おバカ貴族と龍と飛行船
午後の陽光が金色の大地に容赦なく注ぎ込む中、颶風の勢いのまま邸を飛び出したカサルは、己の直感を信じ、自領の中でも一際栄える街へと足を運んでいた。
その行動は、貴族としての体裁を弁えぬどころか、まるで全ての規範を嘲笑うかのようであった。しかし、彼がその街へと侵入する方法には、常人の理解を遥かに超える問題が内包されていた。
カサルは、自らが操る風の魔法によって、古びた蝙蝠傘の内部に空気の渦を生成した。その蝙蝠傘は、まるで巨大な気球のように、ふわふわと、しかし無軌道に上下動を繰り返しながら、街の真上へと侵入していく。その様は、空を漂う愚かな異物でありながら、同時に、彼にしか成し得ぬ奇跡でもあった。
当然、真っ先にそれに反応したのは、軽装備で街中を巡回する警備兵たちであった。彼らは、空から降って湧いた貴族の奇行と、上空で展開される異常事態という二重の脅威に直面し、その顔には混乱と困惑が如実に刻まれていた。
「か、カサル様!なぜ空から……っ!? パーティはどうなされたのです!? 」
警備兵の一人が、喉から絞り出すような声で叫んだ。
「我のことは見なかったことにしろ。お前は何も見てなどいない。いいか?」
上空から飄々とした態度で無茶を言うカサルに、警備兵は狼狽し、頭を下げて静止するよう懇願した。
「そんなことより降りてきてくださいませんか!現在、上空に巨大な龍が出現してしまい、気球船に乱れが生じている状態です!空に留まるのは危険ですから、どうか、地面へ!」
カサルは蝙蝠傘から、薄く開かれた天を見上げた。遥か彼方の、無窮の空を悠然と泳ぐ巨大な龍と、その巻き起こす風に煽られ、今にも墜落しそうな気球船の姿が、彼の瞳に映し出される。
「最近、やけに多いな……戦争の影響か?」
カサルの領地がある神聖シラクーザ王国は、表向きには戦争のない平和な国であった。しかし、その北部に位置するシュバルツ諸侯同盟と、強大な軍事力を誇る帝政カイザーライヒとの間で勃発した戦争は、日を追うごとにその戦火を拡大している状況だった。
その余波を受ける形で、全長五メートルを優に超える竜、あるいはそれよりもさらに巨大な龍がシラクーザ王国へと押し寄せる。通称【龍災】と呼ばれるその現象が、昨今のシラクーザ王国が抱える、最大の悩みの種であった。
「今回のは人界圏には降りてこない類の龍かと!とりあえず、航空船に当たらないように避難誘導を急いでいる状況です!どうぞ、こちらへ!」
「ご苦労なことだ。優秀な衛兵がいたと父に伝えておいてやろう」
「はいはい分かりましたから、早く非難誘導に従って下さい」
「あ、ああ……余り我を急かすな」
カサルは地面に落ち着くと、衛兵に誘導されながら街の中央へと足を運んだ。彼の視線は、既に上空から得た情報と、この街の警備体制の間に存在する無数の矛盾点を分析し始めていた。
「龍災にしては警備がやけに厳重だな……重要な荷でも運ばれてきたか? 」
中央に位置する噴水広場には、他にも数人の魔女が、街を守るための結界を張る準備に取り掛かっていた。彼女たちは、それぞれが持つ魔力の回路を連結させ、巨大な魔法陣を展開しようとしている。
「マズいな……クラスメイトだ……」
カサルは、街の防衛に関わるクラスメイトの姿を尻目に、蝙蝠傘で顔を隠しながら、彼女たちの仕事ぶりを垣間見た。
誕生日パーティーを抜け出した不登校児が、このような公的な場にいるのは、何かと弁明が難しい立場にあった。
幸いにも魔女たちは周辺の空を警戒深く見渡しながら、落下の危険がある飛行船に意識を集中させており、カサルの存在には気づいていないようだった。
「うむ……バレてない、バレてない」
コソコソと群衆に紛れこもうとしたカサルだったが、彼の計算は一人の無邪気な子供の言葉によってあっけなく崩壊した。
「あ!バカサルだ!」
その子供特有の甲高い声が、群衆の喧騒を切り裂いた。瞬間、人々の注目は、上空の航空船から地上のカサルへと一気に集中する。その視線は、親しみと侮蔑が入り混じった、彼の日常を映す複雑な感情の集合体であった。
「シィー……」
指を口に当てて口封じを決行するカサル。しかし、いつの間にか彼の周りには子供達が集まって来ていた。
子供達は、スカートの中に入り込んだり、袖を引っ張ったりと、彼を完全な玩具として扱っていた。それは、彼が自ら望んだ「バカサル」としての役割を、最も純粋な形で受け入れる者たちであった。
このままでは魔女たちにも気づかれる。万事休すかと思われたその時、別の事件が街の視線を一斉に横取りした。
誰かが叫んだ。
「ああぁ! カサル様! 空から女の子が! 」
「なに!? 」
その声を聞くや否や、カサルは迷うことなく子供達から離れて、蝙蝠傘を広げると、落ちてくる少女の元へと飛翔した。
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