おバカ貴族の凱旋
王都シラクーザでの龍災から三か月後。
北の空を、見たこともない黒の軍勢が覆い尽くしていた。
先頭を進むのは、馬の被り物をした道化師がトレードマークの旗艦『愚者』。
それに続くのは、かつて空賊だった者たちが操る三十隻以上の武装商船団。
さらにその周囲を、死装束機関の怪しげな黒い研究船が護衛していた。
それはもはや凱旋ではない。
国家規模の「侵略」にしか見えない大艦隊だった。
ズゥゥゥゥゥン……!!
空を震わせるのは、風の音だけではない。腹の底に響く重低音──「駆動音」だ。
この三か月。カサルが入院している間、死装束機関の技術者たちは狂ったようにハンマーを振るった。
目的は一つ。鹵獲した旧式の空賊船を、魔導革命の粋を集めた「最新鋭艦」へと生まれ変わらせること。その象徴が、旗艦『愚者』に搭載された心臓部──『魔導内燃機関』である。
従来の飛行船にあった巨大なプロペラは撤去され、代わりに船体後部に設置されたのは、巨大な真鍮製の噴射口。
そこへ、燃料として精製された高濃度の『液化エーテル』が霧状に噴射され、点火される。
瞬間、爆発的な魔力膨張が発生し、生み出された暴風が一気に後方へと吐き出されるのだ!
シュゴオォォォォ……!
船体の各所から、余剰なエーテル蒸気が白煙となって排出され、太陽光を浴びて虹色に輝く。
そのシルエットは、海を行く船とは似ても似つかない。
天を覆い尽くさんばかりに膨れ上がった、巨大な葉巻型のボディ。
内部に張り巡らされた金属骨格が、全長数百メートルにも及ぶ「銀色の膨らみ」を強固に維持しているのだ。
魔法使いが乗っていなくても、燃料さえあれば音速に迫る速度で空を駆ける鉄のクジラ。
それは、既存の航空力学を過去のものにする、空飛ぶ産業革命の塊だった。
「……ふむ。悪くない乗り心地だ」
カサルは上質な革シートに腰を預けながらアーモンドを口に入れる。
旗艦の中は、優雅なティータイムの最中だった。
「そういえば、カサル君の弟さんは、どんな方なのですか?」
リヒャルトラインが紅茶を飲みながら尋ねる。
カサルは窓の外、懐かしい領地の空を見下ろしながら、振り返らずに答える。
「端的に言えば……熱血バカだ。良い奴だぞ。俺がヴェズィラーザム家を任せた男だからな。
真面目で、繊細で……クセがある。我とは似ても似つかぬ貴族であろうな」
カサルの脳裏に浮かぶのは、最後に会った一年前の弟の姿。
兄と同じサラサラの金髪を揺らし、笑顔で兄をぶん殴るような、無垢な少年の面影だ。
「龍が通ったとはいえ、あいつなら持ち前の熱意で領民を束ね、問題なく復興の指揮を執っているはずだ。……ふっ。成長した弟に会うのが今から少しばかり楽しみではある」
「凄いじゃん。カサルってブラコン?」
ゾーイがクッキーを齧りながら訊いた。
「人並みだ。まぁ、少し手のかかる弟であるのは認めるが」
カサルの言葉に、マリエは懐かしい「義弟」に想いを馳せる。
彼は一年前、彼女に金貨300枚でカサルを売ってくれた”いい人”だ。
間接的ではあるが、恋のキューピットともいえる。
だから領地についたら優しくしようと思っていた。
「私、なんて呼ぼうかなァ」
「ザラ卿……などと呼ぶのが相応しいだろうな。一応代理とはいえ継承の儀も間近に迫る子だ。礼節を持って接して貰いたい。我がヴェズィラーザム家の顔になる男だからな」
筋金入りのうつけ者としてカサルはザラに継承権を譲渡している。そこから更に枢機卿(公では大司教)の地位に居座っているため、彼が再び貴族を名乗ることは余程のことがない限りありえなかった。
そのためザラは、現時点では世襲する歳には満たないものの、18歳で世襲できるよう代理として経験を積んでいる最中でもあった。
「きっと歓待してくれるだろう」
カサルの高笑いが空に響き、上空は平和で希望に満ちていた。
しかし。
その直下、地上にあるヴェズィラーザム領本邸(仮設テント)は、地獄の様相を呈していた。
◇
「予算がないなら知恵を出せ! 知恵がないなら汗を出せぇぇぇ!!」
バンッバンッバンッ!!
仮設の執務机が、拳で叩き割られる。
怒号の主は、ボロボロの赤いマントを羽織り、伸び放題の金髪を真っ赤なハチマキで強引に上げた青年──領主代行、ザラ・ヴェズィラーザム(17歳)だった。
その目の下には、墨で塗ったような深いクマ。
だが瞳孔は開ききり、カフェインと責任感でキマりきった狂気の輝きを放っている。
「報告します代行! 西の畑は龍災により全滅です! 今年は芋の収穫がゼロに……!」
「ゼロなものか! 泥の中に埋まっているクズ芋を掘り出せ!泥付きのまま『大地の恵み』という名前で出荷するんだ! 味がしなくても、食って死ななきゃ食品だ!!」
どこかで聞いたことのあるような詭弁を吐きながらザラ・ヴェズィラーザムは檄を飛ばす。
「は、はいッ!!」
「東の堤防が決壊寸前です! 人手が足りません!」
「俺が行く! 書類仕事は終わった(諦めた)! 俺の体一つで土嚢百個分だと思えぇぇぇ!!」
ザラは万年筆を耳に挟み、スコップを担いで飛び出そうとする。
そこへ、監視塔からの伝令が転がり込んできた。
「た、た、大変です子爵代行ッ!!
そ、空から……空から『正体不明の大艦隊』が接近中!!」
「なんだと!? 龍の次は空賊の連合軍か!?」
ザラは空を見上げた。
雲を割って現れたのは、太陽の光を反射してギラギラと輝く、三十隻余りの船団。
その旗印を見た瞬間、ザラの背筋がゾクッと震えた。
見間違えるはずがない。
あの無駄に派手で、アホの考えそうなマーク、それでいて圧倒的なプレッシャーを放つ船。
「……あ、兄さん……だ」
ザラの顔から血の気が引く。
脳裏に蘇るトラウマ。
実験という名の爆破。善意という名の破壊活動。
「良かれと思ってのことだ。許せ弟よ」と言いながら屋敷を半壊させた、あの悪魔の哄笑が何処からか聞こえてくるようだ。
「馬鹿な……。なぜ今なんだ!
ただでさえ瀕死の領地に、あの『歩く災害(兄)』が帰ってきたら……トドメを刺されるぞ!!」
ザラは赤いマントを翻し、悲壮な覚悟で叫んだ。
「総員に通達!これは帰省じゃない、『第二の龍災』だ!!」
「だ、第二の龍災ぃ!?」
「直ちに『対・兄上用・迎撃シフト』を敷け!!
ボロを見せるな! 弱みを見せるな!
領地が傾いているとバレたら……あの人は笑いながらこの土地ごと売り飛ばすに決まっている!!」
「「「イエッサー!!」」」
領民たちが槍や鍬を構え、決死の形相で空を睨む。
弟の悲痛な叫びなど露知らず。
空の彼方から、カサル率いる「救済の船団」が、悠々と降下態勢に入ろうとしていた。
カサルの弟ザラ登場。代行として一年経験を積んだザラが人としてどう変わったのか。
次回、カサルとザラの再会です。お楽しみに。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




