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第六話 お墓に泊まろう


 久那杜は出席簿で肩を叩いていた。

「今学期の授業はこれまで。お前たち、明日から夏休みだ」

 いえーいっ、といつもの男子グループが立ち上がる。

 瑠佳も楽しみにしていた。なにをして遊ぼうか。

 しかし、墓を見ていたみおりは浮かない顔だった。

「みおり」

 瑠佳は声をかける。

「夏休みは嫌い。みんな来てくれなくなるから」

 みおりは憂鬱な表情で呟く。

「でもお盆があるよ」

 お墓参りに来る人がいるよ。と瑠佳は励ましたつもりだった。

 みおりはため息をついた。

「瑠佳はこっちに参るお墓がないじゃん。来る理由がない」

 言われて、瑠佳は頭をひねる。

 閃いた。

「じゃあ、みんなでお墓に泊まろう」

 沈黙。のちに、みおりの呆れた声。

「なんで?」

「琴音ちゃーん、黒井戸氏ー、お墓に泊まろーう」

 瑠佳は気にすることなくメンバーを集めにいく。


 夏季休暇に入った烏鷺山高校は暗く、静かだった。

 警備員も引き払っている。

 その中を、鍵を手に歩く者が居る。

「あい、盛り塩よーし」

 久那杜が各部屋の隅を点検していた。そこには小皿に盛られた清め塩が隠れていた。

 部屋を施錠していく。


「結界?」

 黒井戸は神社の御札を用意していた。瑠佳は彼の手元を覗き込む。

「ああ、こうした場所に泊まるならあったほうがいい」

 誰かの家のお墓に御札を置いていき、五角形の結界を作る。

 犬神はボタニカル柄のワンピースで同じ柄の日傘をさしている。彼女を見守る小埜寺は白いシャツに動きやすいカーゴパンツだ。瑠佳はおろしたてのチュニックとジーンズを着ている。ちなみに、黒井戸はこの暑いのに黒のTシャツとズボンだ。

「こちらどうぞ」

 犬神が水筒から紅茶を注いでみんなに渡した。

「ありがとう」

 瑠佳は紅茶を受け取って、持って来た道具をリュックサックから出していく。

 テント。夏でも涼しい寝袋。小型のガスコンロ。飯盒と手鍋。お米に野菜にカレールー⋯⋯お墓でキャンプだ。瑠佳はわくわくしていた。

 道具を広げる瑠佳を、みおりはスラックスの膝を抱えて見つめている。熱い紅茶を冷ましながら。

「何? みおり」

「だって、珍しいから。一緒にお墓に泊まろうなんて言う人」

 みおりの頬が少し赤くなった。

「昔はお母さんがさ、お守りとかヒトガタとか持って居てくれたけど、それも一週間くらいでやめちゃった。お墓なんて気味が悪いし」

「そんなことないよ」

 瑠佳は頭を振る。

「お墓で人は死んでいない。でしょ」

 二人は顔を見合わせて、笑った。

 ふと、瑠佳は恐ろしいことに気付いてしまった。

「あの、みおり? トイレってどうしたら……」

「公衆トイレならあるよ。ちょっと遠いけど」

 案内するよ。と言ってみおりは立ち上がった。


 墓地を歩いてトイレまで向かう。

 瑠佳は気付いた。

「そうか、中心に向かうほど新しいんだ」

 墓石は外側にあるものほど年季が入っていて、形式も古めかしい。学校の周囲ほど新しい墓が建っている。

 つまり墓が増えるにつれて拡大したのではなく、最初からこの範囲を墓所にすると決めて墓を建てていたことになる。

「あれ」

 みおりが四角い建物を指さした。公衆トイレだ。

「ありがとうー」

「別に、私が建てたんじゃないし」

 瑠佳はそそくさとトイレに入る。

 さっき気付いたことはあとで黒井戸に聴いてみよう。瑠佳は思った。


 二人がトイレから戻って来ると、黒井戸がスマートフォンを構えていた。

「どうしたの」

「しっ、でかい声を出すな」

 墓石の陰から現れたのは、巨大な女だった。それが女だとわかるのは地面につきそうなほど長い黒髪と白いワンピースのためだ。鍔の広い帽子のために顔はよくわからない。墓石の倍はある身長なのに、どうやって隠れていたのだろうか。それも怪異の証明となっていた。

