おバカ貴族と魔女の誕生日(part.2)
こちら、クリスマスプレゼントになります。
手術開始から二時間が経過しようとしていた。
地下の手術室は、放熱するカサルの長手袋と、それを冷やす氷の影響でサウナのような湿気に包まれていた。
カサルの額から滴る汗を、タヌキが無言で拭う。
張り詰めた空気の中、見守る人間は交代で一階に上がり、肺の空気を入れ替えては戻ってきていた。
今回一階に上がったのはマリエの手術を見守るリヒャルトラインとゾーイの二人だ。
「プハァ……! 生き返るぅ~」
一階の待合室。空気清浄の魔道具が稼働するここは、排気ガスが蔓延する王都において数あるのオアシスの一つだ。
休憩に入ったゾーイとリヒャルトラインは、冷蔵庫から疲労回復の魔法薬を取り出し、一気に煽った。
「クぅ~!! 酸っぱい!」
「……カサル君、真剣でしたね」
リヒャルトラインは空になった瓶を見つめ、独りごちる。
「あの人はいつも真剣じゃない? 傍から見れば変人だけどさ」
「ええ。……まともである時の方が珍しいかもしれませんね」
二人は苦笑し合う。
今回、治癒院に持ち込まれた夜食の中には、あの「お菓子ギルド」の少女たちが作った試作品のクッキーやケーキも含まれていた。
カサルに内緒で作られたそれらは、夜を戦う仲間たちの貴重なエネルギー源となっていた。
「私達だけ休憩していて、申し訳ないですね」
リヒャルトラインがそう言った時、地下室の扉が開いた。
重厚な長手袋を外し、フラフラになったカサルが上がってくる。
「カサ───」
暗闇では分からなかったが、彼の双眸は真紅に染まり、射貫くような殺気を放っていた。
カサルは無言で長椅子の真ん中に倒れ込むと、カフェインの錠剤を魔法薬で流し込んだ。
「……三十分だけ眠る。時間が来たら叩き起こせ」
それだけ言い残し、彼は糸を切った人形のように動かなくなった。
一度のミスで大切な人を失うプレッシャー。その重圧から解放される、束の間の休息だった。
だが──神は試練を与えることが大好きな存在だ。
彼に安息などまだ早いと、嘲笑うかのように。
カタカタカタ……。
小さく揺れる治癒院。
それは下からの振動ではない。上から空気が押し潰される震動だった。
「なんでしょう?地震?」
「私見てくる」
ゾーイはマスクをつけ、二重扉の向こう側に足を踏み出す。
そして一分もしないうちに、彼女は二人の人間を連れて、顔面蒼白で戻ってきた。
「たいへんたいへん!! 変なのが来た!!」
その後ろから乗り出すようにやって来たのは───
「だ、旦那ァァァ!!」
「ちょっとヘルメス、落ち着きなさい!」
転がり込んできたのは、エルドラゴにいるはずのヘルメスとメディシスだった。
その騒ぎに、カサルがバチリと目を開ける。
「……なぜお前達がこんな場所にいる。新作の報告なら手紙にしろ」
静かな怒りで言葉が震えた。
「旦那‼ そんなこと言ってる場合じゃないですぜ! お菓子とラジオの機材を届けに来たんですが、途中でとんでもねぇモンを見ちまって!」
深夜まで働いているから頭がおかしくなったのではないかと、本気で疑いながらカサルはヘルメスに視線を向けた。
「……なんだ?」
ふざけたことを抜かすようなら、またぶっ飛ばそうと思いながら体を起こす。
そんな睨むような視線をものともせず、ヘルメスは報告をした。
「龍災なんですって! 狙いはココ、王都シラクーザだ!!」
その言葉に、その場にいる全員の意識が夜の安寧から覚醒した。
