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ゴスロリ貧乏貴族は天才発明家(男の娘)!? ~働きたくないので魔道具を作ったら、いつの間にか国家経済を支配していました~  作者: 星島新吾
第二章:王都シラクーザ編

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おバカ貴族と伽藍洞の龍

龍の出現により、気温が異常な速度で上昇していた。

 毒の濃霧を漂わせる早朝だというのに、肌がジリジリと焼けるような熱さを感じる。


「……断熱圧縮か。空気を押し潰して熱に変えているな」


 カサルは冷静に空を見上げた。

 赤熱する大気の底を、全長二キロメートルの「絶望」がゆっくりと沈んできているのが目視できた。

 バチッ、バチッ。


 街中の魔導灯が、龍が纏うプラズマの影響で次々と破裂し、王都の魔道具を破壊し尽くす。


「きゃぁ‼」


 さらに避難誘導を指示していた宮廷魔女達が、パタパタと空から落ちていく。

 五等級以下の魔法使いは、龍が口から散布するミスリル鉱の金属片(チャフ)によって魔法妨害を受け、箒から降りることを余儀なくされたのだ。


 そのせいで、大勢の魔女達が飛ぶ力を失い、避難民と共に空港へ逃げる事となった。

 残されたのは、中間層の残り僅かな市民と、まだ多くが残る下層の住人達だ。

 上層の人間が殆ど逃げおおせたことにカサルは憤りを感じながら、マリエと共に対峙する龍の特徴を分析する。


「カサルちゃん、あれ……中身がないよ?」


 覚醒したマリエの眼が、龍の構造を見抜く。

 カサルはそれに頷くと、軽い説明を行った。


「ああ。奴は『真空』だ。外殻で大気圧を支え、その浮力だけで浮いている巨大な風船」


 つまりいつも乗っている巨大な航空船だと思えばいい、と彼は言った。


「じゃあ、穴を開ければ倒せる?」


 マリエは掌に謎の暗黒物質を生成したが、カサルはそれを急いで止めた。


「やめろ。今ここで割れば、気圧差で王都ごと内側に吸い込まれて消滅する。……触れるな、刺激するな。ただ『逸らす』ぞ」


 カサルはボロボロの腕を掲げ、風に乗せて地上へメッセージを飛ばす。


「総員に通達! 相手は伽藍洞の神だ、まともにやり合うな!

 我々の勝利条件は『生存』のみ!

 ヘルメス、メディシス! 避難誘導を開始しろ! 顧客を一人も死なせるんじゃあないぞ!」


 カサルの指示が飛ぶ中、龍の巨体がついに雲を突き破った。

 圧倒的な質量。

 それがもたらすのは、単純にして回避不能な「大気圧のプレス」だ。


 ミシミシと建物が悲鳴を上げ、ガラスが砕け散り始める。

 下層の住民たちは逃げ場を失い、地面に這いつくばって死を待つしかなかった。


「……間に合わんか。おいマリエ、下層の連中を──」


 カサルがマリエに指示を出そうとした、その時だ。


 ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 地鳴りと共に、王都の大地が隆起した。

 巨大な岩壁がドーム状にせり上がり、下層街を物理的に「蓋」をしていく。


「な、なんだ!?」


「そこにいるのは誰だァ!! 早く!避難を!せんかァー!!」


 空に浮かぶカサルとマリエに、聞き覚えのある傲慢な声が轟いた。

 見れば、隆起した岩の塔の上に、宝石まみれの女傑が仁王立ちしている。


「エディス……!」


「その声……駄犬(パピー)か!!」


駄犬(パピー)言うな」


 シソーラ侯爵令嬢、エディス・シソーラ。

 彼女の二等級異端核【鉱物操作(ガイア・コントロール)】が、王都の地下構造そのものを書き換え、中層の住人を全て包み込む巨大な防空壕を形成したのだ。


「……ハッ。相変わらずとんでもない魔法だな」


 カサルは苦笑する。

 だが、大勢残っている下層の人間達はまだ防空壕の外だった。

 エディスが作った地下シェルターは遥か彼方。

 逃げ遅れた下層の住民たち数万人は、逃げ場を失い、地面に這いつくばって死を待つしかなかった。


「……くそッ、間に合わんか!」


 全てを助けることはできない。そんな絶望の状況にカサルが歯噛みする。

 風で龍を逸らすことはできても、その余波だけで地上の人間は圧死する。

 全員を救うには、神のごとき奇蹟が必要だった。


「──ううん。間に合うよ、カサルちゃん」

 

