おバカ貴族と執事セドリック
約束の日。正午。
復興の槌音が響くヴェズィラーザム領の境界線に、場違いな漆黒の馬車が現れた。
ガモン伯爵の執事セドリックは、窓から復興中の街並みを冷ややかに見下ろす。
「……愚かな。期限ギリギリまで足掻いたようですが、もとより金など集まろうはずがない」
隣に座るライトバーン博士が、舌なめずりをする。
「ククッ。結局、体で払うしかないのです。
あそこの娘も、そっちの少年も……私のメスを待っている」
馬車が停まる。
そこには、赤いマントを翻す領主代行ザラと、黒いドレスで日傘を差す少年カサルが待ち構えていた。
そして彼らの後ろには──不気味に蠢く、五十個の巨大な麻袋が山と積まれている。
「ごきげんよう。……用意はできたようですね」
セドリックが降り立つ。
ザラは苦虫を噛み潰したような顔で、そしてカサルは扇子で口元を隠して優雅に笑った。
「ああ。約束通り、若くて健康な『人間』を五十人、用意したぞ」
「ほう。……では、検品を」
セドリックが合図をすると、私兵たちが麻袋の一つを粗雑に開けた。
中から転がり出てきた男を見て、セドリックの目が点になる。
「……へ?」
猿轡をされ、涙目で訴えているその男は──ガモン伯爵家の私兵隊長だった。
「んーッ! んーッ!!(執事殿! 助けてくれ!)」
「なっ……!? き、貴殿は……!?」
なぜこのような場所にいるのか、誰も気づかなかったのか、セドリックの思考は高速回転する。
しかし一体どうやってガモン領に潜入したのか、その方法がセドリックには分からない。
セドリックは慌てて他の袋も開けさせる。
出てくるのは、見覚えのある顔ばかり。
近隣の村で略奪を働いていた悪徳兵士、賄賂を受け取っていた徴税官、そして──。
「ひぃぃぃ! 助けてくれぇ! あの女だ! 『028番』の悪魔が来たんだぁぁ!!」
白衣を着た男たちが、錯乱した様子で這い出してくる。
それを見たライトバーン博士が、馬車から転げ落ちそうになった。
「ば、馬鹿な。 貴様らは……王都から逃げ延びた私の助手たち……一体なぜここに……! 隠れ家は極秘のはず……」
カサルは懐から、一枚の羊皮紙をヒラヒラとさせた。
そこには、教皇庁の封蝋が押された『極秘捜査資料』があった。
「教会を甘く見るなよ、モグリの研究者風情が。教区内のネズミの居所なんぞ、分からぬはずがあるまい」
カサルは冷徹に言い放つ。
カサルも同じ研究者である以上、どういった材料があればいいかは予想がつく。
あとはそのルートを枢機卿の権限を使って特定をすれば、場所を割ることは簡単なことだった。
そう、この三日間。カサルたちは金策に走っていたのではない。
空賊らしく「狩り」をしていたのだ。
◇
──二日前の深夜。
ガモン領の森深く。湿った地下室に隠された違法研究所は、静まり返っていた。
薬品のツンとする臭いと、鉄錆の臭い。
かつてのマリエにとって、それは「絶望」の記憶を呼び覚ます香りだった。
「ひッ、来るな! 失敗作め! 我々に指図する気か!」
研究員たちが、震える手で魔導具を構える。
だが、闇の中から現れた銀髪の美女──マリエは、楽しそうに笑っていた。
「アハー、なんか言ってる」
マリエは目を細め、妖艶に微笑み、魔法『悪魔』を発動させる。
無数の悪魔が彼女の影と重なり、不自然な形としてそこに存在していた。
この魔法には「対価」が必要だ。だが、今の彼女にとって、それは痛手ではない。
(消えろ……惨めだった頃の記憶。泣いていた私。……全部、力の糧になれ!)
