おバカ貴族とエルドラゴの怪物
※ネタ回
お菓子ギルドの件から三か月が湯水のように溶けていった。
カサルの下へ不登校だった学園からの卒業証書が届くといった珍事などはあったものの、エルドラゴとシラクーザの往復をする空の生活は続いていた。
数多の計画が水面下で蠢く中、その中で一人、大きな芽を出した人物がいた。
その芽吹きの報告にカサルはエルドラゴのヘルメス商店へと顔をだす。
久しぶりに見に来ると、縦にも横にも大きくなったヘルメス商店。
従業員も何人か雇ったらしく、中には開店準備に精を出す制服を着た彼の部下が、謎のドレスを着た少女に興味を示している姿が窺える。
「本物だ! 」「例のモデルの…!」
などとよく分からない囁き声までカサルの耳には入ってきたが、その意味するところまでは理解していなかった。
そしてしばらく店先で待っていると、従業員がヘルメスを呼んだのか、彼は店の奥から飛び出してきて、固い握手を迫った。
「旦那!! お早いご到着で!」
「あぁ。久しぶりだなヘルメス。元気にしていたか」
「へい!!、そいつはもうおかげ様で!」
朝から元気で何よりだと話しているうちに、彼は背後からやってくる、成長して切り札となった仲間を紹介してくれた。
「旦那。……コイツはとんでもない化け物でさぁ」
ヘルメスが朝日に目を瞬かせながらやってくる部下の成長報告をする。
もちろんそこには、朝日に照らされた勝ち誇った顔の悪の華が立っていた。
「あら失礼なものいいね。私はただ、あなたの言った通り、『お客様が本当に欲しいもの』を提供しただけ。欲望を形にしてあげたのよ。オーッホッホッホッホッ」
顎を上げて手慣れた様子で高笑いをするメディシス。
庶民であるのに令嬢にでも憧れがあるのか、笑い方はそれっぽいものを身につけている。
実際の令嬢は一部を除いて高笑いなどはしないが、庶民の印象はそうだろう。
イメージもどうにかして欲しいと思いつつカサルは成長した彼女の顔を見た。エネルギッシュな彼女は、早朝から元気にヘルメス商店のチラシ配りを終えて帰ってきたところのようで、額には輝く汗が一筋流れている。少し日焼けもしたようだった。
「コレが今エルドラゴでは大人気なんでさぁ」
ヘルメスがカサルに見せたのは、エルドラゴで飛ぶように売れているという一冊の薄い本──『週刊・王都の裏側』だった。
ゴシップに皮肉や悪口を多分に含んだ中流階級向けの娯楽誌のようで、全ての貴族と王が平等に皮肉の対象になっている。悪口ギリギリのラインを反復横跳びするそのやり口にカサルも舌を巻いた。
「本当は教会公認を貰って税から逃げたかったんですけど、審査は落とされたわ。ヘルメスさんが何とか捻じ込もうとしてくれたけど」
メディシスはかなりヘルメスに無茶をさせているようだと、苦笑しながらページをめくる。
カサルはゴシップ誌を呼んだことがない人間であるため、その善し悪しは分からなかったが、それでも酷いことが書かれているのを見て胸が痛んだ。
あることないこと書かれている貴族を見て、明日は我が身と思えば、なんだか息苦しさまで感じられる。
(こんな内容で金をとって……よく苦しくならないな……)
殆ど悪口だが、面白おかしく書かれているため、今まで訴えられたことはないらしい。
「情報は力になる。……どうです? カサル様。コレが私の答えです」
カサルは素直に感心もしたが、同時に彼女は”野放しにはできない悪女”というカテゴリを彼の中で不動のものとした。
味方でも厄介な人間だが、外部に出てしまうとそれこそ手の付けられない敵になってしまう。好きか嫌いかで言えば嫌いだが、しかし有能故に手放せない怪物に羽化してしまった以上放置もできない。
それにヘルメス商店の利益にもなっているため、本来であれば褒めるべきだし、その環境を育んだヘルメスには金一封を与えるべきなのだが……カサルはそれを素直に喜べなかった。
「……とりあえず、中に入って経過報告書を見せて貰おうか」
増設されたヘルメス商店は、もはや「商店」ではなく「百貨店」の様相を呈していた。