 不意に、マリエがカサルの前に立った。

 背中の黒い翼を広げ、頭の捻じれた双角を天に向ける。その瞳は、悪魔のように妖しく、そして聖女のように澄んでいた。


「私の新しい魔法……『悪魔(ゴエティア)』ならね」


「ゴエティアだと……?」


「『契約』によって事象を書き換える魔法。……ねえカサルちゃん。私と取引しよっか?」


 マリエはニヤリと笑い、カサルと顔を近づける。

 至近距離で二人の視線が交差した。


「私が、この街にいる全員を『盗んで』、エディスのシェルターの中に隠してあげる。その代わり……対価は高くつくよ?」


「……金か? それともまさか寿命か?」


「そんなのいらない」


 マリエは首を振ると、カサルの瞳を覗き込み、頬を染めて宣言した。


「対価は、『貴方のこれからの人生、全部』」


「……は?」


 あまりに大きな対価に、カサルは目を白黒させる。

 今はそんな冗談を言っている場合ではないと諭そうとも思ったが、彼女の眼は本気だった。


「私、もうカサルちゃんを離さない。死ぬ時も、生きる時も一緒。

 貴方は一生、私の隣にいなきゃダメ。……それが、この街を救う条件よ」


 それは求婚よりも重く、呪いよりも拘束力の強い、悪魔(まほう)の契約。

 しかしカサルは頷く他になかった。


「……チッ。それじゃあ最後まで養えよ!?」


 カサルはマリエの手を強く握り返す。


「ふふ……じゃあつまり?」


「いいだろう、契約成立(ディール)だ! だから……派手に奇蹟を見せてみろ!!」


「うんッ!!」


 バチバチと暗黒の火花が空に散り、契約はなされた。


悪魔ゴエティア』第七十二柱──空間転移の契約。


 その効果範囲は契約者の代償によって大きく可変する。

 貴族の少年の人生を懸けた契約は、シラクーザの下層地帯全土を覆い尽くした。


「総員、招待(インビテーション)ッ!!」


 マリエが叫ぶと同時に、彼女の影が爆発的に膨張した。

 世界が反転する。


 王都を埋め尽くしていた数万の人々が、マリエの影に飲み込まれ、次の瞬間には防空壕の安全圏へと弾き出されていた。


 驚く下層の住人たち。

 気づけば知らない間に、知らない場所へ転移した彼らはパニックになった。

 しかしそこに響き渡るのは、艶のある女性の声だった。


『はぁ~い皆さまに今日のニュースをお届けします。鉱物ラジオ放送局のカテリーナ・メディシスです!! 本日は龍災という大変なお天気ですが、ご安心ください!!龍災でしたらこのワタクシどもにお任せを……!!───」


 防空壕の材料となった鉱物から聞こえてくるメディシスの声。聞き惚れる声の正体は、メディシスが小指の骨を折ることを対価に使用した【魅了(ファスキナーレ)】の魔法によるものだった。


 彼女の声にシラクーザの住人全てが魅了され、統率のとれた動きで防空壕の中に集まっていく。同じ異端核を持つ者であれば抵抗できる程度の微弱な魅了だが、国を救うには十分な力だった。


 「飴もクッキーも沢山ありまーす!」


 そして落ち着きを取り戻した国民を相手に、ミナを先頭に立って少女達と一緒に、ウィリアム治癒院に置いてあったクッキーや飴を持って、裸足で逃げだした住民に配り歩いて安心感を与えていた。

 

 「ヘルメス商店の飴とクッキーだよぉー!美味しいよー!無料だよー!」


 防空壕の外からでも聞こえてくる仲間達の声にカサルは苦笑しながら、中はもう大丈夫だと判断した。


「よし……! あとはあの迷惑な神様の攻撃を流すだけだ!」


 空になった王都。

 守るべきものを守り切ったボロボロのカサルは、マリエにお姫様抱っこをされたまま、目前に迫った龍の予測着地地点をずらすための結界を張る。


「……風船如きが風に勝てると思うなよ!」


 カサルは自らを鼓舞するように吼えた。


そしてその瞬間は、ついにやってくる。


「……来るぞッ!!」


 カサルの警告と同時だった。

 頭上の空が、物理的に「落ちて」きた。

 それは攻撃ですらなかった。


 全長二キロメートルの巨体が地上へ降りる。ただそれだけの動作によって、逃げ場を失った空気が圧縮され、数億トンもの大気圧となって王都を叩き潰したのだ。


 バキィィィィィィィンッ!!!


 世界が壊れる音がした。


 カサルの視界の端で、白亜の美しい時計塔が、上から見えない手で押し潰されるようにひしゃげていく。


 石造りの貴族街が、飴細工のように粉砕される。

 七色の運河が一瞬で蒸発し、川底の泥がガラス状に結晶化する。

 音すら置き去りにする破壊の奔流。

 冗長なまでに丁寧な文明の蹂躙が、天則となって人の大地を穿った。


ゴォオオオオオオオオ……!!


落雷後の残響が常に鳴り響くような龍の咆哮に王都シラクーザが震える。


「……くっ、重いッ……!」


 カサルは爛れた両手を空に突き上げ、必死に風の結界を展開した。

 だが、支えているのは岩や鉄ではない。「気圧」そのものだ。

 全身の血管が軋み、目から血が滲む。


「カサルちゃん!」


 マリエもまた残った契約の力を使い、龍の横にある大気を移動させ、龍の巨体をずらしにかかった。


「正面から受けるな! ……逸らすぞ! 海側へ滑らせろ!」


 カサルは風の角度を変えた。

 真っ向から受け止めるのではない。

 龍が纏う空気の層に、ほんの少しの「滑り台」を作ってやる。

 それだけで十分だった。


 ズドォォォォォォォォンッ!!


