おバカ貴族と腐ったジャガイモの排除法
「……では弟よ。とても賢いお前にも分かるよう、視覚的に説明してやろう」
カサルは対策本部の机の上にあるものを並べ始めた。
右側には、大人気商品『王都限定モデルのカサルちゃん人形』。
左側には、ザラが持ってきた『出来の悪いジャガイモ』。
「こっちの美しい人形が、次期国王候補の筆頭、レビス公爵だ。革新派だな」
「なぜ兄さんの人形で代用するんだ」
「可愛く美しく、そして何よりカッコいいからだ。……そして、こっちの薄汚い芋が、今回お前に金を貸したガモン伯爵とその親玉、ヴォルグ公爵だ。保守派だな」
カサルは芋を指で弾いた。ゴロリと芋が転がる。
カサルの説明を聴いている周囲は『またなんか言ってるよ』、というような面持ちで転がる芋を見た。
「三か月前にシラク―ザを襲った龍災。あれを『王の祈りが足りなかった』として、民衆の怒りが爆発してな。その責任を取る形で王は処刑された。今、王都はこの人形と芋が次の玉座を巡り、水面下でお互いに牽制をしあっている状況にある」
異端核を持つレビスがシラクーザを魔法によって修復したことは民衆の誰もが認める事であり、そのおかげで王国では現在、レビスと異端核を祀る教会の信仰力が以前にも増して強大なものとなっていた。しかし田舎者がそんなことを知るはずがない。
学園も現在は龍災によって、春休みから未だに休校が空ける目途が立たないため、ザラが外の情報を手に入れるのは、友人からの手紙か、たまに行われる舞踏会などの催しの時だけだった。
「物騒な国だな。で、俺達はどっちなんだ?」
ザラの『俺達』という言葉にピクッ、と眉を上げて咳払いをするカサル。
「お前は……これだ」
カサルは足元に落ちていた『小石』を拾い、ジャガイモの隣に置いた。
「お前はあろうことかこの芋から金を借り、誓約書を書いた。
つまり……『ヴェズィラーザム家は、保守派の人間と手を組みます! 革新派はお金も貸してくれません!』と世界中に宣言したことになる」
普通はお金の貸し借りをしたい場合であっても、自分達の派閥内で行われるのが一般的だ。
それが何をとち狂ったのか、敵派閥の人間からお金を借りてしまったザラに、カサルは分かりやすいようにそう説明した。
「なっ……そんなつもりは!?」
ザラが両手を上げてそんなつもりはないと、大袈裟に驚く。
「無いと言っても無駄だ。貴族社会は信用が命だという事は、お前もよく分かっているだろう?疑われるような行動をとった人間は信用を失う。例えそれが間違いであろうと、噂程度のものだろうとな」
「お、俺はただ、領民全員に腹いっぱい食わせたくて……,」
「お前が子爵代理として仕事出来ているのも、アークライト卿がお前と面談したからだろう。どうして金の相談が出来なかったんだ」
「それは……」
(就任して早々にお金を貸してほしいなどと、言いたくなかったに決まってる!! )
ザラはレビスに、子爵代理として仕事をすることを認めて貰った矢先に、その幸先が不安になるような言動をとりたくなかったのである。だが、今回は敵陣営にその”甘え”た部分に付け込まれる形となってしまった。結果としてレビス派のザラに対する評価は著しく低下したと言って良いだろう。
「ヴェズィラーザム家は寝返ったようにレビス達からは見えるだろうな。そして最大の問題は……そのレビス派の幹部が、そんなヤツの兄だということだ」
「兄さんが幹部……?」
カサルは自分の胸に手を当て、キメ顔で深紅の指輪を見せつける。
「そう、我だ。今は胸内の枢機卿として、彼の宗教的立場を保証している」
しばらくの沈黙。
テントの中を風が吹き抜けた。
ザラは兄の顔をじっと見つめ──そして、慈愛に満ちた目で肩を叩いた。
「……兄さん。辛かったんだな」
「は?」
「王都でいじめられて……そんな『偉い人ごっこ』で精神の均衡を保っていたんだろう。
分かった、付き合うさ。兄さんは枢機卿だ。偉いぞー、すごいぞー」
ザラの生暖かい眼に、カサルは首を鳴らす。
真剣な話をしている時に、この対応は流石の馬鹿にも限度がある。
なので一回肘打ちをして黙らせた。
「ぐふぉ!」
「ちゃちゃを入れるな」
このバカの説得に自分の言葉だけでは足りないような気がして、近くにいたゾーイに視線を向けるが、
彼女は自分のネイルに気を取られており、まるでこの話には興味がないようだった。
「……まあいい。とにかく現状はこうだ。『枢機卿の兄』と『敵派閥の犬になった弟』。
このままだと、我々は内輪揉めで共倒れ。領地はガモンに没収され、レビス卿からも見捨てられる。
……現状維持では詰んでいるということだ。コレがどういう意味かわかるか?分かる、な?」
ずいっと近づいて扇子でザラの首を突く。
弟は勉強ができないわけではない。むしろ成績で言えば、トップの成績だ。
言われたことは完璧にこなすことができる、よくできた弟だった。
タダ今回で言えば、彼が知らないことが多すぎた。
つまり無知の罪である。
「わ、分かりたくないがよく分かったぞ……!
