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棄姫  作者: abso流斗
1/7

プロローグ 破滅への道

エロばかり書いているabso流斗の数少ないエロ無し作品。

文体が酷いですが、お楽しみいただけましたら幸いです。




 王宮は閑散としていた。

 そこには小国アイズワッドの動向を決定すべき重臣達が集っていたにもかかわらず。

 妙に空虚な雰囲気がその王の間に立ちこめている。

 それは、王宮の所々で欠けている装飾品のもたらすものだったろうか。

 空っぽの台座の上には、かつてはしかるべき青銅の像などを飾ってあった。

 しかし、それらはみな供出物資の名目で鋳潰し、とっくの昔に兵器に姿を変えていた。

 それとも、議場のあちらこちらにぽっかりと口を開けている空席がもたらしたものだったろうか。

 この旧宗主国のアイズワッドを支えてきた重臣達もこの戦でその大半が命を散らしていった。


 すでに居並ぶ重臣の中で、戦場の激務に耐えられそうな者は数えるほどしか残っていなかった。

 


 広大なる新世界、ガストウッド大陸は戦火に包まれていた。

 天下麻のごとく乱れ、大いなる混乱が地を覆う。

 強国は弱きを併合し、己の勢力拡大をはかろうとし、弱国は生き延びるためになら何でもしなければならない。

 アイズワッドもそんな小国の一つだった。

 かつては大陸の半ばに位置し、神聖アイズワッドとしてガストウッド大陸にその名を轟かせていたその魔法王国も、長年の独裁下により弱体化。

 革命を招き、その領土の大半を失い、今では地方の一小国と成り下がっていた。

 隣国のジャスガルは大国にふさわしい膨大な戦力を駆使し、そのアイズワッドに攻め込んで来ていた。

 その目的は旧制神聖アイズワッドの遺跡だと噂されていたが、真偽のほどは確かではない。

 確かなのは、その圧倒的な戦力の差。

 前線から届く敗走の報は連日に及ぼうとしていた。


 旧制神聖アイズワッドから革命によって新体制に生まれかわってまだ20年。

 一つの国が名実共に出来上がるにはそれは短すぎる時間だった。

 もうすでに打てる手は総て打ち尽くした。

 元々の軍隊だけではなく一般民間人より若者を徴収し、臨時の軍隊として前線に送り、供出と称して物資を国内よりかき集めた。

 それでも……戦線の維持を図るのが精一杯。

 硬直化した長い戦になれば……破滅はもうすぐそこまで見えている。

 国力の差は無理に無理を重ねた所で明々白々。

 王の間に集う重臣達の口から出る言葉も尽きていた。

 しわぶきが、重々しい空気を揺らす。

 所々にある空席が、その王の間をより寂しく見せていた。

 いや、所々しか埋まっていない大半の空席、というべきか。

 もはや、待つべきものは一つしかなかった。

「たまには……勝ち戦の報も届かんものかの」

 王であるジャッドがため息混じりに呟く。

 乾いた笑いが空席混じりの重臣達から起こる。

 

 吉報が届く。

 災厄を招く吉報が。

 

