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棄姫  作者: abso流斗
10/12

血気乱虫 血塗れならぬ腕は無し






 その騒々しい男、リゴーティは戦闘に参加する気などみじんもなかった。

 しかし、心が騒いだ。

 インスピレーションが閃き、何かを囁いたのだ。

 アーティストを自称するリゴーティにとってはそれは無視できない声だった。

 それが何を意味しているのか、それをただ確認する為だけにそこに現れていたのであった。

「何だ、あの手は……」

 その目の前では魔力砲の立ち並ぶ中にただ一人飛び込んで右腕の銀の剣を振るうクロガネの姿があった。

「手が直接、剣になっている……」

「見たこと無いねぇ」

 後で何なのか教えてもらおう。そう決め込むといっそう深く草むらに身を潜める。

「戦は最高の見せ物って言うが……」

 その背後から声が響く。

「タダ見はいけねぇよ」

 かがんでいるリゴーティの背後に現れた竜騎兵がすらり、と腰の剣を引き抜く。

「何を払えってーの?」

 仕方ない。立ち上がるリゴーティ。

「知らねぇのか?」

「金か……その命か、さ」

 じり、とにじり寄る竜騎兵。

「身体ってーのはどうかな」

 長い髪を掻き上げ、身をくねらせ、しなを作ってみせる。

 抵抗の意志がないと見て取ったのか、竜騎兵は大胆に歩を進めると、その剣をリゴーティの顎下に突きつける。

「悪いが……その趣味はねぇ」

「ま、その趣味のある奴に高く売り払う、という手段もあるがな」

「じゃ……」

「こんなでっけぇ奴持ち運ぶのは骨だな」

 その竜騎兵の頭一つ上にリゴーティの顎がある。そこに突きつけた剣を少し進める。

 喉下から一筋の血がたらり、と流れ落ちてくる。

「もっと小さいものがいい」

「金貨とかな」

「交渉決裂か……」

「ま、汗くさい兵隊さんにマワされるのもちょっといいかも、って思ったんだけど」

 その瞳に妖しい光をたたえ、竜騎兵に秋波を送るリゴーティ。

「変態野郎め」

 吐き捨てる竜騎兵。その目には爛々と憎しみにも近い劫火が燃えている。殺し殺される兵士の目だった。

「んなら、いいもん」

 そんな殺意に何一つ怯むことなくリゴーティは口をとがらせた。

「“ボビー”に言いつけちゃおう」


 目を閉じるリゴーティ。 いぶかしがる竜騎兵をよそに。

 その深層心理の階段を下りていく。

 深く深く。

 その果てにある、“領域”。

 そこは……ボビーの“領域”と呼ばれている場所だった。

“ボビー。ボビー。出番だよ。” 

 心の中でイメージされたドアを叩く。

 そのドアの向こうからは漂うがごとく、凶悪な者の存在がオーラを放っていた。

“ドアを開けるよ。ボビー”

 ドアの向こうから声が響く。暗闇を振るわす様な低く重い声が。

“いいのか……また閉じこめたりしないのか……?”

“しないよ。……今度は自由になれるよ。”

 それはリゴーティが自らの心の中のボビーを呼び出す時、いつもつく嘘だった。

 そして、ボビーは何度でもその嘘に引っかかる。

 ドアが開く。

 リゴーティはその瞬間……いなくなった。


「ぐぅ……るる」

 目の前の優男の喉から奇怪な声が漏れる。

 目を疑う竜騎兵。

 顔を上げたその男は……別人だった。

 犬歯がその唇の端からにゅっ、と突き出す。

 その細っこい二の腕が、見る見るうちに太く変化していく。

「な、……何?!」

 とっさに顎下に突きつけた剣を突き出す!

 しかし、喉下にも盛り上がっていく筋肉がそれをはじき返す!

 突き通らない!

「ぐがぁぁぁああ!!」

 その喉からあふれ出す、地を這う様な重低音が、突きつけた剣をぶるぶると震わす!

 シャツがじゃきじゃきと裂けていく!

 その下には化け物の様な筋肉の束が密集していた。

 その両腕が素早く動く! 竜騎兵の喉をつかみ上げる。

「む……ぐう……!」

 ほんの一秒ほどだった。

 その図太い指が、竜騎兵の首をねじ切るまで。

 吹き出す血潮を全身に浴びて、ボビーとなったリゴーティは辺りを見回した。

 血なまぐさい臭いがより強く漂ってくる方向を探して。

 その全身に凶悪な衝動を満ちあふれさせたボビーは、総てのマイナスの感情の集合体だった。

 恨み、呪い、荒れ狂う破壊衝動。

 それは血潮の臭いをかがなければ、自分に向きかねない。

 ボビーはその事を本能的に察していた。

 そして、ボビーはそれを見つけた。

 銀色の剣を振るい、一人敵陣で戦うクロガネの姿を。

 ゆっくりと歩を進めるボビー=リゴーティ。

 その凶暴な衝動のはけ口を求めて。

 


クロガネは未だ、本陣に切り込んだまま、剣となった右腕を振るい続ける!

