おバカ貴族とおバカ貴族
旗艦『愚者』から、ホワイトカーペットが降ろされた。
カサルは悠然と地上に降り立つ。
目の前には、ボロボロの赤マントを羽織り、殺気を放つ弟・ザラが仁王立ちしていた。
「久しぶりだな、ザラ。……少し変わったか?」
「誰のせいだと思っている! 帰れ兄さん!
龍が去って、ようやく俺たちの手で復興を始めようという時に……これ以上、俺の領地を荒らすな!」
ザラが万年筆をナイフのように構えて叫ぶ。
カサルは呆れて肩を竦めた。
「相変わらず視野が狭い。見ろ、この物資の山を。
我の組織を使えば、こんな半壊した領地を建て直すことなど造作もないぞ。
お前は泥遊びをやめて、我の用意した『完成されたプラン』に判子を押せばいい」
「ふざけるなッ!!」
ザラが地面をドンと踏み鳴らす。
「効率? 復興の速さ? そんなもので人の心が癒えるか!
俺たちはこの一年、泥水をすすり、血を流してこの土地を守ってきたんだ!
バカの兄さんに何が分かる!
俺達のカサブタは兄さんの面の皮より厚いんだぞッ!! 」
彼の全身から赤いオーラが燃えていた。
「……ソイツは結構なことだな」
カサルは欠伸を噛み殺しながら周囲を見渡す、その時。
配給を受け取った領民たちが、カサルに気づいて声を上げた。
「あっ、カサルマン!」「バカサル様だ!」
「病床に伏していると聞いていたが元気そうで何よりだ!」
かつて「おバカ」として愛されていたカサルの人望は、健在だった。
ザラが唇を噛み締める。
「……ぐ、ぬぬぬ……!みんなぁ‼ この人の見た目に騙されるんじゃない!」
黒ドレス姿のカサルはその人形のような顔で破顔しながら領民に手を振ると、各地から歓声が上がった。
「どうするザラ? 領民はこのプリティーの極みであるところの我を求めているぞ。
お前のそのちっぽけなプライドで、彼らを飢えさせるか?」
カサルの意地悪な問い。
ザラはギリギリと歯ぎしりをし、血が出るほど唇を噛みしめて──叫んだ。
「……分かったよ!! 使ってやる!
非常に不服だが!! 今だけは多めに見てやる!!」
「賢明な判断だな」
復興対策本部の机にパサッと『復興計画書』を出すカサル。
「ただし!! 兄さんの好き勝手にはさせんぞ!
そのふざけた『復興計画書』……俺が全部、赤ペンで修正してやるから覚悟しろ!!」
こうして、天才と熱血。
水と油の兄弟による、史上最も騒がしい「復興対決」が幕を開けた。
「……それで!そちらの方々はどなた様だァ!」
背後で微笑むマリエを見てザラは吼えた。
「あぁ。とも……ゴホン。……彼女だ(あってるのか?)」
背後から笑顔のマリエに肩を強く掴まれ、カサルは慌てて訂正した。
「なんだとぉ!!? 美人じゃないかァ!!」
ザラの言葉に、マリエは会釈をしながらカサルの肩を楽しそうに揉む。
「相変わらずうるさいな……それで、邸はどうした?」
「吹っ飛んだんよ見ればわかるだろうが‼」
シラク―ザ同様に、ヴェズィラーザム領の城下町は綺麗さっぱり吹き飛ばされていた。
ソレに龍災は城下街に限らず、以前マリエと出会った街も同様に龍災の被害にあい、そこも大規模な復興の途中とのことだ。
「全員テント暮らしか。父上と母上はどうした?」
「今は別の縁故の領地で生活中だ。二人とも俺に期待されているんだぞ!」
「おぉそうかそうか、死んでないなら結構。我もお前には期待している。世界で一番な」
「うるさーい!こちとら1分1秒が命がけなんだぞ!御託を並べている暇があったら、計画案とやらを早く見せろォ!」
対策本部で背もたれのない丸い木の椅子に座ると、カサルは幾つか先行して開発を進めている計画をザラに見せる。しかし早速ザラはその兄の計画に噛みついた。
「……なんだこの『全自動人形農法』というのは!!」
ザラは計画書の一行目を指さし、ペン先が折れる勢いで叩いた。
「農業は人間のする仕事じゃない。続ければ全員腰をやるぞ」
彼は空へ上がる以前は地下で食料品の半自動生産をしていた少年だ。
それも幼い頃から貧乏であった領地でどう生き残るか日夜考えていた。
故に農業は彼にとって苦痛そのものだった。
しかしザラは違った。
「畑は土だ! 手で触れ、汗を流し、土と対話して初めて作物は育つんだ!
