おバカ貴族と禁忌胎動
バァァァンッ!!
ビチャアァ!!
工房に爆音が響き、マネキンの胸部が内側から弾け飛んだ。
飛び散った赤い蛍光塗料が、カサルの白衣と頬をテラテラと汚す。
マリエを魔女にすると決めてから、既に五か月が経過していた。
額の汗を拭いながら、カサルは実験用ゴーグルを取る。
「……チッ。コンマ二秒、風の循環が遅れたか」
カサルは舌打ちをし、手元のデータを書き記す。
部屋の隅には、既に五十体近い「失敗作」の残骸が積み上げられている。
ココが彼にとっての戦場だった。
「うわぁ……。地獄絵図だね」
入り口から顔を出したマリエが、引きつった笑みを浮かべる。
彼女の視線は、無惨に破裂したマネキンに釘付けだ。
「安心しろ。これはお前の代わりだ。……生身で失敗するわけにはいかんからな」
カサルは塗料を拭いもせず、次なる新品のマネキンを作業台にセットする。
その瞳は充血し、狂気と理性の狭間でギラギラと輝いていて───
「楽しそう」
マリエはそんなカサルを見て、そう小さく呟いた。
いつも惰性で何かをしている彼だが、誰かに頼まれてモノを作っている時だけは、表情が生き生きしている。
彼に言わせれば、”そんな油まみれの泥臭い仕事、貴族の我には相応しくない”と憎まれ口を叩くだろうが、マリエが何よりも好きなのは、そんな泥に塗れた彼の姿だった。
「……次だ。成功率が100%になるまで、手術は延期だ」
カサルの命令により、マリエはまた新しく作られた精巧なマネキンを用意する。
カサルがここまでの確信を持って実験に臨めるようになったのは、ある「衝撃的な発見」があったからだ。
──それは、数か月前のこと。
「……あぁ? どういうことだ? コレは……」
マリエを魔女にする計画が始まってからというもの、カサルは盗んできた異端核を分解し、観察を続けていた。
等級別に分け、その違いを細かく分析する日々。だが、肝心の「成長のメカニズム」はずっと謎に包まれていた。
掘り出された状態の異端核は、ただの「金属に筋肉を詰めた塊」であり、消化器官や脳があるわけではない。どうやってエネルギーを得ているのか不明だったのだ。
しかしある日、バラバラにした異端核同士を集めて放置していたカサルは、信じられない光景を目撃する。
等級の高い異端核が、低い等級の核と融合──いや、「捕食」していたのだ。
「異端核が融合……? いや、しかしコレはもはや……」
食べられた方の核は萎びて消滅し、食べた方の核は僅かに赤みを増していた。
カサルは震える手で、その赤身を触ってみる。すると指先に、ザラリとした奇妙な感触が伝わってきた。
ルーペで確認したカサルは、息を呑んだ。
そこには、ギリギリ目視できるレベルの「極小の触手」が無数に蠢いていたのだ。
ウニや剣山のように、ミクロの触手を無数に伸ばして絡み合っている。
人間の眼には一枚の赤身に見えていたそれは、無数の触手の集合体だったのだ。
「……素晴らしい」
殻がある状態では見えなかった、生命の本質。
真っ赤でぷるぷるとした人ならざるモノが作りたもうた奇蹟の産物にカサルは思わず呻いた。
そしてその神秘的でグロテスクな光景に、思わず薄く口を開けてうっとりとそれを見つめた。
「……! 」
ある一つの仮説が彼の頭上に降ってくる。それは正に天啓ともいえる閃きだった。
「コイツらは生きている。……ならば、人工的に『食事』を与えることも出来るかもしれない」
異端核に口はないが、カサルの仮説を証明するため、機械的に手を動かし続けた。
十等級の異端核の殻をむき、二の腕ほどの柔らかさの筋肉をナイフでみじん切りにする。そしてそれを高温で湯がいて液状化させると、人間と同じ36.5℃に保ったペレットの中へ、九等級の核と共に浸した。
結果は劇的だった。
体温と同じ環境下で活性化した九等級の核は、スープ状になった十等級の核を、スポンジのように吸い尽くしたのだ。