 ぽ、ぽ、と破裂音がする。その女から出ているようだった。

「八尺さまだ」

 黒井戸は撮影しながら小声で説明した。

「インターネットで有名になった怪異で、名前の通り馬鹿でかい。でも、結界の中にいれば害はない」

 ぽ、ぽ、と音を出しながら、八尺さまは結界の隣を通り過ぎて行った。

「怪異もお墓参りに来るんだね」

 瑠佳がのんきなことを言った。

「馬鹿なのか? たぶん、なにかの要因で怪異が集まりやすくなっているんだろう」

「あら?」

 犬神が何かに気付いた。

 遠く墓の間で、白い影がゆらゆらと踊っている。

「なにかしら、あれは」

 犬神がオペラグラスを取り出した。

「見るな!」

 黒井戸はオペラグラスを叩き落した。

「くねくねだ、あれもインターネットで有名になった怪異で、注視した人間を狂わせると言われている」

 なるべく意識するな。と黒井戸は注意した。

 気が付けばくねくねのいる場所まで、八尺さまが接近していた。

 白い影同士が接触する。

「……ケンカしてる?」

 どうも二体の怪異が殴り合ってるように見える。

「インターネットで有名になった者同士、思うところがあるんだろう」

 黒井戸は適当なことを言った。


 協力してカレーを作った。

 飯盒の白ごはんは固いところと焦げたところができた。

「申し訳ありません」

 担当した小埜寺が謝った。

「おこげ貰うね」

 瑠佳は自分の皿を最後に盛る。

 手鍋が小さすぎたのか、ルーの量が少なくてしょっぱい。けれども瑠佳は満足していた。

「おいしいですわ」

 犬神が白ごはんを頬張りながら言った。ルーと別々に食べるらしい。珍しいな。と瑠佳は思った。人間は誰しもどこか変なのだと、黒井戸の言葉を思い出す。

 日が傾いてきたため、瑠佳は電気ランタンをつけた。今日のために奮発して買ったかわいいデザインだ。

 墓の間を牛鬼が歩き、死神が空を滑っていく。黒井戸は集まってきた怪異を記録している。

 犬神はもう寝間着に着替えて、寝袋に足を入れて水筒の紅茶を飲んでいる。

 小埜寺はアザラシの赤ちゃんのフロッキー人形を、無表情で撫でていた。

 みおりは。

「楽しい」

 みおりは寝袋にも入らず、結界の外の石畳に寝そべって空を見ていた。夕闇が迫っている紫色の空は、白い月と星を浮かべている。

「星が好きなの」

 瑠佳がたずねた。

「違うよ。好きだけど、それより今はこの時間が、楽しい」

 みおりの表情が沈んだ。

「楽しいから怖いな」

「怖い?」

「明日になればみんな帰っていく。またひとりになる」

 夏が過ぎるまで。そう言ってみおりは息を吸う。

「忘れなきゃいい」

 瑠佳は言った。

「今日のことずっと覚えていればいい。それなら寂しくないよ」

 瑠佳は微笑む。

 みおりは、ははっ、と息を吐いて笑った。その表情は見えない。

「……? 幽霊じゃないな」

 黒井戸が呟いた。

 つなぎの作業服を来た男が歩いていた。片手にカップ酒の瓶、もう片方の手には黒いビニール袋を持っている。清掃にしては、枯れた献花には目もくれない。

「……子供か」

 瓶を置いて男は言った。髭は剃っているがどこか不潔感を残している。明らかに生きた人間だった。

「おい、墓場泥棒。取材させろ」

 黒井戸は不遠慮にたずねた。

 瑠佳は一点を見つめたまま動けなかった。

「言葉遣いがなってないな。大人に対して」

 男が酒臭い息を吐く。

「ああ、礼儀は必要だな。お前も言葉遣いを改めれば考えてやる」

 男の足が結界の境界を踏みつけた。

 次の瞬間、低い蹴りが飛ぶ。黒井戸は腹を踏まれて倒れた。

「きゃあっ」

 犬神が悲鳴をあげた。狼のオーラが立ち昇る。だが男には霊感がないのか、齧られても意に介することなく黒井戸を踏み続ける。

 瑠佳は動けない。みおりの顔を見たが、彼女は興味なさそうに空を見上げていた。黒井戸は友達ではないから、ではない。彼女に助けを求めるということは、あの男を殺すということだ。怪異でもない人間を。

