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棄姫  作者: abso流斗
11/12

それぞれの決着








 戦場をただ一人。懸命に走り、駆け抜けていくアシュレイ。

 その瞳には自らの危険も、敵兵の存在も映ってはいない。

 息を切らし、その心に響いてくる声の存在を探し求める。

 その声は、泣いていた。

 孤独に怯え、為すすべなく泣きじゃくる子供の声が頭の中に響いていた。


 そこに彼はいた。

 アシュレイが駆けつけた時、総ては終わっていた。

 生きている者は……誰もいなかった。

 累々と横たわる無惨な竜騎兵達の死骸。

 数十人で構成される一隊の総ての兵が、その喉を切り裂かれ、頭蓋をつぶされ、首を背中までねじられ、総て息絶えている。

 その周りにえぐり出された眼球が転がり、ちぎり取られた腕が地を掻きむしった様にその爪を土に食い込ませたまま転がっている。

 その顔をほぼ半分に切り裂かれ、上半分が蓋の様に開いてしまっている兵がいる。

 手足を切断され、それでも逃げまどおうとしたその傷口から流れる血の跡が四つ、延々と続いている。

 その先に絶命している兵。首裏に刺さった剣を彼の墓標として。

 漂う血潮の生臭さがもっとも濃くなるその中心に……彼はいた。

 全身を朱に染め、座り込んでいるジョゼが。

 被った様にその身体に血糊がこびりついている。

 ねとねとと粘つく頬をこするジョゼ。

 その手も血にまみれている。

 不思議そうに擦るジョゼ。

 擦っても擦っても、新たな血糊がへばりつくのみ。

 それでも……壊れた様に、何度も擦り続けるジョゼ。

 落ちるはずのない血潮をぬぐい続ける。


「……ジョゼ」

 アシュレイの足が止まる。

 その凄惨な光景に、喉元にこみ上げてくるものがある。

 それは、生理的な反応とは別に、心の底からわき上がって来る感情。

 何故、この様な……。 

 何故、この様な年端もいかぬ子供が、こんな修羅を見なければいけないのか。

 そのジョゼが呟く。

「……まま」

 その血潮でべたつく掌を空に向け、上向いた顔をにっこりとほころばせる。

 天使の様に無邪気に。

「ホラ……こんなに殺したよ」

 その掌からねっとりと一筋、鮮血が粘りしたたり落ちる。

 その虚ろな瞳は、何処にも通じていない深淵を覗き込んでいる。

「いっぱいいっぱい……いーっぱい……殺しちゃった。まま」

「なのに……なのに……」

 天を仰ぐその瞳に、空一杯の青も映らない。

 その瞳が映し出すのは……底のない闇。

 呟くジョゼ。

「何で、……会いに来てくれないの……」

 その血塗れの両手を差し出す。

 虚空に、その存在を探し求める様に。


「……まま」


 駆け寄る。

 抱きしめる事しか出来なかった。

 その両腕が、血糊でぬめっても。

「もう、いいの。もう……いいのよ」

 口をつく言葉よりも伝わる様にと念じながら。

 その身体を包む腕の暖かさと、寄せ合う心臓の鼓動が。

「……眠りなさい」

「ずっと……抱きしめていてあげる……」

「ずっと……ずっと……」

 その差し上げられた細い両腕が、徐々に……降りてくる。

 ジョゼの瞼が閉じていく。

 その瞳の奥に消え切らぬ殺気を覆い隠す様に。

 力の抜けて行く身体が、ゆっくりとアシュレイにもたれかかってくる。

 細く細く吐き出される息が、アシュレイの腕の中でジョゼの身体を小さく小さく縮めていく。

 只の子供に戻るまで。

 アシュレイはいつまでも強く強く抱きしめていた。

 

 その唇にかすかに浮かんでいたのは……天使の無垢の微笑みだった。

 


 幾多の竜騎兵と斬り結ぶクロガネの周りにも竜騎兵の姿がまばらになっていた。

 しかし、クロガネ自身の体力も限界に近い。

 ぐっしょりと濡れた靴が足下を危うくする瞬間が何度もあった。

“此処が引き時か……?”

 そう考えたクロガネの前に声が響く。

「やっと間に合ったか!」 

 刃を合わせていた竜騎兵の一人が叫ぶ! 

