episode5 忍び寄る影
_____同日 夜 黎蓮会・本部
幹部会議の空気は、重かった。
「……狼牙の動きが、明らかに広がっています」
地図の上に、赤い印がいくつも増えている。
横浜の中心部だけでなく、周辺区画にも点在していた。
「縄張りを荒らす気か」
低く問う声に、幹部が首を横に振る。
「いえ。今のところ直接的な衝突はありません」
凌雅は椅子にもたれ、静かに考える。
狼牙は血の掟を持たない。
無秩序で、衝動的で、だからこそ予測しづらい。
「こちらからは動くな」
短く命じる。
「狼牙が“何を狙っているか”が見えるまで、静観だ」
幹部たちは一斉に頷いた。
会議が終わり、部屋に一人残ると、凌雅は時計に視線を落とす。
_____約束の時間がゆっくりと近づく。
「喜んでくれるといいんだが…」
凌雅はこれからの大切なひとときに
内心浮かれていた。
車に乗り込み、愛おしい妻を迎えに行く。
*****
同日 17:00
夏華はこれから久しぶりの凌雅とのデートに頭を悩ませていた。
昨日突然ご飯中に凌雅からのお誘い。
_____昨日20時
「明日、久しぶりに外に食べに行こうか夏?」
『…夜?』
夏華は困惑していた。
凌雅と外食はほぼない。あっても組織の祝い事など凌雅の体裁を守るために参加するぐらいだ。
自分が忘れている組織の祝い事があるのかと顔を顰める。
夏華の様子を見て、何を考えているのを察して凌雅は困ったように笑う。
「あぁ、組織の祝いとかじゃないから。たまには2人でディナーも良いかなって思ってさ。どう?」
夏華はただのお誘いに安心して肩の力を抜く。
『何か祝い事忘れちゃってたかなって焦ったよ〜。うん、いいね!行こうお兄ちゃん』
_____現在
夏華はドレスコーデが必要だと言われ、着ていく服に頭を悩ませていた。
(お兄ちゃん、お店について聞いても何も教えてくれない。)
夏華は悩んだ結果、スレンダータイプの深い赤と黒のシックなドレスと体のラインが綺麗に見えるワインレッドのドレスの2つに絞ることができた。
(お兄ちゃんに隣に立つなら…上品な感じの方がいいよね)
鏡を見ながら何度も合わせて、結局体のラインが綺麗に見えるワインレッドのドレスにした。
お化粧も普段は可愛い雰囲気を好むが
今日は大人の雰囲気にした。
服に合わせてアクセサリーをつけ終える。
すると聞き覚えのある足音が聞こえる。
その音はどんどんと近づいてくる。
「いたっ!!リビングにいないから焦ったよ」
焦ってきたのか少し髪が乱れている凌雅。
それを見てクスクスと声に出ないが笑う夏華。
『ごめんね。なかなかドレスが決まらなくて…今準備終わったところ』
落ち着きを取り戻した凌雅は
改めて彼女を見る。
普段は隠れているボディーラインがしっかりと見えるが下品さはなく、いつもの可愛らしい夏華とは違って、とても美しい大人の女性だ。
しかし、凌雅は知っていた。
夏華は自分と出かける時、大人びた格好をよくすることを。慢心かもしれないが、好きな女が自分のために背伸びをしている姿が可愛くて仕方がなった。
ただ一回触れたいが、健気な彼女を見る楽しみが減ると思うと寂しいので、何も言わず、ただ穏やかに微笑む。
「…あぁ、とても似合っているよ夏」
理由も、評価も添えない。
ただ肯定だけを差し出す声に、
彼女は胸の奥がほどけるのを感じた。
「さぁ行こうか?夏」
凌雅の声に嬉しそうに首を縦に振る。
夏華はそのまま凌雅にエスコートしてもらいながら車に乗った。
*****
横浜・湾岸エリア。
予約困難と名高い超高級レストラン。
今夜は、完全貸し切り。
静かな照明、磨き上げられたグラス、
窓の向こうには夜の海が広がっている。
夏華は、少し緊張した面持ちで席に座っていた。
「……」
言葉は出ない。
けれど、目はきらきらと輝いている。
ここは彼女が以前、テレビで紹介された時に
熱心にみており、時々プロスタで情報を見ては
行きたそうに目を輝かせていた。
凌雅はそれを、見逃さず
彼女のために用意した。
「…落ち着かない夏?」
問いかけると、夏華は慌てて首を振る。
携帯に文字を打ち、差し出す。
『ありがとう!お兄ちゃん!!私ここ来てみたかったんだ!!!』
嬉しそうに笑う夏華をみて凌雅の表情が緩む。
「それなら良かった」
ワインが注がれ、料理が運ばれる。
仕事の話は一切しない。
組織の話も、血の匂いも、ここにはない。
ただ、料理の感想を聞き、
窓の外の景色を一緒に眺め、
時折、夏華の微笑みに目を細める。
愛してる女が笑ってくれる。
その表情が自分の罪を流してくれるような感覚。
凌雅にとって、この時間は―1番幸せの時間。
夏華は楽しそうに料理を味わい、気に入ったものは嬉しそうに携帯を打つ。
『この、鴨コンフィ美味しい』
「あぁ、美味しいな」
幸せな時間が流れていた。
*****
―その頃。
レストランから少し離れたビルの上。
暗闇の中、男が双眼鏡を下ろした。
「……あれか」
遠くの窓際。
柔らかな光に照らされて座る女。
声を出さず、静かに微笑う姿。
「噂通りだな」
隣にいる仲間が低く笑う。
「あれが……黎魔の華」
「いや」
男は、ゆっくりと言い直した。
「“客人”が求めている女だ」
無防備で、何も知らず守られている存在。
「……価値は、十分すぎる」
遠すぎて、誰もその視線に気づかない。
ガラス一枚隔てた内と外。
平穏と、狂気。
その距離は、今はまだ_____
_____あまりにも、遠かった。
読んでくださりありがとうございます!
また来週、お楽しみに〜




