おバカ貴族とちょっぴり暗い過去
タヌキの活躍により、カサルの利便性を認知した少女達。
彼女達の中でも、ひときわ野心的な少女が一人、彼の下にやってくる。
「カサル様ぁ~私もお役にたちとうございますぅ~」
カサルの二つ年上、二十歳だという狐顔の少女。彼女はそう言って、馴れ馴れしくカサルの肩に手を置いた。
細い腰に不釣り合いな大きな胸。それを強調するように胸元が開いた服は、この航空船で手に入れたものだろう。
彼女はその武器を使ってカサルに近づいてきた。当然、彼からは強烈な怒りを買うことになる。
しかしカサルは表情に冷徹な仮面を貼り付け、薄く微笑んで問い返した。
「どんな風に役にたちたいのだ? 金を稼ぎたいのか? 有名になりたいのか? それとも力が欲しいのか?」
「できれば……その全てを」
大言壮語を口にする少女。
ここで仮に、他者を思いやる言葉の一つでもあれば、カサルにも取り付く島はあっただろう。だが彼女には慎みもなく、奉仕の心もない。
だから彼女は人ではない。彼にとってその他大勢に当たる「畜生」であった。
「そうか。では初めに部屋の掃除でも頼もうか。そっちの航空船を全て綺麗にしてこい」
思いもよらぬ命令に、少女は驚愕する。タヌキのように、何かしら名誉ある仕事を与えて貰えると思っていたからだ。
特に彼女は自分のプロポーションや能力に自信があった。カサルなら適材適所の眼を持っていると信じていたが、アテが外れたらしい。
彼女は小さく歯ぎしりをした。
「どうした? 他にも何か用か」
「わ、私はメディシスと申します。カサル様、私は魔法が使えるんです」
「そうか。我も使えるぞ」
素っ気ない態度で顔も見ないカサルに、メディシスは顔を赤くし──ついに、やってはならぬ禁忌を犯す。
「私の魔法は【魅了】。きっと貴方様も気に入るはずです」
そう言ってメディシスは、魔法を使う代償に指を一本、ボキリと折った。
カサルに向けられる【魅了】の魔法。
だがそれは、彼女にとって最悪の結果を招く引き金となった。
魔法を受けたカサルは、ニヤリと笑って彼女の前に立ったのだ。
「コレで貴方も私の虜に……」
勝利を確信した時には、既に遅かった。風の魔法で吹き飛ばされたメディシスは、航空船の外で紐無しバンジーの刑に処されていた。落下していく過程で、メディシスは全てが失敗に終わったと悟り、顔を蒼白にさせたがそれも遅すぎた。
(こんな場所で死ぬなんて……嫌だ……! )
そんな心の叫びも空しく、地面は近づいてくる。
その恐怖から逃れるように彼女は意識を手放すと、地面に激突する寸前に彼女は風に包まれ、再び航空船の中へと回収された。
気絶したメディシスを彼女達の住む船室へ放り込むと、カサルは頭を振った。魅了の残滓を打ち消すため、イライラとしながら座った椅子の肘沖をトントンと指で叩く。
「魅了状態……初めての感覚だが……中々に最悪の気分だな」
一連の騒動を少し見ていた帰ってきたばかりのリヒャルトラインが、何事かと彼に声をかけた。
「魅了の呪いをかけられた。今日一日は治らんだろう。あの程度で済んで良かったが」
「メディシスさんが呪いを!? カサル君、大丈夫ですか」
リヒャルトラインは慌ててカサルの状態を確認する。顔を赤らめ、熱い吐息を漏らす彼はどこか艶っぽい。
彼女は頭を振って邪念を払うと、玉のような汗をかくカサルに寄り添い、ハンカチで優しく汗を吸い取った。
「我は異端核の影響で、第二次性徴がまだ来ていないからな。女の魅了というのも、よく分からん」
十八歳という年齢の割に高い声。カサルの言葉に、リヒャルトラインは顔に出さないまでも衝撃を受けていた。
等級の高い異端核は、人体の成長スピードさえ変えてしまうのか。
今までことあるごとに誘惑しても見向きもしないので、男色が趣味なのかと疑っていたが、大きな誤算だった。
カサルの体は十八歳でありながら、その肉体年齢は11歳程度で止まっていたのだ。
つまりメディシスは、11歳の少年に大人の色仕掛けをしてしまったのである。効くはずがなかった。
「アレは魔女なのか?」
カサルの質問に、リヒャルトラインは言葉を濁す。知られたくない事情があるのだろう。
「お前達が、異端核の適合を違法に行う研究所で酷い扱いを受けていたことは聴いている」
「だ、誰がそれを!?」
「匿名だ」
カサルにあっさりと言われ、リヒャルトラインは観念したように詳しい事情を話し始めた。
「……初めに、アレが魔女かという質問には『違う』とお答えします。私達は研究所で育った──魔女になれなかった失敗作。模造品と呼ばれる存在なんです」
ご覧の通り、と彼女は続ける。
「模造品は魔法の使用に『代償』が伴い、それを支払わなければ行使が叶いません」