 ヌッ、とが現れる。見上げるほどの巨人。

「後は頼むぞ!」

 竜騎兵は後ずさり、馬へと駆けて行く。

「化け物同士、仲良くやんな!」

 言い残し、馬上に身を翻させると、馬を転ずる。

 敗走するその馬上の兵より、近づいてくる巨人は頭二つ分はでかい。

「出るモンが出やがったか」

 対峙するクロガネ。

 これが噂に聞く、ジャスガルの改造兵という奴か。

 確かに並のデカさじゃねェ。

 盛り上がる腕の筋肉はクロガネの腰位もある。

 こっちの頼みは……わけわからん銀の砂の剣のみ……か。

フェアじゃないよな。

「ムン!」

 斬りかかってくる巨人竜騎兵。

 受けるクロガネ!

 切り結ぶ内、改造されているのはパワーだけじゃない事に気付く。

 スピードも並じゃねェ!

 巨人の鋭い太刀捌きに圧されて後退する!

 がきっ!と巨人の太刀を受け止め、制止する二人。

 にらみ合い!

 しかし、打つ手がない。

 どうすれば……! 必死に考えるクロガネ。

「フ、フハハハハ!」

 突然笑い出す巨人。

「?!」

 とまどっているクロガネをぐっ、と剣で押さえつける!。

「グフグフグフ」 

 と、次の瞬間!剣を握っている両手の他に、もう二本!ズ太い腕が現れる!

 その三本目の腕、四本目の腕が素早く、クロガネの首を掴み上げる。

 そのまま、鋼のような硬さの指が喉を絞め上げる!

「ぐっ!」

 一気に血が頭に満ちる! 目の前が眩み、腕の力が抜けていく。頼みの右手の銀剣でその腕に切りつけるが、ぶ厚い皮の防具を突破出来ない!何より力が籠もらない。ただ頭に血が上っていく。目の前が紅く変じようとしていた。

「グァハハハハ!」

 勝ち誇る巨人。さらに力を込めて締め上げてくる。

 息が吸えなくなった。喉奥から吐く声すら細くなった。左手では指の一つも緩められない! 瀕死のあがきが通じない!

“ぐぁ……眼が……眼が熱い!”

 異様なまでに赤黒く変色した顔。その左目が燃え上がる様に熱い。

 城の地下牢でつぶされて以来、開いた事の無い左目に何かの力が集まってきている。

「う……うぁぁぁ!」

 咆吼がクロガネの口から吐き出される! 

 その閉じていたままの左目が開く!

 メカニカルな、シャッターのレリーズの様に。

 その左目から、レーザーのような光線が!! 巨人の頭を直撃する!!

 ジュッ!と音を立て、蒸発する、巨人の頭。

 頭部が消え失せた巨人は、そのままゆっくりと横倒しに倒れる。

 地を揺るがす様な音を立て、その只の肉塊は動かなくなる。

 消え失せた頭部の切断面から焼けこげた肉の臭いが漂う。

 げほげほと喘ぎ、なんとか息を取り戻す。はぁはぁと荒れた息のまま左目を触ってみると仄かに熱い。固い。人の皮膚では無い。なんだこれは。

 あの銀の砂は……俺をどう変えてしまったのか……

「これは……」

 その目を閉じてみた。瞼はあった。肉の感触が、皮膚の柔らかな感じが頑なにか埋め込まれた金属質の何かを覆った。

 左目を開けても閉じても。

 そこから視界が開けると言うことは無かった。


 戦いは終わった。

 駆け抜けていく竜騎兵達の生き残りは、この場を脱出する方に専念している。

 もう襲撃を仕掛けてこようとする者はいなかった。

 変形してしまった我が身、我知らず身につけてしまった能力。

 それは、クロガネ自身ですら想像もした事のない能力だった。

「おれは……どうなっちまったんだ……」

 惑うだけだ。呟いても言葉は戦場の乾いた砂風に散らされていくだけだった。



 隊長を失い、最後の援軍を失い、指揮系統を乱された兵は敗走の一途を辿るしかない。数十の騎兵が馬の蹄音を鳴らし、砂塵を巻き上げて重騎乱乱と灰燼の地を駆け抜けていく。

 算を乱し逃げていく姿を追うボビー。

「何処へ行く……足りぬ……まだもの足りぬ……」

 その隆起した筋肉の中では、未だ収まらぬ衝動が渦巻いていた。

“此処までだよ……ボビー。”

 その声が胸の中に響いた。

「ぐっ……!」

 声が詰まる。また、あいつが動き出した!