開店前の店先には一階の「歌姫のど飴」を求める鉱夫たちの行列が朝から出来ており、二階にはマリエたちが持ち帰った「異国の珍品」を目当てに、貴族の使いがうろついている。
壁は金箔で塗られ、シャンデリアが輝く成金趣味。
その光景に、カサルは眩暈を覚えた。
(ウチより豪奢なのは、なんかムカつくな……)
実家が貧乏貴族であるカサルは、豪華な店を持つことになった商人のヘルメスになぜか複雑な気持ちを抱いてしまう。売れていることは良いことだし、それで得た儲けを個人のためではなく、店に投資しているところも素晴らしいのだが、
(店のセンスがきっとムカつくんだな)
儲かってまっせ、というのを前面に出されることに抵抗を感じる男は、ヘルメスから”どちらの階も売れ行きは好調”、という話を受けながら三階に上がった。
早速オーナー室に足を運ぶと、ヘルメスの成金趣味が全開の金の間に、謎にカサルに似た造形の人形が机の上に飾られていた。
「……なんだこの人形は」
「へい、カサルちゃん人形です」
「ヘイじゃないだろう。なぜこんなものがココにある」
「商品開発の一端でして。現在大好評につき品切れ中でして、子供から大人まで中々に好評な売れ行きになっておりやす」
炭鉱労働者にも絶大な人気で、と言われたところでカサルの背筋に悪寒が走る。
ピクピクッと青筋に震える額を、作り笑いで誤魔化しながら、彼はヘルメスの正気を確認した。
「お前、自分の主を人形にして売ったのか……? 」
「ヘヘッ、お褒めに預かり光栄です」
無情な部下の言葉にドン引きしているカサルに、服も着脱可能だと言って自分に似た人形の服を脱がせ、追い打ちの如く商品説明をしていくヘルメス。精巧な自分の人形に、これ以上何もつっこむ気にはなれなかったし、金一封の件はコレで完全に消し飛んだ。
さんざん今までバカサルだの、おバカだのと嘲られてきたカサルだが、この手の侮辱は初めてのことだった。何より許せないのが、
「あのな……一つ言っておく。我の下着は男物だ。それだけは直しておいてくれ……」
黒のレースを人形が履いていた事だった。女児にも人気らしいその人形に、今までについたことがないほど特大の溜息が漏れる。コレが世に出回ってしまっているという事態がより一層カサルを絶望のどん底に突き落としていた。
「ありゃ、そうでしたか。ソイツは失敬」
「あぁ……失敬と言うか……」
不敬だろ、なんて、もはや言う気力すらも湧いてこない。
ココに何をしに来たのかさえ、もはや思いだせやしない。
人権侵害だとか、治外法権だとか、今までさんざん法を利用してきた立場だが、まさかここにきて法に縋りたくなるとは思いもしなかった。
「そんなことより私の報告書を見なさいよ」
「そんなこと……!? 」
貴族である以上、表情は控えめにエレガントに立ち振る舞うのが基本だが、今日のカサルの顔は美しいほどに恥辱と絶望に彩られていた。もはやこれ以上の辱めはないと言わんばかりに。
「な、なんかすいやせん。てっきり普段から女装しているんで、下着もそっちなのかと……」
「許可を取れよ許可を……! 」
いつぞやのマリエの名義を勝手に使っていた自分は棚上げである。
むしろそう言った今まで自分都合で動いていたツケが回ってきたともいえた。
「いや、断られるかと思って……」
「分かってるじゃないか」
「しかし、商機を逃がすのもなぁ……と。えぇ」
「主の着せ替え人形売るのが商機なワケあるかァ!! 」
普段怒らないカサルが本気でブチギレた。
その日、エルドラゴは猛烈な嵐が到来し、季節外れの大豪雨となる。
「ちなみに、『週刊・王都の裏側』の付録にはカサルちゃん人形の柄違いの下着もあるわ」
そう言って見せられた『いちごパンツ』を履かされたカサルちゃん人形に、彼は膝をつきたくなる。
「最悪だ……最悪の抱き合わせ商法だ……お前らせめて、メディシスにしておけよ……見た目もそっちの方が男ウケするだろう」
「あら、残念。この雑誌、マダム向けなの」
雑誌を開くと、エディスがカサルちゃん人形を褒め称えている記事と、実際手にもって邪悪な笑みを浮かべるエディスの白黒写真が雑誌に載っていた。
彼女は一体何をしているのか。
復讐のつもりか?