 悲鳴が上がる! 魔力砲の向こう側で。

 目を向けるクロガネ。

 その魔力砲より高々と、首根っこをつかまれた竜騎兵の一人が差し上げられている!

 その腕の持ち主は……。

「リゴーティ……?」

 その筋肉隆々の姿は、クロガネの記憶の中のリゴーティとはどうしても一致しない。

「ぐあぁっ!」

 その図太い腕が振り下ろされる! 魔力砲に叩きつけられる竜騎兵。

「む……ぐぅ……」

 一撃で絶命する竜騎兵。

 魔力砲が台座の支えを崩し、潰れるほどの怪力。

 そのリゴーティと目線が合う。

 その血走った目つきもまた、クロガネの知るあの軽薄な美青年の物ではなかった。

 敵ではない。 ボビーの中で何かがささやきかける。

 それは、思慮に富む深い声。リゴーティでは出せない様な。

 その声に従うボビー。

 向きを転じたその姿が、崩れた魔力砲の影に消えていく。


 何故、突然筋骨隆々となったリゴーティが乱入してきたのかは計りかねたが、援軍の存在は、疲れ切った彼に今再びの力を甦らせた。

「何でもいいか!」

「アクシデントは利用しねぇとな!」

 一度右の銀の剣をブン!と振り下ろす!

 その頭上に剣を振りかぶる竜騎兵が現れる!

「取った!」

 反転しざま、右腕を振り上げるクロガネ!

 僅かに剣の長さが利した。

 宙に浮かぶ影を払う様に右腕の銀の剣はするり、と通り抜ける。

 どさ、どさ、と地に落ちる二つの固まり。

 それは真っ二つに切断された竜騎兵の無惨な姿。

「ふぅっ!」

 気を吐くクロガネ。

 竜騎兵の先を取った切っ先がわずかにかすめていた。

 たらり、と額を伝う鮮血。

 じり、と爪先がにじり寄るかすかな音がクロガネの周りに三つ、四つ。

 まだ、血の臭いは途切れそうにもなかった。

 


 乱入してきたボビー=リゴーティに人数を裂かねばならない竜騎兵達は砲撃に人をかける余裕を無くしていった。

 魔力砲はほぼ、放棄されつつあった。


 涙ももう枯れた。

 静寂は戻った。が、あたりは死人と砂埃と硝煙の臭いで埋め尽くされていた。

 マーセルには、自分だけが生きている事など、とても信じられなかった。

 クーランの魂も失われた今となっては。

 自らの魂も亡くした様に、虚ろな瞳で横たわるクーランを見つめているマーセル。

 その背中に影がかかる。

 もう、敵でも味方でもどうでもよかった。

 ゆっくりと振り返るマーセル。

 そこに立っていたのは……ムーセットだった。

「……」

 ムーセットはただ黙って見下ろしていた。

 その瞳は意外なほど深く澄み、深遠なグリーンの色彩をたたえていた。

 森の様に深く深く。

 そのムーセットが長身を折り、その指が動く。

 クーランの喉からあふれていた、未だ固まらぬ鮮血を指に取ると……その指先をマーセルの唇に向けた。

「なに……を……?!」

 ムーセットの意図を計りかね、その顔をのぞき込むマーセル。

 その瞳に現れていたのは……優しくも悲しい色。

 マーセルは理解した。

 それは文明を知らぬムーセットの死者を悼む方法なのだと。

 去りゆくその命を、口にするという行為を通じて自分の命とつなげること。

 二度と戻らないものを僅かでも止めんが為に。

 新たに涙が流れ出す。

 そして、ムーセットの指を手にすると口に近づけ、……舌を伸ばし、鮮血を舐め取る。

 それは、涙と同じ味がした。


 

「おい、奴はまだか!!」

 敗色濃厚な情勢を見て、竜騎兵の隊長が叫ぶ!

「化け物には化け物でなけりゃ対抗出来ん!」

 竜騎兵達が構えた本陣の中、イライラと歩き回る隊長。

 何故……ただこれだけの人数が蹴散らせんのだ!