 また、ダマされた。

「ぐぁぁぁぁあっ!!」

 頭を抱えうずくまるボビー。

また、あの部屋に閉じこめられる。暗い闇の中に。

 我と我が身の呪わしい運命の事を思わずに入られない場所に。

 幼きより受けた陰惨な虐待の記憶の部屋に。

 まだか細きペニスを縦二つに切り裂かれた、その一寸刻みの苦痛と絶望が頭の中で渦を巻く。

 かつて受けた傷が永遠に疼き続ける。

 煩悶が頭蓋を割る。苦痛が闇に満ちるあの場所に。

“苦しむのが君の仕事だろ。ボビー”

 軽い声が頭蓋に響く。その声に秘められた冷酷さが心を切り刻む。

 後は、いつもの通りだった。

 音もなく扉に吸い込まれていくボビー。

 ドアが閉まる。イメージのドアが。

 その前に立っているのは……リゴーティ。

「解放するわけには行かないのさ……ボビー」

「それは……全員の破滅だからね」

 その背後に立っている老人。少女。気弱そうな青年。

 分裂した人格の一人一人。



 マーセルの肩をつかみ、引っ張るものがいる。

 ムーセットは、その毛むくじゃらの腕を伸ばし、マーセルの脇の下を持って立たせようとする。

 足に力が入らない。

 思わず泳ぐマーセル。その手はムーセットの逞しい胸に支えを求める。

 その腕をつかみ上げ、まっすぐ立たそうとするムーセット。

 立ち上がって見てみると、荒地に横たわるクーランの身体は、とても小さかった。

 また、涙があふれてくる。

 もう尽きたかと思っていたのに。

 その手を強引に引っ張り、歩き出すムーセット。

「ムーセット!」

 その行為を非難はしたものの……マーセル自身も気付いていた。

 失ったものは戻らないと。

 しかし、行くべき道も見えなかった。

 今はすたすたと歩き去っていくムーセットの歩みについて行く他はなかった。


 高台のてっぺんまで来て、ムーセットはようやくマーセルの手を離した。

 あまり強い力でつかんでいたので、その手首にうっすらと痣を残している。

 その痣をさすり、非難がましい目をムーセットに向けるマーセル。

 その視線を意に感せず、風に耳を澄まし、その臭いをかぐムーセット。

 森が呼んでいる。

 その高台からは、遙かに地平線まで続いている昼なお暗い森が広がっている。

 還ろう。

 森へ。

 ムーセットは、言葉に出さず呟く。

 そして目の前のマーセルに近づくと、……何事かうなり始める。

「……ぐお……も……ぁ」

 何とか必死で、訴えようとしている。

「何……何なの……?」

 そのムーセットの口元に耳を寄せるマーセル。

「も……う……ちか……づくな」

 高台の麓を指さす。その方向には……クーランが……。

「……とら……わ……れる……」

 離れる事が出来なくなるという意味、そうマーセルは受け取った。

「こ……こに……い……る」

 マーセルの胸を指さすムーセット。

「や……つは……」

 その意味は分かった。慰めてくれているのだという事も。

「そうね……そうする……」

 うつむき呟くマーセル。

 次の瞬間、予想外の事が起こった。

 ムーセットの眼がすっ、と細くなったのだ。

 笑いかけてきたのだろう。そう思うとマーセルは少しおかしくなった。

「笑えるのね。あなた」

声が漏れると、胸につっかえていた物が少し抜けていく様な気がする。

 たとえ、その後は空っぽでも。


 つい、と離れていくムーセット。

「……行くの?」

「にん……げ……んは……きら…………い……だ」

 切れ切れに絞り出す様な口調に心情がこもっていた。

 歩き出す。

 森へ向かって。

 その背中に、マーセルはある一つの言葉を想い出していた。

 高貴なる蛮人。

 何にも屈しない、あの独房の闇ですら彼を屈服させる事は出来なかった。

 力強く進んでいくその毛むくじゃらの背中が、小さくなっていく。

 森に消え失せるまで、マーセルはその姿をじっと目で追っていた。



「全く……シャツがびりびりだぜ」

 もう、その身に盛り上がる筋肉は跡形もなく影を潜めている。

 むしろ薄いとすら言える胸板の上のシャツはもはや着る事のかなわぬほど裂けきっている。

 敗走していく竜騎兵達はもうリゴーティには目もくれず、一目散に自陣を目指し馬を疾走させていく。

 魔力砲は放棄したまま。

 その周囲に何人ものウィザードが放り棄てられている。

