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棄姫  作者: abso流斗
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闇と闇の大渦







「廃棄処分に決定したよ」

 声がする。闇を震わせる低い声。

 闇から絞り出された様な声が。

「私の中ではね」


 幾千本の蝋燭が揺れている。まんべんなく敷き詰められた燭台にともる灯も覆い被さる暗黒に圧迫されている様。

 その揺らぐ灯火が照らし出すのは、床に描かれた魔法陣。

 その真ん中に一人佇むマーセルの姿。


「脱げ」

 何処からともなく、命令が下る。

 屈辱に身を震わせながらも、抗うこともならず、胸のボタンをまさぐり自らの指で外していく。

 羞恥にその表情が赤らむ。

 く、と小さく声を漏らす。押さえようの無い声。

「一糸まとわぬ姿にな」

「オマエの肌が必要なのだ」

 声は燭台の明かりの隙間、闇に溶け込んだその先から響いてくる。

 声の求めるままに従うマーセル。

 すべらかな双乳を覆う布きれを取り去ると、若い女性の肌の香りが重くよどんだ空気に混じり、漂う。

 その指から離れた布きれが、幾重にも床に積み重なる。

 指先がなだらかな腰を滑り降り、小さな布きれを引っかける。

 一瞬、指は動きを止める。

 が、意を決した様に一気に太股へ……移動する。

 足を抜く、と、我と我が身を抱きしめる様に腕を回す。

 隠せるものなら全身この腕で隠してしまいたい、と言わんばかりに。


「よかろう」

 風もなく蝋燭の灯火が揺れ、左右に分かれ道を形作る。

 その真ん中を歩いてくるのは……宰相グルード。

「スカルの奴め。予定にない動きをする」

 グルードはその長身を音もなく移動させると、マーセルの前に立つ。

「あの姫は、城から出すべきではない」

「蝶よ、花よ、と暮らしていればいいものを」

「そうすれば、他国の王族の慰み者程度には処するつもりだったのだがな」


「アシュレイ姫は……廃棄処分とする」

「それが、オマエの仕事だ」

 すっぽりと身体を包み込むローブが割れ、中から細い腕が伸びる。

 異様に鋭く長い爪が、マーセルの肌をなぞり回す。

 嫌悪感によじれる身体。

 しかし、逃げだそうとはしない。

 魔法陣に捕らわれた様に、身をすくめ堪え忍んでいる。

「方法は何でもかまわん」

「そのまま、どっかに棄ててこい」

「……はい」 

 そう答えるしかない。

 その爪先が、マーセルの胸の膨らみの先端をなぞり回す。

「……んっ!」

 もう一本、ローブの中から現れた腕が、マーセルの背中をもなぞり回す。

「あっ……っ!」

 その汚らわしい感触が、声を出さずに耐え抜こうとしたマーセルの決意を粉々にうち砕く。

 そんなマーセルを眺め、喉奥から低く笑い声を漏らすグルード。

 細く長い爪先はその柔肌を縦横無尽に這い回る。

 背中から。その双乳から。グルードの爪は離れる事はない。

「もし、失敗しそうな時は……」

 双乳の上を這うグルードの爪が、くっ、と曲がる。

 柔肉にその鋭い先端がずぶり、と突き刺さる!

「ああっ!」 苦痛に声を上げるマーセル。

「これを使え」

 そのまま爪は柔らかな皮膚を切り裂いていく。

 浮き上がる血の筋が、マーセルの双乳にいくつもいくつも書き込まれていく。

「うっ……うぅ……」 

 逃れられない。

 身を汚される痛みは、肌を裂く痛みよりも魂を切り刻む。

「この紋章は、爆発の魔力を持つ」

「周囲100mは跡形もなく吹き飛ぶ威力がある」

 爪先がなぞった跡は血が黒々と固まり、その肌に消えない紋章を残す。

「呪に反応して、その封印された力を解き放つ」

「その呪も書き込んでおいてやろう」

 爪先が、胸のふくらみの谷間の内側をはい回る。

「くうっ!」

“そ……そこは……。”

“見えてしまう……誰からも。”

“あの人にも……!” 

「忘れん様にな」 

 くくく、とグルードの口から湿った笑いが漏れる。

「この陣から一歩出れば、誰が唱えようと……」

「紋章は反応する」

「ああ……」

 絶望がマーセルの心を闇色に染める。 

「オマエだろうが、」

「私だろうがな」

 声もなく頬を涙が伝う。

 その涙は、肌の痛みのせいだけじゃない。

「もし姫が、城に戻りそうになったら」

「呪を唱えて、自爆しろ」

 冷酷な指令が下る。

 ゆっくりとグルードの爪は乳房から、下腹へ移動していく……。


「姫と一緒にな」




「この腕さえ何とかなりゃ……」

 アシュレイの部屋を脱出し、庭に潜むクロガネが草むらでつぶやく。

「全く、引っかかってしょうがねぇ」

 ぶつぶつというそのクロガネの横を近衛兵が駆け抜けていく。

 固まるクロガネ。そっと様子を見るため、移動しようとする、が。

 右腕の包帯が草藪にかかる! 

