ただ戦の正しさのままに
「!」
茂みの奥から、竜騎兵達が押し転がし、姿を現したのは……魔力砲だった。過去の兵器パレードの観閲で見たことがあるだけの代物。その威力、運用法などを聞き、驚愕した記憶が甦る。それが何を砲弾としているのかも。
その巨大砲の後ろにいくつもの檻が荷台に載って運び込まれている。
錆鉄の檻は中に多数の粗末な衣服の人達が押し込められていた。
「……あんなものまで!運び込めるのか!」
絶句するマスク。
檻から手荒く引きずり出されたそのウィザード達が魔力法の周囲に転がされた。
その一人一人に何かヘルメット状のものが被せられる。
「こんなときの為に活かしてんだ。わかってんな!始めろ!」
荒々しく叫ぶ指揮官の声にのろのろと従い、魔力砲の脇で、ウィザード達が呪文を唱え始める。
そのウィザードと魔力砲は被されたヘルメットを通して無数のコードでつながっており、呪文が始まるとその魔力が砲に流れ込んでいく。
徐々に魔力砲が発光していく! 辺りの空気の粘度まで変わっていくかのような濃密な輝きを纏い、唸りだしていく。
「てっ!」
砲の脇の竜騎兵が叫ぶ! 砲撃!魔力が砲弾となり!激烈な勢いで放たれていく!
マスクの足下の大地がいきなり爆発した!!着弾!
馬ごと炸裂する地面に弾き飛ばされて、醜悪な仮面の男が地面を転がる。
「ぐっ!」
次の弾が、ジョゼの周囲に着弾する。
地が裂けるかの様な爆発にトバされるジョゼ。
が、地面ギリギリでクルリ、と一回転し、四つん這いで着地する。
並々ならぬ体さばきだった。
「……」
相変わらず、無言。その伏し目には乱れ一つも無い。冷静に周りの状況を確認する。
砲撃は無差別に降り注いでくる。 舞い上がる土砂をアシュレイはか細い腕で辛うじて避けている。ただ一人護衛もなく、女一人戦場の乱気にふらふらとその身を揺らしている。
その前に負傷した竜騎兵があえいでいた。
その砲撃は、敵も味方も無分別に降り注いで来る!
「!」
歩み寄るアシュレイ。
「大丈夫ですか?!」
ゆっくりと顔を上げる竜騎兵。
もはや助からぬ重傷なのは一目で見て取れた。
腹部が爆風を受け、内蔵がだらりと出てしまっている。
しかし、その手を取り立ち上がるのを助けるアシュレイ。
「……一緒に……生きましょう」
ニヤリ、と笑う竜騎兵。
その目が“甘いぜ”と言っている。
何事か、ブツブツと唱え出す。
「?!」
突然、アシュレイの背後に男が現れる!
その竜騎兵の襟首を片手でひっつかみ、遠くに投げ捨てた!!
と、同時にアシュレイを抱え、地に伏せる。
投げ捨てられた竜騎兵の体が空中で爆発する!!
四散する手足が、宙に霧となり、散じる血糊が降り注ぐ。
が、アシュレイの身体を覆う様に抱える大きな男の身体が、血糊に汚れる事を遮っていた。
「なぜ……?」
その凄惨な光景に呆然とするアシュレイの耳元で怒鳴り声がする。
「ありゃ、自爆の呪文だ!」
アシュレイの耳元で怒鳴るクロガネ。
「あなたは……!!」
クロガネの顔の方に向くアシュレイ。
「前にも言ったろ!」
「人が良いにもほどがあるってな!」
地面に重なって横たわったままの二人。
アシュレイが下。 超至近距離。
先にテレたのは、クロガネの方だった。
赤くなって立ち上がる。
「まったく……。何も知らねぇのか」
「ヤツらは殺人マシーンだ! そんなヤツに情けをかけてどーする!」
乱れた裾をさりげなく直すアシュレイ。
「……きてくれると思ってました」
にっこりと顔をほころばせる。
「でも、集合時間に遅れてますわ」
マイペースのアシュレイにクロガネが頭を抱えた。。
「オレの話を聞け!」
そのクロガネとアシュレイの周囲に魔力砲が着弾する!
「わぁぁっ!」
二人、抱き合ったまま吹っ飛ばされる!
もつれ合ったまま、、崖下に転落!
「姫!」
叫ぶマスク! しかし、猛烈な砲撃の弾幕は、近づく事を許さない!
「くっっっ!!」
クロガネ、何とかツタをつかむ!!
無い方の右腕で何とかアシュレイを抱きかかえる。
その腕にしがみつくアシュレイ。
完全に宙ぶらりんの状況。
支えるべき手が途中までしかない!
