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番外編 てけてけ大家族

 大学が夏休みに入った頃、瑠佳とみおりは黒井戸をたずねていた。


「テケテケの大家族がうちに来る」


 黒井戸は頭を抱えていた。無精ひげが生えていて少し久那杜先生に似て来たな、と瑠佳は思う。

 『相談がある』というメッセージで呼び出された瑠佳と、『面白そう』とついてきたみおりは、出された茶をすすりながら黒井戸を眺めていた。


「それ、なにか困るの」


 瑠佳は湯呑を手で包んだままたずねた。


「困る」


 黒井戸は端的に答えた。


「ひとつ、俺は見ての通り実家暮らしだ。両親が祟られる可能性がある」

「今の状況でそれ気にする?」


 天井から下がる黒い髪の毛を見ながらみおりは言った。庭では河童が相撲を取っているし、そこかしこから小豆を洗うような音や甲高い笑い声がする。黒井戸の家は妖怪のたまり場になっていた。


「……ふたつ」


 黒井戸はみおりの言葉を無視した。ウロが祓われた今、もう無視する必要はないはずだが。


「家の許容値が足りない」

「どれだけ大家族なの?」


 瑠佳は部屋を眺めて言う。

 黒井戸家は二階建ての和モダン様式で、そこそこに広い。正直、瑠佳の家よりも広いのではないだろうか。


「テケテケなら二分の一人でしょ。大丈夫じゃない?」


 みおりが言った。


「っていうか、テケテケってどういう妖怪? かわいい響きだけど」


 瑠佳の脳裏には、てけてけと歩く小動物の姿が浮かんでいた。


「……」

「うん、たぶんかわいいよ」

 

 黒井戸は押し黙り、みおりは軽口を叩いた。

 瑠佳とみおりは客間に泊まった。




 障子の隙間から朝日がさしこむ。


「うう、ん」


 瑠佳は身体の重さに気付いた。

 金縛りというやつだろうか。人生初だな。と、のんきにも考える。

 腹を覗き込むと、小学生くらいの男の子の顔が見えた。


「おはよ」


 彼は言った。


「お、おはよ」


 黒井戸に弟なんかいただろうか。

 瑠佳がたずねる前に、男の子は腕の力で飛び上がった。

 その腹から下は、赤く途切れていた。


「……ぎゃああっ!」


 瑠佳は叫んだ。その腹に男の子が着地する。


「ぐえっ」


 けたけた、と男の子の笑い声が響く。


「み、み、みおり!」


 瑠佳は隣で丸まって寝ているみおりを呼ぶ。

 彼女の腕に女の子が乗っていた。その少女も腹から下が途切れた状態だった。


「みおり、起きて! やばいって!」


 瑠佳は彼女の背中を押す。


「んん、なに。もう朝ごはん?」

「じゃなくて、妖怪が来てる!」


 瑠佳とみおりに乗っかっていた子供は、けらけら笑いながら部屋中を飛びまわりはじめた。

 瑠佳は青ざめた顔でそれを見つめ、みおりは上半身を起こして、顔をこすっている。


「テケテケだね」

「嘘、こいつらが?」


 瑠佳はショックだった。脳裏に描いていたかわいいモフモフの小動物のイメージは儚く砕け散った。


「おーい。太郎、花子」


 男性の声が響いた。ドアノブが回り、扉が開かれたが、頭が予想された位置にはなかった。

 ドアノブにぶら下がるようにして男性が入ってきた。子供たちと同様に、腹から下が途切れている。


「ああ、すみません。お休みを邪魔してしまって。こらっ。太郎、花子」


 男性は父親らしい。子供たちの名を呼んで、同じ速度で部屋中を飛んだ。

 瑠佳はもう叫ばなかった。




 テケテケの大家族は三世代に及んだ。

 テケテケの小学生である二人が部屋中を飛び回る。テケテケの中学生はヘッドホンの音楽に夢中だ。テケテケの高校生は染めた髪をいじっている。テケテケの父は彼らを監督し、テケテケの母はテケテケの赤ちゃんにミルクをあげている。