腹いせにしたって、こんなことはあんまりだ。
肩パンをしたらナイフで刺されたぐらいの衝撃に、カサルは立ち眩みがしてくる。
しかし羨望の的であるエディス・シソーラが取材に応じたのは、経済効果だけでも凄いはず。
一概にただの嫌がらせにもなっていないのが頭にくる。
彼女はおそらくコレを見て今頃大爆笑中だろう。
そう思うと、カサルの脳の血管は今にもブチギレそうだった。
「思ってもみない客層……!! グッ……しかし有能と言わざるを得ん!」
カサル経済圏を支えているのは鉱夫たちだ。その経済圏に女性層も取り込めるとなれば、更に広い客層を手に入れることができる。なんて合理的な考え方だろう。
まさに商人の鑑。
自分が標的でなければ諸手を上げて応援していた。
(何とかこの街を今すぐに滅ぼせないか……?)
カサルは本気で、この世界からカサルちゃん人形を葬り去るため、エルドラゴをハリケーンを起こすことも考えたが、メディシスが関わっているということは、空輸されている可能性すらあった。結果、やはり事態の収束は不可能だと悟る。
「お前らこれ、訴えられたら捕まるからな?」
「枢機卿の権限じゃあ、旦那は治外法権なんじゃありやせんでしたっけ」
「ヘルメスお前マジで……すぞ」
「ヘヘッ、すいやせん。しかし旦那のおかげさまで儲けられました。今週の売り上げはいつもより、多く上納できると思いやす。あっしも異端核で金が入用な旦那の力になりたかったんですわぁ」
それっぽいことを並べるヘルメスだが、今のカサルには全てが詭弁に聞こえた。
懐刀だと思っていたらその刃は抜き身でした、というまさに冗談ではない事態にカサルは頭を抱える。
出血大サービスにもほどがある。
止血するには、当然金では足りなかった。
「お前達この報告書の内容次第では……憶えておけよ」
ニヤリとしている二人のムカつき顔は一旦無視をして、カサルは報告書に目を通す。
全ての業績が黒字化しており、複数経営をするように言ったらそれも成功しているようだった。
商人としての嗅覚は二人とも本物で、巡り合うべくして出会った悪魔達だった。
(……な、何と厄介な)
儲けられるならば、自分達の主さえも売り物にする。そんな悪鬼羅刹達を自分は本気で手懐けることが出来るのかと悩んだりもした。
しかし答えはすぐに出た。
(うちは節操無しに売る……!)
自分を着せ替え人形として売られたことで、腹を決めたカサル。
商売に関しては、貴族の誇りは一旦別の棚にしまっておくことにした。
でなければ立ち直れない。
そんな気がしたというのもある。
ある種の自己防衛だった。
(器の大きさを見せろ、我……!! )
「まあ、人形の件は大目に見てやろう。だが、次からは報告するように」
「へ、へいっ!!───ところで旦那、グラビアってのは……」
ドォォォォォンッ!!
爆音と共に、ヘルメス商店の三階の窓ガラスが粉砕された。
その破片と共に、哀れな商人がエルドラゴの空へキリモミ回転しながら射出される。
「あ~れ~!!」
星になって消えていく部下を見送り、カサルは魔法で窓を跡形もなく修復した。
「……仏の顔も三度までだ。二度と口を開くな」
本当はメディシス回だったのですが、ヘルメスに持って行かれてしまいました。
次こそはちゃんとメディシス回です。
彼女がメディアに手を伸ばしたという大事な話なのに……なんだよカサルちゃん人形って……。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