「今、こちらへ向かっております!」

 側近の一人が報告する。

「なんせ奴は馬が使えません!」

「今しばらくかかるものかと!」

「急がせろ!」

 隊長は、その眼下で悪鬼のごとく竜騎兵を切り倒していくクロガネの姿を見て、呟く。

「化け物揃いか……この護衛団は」

 その喉元に突然ナイフの切っ先が現れる。

 空間から突如。

 そうとしか思えなかった。

 周りに味方の兵が固まっている状況で、自分に刃を届かせるものの存在など……。

 その切っ先がすっ、と軽く動く。

 確実に咽喉に穴を開け、呼吸を止めさせ、頸動脈を掻き切る。

 声一つ上げず、隊長は絶命した。

 そのナイフの柄を握っていたのは……年端もいかぬ少年だった。

その周囲を埋め尽くさんばかりの竜騎兵の直中で。



「ジョゼが……心配です」

 胸騒ぎを覚え、アシュレイが呟く。

 リーバの魔力が作り出す触手のドームの中は、総ての敵を近寄らせなかった。

 うろうろと周りを取り囲む竜騎兵も幾度も斬りかかっては跳ね返される。

 その中心で座を組み、瞑目しているリーバ。

「リーバ様! 此処から……出してください!」

 立ち上がるアシュレイ。

 その胸の中で湧き上がる不安。それはアシュレイを居ても立ってもいられない程、炙り立てていた。

「あの少年なら、心配ないでしょう」

 組んだ座をかすかにも動かすことなく言うリーバ。

「あの並外れた戦闘能力なら、どんな戦場でも生き延びる事は容易い筈」

「身体は生き延びても!」

「……心が生き延びる事が出来ません……」

「ジョゼは……泣いてます。今」

「リーバ様にはその声が……聞こえませんか?」

 疑念に眉をひそめ、その超感覚を聴力に集中させる。

 何も聞こえてこない。

 やれやれ。リーバはひっそりと呟く。

 女性のみが持つ……本能には、流石に及ばない。

「しかし、今囲みを解かば、彼らの餌食となりましょう」

 半透明の膜を通し、その向こうに隙をうかがっている竜騎兵の姿。

「……リーバ様にご迷惑はおかけしません」

「どうやってこの状況を突破なさるおつもりですか?」

 アシュレイの答えはリーバの想定した答えの何れとも異なっていた。

「……おとなしく捕まります」

「!」

「この戦場を離れる時までは、……手荒く扱われる事はあっても、殺される事は無いでしょう」

「これだけの組織だった敵、軍規通り、敵の本陣へ運ばれるはずです」

「……」

「そこに、ジョゼが居ます……おそらくは、無事のまま」

「クロガネ様も戦っておられます、マスク様も……」

「わたくしが本陣に運び込まれれば……延びきっている戦線が、孤立している皆様方がそこに集まるでしょう」

「消耗戦を避け、戦況を打開するには有効な一手となるはず……です」

盲目の眼が、アシュレイ姫を探る。

 その決意の色は、見えぬ目にもありありと映し出された。

「どうやって彼らを集めるおつもりで?」

「派手に悲鳴でも上げるつもりですわ」

「甲高い声は案外遠くまで響くものです」

 その相貌に必死の様相が浮かんでいる。

 盲目であるが故、なお強く、その姿はリーバの中に像を結ぶ。

 

“……合格点、という所か……”

 苦笑し、立ち上がるリーバ。

 と、同時に二人を包んでいた触手がふっ、と消え失せる。

「……リーバ様?!」

「まず、余計なモノを片づけてからですな」

 色めき立ち、取り囲む竜騎兵達。

「馬鹿め!」

「自分達から出てきやがった!」

 一斉に抜刀する竜騎兵達。

「四五人で、何とかなるもんでもないぞ」

 含み笑いで彼らと対峙するリーバ。その腕にはアシュレイを抱いて。

「ぬかせ!」

 一斉に襲いかかってくる竜騎兵達。

 リーバの口元が僅かに動く。

 その細く開いた口から、流れ出す呪。


 それは、今は途絶えたとされている神聖アイズワッドに伝わる古代魔術のもの。

 この古代魔術の復活こそがアイズワッドにとって、いや、総ての民にとって何よりも有益であるというのが大学教授時代のリーバの研究対象に向ける情熱の総てだった。

 かつては。

 今、リーバの脳裏に渦巻く呪文の数々は、ただただそのおぞましさだけを残し、削り取られた凶悪なもののみ。

 長き間、闇の中で過ごす時間の大半をその作業に当てていたのだから。

 魂を切り裂く様な無念がそれらの呪文を磨き上げた。

“実験対象になってもらおうか”

 リーバの口から流れ出す呪に、含み笑いの響きが混じる。

“私を陥れた、何者かを……切り裂く前にその効果を確かめねばな……”

“死よりも残虐な、この記憶を癒すためにも……な”


襲いかかる竜騎兵達に“符”が張り付く。

「うっ!!!」

 その一枚の符が、竜騎兵達の足を、その動きを止めさせる。

 振りかぶる剣がぶるぶると震える。

 そのままピクリとも動かす事が出来ない。

「アシュレイ姫。お行きください」

「後から追いつきます」

「ありがとうございます! リーバ様!」

 その言葉を聞き、弾かれた様に走り出すアシュレイ。

 この先は……姫にご覧にいれるには。

 少々、残酷すぎるでしょう。

 リーバは動きを止めた竜騎兵の一人に近づくと、その口の中に“符”を剥がし押し込む。

「むごぅ……」

 その口の中で、蠢く“符”。

 肉食の虫と化した“符”が、竜騎兵の頭蓋を内側から食い荒らす!

「ごぁ……ぁ……」

 頭部の中を食い散らかされたその眼球を押し破って、虫がくねりいでる。

 倒れる事もかなわぬ死。

「この呪なら、この程度か……」

 冷静にその実験結果を見届けるリーバ。

「“符”ではなく、悪鬼召還の呪ならば、どうだろうか……」

 まだ、実験素体は何体もある。

 リーバはたった今目の前で繰り広げられた凄惨な実験を目の当たりにし、絶望する竜騎兵達の方に歩み寄る。

 リーバの探求心は、まだまだ尽きる事はなかった。







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