ズルズルとずり落ちていくアシュレイ!
「あっ!」
あたりに砲撃が降り注ぐ中、離ればなれになっていたクーランとマーセルがお互い走り寄る。
「……クーラン!」
「……マーセル!」
互いの名を呼び合う二人。伸ばしあう指が触れる。
「無事か?!」
その腕の中に抱え込んだマーセルに向かい、叫ぶクーラン。
耳をつんざく砲撃の音に、負けぬ様に。
「ええ!」
砲撃の音は総てを切り裂き、分断し、孤立させていた。
抱き会う二人もまた。
そのクーランの背後に黒い陰が忍び寄る。
「……そりゃ、よござんした」
クーランの背後にヌッ、と現れるタルガ。
「!」
驚くマーセル。
その目の前でクーランの喉元にナイフが。
「やめて!!」
タルガの握りしめたナイフがゆっくりと引かれる。
「!!」
鮮血がクーランの切り裂かれたのどからあふれ出す!!
「マーセ……」
喉から溢れ出すのは言葉では無く、命の血潮。言葉は途切れ、その瞳から光が消えていく……
「いやぁ!!」
叫ぶマーセル。
クーランの体から力が抜け、倒れていく。
その後に立ち姿のタルガが、いる。
「グルード様に命じられたのは……」
マーセルに話しかけるタルガ。
「オマエに残された希望の全てを奪う事」
にたり、と笑うタルガ。
そのマーセルの足下で息絶えるクーラン。
「オマエにはあの任務しかないのだと思い知らせる事」
声にならない絶叫。
マーセルの心の中で何かが破裂する。
竜騎兵達の本陣。居並ぶ魔力砲が、絶え間ない砲撃を繰り返す。
途切れるまもなく、戦場に魔力の固まりである砲弾を送り込み続けていた。
その隣で必死で呪文を唱えていたウィザードが、がっくりと倒れる。
「チッ、もうバッテリーが切れやがった」
砲の隣で指揮をしていた竜騎兵がつぶやく。その倒れたウィザードがかぶっていたヘルメットを剥ぎ取ると、思いっきり蹴飛ばして森の方に捨て去った。
「スペア!」
次のウィザードが竜騎兵達の手によって連れてこられる。
その背後では、薄着一枚で小さな檻に詰め込まれたウィザードと呼ばれる種族の姿があった。
彼らは、飼育された者達。
魔力砲に“接続”される為のみに。
「セッティング、急げ!」
そのウィザードが新たに砲に“接続”される。荒々しくヘルメットを被せられる。
外された方のウィザードはそのまま蹴り飛ばされ、棄てられる。
無くなってしまった乾電池の様に。
「ったく、最近のバッテリーは持ちがワルイゼ」
竜騎兵は 新たに“接続”されたウィザードを殴り飛ばす。
「気合い入れろ!!」
「死ぬ気でいけ!!」
崖下にはなお、ぶら下がったままのクロガネとアシュレイがいる。
曲げた右腕で支えるのも限界に近づいている。
「くっそぉぉぉ!」
汗だくで力を込めるも……どうしようもない。
「こんな時に! 肝心なときに!!」
アシュレイ、クロガネの曲げた右腕に懸垂の形でぶら下がっている状態。
「無理しないで! 私は大丈夫です! 離してください!」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
下を見る。目もくらむような高さ。
踏ん張る、が、支えるべきその先の手がない。
アシュレイの手が震えている。
「……くそっ……くそぉっっ……この手さえあれば!」
この右手さえあれば!クソ拷問士共に面白半分に引き千切られてなかったら!
アシュレイの震える腕が限界に近かった。女の細腕だ。捕まると言ってもそういつまでもは……だが……打つ手がない。汗が噴き出す。それは途中で途切れている右腕にも容赦なく浮いているのだった。
その手がついに……外れてしまう!
アシュレイの差しだした指につなぐべき……指がなかった。
クロガネには。
離れていく二人。
と、その時! さしのべたクロガネの右腕の先に“銀の砂”が盛り上がってくる。
発光し、クロガネの体の中から右腕の先にあふれ出てくる!
その“銀の砂”が細く伸び、素早く落下していくアシュレイの体に巻き付く。
落下が止まる!