「この度は突然の申し出にも応じてくださって、まことに感謝しております」


 座布団を積んだ頂上に座って、白髪をたくわえたテケテケの祖母が頭を下げた。

 その隣で、好々爺然としたテケテケの祖父はにこにこと笑っていた。


「うちへ避難された理由をお話しください」


 黒井戸はやつれた顔で言った。

 瑠佳は放心状態で、みおりは微笑んでいる。

 人間たちの表情を見渡してから、テケテケの祖母が話し始めた。


「実は、我らの家が廃線になりそうなのです」

「廃線」


 みおりは聞き返した。


「ええ。私どもは無人駅のホームに住んでいまして、時々間違えて降りる人間を相手に脅かすことで生計を立てているのですが……」

「お化けの生計ってそうなんだ」


 みおりは思ったことをそのまま言った。


「はい。ですが、利用客の減少によって路線の経営が立ち行かなくなり、私どももあおりを食らっている状態でして」

「それでうちへ脅かしに来たと」


 黒井戸が腕を組む。


「いいえ、廃線阻止に協力してほしいのです」


 黒井戸とみおりは顔を見合わせる。


「無人駅にお客を呼び込む『しかけ』があれば、きっと廃線の話はなくなります。どうか力をお貸しください」

「お貸しください、と言われても」


 みおりは黒井戸の様子を見る。


「わかった。うちに居座られても困るしな」

「ありがとうございます。ほらおじいさんも」


 テケテケの祖母は机に手を置いて頭を下げた。横で笑っているテケテケの祖父にもうながす。


「おー、ありがとー」


 にっこりと笑ったまま、テケテケの祖父は手を振った。




 瑠佳たちはテケテケたちが住んでいた無人駅『きさらぎ』へ来た。

 ベンチは錆びついていて、時刻表はところどころ破れて読めなくなっている。


「さて、ここへ人を呼び込むしかけだが」


 黒井戸は肩にテケテケの男の子、太郎を乗せたまま駅を見渡した。大家族全員を引き連れるのは難しいので彼が立候補したのだ。


「やっぱりインスタ映えじゃない?」


 みおりはスマートフォンをかまえて言った。


「横文字はやめろ」

「時代に取り残されるよ、黒井戸くん。レトロなエモさで若者に訴求しなきゃ」

「おねえちゃん、やるう」


 みおりは社会学の授業で聞いた言葉を並べただけだが、テケテケからの尊敬は得たようだ。

 黒井戸はしわの寄った眉間をおさえた。


「まあ、それでもいい。SNSに上げる写真を撮るか」

「今からでもテケテケが小動物だったことにならない?」


 瑠佳はまだ引きずっていた。

 目の下に隈が残っている。


「ふわふわのさあ、毛むくじゃらの、ちっちゃくてかわいい、そういう妖怪ってことにはならないの?」

「……北国の電車事故で死んだ女性が、身体を二つに分断されたが、血管が凍り付いてしばらく生きていたという伝説からテケテケは生まれた」

「やだやだやだ聞きたくない」


 瑠佳は耳をおさえてしゃがみこんだ。


「両手を使って歩く音がテケテケと聞こえることから、テケテケと呼ばれるようになった」

「ねえ、音だけならかわいいのにさあ!」

「諦めろ。怪異にかわいさを求めるな」

「ぼくってかわいくないの?」


 太郎が自分を指して、言った。


「お父さんはかわいいって言ってくれるよ。お母さんは最近言ってくれない。それからかしま兄ちゃんとさちこ姉ちゃんはねえ」

「うん。かわいい、かわいいよ。君も」


 瑠佳はなだめるように言った。

 ふと、写真を撮っていたみおりが振り返った。


「ねえ、お囃子が聞こえる」


 二人は耳をすませた。


「確かに」


 遠くからかすかに、太鼓や笛が鳴っている。


「この地域で祭りがあるのか。人を呼び込むきっかけになるかもな」

「でもさ、なんか変じゃない?」


 瑠佳が言った。

 それに答えるように、みおりは呟いた。


「この周辺に集落なんてないよ」

「え……」


 黒井戸がスマートフォンを操作する。

 地図アプリを開いて現在地を確認した。


「たしかに、人家はないな」

「どういうこと」

「ともあれ、下手に行動しないほうがよさそうだ」


 三人と一匹は駅の写真を撮ってまわった。


「電車、ぜんぜん来ないね」


 瑠佳は呟く。