 王の間に、その一報がもたらされた時、誰もが表立って喜びを表す事は出来なかった。

 それはジャスガルと対峙するもう一方の大国マーメットからのもの。

 アイズワッドと同盟を結び、共に戦う、というマーメットの王デガルムからの一報であったにもかかわらず。

 それは確かに戦況に激変をもたらす一報ではあった。

 しかし、それが下策も下策である事は誰もが承知していたのだ。

 そして、それは当然、足元を見られた要求を伴っていた……。


「しかし……これ以上一隊を編成するだけの余裕は……」

「何処の部隊からも援軍要請が来ているこの状況下で……」

 重臣達から口々に苦渋の言葉が漏れる。

 兵力にもう余裕はない。

 何処をどうしたところで。

 ましてや、その任務を遂行しうるほどの人材となれば……。

 全近衛師団より選抜しても一握りほどだろう。

 そんな優秀な人材は前線から外せない。

 もしくは……既に亡き者となっている。

 しかし、そのデガルムからの要求に応えなければ、同盟の話は流れてしまう。

 起死回生の一手となりうる事は間違いないだけに、そう簡単にこの提案をあきらめるわけにも行かない。

 会議は硬直した。

 おもむろに立ち上がった近衛師団長スカルが、その提案をするまでは。


「ご心配なく」

 立ち上がったスカルの凛とした声が、空虚な議場に響く。

「まだ、戦力となる者は残っております」

 その言葉に呆気にとられる重臣達。

 ジャッド王もこのアイズワッド革命の立て役者の一人の言葉をそのまま信用する事は出来なかった。

「この小国の何処に、それだけの戦力が残っているというのだ?」

「この王家の間もすっかり人通りが絶えて久しい」

「もはや残っているのは女子供と一部の重臣達」

「戦力に為らん年寄りばかりじゃ」

 しかし、平然と言葉を続けるスカル。

「御意。されど……」

「戦とはつまり、人を殺す事」

「人殺しに長けた者なれば……」

 居並ぶ重臣達の顔を睨め付けるスカル。

「死刑囚の面々が残っております」

 唖然とするジャッド王。

 重臣達も一言もなく、立ちつくしている。

 スカルは、顔色一つ変えずに言い放った。


「暗き独房の中に」

「最後の輝きが…………残っております」



 独房。それは地上最悪の場所。

 刑吏の手によって檻の扉がガチャン!と乱暴に開けられる。

 そのまま投げ捨てられる扉の鍵。

 それはもうこの中の住人は戻る必要がない事を意味していた。

「止めろぉ!! 止めてくれぇ!!」

 中から、一人の男が引きずり出されてくる。

 その顔は青あざで膨れ上がり、不自然な方向に折れ曲がったくるぶしのせいでまともに立つこともできない。

 その脇を取り、無表情のまま囚人を檻から引きずり出す二人の刑吏。

「ちゃんとした……ちゃんとした裁判をやってくれぇ!」

 男はそう絶叫する。が、刑吏達は無反応。

 淡々とかつ強引に男を連行していく。

「そ、そうだ!」

「私の家屋敷、財産の総てをやる! 何でもやる!!」

 それでも刑吏達は表情を変えない。

「……頼む! 頼むから……」

 段々とうなだれていく男。

 刑吏の一人が答える。

「そんなこと言われても、な」

 刑吏同士で顔を見合わせる。

「俺達は決められた事をやってるだけだし」 

 もう一人の刑吏も答える。

「もうちょっと、上の方の者に言ってくんねぇか」

 にやり、と笑う刑吏。

「ま、もう間に合うまいがね」

「ちなみに……」

「あんたのその財産とやらは、とっくに徴収されてるぜ」

「あんたの奥さん、娘さんと一緒にな」 

 男の両腕をガッチリ固めて引っ立てていく、二人の刑吏。

「や、止めてくれぇ!!!!」

 声が独房の奥に消えていく。悲痛な叫びも総てこの牢獄の闇が呑み込んでいく。であるからこその地獄。

 その闇はいくら悲鳴を吸い込んでも満ちることはない。断末魔の絶叫を切りも無く喰らい尽くすバケモノのようだった。


   

 別の独房。 片腕の男が鎖で壁に縛り付けられている。

 遠く遠く離れていく声を目を閉じて聞いている。

 その右腕は無惨にも切断され、ウジがわき、その潰された左目からは黒ずんだ血が滴っている。

 まるで、涙の様に。

 その首に掛かった鉄の輪は座ったままのギリギリの高さで壁に固定されており、どの方向に動かそうとも首に食い込み、薄い皮膚を破る様に内側に鋲が埋め込まれていた。

 死んだら死んだでかまわない。

 そういう類の囚人にのみ使用されるモノ。

“……次は俺の番か”