銀の砂のロープに結び取られ、遙か下方でゆらんゆらんと揺れているアシュレイの姿。
「……何だ、これは」
自分の腕から伸びている銀の腕にとまどっているクロガネ。
しかし、とまどっている場合ではない。
「戻れ!」
銀の右腕を引く。と、銀の腕は縮み、アシュレイを引き上げてくる。
再び、クロガネの胸の中に戻ってくる。
「左腕に移れ、早く!」
「は……はい!」
アシュレイは必死でクロガネの首にしがみつく。
自由になった右腕を見ながら言うクロガネ。
「どうなってやがんだ……」
「さっきの“銀の砂”が……」
右腕の先端でゆっくりと渦を巻く様に動いているその得体の知れない物質を眺めるクロガネ。
“これは……生きている……”
冷たい汗がクロガネの背中を伝う。
と、同時にその背中に当てられている温かい手の存在にも気付く。
それは、アシュレイの掌。
アシュレイの顔をのぞき込むクロガネ。気丈にもしっかりとしがみついてはいるが、その腕は細かく震えだしている。
「姫……」
顔を上げるその瞳に隠しきれない不安の色が見えた。
「考えてるばあーいじゃねぇか!!」
やらねばならぬ事に気付くクロガネ。
一声吼える!
「使えるモンは!使い倒したろじゃねェか!」
その腕にアシュレイを抱え、きっ、と崖の上を睨むクロガネ。
その視線の先に張り出した一本の枝。
“うまくいくか?!”
「伸びろ!」
手首を投げる様に右腕を振り回す!
銀の右腕がビュッ!と伸び、崖下から見える木の幹にガッチリとからみつく。
「いくぞ!」
アシュレイに言うクロガネ!
「はい!」
いっそうガッチリとしがみつくアシュレイ。
クロガネの右腕が縮む!
猛スピードで上昇していく二人!
崖の上にすたっ、と降り立つクロガネ。
相変わらず激しい砲撃は降り注ぎ、地が裂けるかのような爆発が続いている。
「……ジョゼ」
目の前に立っているのはジョゼだった。まるで無傷で。厖とその姿は砂塵に霞み、どこか幻じみて。元よりの存在感の薄さも相まって幽鬼のようだった。
その手には血まみれのナイフがある。まだ血を滴らしている。
にらみ合うクロガネとジョゼ。
アシュレイをぐいっとジョゼに突き出す。
「……頼んだぜ」
「……」
無言。しかし、その血塗れの小さな手はアシュレイのスカートの端をそっとつかんだ。
にやっ、と笑い、走り出すクロガネ。
どうとでも。あの砲撃は止めねばならない。徒手空拳。いや……何かある。
俺の中に何かがある。
「さて、任務は終わった」
砲弾降り注ぐ中、クーランの遺骸の前で座り込み呆然としているマーセルの目の前ですらりと立ち、タルガがぬけぬけと言い放った。
「死なねぇうちにずらか……うがっ!」
その背後から、砲弾が炸裂する!!
吹き飛ばされるタルガ!
しかし、爆風はうつぶせに座っているマーセルの頭上を越していく。
「……クーラン、クーラァン!」
亡骸にしがみつくマーセル。
もはや、何も目に入ってはいない。
そのマーセルを砲撃が襲う!
雷の様な魔力砲の弾頭が落下してくる。
直撃寸前! 飛び込んでくるクロガネ!
その右手を砲弾に向けて突き出す!
と、その右手が変形し始める。
「……熱……い!」
燃える様な感覚が右腕から走り、痛みが去ったその時、その右腕の銀色の部分が楯の様に広がっている事に気付く。
その変形した銀の腕の楯を砲撃にぶち当てる!
腕の先に叩きつけられる様な衝撃!
「ぐっっ!」
思わず目を閉じた。爆裂の豪勢を身体一つで受ける!地に突き立てるように力を込めた脚がずるるっと下がる。
しかし、右手の銀の楯はその衝撃を完璧に跳ね返した!
目も眩む光と音が消え去った後、まだ立っている自分に気付くクロガネ。
「どんな威力だ……これは」
内心まだ信用していないこの武器の事を考えている暇はなかった。
「無事か?!」
「あ……」
まだ呆然としているマーセル。クロガネを見上げ、言う。
「放っといて……放っといてよぉっっっ!」
「……」
クロガネにはかける言葉が無い。
ただ、このままでは……あれを何とかしなければ……
そのまま、クロガネは背後に泣き伏せるマーセルの声を聞きながら魔力砲に向かって走り出した。
「来るぞ!!」
魔力砲の隣の竜騎兵が叫ぶ!
「てっ!!」
砲撃!! 一直線にクロガネへ!!
右腕を突きだし、走ったまま、砲撃をはじき飛ばす!!
「何!!」
「うぉぉぉっ!!」
魔力砲が居並ぶ竜騎兵の本陣に切り込むクロガネ!
魔力砲に左腕のダガーを突き刺す!