じゃあどうすればいい?
もう一度レビス卿に頼って……いや、今の状況で助けて貰えるなんて思えん……ぐぬぬぅ……」
頭を抱えるザラ。
カサルはニヤリと笑い、テーブルの上の配置を変えた。
『小石』を、『人形』と『芋』の間に置く。
「簡単だ。この『小石』が、内部から『芋』を食い荒らせばいい」
「え?」
「借金なんぞ踏み倒せと言っているんだ。貴族ならば、どれだけ借金が出来るかで自分の器を計れ」
「ハァ⁉」
カサルの堂々としたクズ発現にザラは思わず耳を疑う。
借金などせずに、黒字を続ける事こそ未来の領民のためだと信じているからだ。
しかしカサルに言わせてみれば、敵から借りた金なんて返す方が馬鹿だった。
コレがもしも仲の良い間柄での貸し借りならば別だが、政敵から借りた金なんて、相手が地獄に落ちた後に、墓穴にでも突っ込んでやればいい。なぜならば、貸した相手が愚かなのだから。
そんな最低な理論をカサルはザラに伝授すると、続けて、
「だからお前は借金返済ができない理由でも考えていろ。我がその間に元凶を叩いてくる」
と言って、弟を茫然とさせた。
それでザラはしばらくそんなことをしていいのだろうかと考えて、やはりそれはダメだという結論に至る。
そう、ザラはあの時に見えた私兵団の存在を忘れていなかったのだ。
金を払わなければ領民に被害が及ぶ。
そんなことは領主として認められなかった。
「兄さんそれはできない。相手は私兵団を持っているんだ。だから言い訳なんてしたら……待っているのは公式な略奪だ。内乱になるぞ!」
ボロボロの領地では、まともな装備も手に入らない。
そうなれば戦いに負けるのは目に見えていた。
「内乱? 馬鹿を言え。これは一方的な『虐殺』だ」
カサルは不敵に笑い、パンッ、と手を叩いた。
瞬間、テントの入り口が開き、三人の影が入ってくる。
「お呼びでやすか、旦那」
「この方法で呼び出すの止めてくださいます?」
「カサルちゃん呼んだぁ?」
ヘルメス、メディシス、そしてマリエ。
カサルの切り札達だ。
「え、ええっ!? あんたたち、いつの間に……!?」
ザラが驚愕する中、カサルは悠然と指令を飛ばす。
「いいかザラ。相手が『私兵』で来るなら、こっちは『空賊』だ。
相手が『金』で首を絞めるなら、こっちは『経済』で息の根を止める。
相手が『政治』で来るなら、こっちは『スキャンダル』で社会的に殺す」
カサルはテーブルの上の「ジャガイモ」に、ナイフを深々と突き立てた。
「ガモン伯爵と、そのバックにいるヴォルグ公爵。
奴らの『金』『名誉』『兵隊』……すべて、我の『カサル経済圏』に捧げて貰う。
……ザラ。お前はただ、領主の椅子でふんぞり返って、奴らが破滅する様を見ていればいい」
「あ、兄さん……(また変なごっこ遊びに巻き込まれてるけど、なんか凄そうだ……と、とりあえずまともな案は自分で考える他になさそうだな……)」
ザラは呆然としながらも、兄の背中に得体の知れない頼もしさを感じていた。
「総員、戦闘配置。老人どもの始末を始めるぞ」
「「「了解」」」
悪魔達の双眸が怪しげに光を放つ。
特にヘルメスやメディシスは飢えていた。
なぜならカサルのいる手前、あまり大ぴらには行動をして彼に迷惑をかけることはできないからだ。だが、今回のように明確な敵がいるのであれば、話しは変わってくる。
