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第十七話 同窓会で会いましょう


 大学生の瑠佳はキャラメルマキアートの泡をストローでつつきながら、たずねた。

「ねえ、みおり。進路はどうするの」

「とりあえず、就職かなあ」

 大学生三年生のみおりは、白いシャツに黒のレディースパンツを履いていた。耳には黒い石のピアスが光っている。

 レモンが浮かぶ白ブドウのジュースを、一口飲む。

「とりあえずでやるものじゃないと思うよ、仕事は」

「でも、院とか嫌だし」

 みおりは舌を出す。

「瑠佳は余裕あっていいよね。どうせ黒井戸氏と結婚するんでしょ」

 彼女の言葉に、瑠佳は椅子からずり落ちそうになる。

「なんで? ないない絶対ない。黒井戸、地元に残ったし」

「別にいいじゃん。在野の妖怪研究者と気ままなスローライフ」

「いいわけないっての」

 威嚇する。

「あははっ」

 そんな瑠佳を見て、みおりは歯を見せて笑った。

「笑うようになったね。そういう顔で」

 瑠佳は言った。

 かつて彼女の母から預かった写真を思い出して。

 みおりは、ふっ、と表情を消して、ジュースに口をつける。

「同窓会、行く?」

 瑠佳はたずねた。

「パス。そういうの面倒」

 みおりは窓の外を見たまま言った。その横顔はどこか悲し気だった。

「瑠佳は黒井戸氏に会って来なよ」

「だから、結婚しないってば。なんでそういう話になるかなあ」

 瑠佳は不満をあらわにする。

 予鈴がなる。

「行ってくるね。瑠佳も卒論ちゃんとやるんだよ」

「……ん」

 鞄を手に、瑠佳は席を立つ。


 日曜日。

 瑠佳は同窓会の会場へ来ていた。

 受付に、見覚えのある後ろ姿が見える。

「犬神さん」

 薄色の髪が翻る。

「まあ、瑠佳さん」

 お久しぶりです。と、控えめに犬神はスカートの裾を上げた。

 落ち着いた色合いのドレスがよく似合っている。

「えーと、ごめん。ドレスとか持ってないからさ」

 瑠佳はお気に入りのチュニックとジーンズ姿だった。

「とっても素敵ですわ」

 犬神が横に避けたので、受付に記名する。

「みおりさんは、来ませんの」

「まあ、うん。就活で忙しいみたい」

 瑠佳は嘘をついた。

 会場へ入る。

「あれっ、美人が来たぞ? あんな美人うちの高校にいたかなあ!」

 おどけた声を発したのは舟森だった。多少老けただけであまり変わってない。

 隣にいた女性が膝で小突く。

「やめなよ。セクハラ」

 村前だった。彼女は以前よりも通る声で舟森をいさめた。

「えっ、セクハラなのこれって」

「ごめんね陽介がこんなで。ようこそ。瑠佳ちゃん、琴音ちゃん」

 なぜか舟森の言動を、村前が謝った。

「ねえ、もしかして付き合ってる?」

 瑠佳は遠慮なくたずねる。

 村前は赤い顔をして、なぜか気まずそうに視線を漂わせる。

「っていうか、結婚する」

「マジかー。ショック」

 なんでショックだよ。と、舟森が不満を漏らした。瑠佳は無視した。

「そうだ。ベートーベンのアジサイ、まだ残ってるんだよ」

 村前はスマートフォンを取り出す。

 あの子犬が眠る花壇のアジサイ。村前はスマートフォンを操作して写真を見せた。

 青紫色の小ぶりの花が集まっている。

「毎年、花を咲かせてるの。あの事件でも消えなかったものがあるんだって」

「……そっか」

 瑠佳は写真を見ながら呟いた。

「よかった」

「よかったですわぁ」

 なぜか犬神が泣いていた。

「実は、実はわたくしの守り神を、娘が受け継ぐことになって」

「えっ」

 瑠佳は目を丸くした。

「もう娘いるの!?」

「従妹から預かった養子ですが、おりますわ。十二番目のお祖母様が面倒見てくださっていますの」

 ほっ、と瑠佳は胸をなでおろした。

 いや、別に安心することではない。なにか、さらっと爆弾発言も混ざっていたし。

「もうあんなかんじで、しゅばばーっと守り神を飛ばすこともできないんだね」

 すべてをスルーした村前が、残念そうに笑った。

「ええ。家の掟とはいえ、十八年間も私を守って頂いたのです。感謝してもしきれません」

 犬神はハンカチで目元をおさえながら語る。

「お別れなんて嫌ですわぁああああ」

 犬神の涙が止まらなくなってしまった。瑠佳と村前は、飲み物を貰って壁際の椅子に移動した。


 瑠佳は会場を見渡して思った。

「ねえ、黒井戸は?」

 舟森が男子を連れてきた。原田と行木と笠井だ。

「まだ捕まえてねえのか」

「だからっ、なんでそういう話になるのか」

 反論してから、早とちりだったかと口をおさえる。

 舟森が、にやにや笑っている。

「別に黒井戸とはなにもないから」

「古蛇の卒業式の後、なんか二人してシケこんでたじゃん」

「あれはっウロ退治の時の話をしただけでっ」

 その名前が出たことで、会場は、しん、と静まり返った。

 舟森が首を傾げる。

「オレだけだと思うんだけどさ」

「な、なに」

「あの時、死んだじいちゃんが来てたんだよな」

 舟森は自分の頬に手を当てる。

「オレが『もうだめだ、ここで死ぬんだ』って弱気になって、黒いドロドロに飲まれそうになった時、じいちゃんが顔を叩いていったんだよ。『お前は強い子だ』ってさ。それで祈り続けることができた」

