ただ滅する為の道
「それでは、早速準備に入りまする」
スカルの合図で、マスク以外の五人の死刑囚が近衛師団に引っ立てられて退場していく。 その他のお歴々もぞろぞろと出ていく。
ただの一言も発言しなかった事に、今更の様に気付くマスク。
完全に彼らはお飾りなのだな、そう見限るしかなかった。
キャスティングボードにいるのは……グルードただ一人なのだと。
マスクとジャッド王がその顔を合わす。
「……本気で私を釈放する気なのか?」
「……?」
「私を自由にすると言うのか?」
にやり、と笑うマスク。
「その玉座」
ジャッド王の腰掛けている王座を指さすマスク。
「失う事となろうとも、か?」
退場の途中で足を止め、マスクの言葉を耳にするグルード。
「……」
凡人王ジャッド、マスクの鋭い視線に答える事が出来ない。
「あうあう」
「可愛い愛娘を思えばこそ、でございますよ」
「……」
横から声を出すグルード。にらみ合うマスクとグルード。
「……この煩わしきマスク、外すとは考えぬのか?」
グルードを挑発する。
「そのマスクは呪術で貴公の顔の肉に食い込んでおります」
「そして、なにより、」
「貴公の心により強く食い込んでおります」
にやりと笑うグルード。
何もかもお見通し、といわんばかりに自信たっぷりに言い切る。
その視線に殺意すら覚えるものの……現状の自分は全くの無力である事をマスクは認めざるを得なかった。
「……わかった」
敗北を悟るマスク。舌打ち一つ。
「この話、引き受けよう」
身を翻し出て行く。
とにかく此処にはもういたくない。
部屋の中に死刑囚達と近衛師団員、師団長スカルがいる。
その死刑囚達の奥歯に王家の呪術師達が魔法をかけていた。
「これは、魔力弾だ」
スカルが解説する。
「とある呪文を唱えると、爆発する」
居並ぶ囚人達一人一人に魔法を掛けていく。
呪術師達が手をかざしたその囚人の奥歯がかすかに発光する。
「暖かいねぇ」
のんきに寝そべっているリゴーティ。
口の中に爆薬を仕込まれているというのに、間延びした声で、うっとりと目を閉じている。
春の日差しに居眠りする様なそんな気楽さで。
「その時は、オマエらの頭が粉々に砕ける」
「心して行動する事だな」
ムーセットが喉の奥で低く唸る。
ものを食べても平気なのかどうか。
その胸の内に浮かんだ疑問は言葉となって口から出ることはなかった。
リーバは黙ってその処置を受けていた。
瞑目するその脳裏では、いくつもの対処方法が浮かんでは消えていた。
ジョゼは相変わらずノーリアクションのまま。
まるで糸の切れた操り人形の様に、くたりとなっている。
しかし、それとは逆にジョゼを担当する呪術師は汗だくとなっている。
まるで爆発物そのものであるかの様に、慎重にジョゼの身体を摘み扱う。
もちろん、その全身から金気のものは総て取り外してある。
スイッチが一度入れば……総ては終わりなのだ。
真っ先に血を流すのはきっと自分だろう……。
その思いが呪術師の息を荒げ、指先までも汗だくにさせていた。
クロガネはじっとスカルをにらみつけている。
積年の敵。
クロガネ率いるテロリスト集団を壊滅に追い込んだ男。
それがこの目の前のスカルだった。
突き刺すような鋭い視線をスカルに送るクロガネ。
しかし、スカルはそれにも全く気付かぬようなそぶりで、淡々と呪術氏達の作業を見守っている。
全員に魔力弾を仕込み終わる。
呪術師達がゆっくりと離れていく。
総ての作業が終わったのを見て取ったスカルが一同に宣告する。
「各々の呪文は、アシュレイ様しか知らない」
「貴様らの命はあのお方の手の中にある」
「それを忘れるな」
一人一人が近衛兵に腕を取られ、引っ立てられていく。
護衛団とはいえ、城を出るまでの扱いは罪人そのもの。
常にその身には銃口を向けられていた。
クロガネも両脇を近衛兵に固められ、立たされる。
その時。
スカルがそれを手で制する。
軽くうなずき、無言のまま出て行く隊員。
呪術師達、近衛兵が総て退席する。
部屋の中にはクロガネとスカルの二人だけが残っていた。
「……」
にらみ合う両者。鋭い視線が互いに絡み合う。
「何故、か。わかるか?」
問いかけるスカル。
「勇者バルディーの息子よ」
「……」
答えない。
沈黙を守るクロガネ。
「父親の名も忘れたか」
傍らの椅子に腰を下ろすスカル。
