おバカ貴族とショッピング
カサル達のシラクーザ初日は、食料品の買い込みから始まる。
王都ということもあり、普段は目にすることのできない品々を目当てに、カサル達は「世界初の試み」とされる共同店舗型モールに顔を出すことにした。
巨大な拱廊に立ち並ぶ店舗には、錬金術師ギルドが運営する魔法薬局から、魔道具ギルドの魔道玩具屋など、都会にしかない珍しい店が軒を連ねている。
外の空気が悪いため、市場や出店といった露店はない。代わりに、文明的な店舗と先進的なショーウィンドウ──外からでも商品が見えるガラス張りの店が並び、それらにマリエ達は心を奪われていた。
「凄いです! 全部が変な色ですよ!」
ショーウィンドウにはしゃぐ最年長者と、それについて歩くカサル達。
マリエ達もココに来るのは初めてであり、自然とカサルがガイド役となって店を案内する形になった。
「あ!あれって宝石店?」
ゾーイがいつもの如く、高い物に目を輝かせる。
ネックレスやブレスレットがガラス越しに飾られているその高級店には、庶民の中でもお金持ちの商人などが頻繁に出入りしていた。
「真珠専門店だ。ココは真珠が特産品だから、他にも探せば見つけることができるだろうさ」
「真珠専門店!?」
すぐに店に入ろうとしたところを、カサルに肩を掴まれるゾーイ。
「いきなり手荷物を増やす気か? 帰り道に買って帰ればいいだろう」
「ふぇ~ん……待ってたらブルジョワに独占されちゃうんだぁー」
赤い思想が透けて見えるゾーイの手を引いて、カサルは店から離してしばらく歩く。するとようやく彼女はそのふざけた泣き真似をやめて、普通に歩き始めた。
「あぁー、なんであんな色なんだろう。綺麗だったな~」
そのゾーイの問いに狐のお面がキラリと光り、うんちくを話す隙をリヒャルトラインに与えてしまう。
「ゾーイ、あの真珠は七色運河から出た魔導触媒の残滓が影響して、七色に輝いているという噂です。個体としては珍しい類の貝ではないそうですが、工場廃棄物によって生態系が変わっている今だからこそ、手に入る物かも知れません」
リヒャルトラインは人差し指を立てて続ける。
「ですから、特産品として交易品リストに加えてもいいかも知れませんね。メディシスさんにもご褒美が必要でしょうし。マリエはどう思いますか?」
「良いんじゃないかなぁ。軽くて高価なものなら、沢山詰め込めるしぃ」
マリエの言葉に全員が頷きながら、ここを交易品リストに加えることにする。
その後も、ここにしかない物を探してモールを探索する一行。
カサルも「貴族にガイド役などけしからん」とは言いつつ、訊かれれば律儀に答えてやった。
そして歩いていくと、今度はカサルの視線がショーウィンドウに吸い寄せられる。
「ムッ……新作だ」
カサルはガラス越しに飾られた、動きやすさを重視した黒いドレスを見て足を止めた。
大衆向けに性能調整され安価に売られ始めた、魔導革命の象徴ともいえる既製品。カサルは感心もさることながら、すぐに買う決意を固める。
しかし背後には、一人だけドレスを買うことをよしとしない勢力がいることもまた確か。
「……コホン。今日は特別に、少しばかり我の蔵を開けてやってもいいぞ」
「わーい!!」
一番喜んだのは、このメンツで一番薄給であるタヌキだった。
家計簿をつけられるようになったとはいえ、龍災のあった地域を周り、足で金品を盗んでくる収入源に比べれば、事務仕事の給料はずっと低く設定されている。このような機会を逃せば、服を入手するなど夢のまた夢のことだった。
そんなラッキーにありつけたタヌキと、高給取りでありながらその後ろをついていくマリエ達。彼女らはカサルに感謝の言葉を適当に述べると、ザッザッと歴戦の猛者の風格を漂わせながら服屋に進軍して行く。
都会の一部でようやく大量生産による安価な販売が可能になったこのご時世で、「新品の服を買う」という行為はとても特別なことだ。
他の領地であれば、貴族の古着を庶民に流すのが一般的だが、ココでは正真正銘、初めから自分の服にできる。
その感動たるや、いつもは温かく全員を見守っているマリエが一人で服選びに熟考するほどには、全員が真剣に時間をかけていた。
「コレは……一時間はかかるな」
見た目は美少女でも中身は男子であるカサルは、服を買う決断も一瞬で終わる。欲しい、欲しくないなど見た瞬間に分かるものだ。悩む方がおかしいとすら思っていた。
そうして手持無沙汰になった彼は、適当にマリエ達の周りを周回しながら、ぶらぶらと時間を潰すことに決める。
「カサルちゃん、この白のワンピースと淡い青のワンピース、どっちがいいと思う?」
マリエが屈託のない笑顔で、二つの服を並べてカサルに相談を持ち掛ける。