「落ち着け……まだこの液体がたまたま気化しただけの可能性もある」
興奮で顔が上気する中でも慎重に実験を何度も繰り返す。そして十回を超えた頃には、九等級の核は見紛うことなく、八等級と同じ肉質へと”成長”を遂げていた。
カサルは余りの嬉しさに膝を叩いた。
「神が見てるな。もはやコレは、神が我に試練を与えているとしか思えん」
はしゃぐカサルは、エルドラゴのヘルメスに発注をかける。
『とにかく大量の異端核がいる。千個ぐらい送ってくれ』
目が飛び出るような金額が動いたが、カサルは惜しみなく私財を投じた。
こうして「異端核のスープ」の精製には成功した。
だが、問題はどうやってそれを「マリエの体内にある核」に届けるかだ。
次から次へと湧いて出てくる問題に、彼は歓喜していた。
「ヨシ……次は体内の異端核にどうやって栄養を送るか、だな」
飲み込むだけでは胃で消化されてしまう。血管を通して直接送り込むには、風魔法を使ったナノレベルの誘導が必要だ。
だが、書物で見た限りでは、人間の体内は迷宮だ。血管の配置、臓器の隙間、神経の走行……それらを完璧に把握していなければ、風の刃でマリエの内臓を切り刻んでしまう。
詳細な地図が必要だった。
「人間の死体か……」
工房の中でボソッと呟くカサルの声を、偶然食事を運んできたタヌキが聞いて震え上がる。
「ひぃぃ!!」
「ん? ……あぁ、タヌキか。食事を持って来たのだな。よい、そこの机の上に献上しておけ。食ってやる」
タヌキの怯えきった表情を見て、カサルは考え直す。
死体の回収をヘルメスに頼むのは、流石に可哀想だし、足がつきやすい。
もっと堂々と、大量の検体を手に入れる方法はないかとカサルは思案する。
──あるではないか。
カサルはそう言えばと、自分の指にある「赤い指輪」を見て、ニヤリと笑った。
「そういえば、我は枢機卿……つまり教会のトップ(仕事など一度もしたことはないが)……その権力を使えば、死体などいくらでも集まるではないか? 」
教会には、葬儀のために多くの遺体が集まる。
あるいは、誰にも引き取られない死刑囚の死体も。
枢機卿の権限を使えば、それらを「神聖な研究のため」と称して、容易に手に入れられるはず。
「……多少手荒な真似をするかも知れんが、流石に教皇に頼めば大丈夫だろう」
カサルはふと、工房の入り口で異端核の殻を片付けているマリエの背中を見た。
いつも何をしているのかも分からない、たまに人攫いもするようなヤバい女の背中だ。
しかしカサルはそんなマリエやリヒャルトライン、それにゾーイも全員が口を揃えて自分達のことを「失敗作」と言って笑っているのが、なぜか妙に腹立たしかったことをずっと根に持っていた。
『そんなことはない』と気休めを言ったところで、返って彼女達に気を遣わせてしまうだろう。
そして自分が同じ立場に立ってやることもできない。だからこそ、カサルは自分にできる精一杯をすることで、彼女達の奉公に報いるつもりでいた。
「マリエに進路を変えて貰うとするか……。行先は最も死体の出る人口密度の多い都市。王都シラクーザだ」
そうしてカサルは、次なる禁忌に手を染めるため、舵を切った。
行き先は、つい数ヵ月前に教皇選挙があったばかりの、国王と教皇が並び立つ巨大都市。
シラクーザに、不吉な嵐が到来する。
教会が禁止している公務以外の魔法使用に、
異端核の解剖、それに人間の解剖までするとなったら……。
……うむ、スリーアウトと言ったところじゃな。
罪の塊魂でもしてんのかってレヴェルでカサルの罪が重なっていきますねぇー。
ってところで、次回からは王都シラクーザということで。
何卒宜しくお願い致します。( ^^) _旦~~
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




