おバカ貴族とハンター兄妹
「……日時と場所はあっていると思うが……ここで本当にあっているのか?」
「廃墟のようですね」
レビス卿の紹介状が示す住所を訪れたカサルと、リヒャルトライン。
そしてその後続にタヌキが一匹。
「な……なんで私まで……」
謎のメンツで廃墟探索……もとい死体を求めて彼らは治癒院にきていた。というのも、マリエは別行動で十三人の少女達と息抜きに休暇を堪能、ゾーイは航空船で一人ファッションショーをするのに忙しいらしい。
死体に興味がある人間が思った以上に少なかった現実にカサルは戸惑いもあったが、一人の好奇心の友を得たことで、彼の心はこの薄気味悪い紫色の空とは対照的に晴れ晴れとしたものだった。
やってきたのは王都の下層、ヘドロの臭いが立ち込める路地裏の突き当たりだった。
傾いた看板には、掠れた文字で『ウィリアム治癒院』とある。
「明らかに変ですよぉ!」
タヌキが後ろで騒いでいるが、無視をしてカサルは黒いドレスの裾を汚れぬように持ち上げ、ノックもせずに錆びついたドアを押し開けた。
ギギィィィ……。
蝶番が悲鳴を上げ、中から漂ってきたのは、強烈なホルマリンと腐臭、そして安いコーヒーの混ざった悪臭。生活感が妙にあるのが却って不気味さを増していた。
「おや? 休診の札を下げておいたはずですが……死にかけなら表のゴミ捨て場に行ってチョーだい」
薄暗い部屋の奥から、気怠げな声が響く。
カサルは眉をひそめつつ、中へ足を踏み入れる。
そこは診療所というより、殺人鬼主催のお化け屋敷だった。
床には解剖図の走り書きが散乱し、棚には得体のしれない臓器のホルマリン漬けがビッシリと並んでいた。
そして部屋の中央、解剖台の上で、白衣の男──ウィリアム・ハンターが、解体途中の死体と向き合いながらステーキを口に運んでいる。
「……食事中失礼する。レビス卿の紹介で来た」
「んぐ、む……? ごっくん……お聞きしておりますよ。Mr.カサル」
ウィリアムは血と脂のついた手で口元のニンニクソースを拭うと、丸眼鏡の奥の目を細めた。
「はいはいはい、聞いておりますとも。『新鮮な死体』をご所望とか。何グラムご入用で?」
「肉屋か?」
「おや貴族であるなら食用ではなく?」
どんな偏見だ、と心の中でカサルはウィリアムにツッコミを入れる。
「生憎と食人には興味が無くてな。もっぱら研究用にとりあえず、数十人ほど見繕って貰おうか」
「ほう、研究?それは素晴らしい」
ウィリアムが値踏みするように近づいてくる。
その時だった。
ズズッ……ズズズッ……。
カサルの足元、無造作に積み上げられていた死体袋の一つが、モゾモゾと蠢き始めたのは。
「……!」
カサルが身構えるより早く、袋のジッパーが内側から開き、中からボサボサの青髪の女が這い出してきた。
「……兄さん、うるさい。……あ」
女──ジェーン・ハンターは、床を這う姿勢のままカサルを見上げ、その目がカッと見開かれた。
「きれい……!」
ガシッ!
ジェーンはカサルの足首を掴むと、頬ずりするようにドレスの上から骨格を確かめ始めた。
「素晴らしい……脛骨のラインが芸術的……。ねえ、貴方いつ死ぬの? 今すぐ死んでくれたら、私が最高級の防腐処理をしてあげる……ジュルリ」
「……お前我が誰だかわかっているのか?」
カサルは容赦なくジェーンの額を爪先で蹴り飛ばした。
ゴロンと転がったジェーンは、しかし「痛み」にすら悦びを感じたのか、ケヒヒと気味悪く笑う。
「こらジェーン、客人をかじるな。……失礼しました、妹です。生きている人間より死体の方が好きな質でして」
「見ればわかる」
カサルは呆れつつも、ドレスの埃を払う。
普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出す状況だが、カサルにとっては「話が早くて助かる」相手だった。
「単刀直入に言おう。我は人体の『中身』に用がある。内臓の位置、血管の走行、神経の配置……それらが詳細に分かる解剖図が欲しい」
「解剖図、ですか。……ふむ。どうぞこちらへ」
ウィリアムはニヤリと笑い、奥の部屋への扉を開けた。
そこは、表の部屋よりもさらに冷気が漂う、本格的な「保管庫」だった。
天井から吊るされた死刑囚の遺体、巨大なホルマリン槽に浮かぶ異形の肉塊。
「現在、鋭意製作中です。……やはり個体差が激しくてね。標準的な『地図』を作るには、もっと多くのサンプルが必要なんですが」
ウィリアムが見せた羊皮紙には、緻密なスケッチで内臓が描かれていた。
カサルはそれを食い入るように見つめる。
「悪くない……。だが、これでは足りん。もっと『特殊な例』はないのか? 例えば──異端核を宿していた死体とか」
その問いに、兄妹の目の色が変わった。
「ケヒヒ……お目が高い。……あるわよ、最高級品が」
ジェーンがふらふらと立ち上がり、部屋の最奥にある厳重な布をめくった。
そこにあったのは、ガラスケースに収められた、若い女性の遺体。
胸部が切り開かれているが、腐敗の様子は一切ない。
「『魔女狩り』で処刑された連続殺人犯。……魔法の使いすぎで、中身が変質してるの」
その言葉に、後ろに控えていたリヒャルトラインが、ピクリと眉を動かした。
それは彼女たち「模造品」にもありえた未来だからだろうか。
「中を見ても?」
カサルが身を乗り出すと、ウィリアムが手袋をした手で制した。
「おっと、まだ駄目です。これは今夜の『メインディッシュ』ですから」
「メインディッシュ?」
「ええ。今夜十時、ここで我々主催の『テイスティング』を行うのです。闇医者や物好きな貴族を集めてね。……そこで初めて、こちらの商品を披露する手筈になっておりまして。残念ですが今は」
ウィリアムは懐から、血のように赤い招待状を取り出した。
「どうです? 良ければ貴方も特等席でご覧になりませんか。……そちらの御令嬢も良ければカサル様とご一緒に。ですが……そちらのお客様はお止めになった方が宜しそうですね」
ウィリアムの視線がタヌキに向く。
その目は死体を扱う研究者の眼ではなく、普段診察をしている優しい治癒院の先生の眼だった。
カサルはその奇妙な変化を視線でおいながら招待状を指先で受け取ると、仮面の奥で不敵に笑った。
「まさかこれほど適任の相手と巡り合わせて貰えるとはな……レビスには感謝しなければ」
「ケヒヒ……レビス卿も早く死なないかな……どっちもついてるなんてどんな構造なのかしら……」
ジェーンが舌なめずりをする。
それに恐怖したタヌキがついに気絶して後ろに倒れたので、
カサルは風魔法でタヌキを持ち上げると背を向けて、廃墟のような診療所を後にした。
(……レビスめ。本当に人脈の広いヤツだなアイツは)
満足のいく結果に、カサルはご満悦になりながら帰宅する。
日陰に集まる狂人どもの死体祭りの招待状を握り締めて。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