 舟森は今初めて思い出したように、そう語った。

 村前が手を上げる。

「わ、わたしも、ベートーベンが……いや、子犬のほうのベートーベンが来てた」

「俺も、ひいばあちゃんが頭撫でてくれた」

 原田も語り始める。

「なんで河童だったんだろうな」

 行木がぼやいた。

 一同の視線が集まる。

「頭に皿のっけた河童がさ、『はっけよい』だの『のこった』だのうるさかったんだよ。右足も妙に痒かったし。俺だけ、なんか変じゃない?」

 耐え切れず、舟森が笑った。腹を抱えて床に転がった。

「ひーっ、ひひひ。うひひひひっ、河童。河童かよ、お前だけ」

 それにつられるように行木も笑い始めたので、みんな笑った。

「じゃあさ、じゃあ、笠井は?」

 瑠佳は椅子に座っている笠井にたずねた。

「おれは高祖伯父が来てた」

「なんて?」

 瑠佳が首を傾げる。

「あ、あれじゃん。元党首じゃん。笠井の家系、国会議員多いもんな」

 原田が床に転がって言った。

「やば、すごいじゃん」

「全然すごくないよ」

 本当にすごくない、と言いながら笠井はドリンクをあおった。

「お嬢様、遅れて申し訳ありません」

 小埜寺のくぐもった声がした。

 なぜか着ぐるみを着ていた。かわいい兎さんだ。

「嘘っ。とうとうその境地に?」

 瑠佳は口を両手でふさぐ。

「こちらの兎さんは企業の許可を取って自主制作したものです」

「小埜寺、もうインターンへ行っているのよね」

 犬神が泣き笑いで出た涙をおさえた。

「はい。幼少のみぎりより、新作が発表されるたびにファンメールは送っていたのですが。今の学科へ入学が決まったと同時にラブコールを送りましたら、是非にと」

 トコトコトコトコ、とその場で一回転する。ふわふわの尻尾を舟森にモフられて、元の向きへ戻った。

「すごいなあ」

 瑠佳は息をついた。

「ねえねえ、小埜寺は、ウロを倒した時のことを覚えていて?」

 ふわふわの前足を握って犬神がたずねる。

「鯉でした」

「鯉」

 瑠佳はオウム返しをする。

「あの川で絞めた鯉が、私の前に現れて言ったのです。『我が力、お前に授ける』と」

 地震鯰の渓谷で釣った、あの巨大な鯉だろうか。

「私は言いました。『毛量が足りない。パス』と」

 舟森がまた床を転がった。

 瑠佳は思う。


 そうか、人間とは誰しもどこか変なんだ。

 ということは、変なことはその人にとって当然のことなんだ。

 それから、ふと、ここにみおりがいないことに寂しさを覚えた。


 会場に片腕の久那杜が現れた。

「あー、なんだ、もうみんな来てたのか」

「先生、遅いですよ!」

 瑠佳は、彼が調伏師であることを知っている。それなのにみおりを守ってくれたことも。

「あー、悪い悪い。ちょっと副業の都合がつかなくてな」

「公務員が副業していいんですかー」

 失言を舟森がとがめる。

 みんな、笑った。

「黒井戸は結局、来ないのかな」

「連絡はあったんだけどな。『行く』って言ってた」

 幹事の笠井がスマートフォンをチェックする。

 瑠佳は、ふうん、と鼻をならして、ドリンクを飲む。


 窓ガラスが割れる。