より豊かに、より煌びやかに、より強くなるためのステップアップ、その踏み台が丁度良く現れたことが彼女達にとっては愉快で仕方がなかった。
腐肉に集まるライオンのように、悪魔達は涎を垂らしながら獲物のどこに食らいつくかを吟味し始める。
その様子をザラは茫然と見ながら、不思議な安心感を得るのだった。
そして特にその中でも大きな資金力のある商人の眼が怖くなり、ザラはヘルメスに声をかけた。
「……おい、商人」
カサルが計画を話し終わり奥へ引っ込んだ後、ザラはヘルメスを引き留めた。
そこには疑いの眼差しがあった。
(こいつらは兄の味方に見えるが、その目は金貨のようにギラついている……危険だ)
「へいザラ卿。なんでしょう」
「単刀直入に聞く。……兄さんの何処がいいんだ?」
「へ?」
「兄さんはバカだ。世間知らずで、ワガママで、女装趣味だってある。
お前のような豪商が、あんな子供に付き従う理由が俺には分からない。
……弱みを握られているのか? それとも、体の関係に……」
ザラの問いに、ヘルメスはキョトンとし──やがて、ニタァと卑しい笑みを浮かべた。
そしてこの青年貴族を揶揄う機会に恵まれたことを神に感謝し、こう話し始めた。
「へへっ、違いねぇ。旦那は最高ですぜ。
あんなに『使い勝手のいい御輿』は、世界中探してもありやせん」
(御輿……!?)
ザラはその言葉に、ギョッとして詳しく話を聴くことにした。
「旦那が適当に指図するだけで、金が湧いてくるんですわ。
あっしらはそのおこぼれを頂戴するだけで蔵が建つ。
へへ、死ぬまで離すつもりはありやせんよ。あんな方ァ滅多にいやせんので。
骨までしゃぶらせていただきやす」
ヘルメスは「カサルの商才」を褒めているつもりだ。
だが、ザラには「カサルを利用し尽くす」という悪魔の宣言にしか聞こえなかった。
(……なんてことだ。やはり兄さんは、食い物にされている……!)
ザラは拳を震わせる。
次に、メディシスを睨んだ。
「あんたもか? 雑誌で兄さんを玩具にしていたようだが」
今度はゴシップの内容を考えていたメディシスに、用心深く訊いた。
「あら人聞きが悪い。カサル様は『最高の素材』よ?」
そう言うとメディシスはうっとりと頬を染めた。
「彼がいるだけで、世界は面白おかしく掻き回される。
私はその波に乗って、一番目立つ場所に立てるの。
フフッ……彼にはもっともっと、『踊って』いただかないと困るわ」
(素材……踊る……。くそっ、どいつもこいつも!兄さんに猥褻なダンスを踊らせて金をとる悪魔達だ……!! 破廉恥な奴らめっ‼)
ザラは確信した。
この兄を取り囲む謎の組織は、カサルを守る城ではない。
カサルという「無知な神輿」を担いで暴利を貪る、悪徳詐欺集団だと。
(……許さん。俺が、俺だけが兄さんの本当の味方だ!この内戦が終わったら……こいつら全員、法的に解雇してやるからな!!)
ザラは涙目で誓った。
そんな可哀想な兄を、自らが領主になるため金貨300枚で売り飛ばしたことは棚上げである。
必要なこと以外には目を向けない。
それはザラの短所にして長所だった。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