 やがて夕日がしずんでいく。


「もう暗くなる。早く帰ろう」

「線路をたどっていけば帰れるはずだよ」


 みおりはホームの端から降りようとする。


「待て。下手に行動は……」


 その時、声が聞こえた。


「おーい」


 線路の向こうに、片足で跳ねる姿が見えた。

 逆光が影を浮かび上がらせる。


「おーい、あぶないよー」


 声は老人の声だった。

 太郎が、片足の影に向かって飛び出した。


「ねえねえ、おじいさんも電車に轢かれたの? ねえねえ」


 片足の影がひるんだ。

 ホームから遠いところで怪異同士がバタバタともつれあい、やがて太郎が戻ってくる。


「消えちゃった」


 黒井戸はうなずく。


「怪異の相手は頼んだ」


 言われて太郎は、にこっと笑った。




 瑠佳たちは線路の横を歩いている。


「大家族って言うけど、怪異ってどうやって増えるの」


 みおりがたずねた。


「ぼくらは血は繋がってないの。おなじテケテケだから共同生活してる」


 太郎は普通のことのように答えた。


「電車に轢かれたらね、実際はキレイに切れたりしないで、ばらばらになっちゃうんだって。でもぼくらは死ぬ時にテケテケを思い出したから、テケテケになったの。そういうこと」

「元は人間の男の子だったんだね」


 怪異の生まれるプロセスを知ってしまい、瑠佳はなんとなく悲しい気持ちになった。


「生きてた頃は思い出せない。でも、今は楽しいよ。きっと昔も楽しかったんじゃないかな」


 太郎はにこにこと笑っていた。

 車のエンジン音が聞こえる。


「近付いてきてる」


 ヘッドライトの光が見えて、三人は息をついた。太郎だけが首を傾げていた。


「やっと帰れる」

「連絡しよう」


 黒井戸はスマートフォンを取り出し、そこで、はた、と気付いた。


「待て、乗るのはまずい」


 瑠佳たちの前で車が停まった。白いセダンだ。


「え?」


 振り返る間に、瑠佳が後部座席に引きずり込まれた。


「瑠佳っ!」


 みおりが腕を掴む。しかしすごい力で引きずり込まれ、ドアが閉まった。

 セダンが急発進する。


「まずい」


 黒井戸が走った。

 しかし、セダンはみるみるうちに黒井戸を引き離していく。

 その時。


「みなさま!」


 犬神のリムジンが線路を横断して現れた。セダンの進行方向をさえぎる。

 セダンは曲がるがリムジンの端に到達できない。甲高いブレーキ音が響く。

 林につっこんで、止まった。


「瑠佳!」


 みおりが駆け寄る。

 後部座席のドアをこじあけると、シートベルトに掴まった瑠佳が居た。


「瑠佳、怪我してない!?」

「うん。大丈夫」


 みおりは瑠佳を抱き上げる。


「みなさま、よくご無事で」

「ああ、連絡しておいてよかった」


 黒井戸がスマートフォンを操作していたのは家に連絡していたのではなく、犬神にだった。


「ここはきさらぎ駅だ。ネット上で有名な怪談で、車の怪異に乗ってはいけないとわかっていた。それを伝えるのを忘れていた」


 すまん。と、黒井戸が頭を下げる。

 みおりに抱き上げられたまま、瑠佳は黒井戸を見下ろす。


「お詫びにごはん、おごってね」


 瑠佳は微笑みながら言った。




 瑠佳とみおりは駅で撮った写真をインスタに上げたが、あまり高評価はつかなかった。


「ありがとうございます、協力していただいただけでも感謝します」


 テケテケの祖母は言った。


「時代の流れと思った方がいいでしょう。また新たな無人駅を探します」

「ああ、達者でな」


 手を振った時だった。

 黒井戸のスマートフォンが、けたたましく着信音を鳴らしはじめた。


「……」


 スマートフォンを取り出す。

 それを瑠佳とみおりが覗き込んだ。


「……バズってる」

「黒井戸、なに上げたの」


 黒井戸は黒縁眼鏡を指で上げた。


「太郎が老人の怪異を撃退する動画だ」




 廃線はまぬがれて、きさらぎ駅は観光名所になった。

 テケテケの怪異除けのお守りと、テケテケの顔出しパネルが人気だという。


 おわり

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