ふぅぅ、とため息をもらす。
「年老いた。私も」
「あの頃、神聖アイズワッド独裁を打ち倒す為、新制アイズワッド建国の為、燃える様な理想を胸に……バルディーらと共に戦った」
「あの日々が懐かしい……」
目を閉じ、追憶に浸るスカル。
「で、出来上がったのが、こんな腐った国か?」
「……」
答えないスカル。
その瞳は何かの覚悟を決めている。そんな目。
せせら笑う様な、戦闘的な笑みを浮かべるクロガネ。
「オヤジが命を懸けて作り上げたアイズワッドをこんなにしちまったのは、」
「中央にいる、オマエらだ」
それは真実。 心の痛みを隠すスカル。
だが、表に出すべきではない。
「で、近衛師団員をやめて、テロリスト集団に入ったのか」
あくまでも穏やかに話しかけるスカル。
この旧友の息子にして、元近衛師団隊員、そして、アイズワット最大最悪のテロリストに。
「間違った世の中では、悪こそ正義だ」
叫ぶクロガネ。
「世界中が間違っている中で正論を叫べば、必然的に悪人にならざるを得ない!」
次の瞬間、スカルがとった行動はクロガネの想像を遙かに超えていた。
スカルは微笑んでいた。
「だから、おまえに託すのだ」
「……?!」
意外な言葉に驚くクロガネ。
「敵を見誤るな」
「おまえはまだ何も見てはいない」
立ち上がるスカル。
その顔には笑みが浮かんでいる。
それは決して皮肉な笑みではなく、暖かなものであった。
慈父のごとく。
ふと、クロガネの脳裏に追憶がよぎる。
それは遠い記憶。
まだ父親バルディーが生きている頃、よく訪ねてきたスカルが見せた笑顔と重なっていく……。
「いい加減な事を……!」
天敵の前でセンチメントに一瞬でも浸った自分に腹を立て、叫ぶクロガネ。
スカルはそれでも表情を崩さない。
「よく聞け」
帽子をしっかりとかぶり直すスカル。
「アイズワッドは滅ぶ」
「!!」
それはあまりにも似つかわしくない言葉。
スカルの口から出るとは、今の今までクロガネには信じられなかった言葉。
クロガネは心理的動揺を隠すことに失敗した。
そのクロガネに語りかけるスカル。
「わしはわし自身の手で、幕を下ろさねばならぬ」
「それがあの頃の仲間に対する唯一の、友情の明かしなのだ」
「どういう……」
スカルの真意がはかりかねる。とまどうクロガネ。
「新しい道を行け」
“かつての我々の様に。”
心の中でつぶやくスカル。
「それが最後の希望だ」
「元近衛師団員にして、元テロリスト。 そして……」
「我が親友の息子よ……」
部屋を出ていくスカル。
穏やかな笑みを残して。
「何言ってやがる……」
椅子をガン!と、スカルが出て行った扉に投げつける。
「その親友を! 俺のオヤジを! 謀殺したのはオマエらだろうが!!」
扉に向かって叫ぶ!!
「近衛師団という暗殺部隊だったろうがぁ!!」
叫び続けるクロガネ。
出発の時間が迫っている、というのに見送りに現れる者の姿はまばらだった。
一国の姫君を見送るにはあまりにも。
アシュレイは城門の外に一歩、足を踏み出す。
そこは閑散とし、殺伐とした風景。
囚人達は未だ馬にまたがることを許されず、地べたで座り込まされている。
その上、その背後に張りついた近衛兵の突きつける銃剣は囚人達を常に一撃で突ける位置をはずれようとはしない。
動いているのは忙しく馬を用意している近衛兵のみ。
国王も王妃ですら姿を見せていない。
アシュレイ姫の見送りに現れたのは、泣きはらした瞳をハンカチで隠しているサリーだけであった。
「姫さま……」
「サリー……」
目を真っ赤に泣きはらした乳飲み姉妹の所に歩み寄ろうとしたアシュレイを近衛兵が制止する。
「アシュレイ姫、こちらへ」
口調は丁寧だが、有無を言わさぬ気を含んでいる。
「まだ準備が済んでおりません」
「馬群の方へお越しください」
それでもアシュレイはその近衛兵の腕を振りきるとサリーの所に駆け寄る。
そして、一瞬だけハンカチを握りしめた手をぎゅっと握る。
「……元気でね。サリー」
「あんまり、泣いちゃダメよ」
「姫さまぁ……」
その姿も、表情もサリーの眼にはにじんで見える。
輝く様な笑みを残すと、素早く戻っていくアシュレイの後ろ姿が小さくなっていく……。
ただ泣き続けるしかない自分の無力さがまた涙をあふれさせた。
そして、その涙もまだまだ尽きそうにはなかった。
馬群の所に向かいながら、アシュレイは心していた。