 内心つぶやく男。 うなだれたまま。

 その耳に床を鳴らす靴音が届く。

「?」 

 その音に耳を澄ます。無意識の内に、ある音を探している。

 聞きたくはないのに。

 聞いた所でどうしようもないのは判っているのに……、その音を探らずにはいられない。

 闇の奥から、錠前をがちゃがちゃといじる音が響いてくる。

 外された鍵が棄てられる、キン、という小さな金属音がした。

 この牢獄に閉じこめられた者がもっとも恐れる小さな音。

 事実上の死刑宣告。

 扉が開く。

 その向こうから、一人の刑吏が顔を出す。

「クロガネ……クロガネ、ハイドスタンだな」

 書類を手に刑吏が彼の名前を呼ぶ。

 見たことがない奴だった。

「……おとなしくしてろよ」

 その刑吏はおっかなびっくり入ってくる。

 その姿から丸腰で入ってきた事は明白だった。

「……いつもと違うな」 

 顔を上げるクロガネ。

 その残された片目は生気を失ってはいない。

「一日一人だったはずだ」

 死刑執行の為の連行ならば、その身に付けた武器を外して入ってくる事などあり得ない。

 此処より移送される可能性も薄い。

 此処以上に死刑執行に相応しい牢獄も無いだろう。

 クロガネは素早く考えを巡らせた。

 しかし、この事態は全くのイレギュラーだった。

「……オマエは釈放だ」

 刑吏の吐きだした言葉もまた予想外だった。

 刑吏は真新しい鍵束を取り出す。

 それは一度も使われた事の無かった鍵。

 クロガネの手足の錠を開ける為の鍵だった。

「……?」

「オマエには……」

「特殊任務が言い渡される」

 刑吏が壁につながれているクロガネの手錠を外す。

「何?」



 闇の奥深く、また別の地獄にその独房はある。

 死刑囚を収容する為にのみ掘り出された岩盤の奥の奥に。

 各々が別ルートで掘り抜かれており、まず脱出は不可能。

 それどころか、その独房内で生存していく事すら困難な劣悪な環境。

 そこに収容される事、すなわちそれこそ死刑執行と言ってもよかった。

 地中深く造られたその檻の中ではどんな悲鳴も、地上へは届かない。

 そんな無限地獄に一条の光が射し込む。

 滅多に訪れるものとてない闇の底に靴音が響く。

 かかとの細い靴特有の甲高い音が。


 その音に、手足を鎖で壁に繋ぎ止められた男が反応する。

「……」

 そういえば、メシの時間か。

 男の胃袋が低く鳴り、その事を告げている。

 彼ほどの強靱な生命力を持ってしても、この独房内での生活は耐え難かった。

 が、暗がりに潜む事を第2の天性としていた彼ならではの適応力が、どうやら生命を繋ぐ事を可能としていた。

「……」

 が、いつもと様子が違う。複数の靴音が響く。

 いつもなら、メシを投げ込まれる時は手足の鎖が縮み、壁に貼り付けられているはず。

 鎖は一向に縮む気配を見せぬまま、ドアの鍵が音を立てる。

「……」

 全く予期せぬタイミングであっさりとドアが開く。

 襲撃に出ようと言う暇すらないほどあっさりと。

 ドアから顔を覗かせたのは女だった。

「ムーセット、ね」

 女は何のためらいもなく入ってくる。

 便所もないその臭気に眉をひそめはしたが、そのままムーセットに近づき、手錠を外しにかかる。

「ムーセットって言うのは……ファーストネームなの?」

「……」 

 黙って首を振るムーセット。

「言葉というモノを知らない……」

「聞かされた通りね」

 その手錠にこびりついた血垢が女の手を汚し、耐え難い臭気を放つ。

 が、意にも止めず、女はその手錠を部屋の隅に投げ捨てる。

「まずお風呂ね」

 そのまま淡々とムーセットの手足の戒めを外していく。

「言っとくけど……私は人質としては役に立たないわよ」

 女はムーセットの瞳をのぞき込みながら、言う。

「二人揃って殺されるだけ。わかる?」

「グルル……」

 のどの奥で低く唸るムーセット。

 これがこの男のYESの意志表示だった。

「よかった。言葉が通じて」

 ほっ、と小さく息を吐く女。

 そのまま先に立ち、ドアをバン!と開く。

 その先もまた闇。しかし、彼方に一条の光。

「貴方をシャクホウします」

「……?」

「自由になるチャンスをフイにしたければ、ここに残ってもかまいません」

「そうでなければ……」

 言葉を切り、出ていく女。

 ムーセットには急変した事態が飲み込めていない。

 が、ここにいるよりはマシ、そう素早く判断すると立ち上がり、女の後に続く。

 収容されて以来、一度も開く事の無かったそのドアを抜けて。

 微かな光に浮かび上がるムーセットの広い肩。

 剛毛に覆われたその姿は、半獣人のものだった。


 通路に出ると、そこには女が待っていた。

 その先には銃口。近衛兵の一隊が銃を構え待機している。

 その人差し指はトリガーにかかったまま。

 そして、その銃口は女の存在をも否応なく射程圏内に納めている。

「こういう事」

 悲しげに肩をすくめる女。

 理解するより他にない。

 女の差し出す拘束具に、ムーセットは自ら手を通していった。

 その長すぎる袖が、背中で結ばれていく。

「行きましょ」

 拘束具をかけ終わると、並んで歩き出す女とムーセット。

 彼らが移動すると、銃口もまた、その向きを変える。

「国王様をお待たせするわけには行かないわ」

「……?」

「それに」

「あと、二人いるの」





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