルドラゴの職人で、その傑作を知らない者はいない。
見た目はふざけているが、採掘効率を劇的に向上させ、この街に黄金時代をもたらした伝説の発明品だ。
「そうだ。かつて我が設計し、お前たちが打ったものだ」
カサルはツルハシを鍛冶師たちに向ける。
「このツルハシのおかげでエルドラゴは潤い、怪我をした鉱夫は現場に戻り、街は活気づいた。
我は知っているぞ。お前たちがどの地方よりも新しい物づくりに誇りを持っていることを」
職人たちの顔色が変わる。
目の前の少年が、ただのギルド長ではないことを思い出したのだ。
彼は貴族の服を着ているが、その目は自分たちと同じ──「モノづくり」の狂気を宿している。
「……そうだ、思いだしたぞ。あの子がギルド長のカサルだ」
「あの仕事しねぇギルド長で有名なツルハシの設計者か!」
広場がドッと沸いた。
「だったら、またとんでもねぇモンを思いついたってのか?」
彼らの反応が好奇心へと変わる。
カサルはニヤリと笑い、コンテナの図面を立て看板に掲げた。
「単刀直入に言おう。エディスの仕事は『消費』だ。
戦争が起きれば武器は売れる。だが、兵士が死ねば客はいなくなる。
祭りの後の静けさのように、戦争が終わればお前たちは用済みだ。……また不況の泥水をすするつもりか?」
「そ、それは……」
「だが、我が提案するのは『循環』だ」
カサルは図面の「箱」を指差す。
「これは武器ではない。世界の『道』だ。
戦争だろうが平和だろうが、人間は飯を食い、服を着て、物を運ぶ。
物流という道は、人類が滅びるまで途切れることはない。
我々はこの『魔法の箱』で、その道の全てを支配するのだ!」
カサルの演説に、熱がこもる。
「ツルハシで自分達の世界を変えたことを思い出せ。
今度は、この箱で『世界の常識』を砕く番だ。
……我にまたお前たちの『技術』と『未来』を預けてくれ!」
カサルはアメジストの瞳で、職人一人一人を射抜いた。
「さあ選べ、エルドラゴの職人たちよ!
死の商人として使い捨てられるか。
それとも、我と一緒に世界を変えるか選べ!!」
シン……と静まり返った広場。
だが次の瞬間、一人の若手職人がハンマーを高く掲げた。
「……やってやらぁ!!」
「カサル様の設計なら、間違いねえ!」
「戦争なんざクソ食らえだ! 俺は、孫の代まで自慢できる仕事がしてえんだよ!」
「見せてくれよ! 新しい時代ってやつを!」
オオオオオッ……!!
武器への熱狂が、未来への渇望へと塗り替わる。
職人たちは理解したのだ。この少年についていけば、また「面白いこと」ができると。
そして震えたのだ。この新たな時代の波に置いて行かれまいと。
その光景にヘルメスは震えながら呟いた。
「すげぇ……。武器よりも箱の方が『夢がある』と思わせちまった……」
まだ詳細も話していないというのにこの熱気。
コレがカサルの持つ実績と、圧倒的なカリスマだった。
だてに宗教の幹部を務めてはいない。
口の上手さであれば右に出るものはいなかった。
こうして会場のボルテージが最高潮に達した、その時だった。
「──待ていッ!!」
しわがれた、しかし地響きのような怒号が熱狂を切り裂く。
人混みを割って現れたのは、巨大なハンマーを担いだ大男。
旧・鍛冶師ギルドの長、タドラバである。
「騙されるな野郎ども!
常識を打ち砕くだァ? 革命だァ? ……笑わせるな!
俺たちは『職人』だぞ! こんな豆腐みてぇな箱を延々と作るなんざ、職人の死と同じじゃねえか!!」
彼の背後には、腕に覚えのある職人たちが数十人、殺気立って並んでいる。
カサルが立て看板に広げた『自動製函機』の図面が、彼らの逆鱗に触れたのだ。
「こんな機械を導入してみろ! 仕事が早くなるのは結構だが、俺たちの仕事がなくなるじゃねえか!
ギルド長は俺たちを見捨てる気か!」
労働組合による突き上げ。
革命の影に落ちた未来、「失業」への恐怖だ。
だが、カサルは眉一つ動かさず、言葉を紡ぐ。
「見捨てる? 逆だ、タドラバ。
お前たちのような熟練工に、単調な『箱作り』をさせる方が、よほど人材の浪費だと言っている」
カサルは懐から、もう一枚の巨大な図面を取り出した。
そこに描かれていたのは──『新型航空船』の量産計画図。
「箱は機械が作る。それが終われば次にお前たちが作るのは、それを運ぶ『翼』だ。
マリエの船団を何倍にも増やす。……空を飛ぶ船を、お前たちの手で組み上げるんだ。仕事なら腐るほどくれてやるから心配するな」
「なっ……航空船だと!?」
職人たちがどよめく。
それは、最先端の魔導技術と鍛冶技術の結晶。職人ならば誰もが憧れる、最高峰の仕事だ。
タドラバの目が輝く。
だがそうでない人間も当然存在する。
「……冗談じゃねえ! 俺たちゃ鍛冶屋だぞ!