カサルは跳ね起き、そのまま耳を澄ませる。
ヴォーーウン……ヴォーーウン………
風の音に紛れて、王都中の警報が微かに、しかし確かに聞こえてくる。
「到着予想時刻は三時間後……住民は避難を始めているわ」
メディシスが簡単な情報説明をカサルに行い、判断を仰いだ。
「規模は分かるか」
「分かりやせん。ただ……デカいなんてもんじゃない。空が、割れてやした」
ヘルメスの言葉に首を傾げたカサルは、自分で状況を確認するためにマスクをつけ、風が吹き荒れる玄関から外へ出た。
見上げた夜空。
迅速に行動する国家公認の魔女や魔法使いが、空飛ぶ箒でせわしなく避難誘導をする中、美しい満月を両断するように、ソイツはいた。
全長およそ2㎞。
遥か彼方にいるのに、その危険性が目で分かった。
超弩級の巨体を誇る、蒼穹の覇者『龍』。
自然災害の体現者であるソレは、悠然と夜の空を泳ぎながら、その進路を着実にシラクーザへ近づけていた。
「……クソッ。なんというタイミングだ」
カサルは舌打ちをした。
このままでは、手術中に王都ごと吹き飛ばされる。
「ヘルメス! お前は住民の避難誘導を手伝え! 商人のコネを総動員しろ!」
「へ、へい! 任せなせぇ!」
地上がパニックに陥る中、今度は地下室からも悲鳴が上がった。
「カサル様ーーッ!! 大変です!!」
血相を変えたタヌキが、階段を駆け上がってくる。
「今度は何だ⁉」
「マリエさんの体が……異端核の影響を受けてますぅ! 」
「なッ⁉」
カサルは踵を返した。
上からは龍、下からは暴走。
慌ただしいことこの上ないが、龍が到着するにはまだ三時間もある。
カサルは首と肩を回しながら、地下へ降りた。
カサルが地下室に戻ると、そこは異様な熱気に包まれていた。
手術台の上で、マリエが激しく痙攣している。
胸元の異端核がドクンドクンと赤黒く脈打ち、その光に合わせて彼女の皮膚の下を何かが這い回っていた。
「拒絶反応か……!? いや、これは『変態』か」
龍の接近による磁場の乱れか、あるいは核の過剰摂取か。
マリエの中の怪物が、予定よりも早く殻を破ろうとしていた。
(異端核の呪いが先に来たか……だがそれは予想済みだ)
「この忙しい時に…… 手術再開だ! このままじゃあマリエが死ぬ。 餌やり続行だ」
カサルは再び長手袋を装着し、強引に魔力制御を開始する。
そして午前四時。
手術開始から、既に四時間が経過していた。
龍災直撃まで、あと一時間。
「……ハァ、ハァ……ッ、次」
カサルの声が、掠れている。
ガントレットからは悲鳴のような異音が響き、隙間から白い蒸気が噴き出していた。
限界を超えた連続稼働。
冷却担当のジェーンの手も、凍傷で赤く腫れ上がっている。
「キヒヒッ! 気にしないで! まだイケるよ!」
ジェーンは笑うが、助手のウィリアムやタヌキの顔には、明確な疲労と絶望の色が浮かんでいた。
(……くそっ。リハーサルじゃあこれ以上の想定もしていただろうが……!)
カサルの視界が霞む。
実際、リハーサルではマリエの中にある異端核が『一等級』という最悪の状態を想定して訓練を行っていた。
なので回数は問題ではなかった。
しかし今回はイレギュラーだ。龍災が間近に迫る危機感、手術室の振動、さらにマリエの異端核の暴走。この三重苦が重なり、普段よりも進行が遅れていた。
少しでも龍の余波で部屋が揺れれば、瞬時に止めて、揺れが収まればすぐにまた再開する。その繰り返しが精神を削り取っていく。
(終われ……! 終われ……!)
