おバカ貴族と銀髪の空賊
外の喧騒をよそに、治癒院は静寂に包まれていた。
「うっ……ここは……」
少女が目を覚まし、辺りを見回す。怪我人の担ぎ込まれる治癒院だと悟ると、壁にもたれて腕を組む金髪の美少年に視線を向けた。
「あの……誰?」
「戯け。それは我のセリフだ」
アッシュグレーのロングヘアに深みのあるターコイズブルーの瞳を瞬かせ、彼女は訝し気にカサルを見つめる。
頭が混乱しているのだろう。カサルは足を組み換え、経緯を話した。
「……とまあそういうわけで、お前は航空船から落ちたんだ。そこを我が助け、この治癒院まで運んでやったというワケだ。感謝しろ」
「は、はぁ……ありがとうございます……?」
「ほぉ、礼を言えるとはな。賊にしておくには勿体ない愚か者だ」
カサルの言葉に、少女は手の甲の紋様を顎で示され、はっとした。
「手袋……落としちゃったんだっけ」
「何を盗んだかまでは訊かん。問いたいのはただ一つ、コレをどこで見つけた?」
カサルがゴスロリ服の袖から異端核を取り出す。少女は目の色を変え、奪い取ろうと手を伸ばした。
寸ででカサルがそれを遠ざけ、不敵な笑みを浮かべる。
「ほぉ……やはりコレが何か、知っているな?」
「返して欲しいな」
「どこで手に入れた?」
「国の保管庫に盗みに入ったに決まってるじゃん」
「簡単に言うことか」
焦り顔で異端核に手を伸ばす彼女の目には、『これ以外何もいらない』という執念が宿っていた。
「まあまて。命の恩人の前だぞ。名前ぐらい明かしたらどうだ?」
「マリエ……リーベ、それより異端核……!」
「マリエか。何ゆえ異端核を欲しがる?亡命か、競売か?」
ふるふると首を振って俯くマリエ。零すように呟いた。
「それがあれば私も魔女になれるから」
カサルは首を傾げた。
「魔女? しかしお前……この異端核ではおそらく魔女にはなれんぞ」
「どういうこと?貴女、もしかして異端核について何か知っているの?」
カサルは耳を掻いた。話してやる義理も理由もない。無駄骨は嫌だった。
「訊いてどうする。どうせお前は死刑だ。異端核を盗んだ泥棒は等級に関係なく、そう決まっている」
「死刑……?そっか、私、捕まったんだ……」
自身の傷ついた体を見て、マリエはようやく状況を理解した。
「この部屋には我しかいないが、外には武装した兵士が待機している。逃亡は無駄だ」
「どうせ死ぬなら最後に教えて欲しいな。どうして私は魔女になれないの?ねぇどうして?」
マリエの言葉に、カサルは目を瞑った。答えてやらないのも可哀想だと思ったのか、重い口を開く。
「異端核には1から10の等級がある。等級が上がるにつれて適合者の数は反比例するのが通説だ。コレは6か5等級だろう。一番下の10等級でさえ、適合率は2%だ。この意味が分かるな?」
「それより等級の高い異端核はもっと適合率が低い……」
カサルは頷く。
「6等級以上と適合する確率は、およそ1万分の1。5等級ともなれば100万分の1にまで低下する。国が管理してようやく意味のある兵器であって、個人所有するモノではない」
「そんな……でもそれじゃあ数が合わなくない?魔女の数。道でたまに見かけるぐらいにはいるじゃない」
「……それが2%だ」
カサルは歯切れ悪そうに言った。それに違和感を覚えたマリエの追及は続く。
「何か確率を上げる方法があるんでしょ?そうなんでしょう?」
「……だとしたらなんだ?それを教える理由がどこにある」
「意地悪しないで。教えてよ」
「もうかなり喋ったぞ……。少々厚かましいとは思わんか」
「どうせ死ぬんだし。ココは一つ」
懇願するマリエだったが、流石にカサルもそこまで教える気はなかった。変に希望を持たせるのも彼女のためにならず、何より実体験を語らねばならなくなるのが嫌だったからだ。
「冥土の見上げは十分であろう?……異端核は我の方から国に返還しておいてやる。せいぜい残りの時間、懺悔に努めるんだな」
カサルは木の扉に手を掛ける。
「じゃあ最後に一つだけ……!名前!貴女の名前を教えて!」
「我はこの領地の息子だ。ではな」
カサルはゴスロリ服を翻して病室を後にした。貴族が自ら名乗るなど通常ありえない。それは沽券に関わる問題だからだ。……だが、知られていないのは寂しいので、貴族は皆、それとなく「○○領の者です」と伝える。
そんな事情を知らないマリエは、去っていく彼の後ろ姿を見て釈然しない様子で呟いた。
「名前、教えて欲しかったんだけどなぁ……ん、あれ?」
彼の最後のセリフが引っ掛かり、しばらく反芻して疑問の正体を探る。
「オレはこの領地の息子……領地の息子……むすこ……男!? 」
突然マリエの脳内に溢れるカサルとの会話の数々。ボーイッシュな雰囲気の少女だとは思っていたが、まさか本当に男の子とは。マリエは驚いて自然に口元を隠した。
「男の子だったんだ……。めっちゃ可愛かったなー……思わず見惚れちゃった」
口元を隠しながらクスリと笑って、彼女は再び横になった。
「ふふふ……運命の出会いかも。私の方が年上なのかな。だったら私がお姉さん? もっとお話ししたかったなぁー……」
そう言って彼女は瞳を閉じる。
彼女の死刑は着実に迫っていた。
マリエは悪い子です。
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ではまた(´・ω・)ノシ