こんな人形に種を撒かせて、愛の籠もった野菜ができるかァァァ!」
今にも机をヒックリ返しそうな勢いで、ザラはぷりぷりと怒る。
「味と栄養価は保証するぞ。人形なら効率も百倍だ」
「うるさぁぁぁい! 効率で腹は膨れても、心は満たされん!
却下だ! 却下!
人形は開墾なんかの『力仕事』だけにしろ! 植えるのは人の手でやる!」
ザラは赤ペンで猛烈な勢いで修正を加えていく。
カサルはそれを横目で見ながら、フン、と鼻を鳴らした。
(……まあ、それも別に悪くない判断だ。領民の仕事を奪わない配慮か)
カサルの案は「最短での復旧」だが、ザラの修正は「領民の自立」を見据えている。
カサルにとって領民は「庇護の対象」だが、ザラにとっては同じ領地を育てる仲間なのだ。
(やはり、この土地の王は弟だ)
カサルは弟の話を聞きながら、その器の違いを思い知る。
「よし、修正完了だ! ……で? 金はどうするんだ兄さん。これだけの機材と物資、ウチの金庫は空っぽだぞ」
「金ならある。……おい、ヘルメス。出番だ」
カサルが指を鳴らすと、テントの入り口から、揉み手をした商人が入ってきた。
「へへっ、お呼びでやすか旦那ァ」
やけに小奇麗で愛想の良い商人、ヘルメスだ。
彼がドン、と机に置いた革袋からは、ジャラジャラと黄金の音がした。
「とりあえず、復興支援金として『金貨一万枚』。足りなきゃお代わりもありやすぜ」
「い、一万……ッ!?」
ドヒャー、っとザラが椅子から転げ落ちそうになる。
辺境の貧乏領地では見たこともない大金だ。
兄さんの身代金換算で33人分。
そんな大金を援助して貰える理由が分からない。
「な、なんだその金は!? 兄さん、まさか……」
ザラの脳裏に、最悪の予想がよぎる。
兄の顔には疲労の色が見えるし、後ろの女性はなんだか怖い。
それに怪しげな白衣の集団は、マッドサイエンティストの集団にも見える。
そこから導き出される答えは、臓器売買、人身売買、身売り?
どれにしても、綺麗な金ではないことは確かか。
「安心してくだせぇ、弟君。これは正当な『カサル・ブランド』の収益でさぁ」
「カサル・ブランドー……?」
他ではそう名乗っているのか?という疑問を頭に浮かべながら、後ろから出てくる派手な女性にザラは目が吸い寄せられる。
派手なドレスを着た絶世の美女と言うのはメディシスのことだ。
彼女は『週刊・王都の裏側(カサル特集号)』と、『カサルちゃん人形』をザラに見せつける。
「お兄様は王都のアイドルなのよ。この愛くるしいお顔と、おバカな言動がマダムに大ウケ!
私たちはその『肖像権』で稼がせてもらってるっていう話」
「……はぁ?」
ザラは絶句した。
目の前にあるのは、フリフリのドレスを着た兄の人形。
そして、大量の金貨。
ザラの中で、ひとつの「悲しい真実」が構築される。
(……そうか。兄さんは……王都で『見世物』にされていたのか……ッ!)
カサル・ブランドーとして、商人に搾取され、男娼として踊らされ、稼いだ金を貢がされている。
この「愚者」という旗印も、兄への嘲笑を込めたものに違いない。
なんて……なんて不憫な兄さんなんだ!!
「うぉぉぉぉぉん!! 兄さぁぁぁん!!破廉恥だぁあぁぁ‼」
ザラは号泣しながら、カサルの肩を掴んで揺さぶった。
「馬鹿だからってあんまりだ!! 辛かったな! 恥ずかしかっただろう!
俺のために……領地のために、そこまでして……ッ!」
頭を打ってバカになった兄が、体を売って稼いだお金にザラは大号泣。
たとえ身売りをしてもそんな額になるワケがないのだが、貴族であるザラが身売りの金額は幾らかなど、詳しい情報を知るワケがなかった。
「……おい、揺らすな。何の話だ」
「分かった! この『汚れた金』は、俺が責任を持って綺麗な復興に使ってやる!
その代わり、この怪しい連中の言いなりにはさせんぞ!
契約書を見せろ! 俺が全部チェックして、不当な条項は破棄してやるぅぅぅ!!」
ザラの熱い勘違いに、ヘルメスとメディシスが顔を見合わせてニヤリとする。
カサルは遠い目をして、アーモンドを口に放り込んだ。
「……元気なことはいいことだ……まぁ、好きにやれ。ココはお前の領地なんだからな」
こうして、「カサルの技術力」×「ザラの現場力」という、最強にして最悪に噛み合わない復興チームが結成されたのである。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