異端核成長度数計は九割を超えた。
砕いた異端核は一千個に迫る。
底なしの餌やり。その果てに、マリエの体についに劇的な変化が訪れた。
バキッ、メリッ。
嫌な音がして、マリエの額から、備長炭のように黒くねじれた「角」が生えてきたのだ。
背中からは蝙蝠のような皮膜の翼が広がり、尻尾がシーツを叩く。
それは、俗に言う『悪魔』の姿だった。
(……なんと禍々しい)
ウィリアムが息を呑む。
だが、肉体の変化以上に深刻な事態が、マリエの内面で起きていた。
──マリエの意識は、赤い草原の上に立っていた。
「……どこ……ここ」
そこは、一面の青空が広がる赤い草原だった。
地面にはロゼ色をしたジューシーな色に出来上がった肉の触手がユラユラと風に靡いている。
その肉の地面から、筋肉を剥き出しにした人形が地面から這いずり出てきた。
『……笑える』
声が聞こえた。
それは、マリエ自身の声に似ていた。だが、決定的に違う。
慈愛も、温かみもない。あるのは純粋な「欲望」だけ。
肉人形は地面から生えてきた黒のローブを見につけ、三角のとんがり帽子を身につけた。
そしてふと彼女がその姿を見ると驚いた。
それは、マリエが憧れた「理想の魔女」の姿をしていたからだ。
だが、肉人形の顔だけは目も鼻もなく、黒い煙が渦巻いているだけだった。
彼女は最後の最後に、自分自身が魔女である姿を思い描くことが出来ずにいたのである。
ただぼんやりと、そんな形になりたい。
そんな深層意識をそのまま具現化した、見た目だけの存在が肉人形の正体だった。
『模造品の貴女がどうして魔女になれると思ったの? 一度失敗したから貴女は模造品なんでしょう?』
剥き出しの筋肉を躍動させ、生の喜びを感じるように、肉人形はマリエに質す。
「私は……模造品……失敗作……」
マリエは後ずさる。だが、体は思うように動かない。
過去の記憶がフラッシュバックする。
研究所の冷たい床。失敗作の烙印。
服を剥ぎ取られ、その服が次の被検体に回される絶望。
『お前に価値はない。だから盗んできた。船も、人も。お金も。自分にできない価値の証明を他者に求めて』
「私は……」
反論できない。
私はこれまでに多くの罪を犯した。
そんな私に幸せになる権利はない。
そんな、口にしたら二度と後戻りのできない言葉がマリエの脳裏を埋める。
『それで魔女になりたい”本当の理由”だって彼には話していない。健気だよねぇ、言わなくてもやってくれるんだもん。都合よく動いてくれてさ……本当に”いい人”なんだなぁって感じ。周りにはいないタイプだったけど、……巧く利用できたね』
「彼のことを悪く言わないで」
『でも利用しているのは本当でしょう? あなたは貴族のあの人に不釣り合いな女なのに。間違えてその人に近づこうとした。だから魔女っていう、ステータスが必要だったんじゃない。私は貴女だから分かるんだよ』
あの日、少女が命を助けられた運命の日。
空賊である彼女が唯一盗み損ねた獲物を、彼女は今でも追い続けていた。
「そんな風に言うのはやめて……」
『ふふふ……貴族に取り入るには、三つの条件のどれかに当てはまればよかったわね。一つは貴族の娘であること。でも私はそうじゃない。卑しい誰の腹から生まれたかも知れないただの平民の娘。そしてもう一つは他国の王族、もちろん、違う。そして貴女が最後の希望として縋ったのが……』
「やめて……!」
『”魔女であること”なのよね。うふふふふ……馬鹿みたい。私の魔法なんてどうでも良いんでしょう? 貴女が欲しいのはその社会的地位、それだけ。だったらさぁ……私に興味のない人に私の力はいらないじゃん。ねえ? マリエ・リーベ?』
肉人形がマリエの皮を剥ごうと、彼女に笑顔で掴みかかった。
『今日から私がそのガワを使ってあげるよ』
───現実世界───
激しく波打つマリエの体。
突如として彼女の体は激しくのたうちまわっていた。
「カサル様ッ!!」
タヌキの叫びに呼応するように、カサルは咄嗟に餌をやる手を止めて、手術台の上に両手両足を風魔法で縛り付ける。普段よりも出力の出ない杖のせいで、普段の何十倍も苦労して魔法を練り上げ、彼女を拘束した。
その瞬間。
ブシュッ、と音をたててカサルの眼と鼻から鮮血が噴き出した。
魔力の継続的な使用が体に与えるダメージは計り知れない。
それまでにも長時間に渡って魔法を使い続けているカサルの体は、人知れず悲鳴を上げていた。
「ハンカチ!」
タヌキは噴き出たカサルの血を吸うように、顔にハンカチを当てる。
その時ですら、カサルの眼は常にマリエに注がれていた。
(だいじょうぶ……この人なら……!)
タヌキはカサルの狂気に染まった顔を見て、すぐに自分の持ち場に戻る。
そして自分の中からスぅーっと冷静さが戻ってきたような気もした。
自分の役目は杖がオーバーヒートしないように、ジェーンに温度計の温度を伝えることだけ。
今はそれだけに集中しなければならない。
(がんばれ……! カサル様!)
クリスマスイブです。
特別な日なのでもう一話だけ、追加で投稿したいと思います。
メリークリスマス。