「!」 

 がさっ、と無視できぬ音が立つ。

 近衛兵の足が止まる。

 気配を探っている様子が草むらのクロガネにも伝わってくる。

 音の場所はこの辺、と見当を付けたらしい近衛兵が、ゆっくりと近づいてくる。

 そろり、と剣を抜き放つ。と!

 おもむろに茂みに突き立てる!

 その瞬間! 背後に回り込んだクロガネが近衛兵の後頭部を殴り倒す!

「ぐはっ!」

 茂みに倒れ伏す近衛兵。

 しかし、その声が周りの兵を呼び寄せる。

「いたぞ! こっちだ!」

 口々に叫びながら集まってくる近衛兵達。

「生かしたまま捉えろ!」

 だっ!と走り出すクロガネ。

 声の少ない方へ。

“何故だ?! 何故殺してでもじゃないんだ?”

 内心に芽生えた疑惑もそこまでだった。

 そのクロガネの足が、何かを踏み抜く!

 一瞬にして、その姿が消える。

 後に残るは、うろうろと探索する近衛兵達の姿のみ。



「……いってぇ……」

 気が付けば、穴の底。

「……何だ、ここは。古井戸か?」

 辺りを見回すクロガネ。直径1m位に掘り抜かれた直抗の底の部分。

 枯れ草が溜まってクッションになってくれていたものの、全身のあちこちがズキズキと痛む。

「くそ! こんな所見つかったら!」

 がばっ!と跳ね起きる。

「とっ捕まった上に、大笑いだな」

 手探りにあたりを確認する。

 横に抜けられる様な穴など見あたらなかった。

 が、床部を探る内、大きな裂け目に気付く。

「?」

 腕をつっこんでみるクロガネ。その指先にあたるものは何もない。

 ただその風が当たる感触だけが伝わってくる。

「……この下がまだあるのか?」

 ガンガンとかかとで床を叩く。と!

 端から床がばらりばらりと崩れ、落下していく!

「うわ!」 

 慌てて捕まるところを探るが、そこは壁。

 掻きむしった所で爪も立たない。

「な、何考えてんだ! オレは!」

 今更思っても後の祭り。

 バラバラと崩れ落ちる床の裂け目は徐々にクロガネに近づいていく。

 ついに!クロガネの足下まで崩れ落ちる!

「や、やめときゃよかったぁ!」

 叫び声もその落下する姿も、闇の中に吸い込まれていく……。


 二度、衝撃があった。

 一度、何か坂を転がる様な感じがして、目が回った。

 落ちた場所は、砂山の上だった様な気がする。

 そして、その砂は“生きていた”……。


「あう……うぅ」

 全身ちぎれそうな痛みに息も絶え絶え。横たわったまま、クロガネは何とか楽に呼吸できる様に無意識に身体を転がしている。

 ぼう、と霞む視界に映るのは、銀色の砂の山。

「……何だ……この砂山は……」

 動こうとした。動けない。

 んな。力は入れているはずだ。

 くそっ! どっかでなんかが切れてやがる。

 右手はかろうじて動く。

 役立たずの右腕だけは。

 その右腕にぼってりと巻き付けられた包帯。

「……こんなに……ぐるぐる巻きにしやがって」

 思わず口から漏れる。

 くそ。言うんじゃなかった。

 想い出しちまった。

 あのお姫様の顔を。

 左手も動いていることに気付く。

 何だ、……動くじゃねェか。

 砂を一握りつかみ混み、顔の前に持ってくる。

 何だ、この砂は? 銀色だぁ……。

 突然! その掌の中で砂が蠢く!

「?!」

 投げ捨てる。バサッ!と音を立てて、砂は散る。

「……動いた?」

 次の瞬間! クロガネの周りの銀の砂が隆起する!

 うねうねとその表面を揺らめかせながら。

 気が付くとクロガネの居場所はすり鉢の底状態に。

 端から、銀の砂が崩れ落ちてくる。

 さらさらと。止めどなく。

「くっ!」

 あっと言う間に飲み込まれてしまうクロガネ。

「あ……あが……!」

 その口の中にも容赦なく砂は潜り込んでくる!

 つぶされた左目がこじ開けられる感触。

「ごふっ……ごぉあぁぅ……」

 叫べど砂を詰め込んだ喉から、声は出ない。

 左目が燃える様に熱い! 焼ける! 焼けてる!

 むちゃくちゃに暴れてみても、さらさらと流れる銀砂を振りほどく事は出来ない。

 息が……出来ない……。

 吸い尽くされる様に、力が抜けていく。

 頭蓋に、左目の焼けただれる臭いが充満する!