今さら新しい技術なんか覚えられるか! ……それに失敗したら誰が責任取るんだ!」
タドラバの背後にいたこの道三十年というベテラン鍛冶師が声をあげた。
一時は讃美歌詠唱ツルハシなんて変なものを作らされたが、やっと自分の領分である剣を作ることができる。
そんな風に思っていた矢先に、金髪の小僧が再び目の前に現れた。
そしてあろうことか今度は鍛冶師のプライドをかなぐり捨てた『鉄の箱』を量産する機械を作れという。そんなことは容易に看過できるものではない。
「そうだ! 今まで通り剣とツルハシを作らせろ! それと、給料の保証をしろ!」
変化を恐れる者、楽をしたい者たちが、カサルの提案を拒絶し、野次を飛ばし始めた。
広場は一時混乱を極め、暴動にまで発展するかと思われたその時。
「──おい。お前ら」
カサルの前に、小柄な男が躍り出た。
商人のヘルメスだ。
彼はいつもの愛想笑いを消し、氷のような目で職人たちを見回した。
「今、『やらない』って言った奴ら。……前に出ろ」
ヘルメスの気迫に押され、数人の男たちが前に出る。
「な、なんだよ。文句あっか」
「俺たちは権利を主張して……」
「お前らはそのままでいい。好きに。剣でもツルハシでもいい、勝手に作ってろ」
ヘルメスは短く告げた。
手元の名簿にペンを走らせ、名前を塗りつぶしていく。
「は? ……おい商人、何様のつもりだ」
「旦那の『財布』を預かる者としての決定権だ。
……いいか、よく聞け。
旦那は優しいから『仕事を与えてやろう』としてるが、あっしは違う」
ヘルメスは、塗りつぶした名簿をタドラバに突きつけた。
「商売ってのは戦場だ。変化に対応できねぇ奴、不満ばかり垂れて足を引っ張る奴……そんな『重り』を乗せてたら、船ごと沈んじまうんだよ。……出ていけ。ウチに、向上心のない奴の席はねえ」
ヘルメスは普段カサルの前では決して見せないドライな商人の顔で、平然と身内を切り捨てた。
「なっ、貴様ァ……!」
「タドラバさん! こいつをシメて……!」
職人たちがタドラバを見る。
だが、タドラバは拳を震わせ──そして、頭を下げた。
「……すまん。彼の言う通りだ」
「えっ!?」
タドラバの以外な一言に職人たちは驚く。
彼は仲間の仕事が無くなることへの義憤でここに立っていた。
それが保証され、新たな仕事がまだまだ沢山あることも伝えられた。
彼が怒る理由は、もうどこにもなかった。
「俺たちは職人だ。新しい技術に挑むチャンスを蹴って楽な仕事にしがみつくなんざ……そのそれこそ職人としての死だ」
タドラバの一喝が、広場に響き渡った。
彼は以前に馬鹿にしていた『讃美歌詠唱式ツルハシ』で、ギルド長と言う地位を失っている。
時代の波に飲まれる怖さを身をもって体験していた、彼の言葉には確かな重みがあった。
しかし当然理解出来ない不満分子も存在する。
そんな職人たちは顔を真っ赤にして、捨て台詞を吐いて逃げ出していく。
カサルもそれを申し訳なく思っても、追うことはなかった。
彼らには今まで通り、剣やツルハシを作って貰えばいい。
この場に留まることが正しいというつもりもなかった。
「一件落着……ですかねぇ」
ヘルメスはそう言って脂汗の掻いた額をハンカチで拭う。
そんな彼を見て、カサルは確かに助けられた、と実感していた。
長であるカサルは様々な問題に提案が出せる分、彼は全員の希望を叶えようとしてしまう。
しかしそんなことをしていては、巨大な組織を素早く統率することはできない。
ココで誰かが引き締め、不要な贅肉は削ぎ落す必要があったのだ。
その役割を、ヘルメスが行ったことには大きな意味があった。
そして残ったのは、目の色を変え、新たな時代に立ち向かうことを決めた精鋭たちだった。
「……悪役をやらせたな、ヘルメス」
カサルが申し訳なさげに声をかけると、ヘルメスはいつもの笑みに戻り、ペコリと一礼した。
「へへっ……。旦那は『未来』を見ていてくだせぇ。
『泥』を被るのが、番頭の仕事ですから。
……それに、一人の首も切らずに組織を守るなんて、甘っちょろい夢見てちゃあ、ゴルディオンには勝てやせんですよ」
「……違いない」
子供のカサルにはできないことを平然とやって見せた大人のヘルメス。
それを見ていた周囲の鍛冶師たちも、この組織が盤石であることを改めて理解する。
そしてカサルは不適に笑い、残った職人たちに向き直った。
「聞いたな、野郎ども!
ここにいる奴らは全員前に進むことを選んだ古強者だ!
今日からここを、世界を変える『魔導工場』の最前線とする!
死ぬ気でハンマーを振るえ!!」
オオオオオッ!!
エルドラゴの広場に、かつてないほど熱い火が灯った。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




