おバカ貴族と壊れた計測器
陽光が照りつける草原の街道。
カサルは黒い日傘をさし、優雅に歩いていた。
その姿は、通りがかる旅人が思わず二度見し、思わず祈りを捧げたくなるほど神々しい美少女のそれであった。
(……計算通り。この角度で日傘を固定すれば、98%の日光をカットしつつ、歩行時の空気抵抗を最小限に抑えられる。ふふふ……機能美とはまさに俺のためにある)
ご機嫌なお散歩日和に一人で悦に浸っていると、前方の検問所で怒号が響いた。
見れば武装した教会の審問官たちが、一人の震える行商人を囲んでいる。
「純度45.7%だと……? この罰当たりめ! 積荷の『魔導燃料』に不純物が混ざっているぞ! この粗悪品では最新の魔導機関は動かん。教会の聖火を汚そうとした罪、万死に値する!」
今にも剣を抜きそうになっているのを見て、カサルは眉を顰めた。
剣を抜いたことにではない。
自分の領地に処理しなければならない死体が増えるかも知れないという事案に対してだ。
不要な清掃は非効率だ。
罰を与えるのならば、血が流れない方が効率的だと彼は考えた。
「そんな! それは王都直送の最高級品です! 粗悪品など……!」
行商人が大人気なく膝をついて泣き崩れている。
もういつ切り殺されても文句の言いようがない、安い弁明だ。
審問官の手には、燃料の魔力密度を測るための『魔導測定器』が握られていた。
今にも剣を抜こうかという緊迫した場面。
そこでカサルの目に飛び込んできたのは、行商人が運ぶ燃料容器に刻印された家紋──アークライト公爵家のものだった。
(ふむ。あの潔癖なアークライト公爵家が、粗悪品を流すはずがない。ましてや、あの家には俺の数少ない友人であるレビスがいる。あいつがそんな非効率な真似をするわけがない)
何かがおかしい。
「ふむ。まあ少し様子を見に行くか」
カサルは日傘を回しながら、ひらひらとドレスの裾を翻して厄介事の中に割って入った。
瞬間、場が凍り付く。
審問官たちは怒鳴り散らしていた口を半開きにし、カサルの美貌に目を奪われた。
「な……なんだ、この美しいお嬢さんは……天使か?」
審問官の漏らした賛辞を、カサルは心底嬉しそうに噛み締め、続きの言葉を期待した。
しかしそれ以上に何も聞こえてこなかったので、カサルは溜息をついて次の賛辞を要求した。
「フフッ……素晴らしい。……他には? 聖女だとか女神のようだとか、形容する言葉は他にもあるだろう。もっと我の美しさについて語る許可をくれてやる。さあどうした?」
うっとりするような美少女の口から放たれたのは、傲慢極まる少年の声。
「なっ……男!? いや、それより君、公務の邪魔だ。そこをどきたまえ!」
審問官は手に持った測定器を前に突き出して、カサルに退けるよう命令した。
しかしその少年は人の話を最後まで聴かない。
首を傾げて男の持っていた魔道具に眼が吸い寄せられると、その異常に気がつく。
死体処理が面倒だから森でやれ、と言いに来たつもりがコレは状況が変わってきた。
カサルの見立てではこの魔道具、壊れているからだ。
「無能な公務ほど世界の回転を遅らせるものはないな。……おい、そのガラクタを貸せ。ったく、これだから全く……」
カサルは審問官の腕をぺちっと払いのけ、測定器を強引に奪い取った。
「貴様! それはヴェズィラーザム家も出資している教会の備品だぞ! 不敬だと思わんのか!」
「ヴェズィラーザム? ああ、俺の実家だな。父上がまた無駄な寄付をしたらしい。……安心しろ審問官。器具が壊れたらまた父上に言えばいい。ウチは敬虔深い信徒ばかりだからな」
カサルは不敵に笑うと、奪った測定器を逆さにし、懐から取り出したマイナスドライバーで裏蓋を抉り開けた。
「ひっ……壊しやがった! 勘弁してくれよもう!」
「この子貴族みたいだし……後で司祭に打診してみよう、な?」
給料から天引きされると悲嘆にくれる審問官。
周りの審問官も、可哀想な測定器を奪われた同僚を必死に慰めている。
「戯け……お前が信じているこの『魔導測定器』は既に壊れている。触媒と回路の位相が15度ズレているせいで、十分に反応を検知出来ておらんのだ」
「な、何をわけのわからんことを……」
「……あぁ、説明する時間が非効率だ。形を正してやる」
カサルの指先から、微細な風の刃が測定器の内部に滑り込んだ。
複雑に絡み合った魔導導線を、目にも止まらぬ速さで切断し、接合し、最短経路へと再構成していく。それは魔導工学の勤勉な徒である、カサルだからこそできる「最適化」だった。
「よし。ゴミが『道具』に戻ったぞ。……おい、行商人。そのエーテルをもう一度測らせろ」
カサルが測定器をかざすと、針が滑らかに動き、見たこともない目盛りを指した。
「バ、バカな! 純度90.9%……!? 市場じゃあ滅多に見ない高数値だぞ!」
覗き込んだ審問官は声をあげた。
逆に壊れたのではないかと疑う声もあったが、そこはカサルがノリと勢いで誤魔化した。
「お前の機械がポンコツすぎて、最高級品のポテンシャルを理解できていなかっただけだ。……さあ行け、商人。他人に時間を奪われるのは人生の浪費だぞ」
行商人は「あ、ありがとうございます!」と何度も頭を下げ、逃げるように走り去った。
カサルは呆然とする審問官に、修理済みの測定器を押し付けた。
「法も、信仰も、機能美のない『形』にこだわるとただの暴力になる。……あと父上には伝えておけ。不便な道具を押し付けるなとな。それと巡回ご苦労、引き続き努めを果たせ。引き留めて悪かったな」
ポカーンとする審問官たちを置いて、カサルが再び日傘を開き、優雅に歩き出そうとした──その時だった。
──ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
空気が物理的に押し潰されるような、重低音が響いた。
カサルの足が止まる。彼はアメジストの瞳を鋭く空へと向けた。
「……不快な質量だ。大気の流れをこれほど乱暴に踏みにじるとは……やはりペントの方角か?」
遥か上空、分厚い雲を切り裂いて、巨大な古龍の影が躍り出た。
そしてその背後、龍が生み出した乱気流に翻弄され、煙を噴きながら急降下してくる航空船。
「予定変更だ。退屈を殺すための散歩のつもりだったが……どうやら向こうから、特大の『研究素材』が降ってくるらしい」
カサルはニヤリと唇を吊り上げ、風を纏って大地を蹴った。
十八歳の誕生日。
世界を最適化するための「最初のサンプル」が、すぐそこまで迫っていた。
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