 龍の巨体が、王都の中心──ではなく、カサルの誘導によってわずかにズレた「海辺」に着地した。

 衝撃波が放射状に広がり、残っていた建物すべてを薙ぎ払う。

 だが、エディスが作った防空壕の「蓋」は、その衝撃をギリギリで耐え抜いて見せた。

 

 その上では龍の力に耐えた代償か、宝石が全て吹き飛びボサボサの髪で防空壕前に膝をつくエディスの姿があった。


「……私でギリギリとは……化物め……!! 」


 血を吐きながらも、シラクーザの民を全て守り抜いたエディスに、防空壕の中からは歓声が上がった。

 

 しかし、龍災は龍が落ちてくるだけで終わることはない。

 土煙が舞う中、龍はゆっくりと身を沈める。

 まるで、これから飛び立つためのバネを縮めるかのように。


「……まだだ。奴は帰るつもりだぞ」


 カサルが呟いた瞬間、龍の全身の鱗が逆立った。


 帰還のメカニズム──『大気蹴り』。



 ゴオォォォォォォォッ!!


 龍が大地を、空気を、迸る魔力の赴くまま、がむしゃらに蹴りつけた。

 その反作用で、巨体は砲弾のように垂直に空へと跳ね上がる。

 だが、地上の人間にとって真の悪夢はここからだった。

 龍が急上昇した直後。


 そこに残されたのは、直径二キロメートルの「完全な真空」。



 シュゴオォォォォォッ!!



 大気が、絶叫した。

 空っぽになった空間を埋めようと、周囲数キロメートルの空気が音速で中心へとなだれ込む。

 それは破壊的な『収束竜巻(ハイパー・トルネード)』となって、地上にあるもの全てを空へと吸い上げた。


 瓦礫が、砕けた石畳が、折れた街路樹が。

 重力を忘れたかのように、龍が空に穿った「真空の道」を追って、遥か天空へと昇っていく。

 それはまるで、天に召される魂の行列のようにも見えた。


 数分後。


 ようやく風が止み、瓦礫の雨がパラパラと降り注ぐ中。

 カサルたちは、更地となった王都の上空に浮いていた。


「……なんて絶景だ」


 マリエが息を呑む。

 そこには、何もなかった。

 美しい水上都市シラクーザは、龍という神の足跡によって、一部を除いて巨大なクレーターへと書き換えられてしまった。


「ハッ……掃除の手間が省けたというものだ」


 カサルは過剰な魔法の使用で全身血塗れの中、それでも不敵に笑みを作る。

 守るべき「()」は無事だ。

 ならば、建物など飾りでしかない。


 どっと疲れが出て、気絶しそうになる視線の向こう側で、カサルは生きていると確信していた男の登場を目撃する。


パチパチパチパチ……


 防空壕の中から出てきたのは、紅白の髪を風になびかせる、派手なパジャマの麗人、レビス・アークライトだった。


「うわぁー……カサル君おはよう。凄い朝だね。何かあったのかい?」


 先ほどまで寝ていたらしい彼は、寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見渡す。


「ふぁああ……綺麗さっぱり、消えて無くなっちゃったんだね。なんだか空気も清々しくて、僕は好きだな」


レビスは綺麗になったシラク―ザを一望する。

毒ガスと汚染された大地は龍災によって彼方へ吹き飛ばされ、後には綺麗な土の大地が広がっていた。


死にかけのカサルと、大事な時に姿を隠していたレビスを睨みつけるマリエ。そんな二人を交互に見ながら、レビスはポンと手を叩く。


「そちらの方は……彼女さんかな、お似合いだね。まぁ僕には関係ないけれど。とりあえず、直そうか?」


レビスの言葉に頬を赤らめるマリエ。

口の上手さで彼に勝る者はいないだろう。


「……ああ。出番だぞ、レビス卿。神様が散らかしていったこの惨状、卿の『魔法』ならどうにかなるだろう?」


 カサルの声に応えるように、レビス・アークライトは肩を竦める。


「おや、僕を頼ってくれるんだね。それは光栄だな。……いいよ。世界はパズルだ。ピースが揃っているなら、元に戻るのが道理だからね」


 レビスが欠伸を噛み殺しながら、何でもないかのように指を鳴らす。

 三等級異端核【修復(リペア)】。

 その力が解放された瞬間、世界が「巻き戻り」始めた。

第二章完と……行きたかったところですが、後日譚のようなものを1話だけください。


※蛇足※

ここまでお付き合いして下さった読者の皆々様、本当にありがとうございました。

最後は全員集合アッセンブルってヤツをやりたくて、この話を書きました。

作者が一番好きなのは、龍が全てを破壊して行くシーンです。



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