 瑠佳は迷う。

 黒井戸を助けなければ自分たちも酷い目に遭うかもしれない。だが、どうやって。

 男は荒い息を吐いて黒井戸を蹴り転がした。

「まったく、ガキが」

 男の視線がみおりへ向かった。

 瑠佳は両腕を広げてその視線を遮る。

「ああ?」

 瑠佳は震えていた。

 男が歩いてくる。

「お前、オレを舐めてんのか。こいつっ」

 蹴りが襲ってくる。

 男が後ろに倒れた。男の腕を掴んで引き倒したのは小埜寺だった。

「お逃げください」

 瑠佳はやっとの思いで立ち上がる。犬神の身体を寝袋から引き抜いて結界の外へ走ろうとした。だが、みおりが起きない。

 男が拘束から逃れる。

「みおり!」

 瑠佳は彼女の上に覆いかぶさった。男が結界から出た。

「ぽ」

 巨大な女が男の前に現れる。

「へあ」

「ぽ、ぽ、ぽ」

 気の抜けた声を出して、男は八尺さまを見上げる。

「なん、なんだ、呑み過ぎか?」

 転がっていた黒井戸が起き上がった。

「ようやくか」

「なんだ、てめえのせいかぁ!?」

「お前の霊感を高めた。結界の護符に混ぜてそういう効能の札を貼っていたんだ。よく見えてるはずだ」

 男は八尺さまから目を離せなかった。

「俺は郷土史の研究をしていたのに霊感が薄いことを気にしていた。だから試していただけだ。お前が勝手に入ってきたんだ」

「あ、あ、ああああああああああああああああああ」

 八尺さまの両手が男の頭を掴んだ。


 男が消えた。八尺さまごと。

「まったく、信仰心のない大人は」

 黒井戸は曲がった眼鏡を探し出して、Tシャツで拭う。

「黒井戸、大丈夫」

 痣だらけになった黒井戸を見上げて、瑠佳は呟いた。

「潰れてるぞ」

「あっ」

 瑠佳の下に寝ているみおりが苦しそうに声を上げる。

「瑠佳くん、どいて」

「ごめん、みおり。怪我してない?」

「まあ、うん。瑠佳くんこそ」

 空を見上げるのをやめて、みおりは起き上がった。

「怖かったね」

 みおりに言われて、瑠佳は自分が泣いていることに気付いた。はらはらと涙が溢れていく。

「あれ、あれっ、あ」

 みおりは瑠佳を抱きしめる。

「祟る化け物より人間のほうが怖いなんて、変だね瑠佳くんは」

 変だと思われてもよかった。みおりが無事でよかったと、瑠佳は思ったのだが、声に出せなかった。

「一つ残念なことがある」

 黒井戸が曲がった眼鏡を逆に反らせようとしている。パキリ、と軽い音がして折れた。

「墓場泥棒をはじめたきっかけを教えてほしかった」


 みんな一睡もできなかったので、百物語をはじめた。

「これはもう『転校』してしまった先輩の話なのですが……」

 小埜寺が語った話は、こうだ。

 その生徒たちは学校の理科準備室に地下室があることに気付いた。

 降りてみると全員が頭痛を感じたという。

「有毒ガスが充満していたのかも知れない。すぐに地下室を出たのですが、一人の生徒が気付いたのです。あの地下室にはさらに下の階があったと」

「下の階って、階段でもあったの」

「いいえ。足元が、空洞を叩くような軽い音だったと」

 生徒は建築士の家の子供だった。

「……」

「怖くないでしょうか」

 小埜寺がフロッキー人形を取り出して撫でた。

「興味深かった。今度探しに行こう」

 テープで眼鏡をつなげた黒井戸は言った。

「わ、私はそういう体験ないからなぁ。あえて言うならさっきの体験が一番怖かったし」

 瑠佳は指先で頬を掻いた。

 みおりが手を上げた。

「これは友達の友達の話なんだけどさ」

 その人も地下室に入ったことが、あるらしいんだよね。

 みおりは語り始めた。

 地下室に入っても頭痛はしなかったが、空気が湿っていてカビの臭いがした。一秒たりともそこにいたくなかった。だというのに、何かに導かれるように奥へ奥へと進んでしまった。

 そして。

「なんか茶筒みたいなのが置いてあった。和紙で固めてあってさ、高級そうなの」

 蓋を引っ張ると、ぽん、と軽い音がして開いたという。

「それで祟られちゃったんだよね」

 みおりは軽い調子で言って、頭を掻いた。

「ああいや、友達の友達ね。なんか一緒にいた友達は三日で死んじゃったし。じゃない、らしいし」

「……」

 彼女の下手なごまかしを聴きながら、それぞれは寝袋に入っていった。


 やがて朝が来る。

 瑠佳が目を開くと、隣で寝ていたみおりはいなかった。外へ出てみると、彼女は朝日を見ていた。

「おはよう」

「おはよう」

 みおりがうつむきがちに微笑む。

「楽しくてさ、眠れなかった」

 みおりの目元に隈がある。

「忘れないでね」

 瑠佳は言った。みおりは意外そうな顔をして、微笑む。

「忘れられないよ」


 瑠佳は両親が心配していると、帰っていった。

 犬神と小埜寺は迎えのリムジンに乗って帰っていった。

 黒井戸は一番遅く、昼前に帰っていった。みおりのほうは見ずに撮影した百鬼夜行の編集をしていた。

 みおりは墓地に残された。

 夏が終わるまで、終わってもなお、みおりは今日の事を忘れなかった。



 つづく


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