 大概の者は、逃走する際に邪魔にならぬ様、また敵方に魔力砲を利用されぬ様、その喉を切り裂かれて棄てられていく。

 彼らは単に戦略物資にすぎない。

 その為に作り出された人間なのだ。

 その秘術は……神聖アイズワッドに伝わるものとされていたが、その事を確かめるすべを今のリゴーティが持っているはずもなかった。

 彼に今見えるのは、役に立たなくなれば死有るのみ、その非情さ。

 累々たる死体の間を歩くリゴーティ。

 その眼がなにかの動きを捕らえる。

 折り重なる死体の下。何かが震えている。すらりと下りてみると靴底が滑った。慎重に歩き、妙な動きのあった死体の重なり合いの所まで進んだ。

 リゴーティの細い腕がばさ、ばさ、と死体を除けてみる。

 そこには……おびえている少女が一人。

 年の頃は、7,8才かもしれない。

 年若くして戦場に連れてこられるという事は、優秀なウィザードである事を示していた。

「生きてるかい?」

 のんきな声で話しかけるリゴーティ。

「……ころさないで……ころさないで……」

 身を縮こまらせて、逃れようとする少女。

「まあまあ」 

 少女を立たせるリゴーティ。

 怯えきっている少女は目を固く閉じ、開けようとはしない。

 その顔をびりびりのシャツの切れ端でごしごしとこする。

 溢れ出ていた涙をぬぐい、顔の汚れを落とす。

「結構可愛いじゃない」

 にっこりと微笑みかけるリゴーティ。

「……?」

 目の前の相手は優しい腕を持っている。

 その事に気付いた少女が、ゆっくりと目を開く。

 その眼が上半身半裸のリゴーティをとらえる。

 その頬が赤く染まる。

 その事に気付いたリゴーティ。

「……ふん。 針仕事出来る?」

 唐突で、とてもこの場で聞けるとは思わなかった種類の質問に、とまどいながら答える少女。

「……少しだけ……なら……」

「んじゃ、ちょっとお願いしちゃおうかな」

 その少女の手を引き、立ち上がる。

「針仕事が出来れば、とりあえず食ってく事は出来るでしょ」

「……一緒に行こうか」

 とまどっている少女。その手を振りほどく。

 行きたくないのか、リゴーティがそう思いながら見守っていると、少女は折り重なる死体の所に戻っていく。

 その中の一人を見つめる少女の瞳の涙があふれ出す。

 ゆっくりと、その死体がしている胸のペンダントをむしり取る少女。

 振り返ると、躊躇いながらも待っているリゴーティの所に戻ってくる。

「誰?」

「……お父さん」

 少女はぽつりと答える。

「父親かぁ……」

 リゴーティは自分の父親を思い浮かべる。

 そこには忌まわしい記憶しかなかったが、うっすらとしか想い出す事は出来なかった。

 それはボビーの領域だったからだ。

 並んで歩き出すリゴーティと少女。

 手を繋ぎながら。

「名前は……?」

 長身のリゴーティがだらりと下げた手を、腕をいっぱいに伸ばしてつかむ少女。

「ギルティ……」

 少女が遙か上にあるリゴーティの顔を見上げながら、言う。

「ギルティ……じゃ、ギルちゃんでいいか」

 こっくりとうなずくギルティ。

 リゴーティは自分の心理の変化に内心驚いていた。

 彼女を拾ったのは、特に目的が有ってのものではない。

 只の気まぐれに近かった。

 しかし、こうして少女の手を引き、二人で歩いていると、

 ずっと先の将来に漠然と考えていた自殺という目標がゆっくりと遠のいていくような感覚がした。

 もっと……二人なら、楽しい時間は長い方がいい。

 リゴーティは、その軽薄な仮面の裏の深い深い絶望を、我が身を、その心を切り裂かねば生きていけなかった運命を……忘れる事が出来そうだった。

 今しばらくは。

「……ダンスは出来る? ギルちゃん」

 ギルティはリゴーティの顔を見上げ、愛らしく首を傾げる。

 自分が踊れるかどうかなど考えたこともなかった。檻の中では。

 そのギルティを抱き上げるリゴーティ。

 これでようやっと、二人の目線が同じ高さになる。

「じゃ、教えて上げましょう」

「二人で踊り子でもやって、一稼ぎしますか」

 リゴーティは小さい少女を抱えたまますらりと馬に乗った。そのまま急ぎ(ギャロップ)に戦場を離れていく二人。

 気まぐれに拾った一人の少女。

 それは彼にとって、いずれ唯一の救いとなって行くはずのものだった。









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