「ぐぅ……が……あ……っ」

 二度、三度、その左手の指が砂をつかむ。

 が、その動きも止まり、……ゆっくりと張りつめた力がどこかへ消えていく。

 砂に吸い込まれる水の様に。

 その掌から、銀砂はこぼれ落ちる。

 さらさらと。

 さらさらと。



 腹が減ったな。そう思ったが口にはしなかった。

 言葉を口にすると言う習慣そのものがないのだ。

 そこは囚人達が集められている一室。

 ムーセットはあたりに拘束具をはめられたまま座らされている連中を眺めた。

 何故子供が此処にいるのか? 

 しかも、死んでるぞ、あれは。

 ムーセットの目に映るその少年は、全く死体と変わりがなかった。

 息はまだあるみたいだが……。

 心が死んでいる。

 獲物にはしたくないな。

 この男の価値基準は総てそれであった。

 森の中でただ一人生きていた時、言葉は必要ではなかった。

 ただ獲物を捕り、腹を満たし、眠る。

 ただそれだけで総ては満たされていた。

 自分が人間と呼ばれる種族に属していることなど、その時まで気が付かなかった。

 山狩りに会い、森を追い立てられ、最初の“略奪”といわれる行為をしてしまうまで。


 彼は“罪”を知らなかった。

 強烈な人間嫌いの父親に連れられ、足を踏み入れる者もない森の奥深くで育った為に。

 幼きから、成人するまで自分の家族以外の人間を眼にすることは全くなかった。

 人間社会を知らないムーセットは、また、“タブー”も知らなかった。

 彼が成人した頃、その父親が死ぬ。彼とその姉妹は父親の死体の内蔵を抜き、塩漬けにして保存した。

 彼らは“弔う”ということを知らなかった。

 “死んだ動物”は、そうするものだ、としか知らなかったのだ。

 父親の死体を納戸に吊し、時々食べたりしていた所をたまたま迷い込んだ旅行者に目撃されてしまう。それは悲劇の始まりだった。

 山狩りが始まった。

 ムーセットの脳裏に焼き付いて離れない一枚の絵。

 彼の妹と姉が、松明を持つ人間によって撲殺されようとしている風景。

 容赦なく棍棒で殴りつけてくる。

 それが彼にとっての“人間”というもの。

 一人逃亡した彼は、人間社会の中で“狩り”を開始する。

 森の中でそうしてきた様に。


 獲物を狩って、収穫する。たとえその場所が民家であったとしても。

 その事に“罪というもの”が発生してしまう事など思いも寄らなかった。

 人肉食をも厭わないムーセットを、人間社会は恐れ、捕らえ、罪を押しつけた。

 かくして、ムーセットは死刑囚となった。

 しかし、彼は自然のルールのまま生きてきただけだった。

 惜しみなく奪い、惜しみなく与える。その大自然のルールのまま。

 どんな牢獄の過酷な環境も彼を変える事は出来なかった。

 いつでも隙をうかがう、総てを見逃さぬように行動する、という森の習慣はムーセットの中に昔のままに残っていた。

 部屋に集まる囚人達を見回していたのはその習性故だった。

 もっとも、この部屋の中でそんな隙を持ってるのは……。

 ムーセットの眼が軽薄そうな長髪のハンサム男に向く。

 そこには、リゴーティが縛られたまま、それでも身体のどこかでリズムを取っているような軽やかさを漂わせて座り込んでいた。



 リゴーティは待っていた。

 もうじき釈放。その時を。

 全くその特別任務などに従う気など無かった。

“ま、何らかの妨害があったら……”

“また、ボビーに任せちゃえばいいさ。”

 リゴーティはお気楽に呟くと、その名をまた心の奥深くに閉じこめた。

 あんまりその名を思い浮かべすぎると……奴がまた目を覚ましてしまう。

 彼には悩みも苦しみもなかった。それはボビーの領分。

 ものを考えるのは、マイスターの領分。

 生活の知恵なら……アリエッタの領分。

 彼の心の中は幾重にも分厚い壁で仕切られていた。

 その中を縦横無尽に出入りできるのは……リゴーティの領分。そこに住んでいるリゴーティだけだった。

 その領分は、楽しむ事、うきうきする様な事だけを感じる人格として規定されていた。

 彼にトラウマはない。

 死刑囚であるという負い目もない。

 それはリゴーティではないのだから。

 今にも鼻歌でも歌い出しそうな様子で辺りを見回すリゴーティ。

“やっぱ死刑囚に為るだけあって……暗い人が多いねぇ。”

 彼の目は盲目の男に向く。

“なんだか今にも自殺しそうな暗い男だよな。”

“ま、ヒトの事は言えないか。”

 珍しく、ため息が胸から漏れた。

“楽しむだけ楽しんだら……”

“オレも自殺しちゃお。”

 あくまでもお気楽な気分のまま、リゴーティは胸の内で呟いた。

 リゴーティという人格はそれだけのものでしかなかった。

 何処まで行っても。

 それは多重人格という病の症状そのものだった。







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