彼女が対価として支払ったのは、「過去の忌まわしき記憶」の一部。
マリエの魔法は、自分にとって不要になった「心の傷」を薪としてくべることで、その火力を増大させる。
悲惨な過去であればあるほど、今の彼女を強くするのだった。
「あなた達さぁ、私のこと、人として見てくれなかったよねぇ。だったら……カサルちゃんへの『返済用通貨』になってもぉ、仕方ないよねぇ?」
影より出でし悪魔たちが口を開け、悲鳴ごと研究員たちを「収納」していく。
それは一方的な蹂躙であり、マリエにとっての過去との決別だった。
「さてと、コレでガモン領の研究所は全部潰せたかな……まさか、カサルちゃんの敵が私の敵でもあったなんて……面白い偶然もあるんだなぁ」
悪魔の角を撫でながら、マリエは灯りの消えた研究所で哄笑をあげ、そのままその姿を消した。
◇
──現在。
「……な、なんということを……!」
セドリックが震える手でカサルを指差す。
自分の部下と、重要な機密を知る研究員たちを、「商品」として突き返されたのだ。
これを受け取れば、自らの恥を認めることになる。だが、拒否すれば契約不履行だ。
「どうした? 受け取れ。
契約書には『健康な人間』としか書いていない。
……まさか、自分の部下は人間ではないとでも言うつもりか?」
カサルの揚げ足取りに、ザラはどうにでもなれと言った感じで、場の空気に流されるようにカサルを援護する。
「ああ、そうだぞ! 俺たちが見たところ、彼らはとても健康そうだった!
特に、村娘を追い回していた時の脚力は見事だったぞ!
鉱山労働にはうってつけの人材じゃないか、ええ!?」
「そんなに死にたいのか……ッ!!戦争がお望みならそうしてやろう」
最後の恫喝をするセドリックにカサルは笑いを堪えながら訊く。
「自分の領地から人が消えたことも分からない癖に、我達に戦争を挑むのか?次に消えるのはガモン伯爵かも知れんぞ」
侮辱的な言葉を浴びせるカサルに、セドリックは顔を真っ赤に染めながら、連れてきた私兵団に商品を馬車に詰め込むよう指示した。
これ以上ここにいれば、どんな恥をかかされるか分かったものではない。
それに相手がどんな手の内を持っているのかもわからぬまま、ここで戦いを仕掛けるほどセドリックも無鉄砲でもなかった。
せめて相手側にいる魔女がどういった相手か特定するまでは、暴力に頼ることは愚策と見たのだ。
そしてその選択は正しかった。
ザラの背後にはカサルとマリエが存在する。
魔女は本来公務以外で魔法を使用することは禁じられているが、この二人は法の穴を掻い潜って魔法を使用する違法者だ。本来であれば罪に問われなければならない悪者だが、事を公にするとマズいのはお互い様だった。
セドリックは今にも斬りかかりたい衝動に駆られながらも、理性で自分を宥め馬車に乗り込んだ。
「……この借りは、高くつきますよ。ヴェズィラーザム卿……後悔なさいませ」
セドリックの捨て台詞にカサルは哄笑で返事をした。
そしてカサルが扇子を閉じると同時に、突風が巻き起こり、馬車を追い立てる。
風に逃げるように去っていく黒い馬車を見送りながら、マリエがテントの陰から現れた。
「あーあ。結局、私の復讐相手も返品しちゃった」
「安心しろ。奴らが戻ったところで、待っているのはガモン伯爵からの『処罰』だ。
お前の手を汚すまでもない」
カサルは冷ややかに笑う。
だが、その目は笑っていなかった。
敵はこれで黙るようなタマではない。
「ザラ、ヘルメス。……準備はいいな?暴力ではどうにもならんと分かった以上、次の攻撃が来るぞ」
「次の……攻撃……」
ザラは息を呑んだ。そう、勝利の余韻は束の間だ。
セドリックなど、暴力をチラつかせ詐欺に嵌めようとする程度の小悪党に過ぎない。
本物は直接手を下さずとも、敵の息の根を止めることができるのだ。
そして、その「本物」の気配が、風に乗って届いていた。
彼方から、物流を断つための巨大な影が迫りつつある。
次なる敵は大陸のドン。ヴォルグ公爵の金庫番。
鉄道と海運を掌中に収める物流王、ゴルディオン・ゼウス。
国を干上がらせる「経済の包囲網」が、カサルたちの首元まで迫っていた。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