その高貴なるグリーンの瞳を城に向け、そっとつぶやく。
「どこかで見送っていてくださるわ……きっと」
「お父様も、お母様も……」
「さ、アシュレイ様」
近衛兵がぶっきらぼうに、馬のたずなを渡す。
何の飾りもない鞍。無造作にくくりつけられた小さな荷物の数々。
決して威風堂々とは言えない痩せた馬が一頭。
それがアシュレイの旅を支える装備の総てだった。
それにも異を唱えることなく、アシュレイはたずなを取り、馬の首を愛おしげに撫でさする。
馬の鼻に口を近づけ、互いの息を混ぜ合わせる。
瞳をのぞき込む。馬はその長い顔をアシュレイにすり寄せてくる。
「いい子ね」
馬は気持ちよさげに撫でさすられている。
“隠密行動故の配慮なのでしょう。きっと。”
不安を押し殺す様に顔を上げるアシュレイ。
「行って参ります……」
小さい声で別れを告げる。
しかしそれはグルードが王、王妃の行動を完全にコントロールしているという証左であることには、今のアシュレイは気付いていなかった。
城壁の影。
早足で歩いているマーセルが、通り過ぎる近衛兵を一人一人見て回っている。
その姿はいつものものではない。この日の為に用意した男装。
旅の間、囚人達を監視するのが、マーセルの表向きの任務だった。
あくまで、表向きの。
いぶかしげに見返す近衛兵達をかき分けて進むマーセル。
「何処……?」
辺りを見回し、口の中で小さくつぶやくマーセル。
何よりも望んでいたその声は、背後より聞こえてきた。
「マーセル!」
近衛兵の小隊長の制服を着た男がマーセルに向かって走り寄る。
「クーラン!」
振り返ったマーセルの表情が輝く。
女性の表情をこれほどまでに一変させ、輝かせる者はただ一つ。
駆け寄る二人。
しっかりと手を握り合い、互いの瞳を見つめ合う。
「……こっちへ」
クーランが人目を避け、城壁の引き込み、人通りのない場所へ誘う。
マーセルもまた、進んで歩み出す。
ここは、近衛兵が多すぎる。
「……準備は総て整った」
抱き合う胸の中のマーセルにささやくクーラン。
「……うん」
それでもマーセルの表情は晴れない。
内心の不安が暗い影を落とす。
「決断してくれ」
「このまま城にいれば……いつまでも君は自由になれない」
「いくら君がグルード様の養子とはいえ……」
「……」
それはマーセルを十重二十重に縛りつけている鎖の一本。
「……弟がいるわ。一緒に孤児院からグルードの所に引き取られたのに……」
「見捨てていくなんて……グルードの所に一人残していくなんて……」
「それに貴方にも家族がいる! 彼らを城の中に残していけば……後でグルードがどう動くか……」
「家族には、みな話した」
「え?!」
「父も母も後で脱出する。その手はずが整ったんだ」
クーランの瞳が輝く。
「アイズワッドはもう暮らしやすいとは言えないさ」
「こんな状況もいつまで続くのか……」
クーランの視線の先には打ち壊された家々。
資材供出の名の下に一方的に近衛兵達によって簒奪された、もはや住む事のかなわぬガレキの山。
「なに、僕の家は大きな商家だ。商売は何処に行ったって出来るもんさ」
「ボクも、もう兵隊稼業は卒業だ」
「父の仕事を早く覚えないとね」
軽くウィンクを投げかけるクーラン。
その仕草はまさに御曹司の持つ軽さそのもの。
マーセルはそこに惹かれ、そこに自分の来し方とは違う世界を夢見ていた。
「弟さんにも話をしておいた。彼も同意してくれたんだ」
「一緒に脱出する手はずになってる」
「……嘘」
にわかには信じ難かった。弟はグルードに心酔している。
義理の父親として以上の熱心さで崇拝していると言ってもいい。
その弟が、アイズワッドを離れる事を了承するとは……。
「ああ……マーセル」
クーランの固く引き締まった腕がマーセルを包み込む。
暖かく、ふわり、と。
胸の中に満ちていく幸福感が、暗い疑念をぬぐい去っていく。
ここは、かつて楽園と信じた場所。
この腕の中がただ一つ安心できる場所なのだと。
「覚悟しておいてくれ」
その亜麻色の紙に顔を埋め、ささやく。
「後で、君を盗みに行く」
「……クーラン」
力強い恋人の言葉にマーセルの迷いが晴れていく。
その瞳に思わず光るものが浮かび上がる。
マーセルは信じた。
彼の言葉が、グルードの呪の力に打ち勝つ事が出来る唯一のものなのだと。