それはぶよぶよと何かの生物の様に、くねり蠢いていた。
一気に上に切り裂く!
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げ、ウィザードの何人かがのたうち回る。
切り裂かれた魔力砲の裂け目からぼとぼとと生臭い物質が溢れ出す。
「?!」
ダガーを引き抜こうとするクロガネ。が、それは食いつかれてしまった様に抜けてくれない。
隙が出来る!
「うぉっ!」
竜騎兵達が剣で一斉に襲いかかる。
素早く、その右手の楯で竜騎兵の剣を受け止める!!
「ぬぉっ!」
そのまま、二三人掛かりのしかかるようにクロガネを押さえつける。
「ぐっ!」
左手のダガーは魔力砲に刺さったまま。
動きを封じられたところに他の竜騎兵がなだれ込んでくる。
その時、クロガネの右手が変形し始める!
「な、何?!」
驚く竜騎兵。その右手は剣の形に!
その右腕の銀の剣がジャキ!と伸びる。
「うおっっ!!」
なぎ払うクロガネ!
その右手の剣は相手の剣ごと、竜騎兵の首をはねとばす!
荒い息。 自分の変形した右手を見るクロガネ。
「どうなってやがる……?」
何もかも判らない。ただ武器がある。刃がある。このわけの判らない銀の。
今、答えを探している間は無かったが。
周囲を二重三重に取り囲む竜騎兵達が、その答えを出してくれるはずだった。
ジョゼがいかに殺戮マシーンだとしても、所詮多勢に無勢。
徐々にアシュレイの元から離れていってしまう。
「ジョゼ!」
そのジョゼを追いかけようとしたその背後から近づいてきた竜騎兵がアシュレイに斬りかかる!
ガツッ!
思わず差し上げたアシュレイの短剣に、衝撃が伝わる!
はじき飛ばされる短剣が、草むらにがさっ、と音を立てる。
しびれきっているアシュレイの腕。
「……チェックメイト」
にたにたと笑みを浮かべ、その竜騎兵がすり寄ってくる。
その両腕に長剣を構えたまま。
「ジョゼ!」
その名を呼ぶアシュレイ。
反応するジョゼ! しかし、その姿はまだ遙か彼方。
思わず目をつぶるアシュレイ。
が、すり寄ってくる気配が止まる。
妙な空白。
「?」
そーっとその目を開けると。
竜騎兵の頭に巻き付いた触手が、その竜騎兵を吊り下げている。
「?!」
その触手の先にいるのは……リーバ。
「……リーバ様」
「戻ってきたわけではありません。姫」
その表情に何の変化もない。
しかし、その口調からは苦笑するような気配が漂う。
リーバはその背中から何本もの触手を伸ばしている。
それも彼の持つ魔術の一つだった。
「ただ此処が通り道だったというだけです」
「こちらへ」
アシュレイを抱き寄せるリーバ。
その口元から呪が流れ出す。
「合」
触手が丸くリーバとアシュレイを取り囲み、その間に幕を張る。
「後は、待ちましょう」
リーバは胸の中のアシュレイに話しかける。
「現れるものは……まだいます」
アシュレイの無事を確認したジョゼは改めて竜騎兵に向き直る。
「ひ、ひぃ!」
目の前の子供のただならぬ戦闘力を目の当たりにしたその竜騎兵は、恥も外聞もなく逃げ出す。
「冗談じゃねえ!」
「こりゃ、一人で何とかなるもんじゃねぇ!」
森の中に向けて走り出す竜騎兵。
あえてジョゼも追おうとはしなかった。
そのまま翻し、アシュレイの元に戻る。
「おい! 集まれ!」
「もう一度隊列を組み、襲撃をかける! 集合!」
そう叫びながら、一本の木の下に辿り着いた時、その首に何かがからみつく。
「?!」
それは細い細い糸。輪になった糸が、その竜騎兵の首に引っかかっている。
「何だ……ぐっ!」
突然!その輪っかが引き上げられる。
ネックハンギング。その足が地面から離れ、じりじりと上げられていく。
じたばたと身もだえる竜騎兵。しかし、首に手を回し糸をつかもうとしてもがっちりと食い込んだ糸は指の進入を許さない。
「が……はっ!」
竜騎兵の動きが無くなっていく……。
その身体がだらりとつり下がる。
その糸の先を素早く枝にくくりつけたのは……ムーセット。
それは彼の得意な狩猟技だった。
何だ、あの子供は生きてるじゃないか。
遙か彼方に小さくジョゼの背中を見るムーセット。
彼は口に出す事なく考える。
戻ること無かったかな。
あの騒々しい男もいる事だし。