どちらも似合うと思ったカサルだが、黒い服を着る自分の隣に立つなら白が映えるだろうと思い、「白のワンピース」と答えた。
「じゃあ青にしよ」
「……?」
今の時間は何だったのかと疑問符を浮かべるカサル。
しかしまあ、結果的に良いものが買えたのならそれでよかったと、首を傾げながら彼はその後も店内を巡って、求められた質問に答えを返していった。
そして結局、カサルの意見を聴いてその通りの服を買ったのは、ファッションに自信のないタヌキだけだった……。
「本当はマネキン買いしようかと思ったんですけど……せっかく選んで貰えるなら、それも一回試してみようと思って」
この時ばかりは流石のカサルも拍手をしたし、タヌキの好感度が一番に上がった。
彼女だけならもう一着ぐらい買ってやっても良いと思えたが、これからの出費を考えると立ち止まり、会計を済ませて外に出る。
(コイツら本当に自分勝手だな……)
学園の女子であれば、全員一緒に行動するのが当たり前で、何かを買うのもお揃いだったりするものだ。しかしマリエ達はチームワークはあるものの、個人が別々で欲しい物の場所へ向かう。
皆を呼んで「ねぇ、これ可愛い~」などという会話は一切ゼロ。
買い物をしている時の彼女達は、空賊稼業に従事している時の彼女達の姿に重なったカサルだった。
───店外は相変わらず空気が悪かったが、マスクの鼻先についたカートリッジが作動して、自動的に肺に綺麗な空気を取り込んでくれる。
「コレ暑いですねー。私これ取っても大丈夫ですかね」
道中、タヌキが蒸れるマスクを外したいと言ったが、カサルはそれを止める。
「病気になりたくなかったら止めておけ。上層に行けば必要ないが、中層と、特に下層は絶対にな。蒸れても、どこか店に入ってから外せ」
「うへー……」
「カサルちゃん、どこか入ろうか」
マリエが気を利かせて目の前にある大きな建物を指さし、カサル達は一旦そこに入ることにした。
「ピース堂か……初めて入るな」
マスクを取って店内を見渡すと、天井がガラスになっており、店内が奥まで見えた。
建物だけで一つの村と錯覚するほどに広く、多種多様な食料品が売られているピース堂には、種類別に棚が置かれ、瑞々しい野菜や果物が並んでいる。
上流地区には『ピュリティーストーン』という高級食料品店もあるが、量と質を兼ねるコストパフォーマンスで、庶民に広く愛されているのがこの大型食料品店だった。
「集合時間は一時間後だ。……おい、聞いているのか?」
カサルの言葉が終わるより早く、マリエたちは散っていた。
マリエは長期保存の利く保存食エリアへ、リヒャルトラインは酒場へ、ゾーイはお菓子売り場へ、猛ダッシュで消えていく。
残されたのは、タヌキだけだ。
「あ、あのぅ……ワタシは……」
困ったように右往左往しながらも、揚げ物コーナーの方を見て鼻をヒクつかせている。
「お前も行きたいのだろう。揚げ物の匂いに釣られて涎が出ているぞ」
「ハイッ! 行ってきます!」
タヌキも砲弾のように射出された。
取り残されたカサルは、やれやれと肩を竦める。
「まったく……躾のなっていないヒツジどもめ。羊飼いを置いていくとは……」
カサルは独りごちると、目的の売り場へと足を向けた。
彼が目指すのは、ただ一つ。
王都でしか手に入らない、最高級の嗜好品エリアだ。
「……あった。ロースト・アーモンドの量り売り」
香ばしい香り。カサルは試食用のアーモンドを一つ摘まみ、口に放り込む。
カリッ、という小気味よい音。
「……悪くない。塩加減も絶妙だ」
「そうなのかい。どれどれ」
不意に、横から声をかけられた。
甘ったるく、それでいて凛とした、性別の定まらない声。
そして横から伸びてきた白い手が、勝手にアーモンドを一つ摘まんだ。
「ん、美味しいね」
「……ッ!?」
カサルは心臓が飛び出るほど驚いたが、微塵もそんな動揺を見せることなく平静を装う。
全く知らないわけではない、むしろよく知る声だ。
しかしこんな場所にいるはずのない御仁でもある。
恐れながら横に顔を向けると、隣にはやはり紅白の髪を持つ麗人が立っていた。
「やあカサル君。こんな所で会うなんて、運命の悪戯だね」
「……よもや、よもやだな。Mr.レビス ・アークライト」
公爵家の長男。つまり後に貴族界のトップに君臨することが義務付けられている貴族の王がなぜ、このような庶民の憩いの場にいるのか。
それはカサルが一番訊きたかった。
既存キャラの深堀と新キャラの登場……どっちもやりたくなった結果生まれた謎回。
この作品に日常パートは必要なのか、若干悩み中です。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