それを聞き、カサルはメディシスが魔法を使う直前に指を折っていたことを思い出す。難儀だと思いながらも、当然の疑問が浮かんだ。
「異端核が無くても魔法が使えるのか?」
「いえ……適合実験を受けた模造品の体内には、十等級にも満たない小さな異端核が生成されるみたいなんです。私達はそれを使っています」
つい最近知った事なのですが、とリヒャルトラインは付け足す。
それを聴いて、カサルは大きく目を見開いた。
何せ、リヒャルトラインが口にしたのは”異端核の作り方”そのものだったからだ。
人間と共に成長する異端核。その苗床に、少年少女が利用できる。納得のいく仮説だった。
「クククッ……」
「カサル君? 」
気づけば、小さく笑っているカサルにリヒャルトラインは魅了の効果が出始めたのかと慌て始める。しかしそんなことは杞憂だった。
「異端核が種のようなものを残すのか……! ククククククッ、そういうことだったか」
機械生命体である異端核がどうやって数を増やしてきたのか。長年の未解決問題が、ようやく解を得たことで彼の頭の中は一杯だったからだ。
「か、カサル君?」
今までは土から掘り出すしかなかった異端核。それがもはや、人から育てる時代に突入したと言っても過言ではない。
その発見の喜びたるや、魅了をかけたメディシスに感謝したいほど、彼の心は狂喜乱舞していた。
先駆者たちが間違った実験を繰り返していることには胸が痛む。
だが先人の失敗によって、カサルはついに「異端核の生産と育成」を世界で初めて成し得る可能性を秘めた少年になったのである。
「そうと分かれば、早速実験をしたいところだが……リリ。メディシスをしばらく借りてもいいか?」
「カサル君。いけませんよ」
「なにがだ?」
「わるい顔をしていますよ。落ち着いて。道徳心を思い出してください」
リヒャルトラインがカサルの頭を撫でると、彼の興奮は少し冷め、研究者にとって邪魔な倫理観や道徳が顔を覗かせる。
「……むぅ、……そこまで言うのであれば仕方あるまい。では、あの野心的な女の眼が覚めたら、しばらく航空船の雑用をして反省するように言っておいてくれ。我はやらねばならぬ仕事ができた」
「カサル君が仕事……ですか?」
彼が仕事と言うのはとても珍しい。リヒャルトラインは意外そうな口ぶりで彼の顔を見た。
「使命、と言い換えてもいい。我にしかできない役目だ」
カサルはずっと、マリエ達になぜ異端核が反応しないのか疑問だった。しかし彼女らが既に内側に小さな異端核を所持していたのであれば、当然のことだ。
「取り替えるか、向き合うか。そこが問題だな」
どれだけ小さくとも異端核は、一つの体に一つ。
彼女達には二つの選択肢が残されていた。
内側に眠る小さな力を育むか。あるいは摘出して、新たな力を享受するか。
どちらにせよ、カサルにとって人生を懸けた大仕事になることは目に見えていた。
──と、その時だった。
艦橋の窓ガラスから航空船の周りをバタバタと飛ぶ一匹の竜が、カサルの視界に入った。
白い帽子をかぶり、背中には荷物を背負っている。空の宅配便だ。
「あら、お届け物みたいですね」
リヒャルトラインが受け取った手紙は、今にも声が聞こえてきそうなあの男からのものだった。
『旦那! 旦那ぁ! 大変ですぜ!』
手紙の内容は、地上にいるヘルメスからの悲鳴だった。
カサルは思考の海から引き戻され、苦笑しながら部下からの手紙に目を通していく。
「なんだ騒々しい。こんどは店が燃えたか?」
『歌うツルハシを集団で使い始めた連中のせいで、収益が落ちてるんでさぁ!』
讃美歌詠唱式ツルハシはその利益率の高さゆえに、「集団で一つのツルハシを使い回す」という節約術が横行しているらしい。ヘルメスが慌てているのは、レンタル料が減っているからだ。
「……ほう?」
カサルの瞳から、研究者の色が消え、商人の色が戻る。
研究には金がかかる。莫大な金が。
そして今、その資金源が危ういというのは解せない。
(良いタイミングだ、ヘルメス。……お前には更に店を大きくして貰わなければならない時がきた。店舗拡大の時だ)
カサルの目じりが光る。
少し計画を前倒しにしなければならないが、丁度カサルの手元にはメディシスという「暴れ馬」が一人いる。
彼女を彼の下へ送り込めば、野心家同士、仲良くできるだろう。
(名付けて、『悪女には悪男が一番』作戦だ。決して我に危害を加えようとしたヤツを出向させたかったわけではない……うむ。完璧な計画だ)
次回、メディシスをヘルメス商店へ投下。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