 小銃で武装した男が入ってきた。

「きゃあ!」

「我らは日本を守る会である! スマホを捨てろ!」

 男は笠井を探していた。瑠佳はとっさに、笠井を背に隠す。

「スマホを捨てろ!」

「なんなの、あんたたち」

 瑠佳は男の一人を睨んだ。さらに同じ格好の六人が入って来て、会場へ散っていく。

 瑠佳たちはとりあえず言われた通り、スマートフォンを会場の中央に投げた。

「我らは日本を守る会である! 悪徳議員笠井明星の孫、笠井東雲を探している!」

「殺すの。そんなことさせない」

「孫の笠井東雲は我らが教育しなおす!」

 男は妙なことを言った。

「我らの専用施設で四六時中監視し、再教育を施し、日本の未来を憂う正しい政治家とする! 笠井東雲を渡せ!」

「ムチャクチャだ」

 瑠佳は言った。男の言ってることは要するに、自分たちが望む人間を作るための洗脳だ。

 しかし会場はテロリストたちに支配されていた。怪異ならともかく、武器を持ってる相手に飛び掛かれるほど瑠佳は勇敢ではない。

 犬神が震えている。

 村前と舟森は互いの腕を掴んでいる。

 行木と原田は床に転がったまま両手を上げている。

 小埜寺は着ぐるみの中で表情は見えない。

「おれ、行くよ」

「笠井」

 笠井が、瑠佳の横をすり抜けて男たちの前に立つ。

「その代わり、こいつらは無事に帰してくれ。それが条件だ」

「条件を呑もう」

 男が笠井の腕を掴む。

「笠井!」

「どうせ進路も決まってなかったんだ。別にいいさ」

 笠井が力なく笑う。

「そんなの、笠井がやりたいことじゃないでしょ!」

 瑠佳は叫んだ。

 その時、会場の扉が開いた。

「何者だ!」

 男が小銃を向ける。

 入ってきたのは、腰を曲げた老婆だった。

「みなさん」

 保険医の坂秦だった。彼女は杖をつきながら、一歩一歩、近付いてくる。

「動くな! 動くと撃つ!」

 男が小銃を構える。

「みなさん、連れてまいりました」

 坂秦は言った。

 その瞬間、奴らが見えた。

 まず口裂け女が躍り出て、男たちに至近距離で顔を見せつけた。大きな蜘蛛が糸を伸ばして男たちを人形のように振り回した。八尺さまがくねくねをヘッドロックしながら入ってきた。狸の群れが木の葉をまきながら会場を走り回った。人体模型と骨格標本がカタカタと歩いていた。ビッグフットが悪臭を発しながら入ってきた。釣り竿を肩に乗せた宇尾哲の周りをスカイフィッシュが飛んでいた。仮釈放された吸血鬼・浦戸貞守とそのファンクラブが入ってきた。子犬のベートーベンを抱えた音楽家のベートーベンがピアノの前に座って演奏を始めた。巨大な狐の霊が天井付近をぐるぐると回り、生首が落ちてきて、赤い服の女が会場の隅に立った。

 頭に皿を乗せた河童の群れが行木を見て騒いだ。河童の甲高い鳴き声は『はっけよい』や『のこった』に聴こえる。行木は微妙な笑顔を見せて手を振った。

 最後に入ってきた人影を見て、瑠佳は声を上げた。

「みおり!」

 走る。テロリストたちは怪異の軍隊に翻弄されて混乱のただなかに居た。

 瑠佳はみおりに抱きついた。

「来てくれたんだね」

「うん、なんとなく」

 みおりは返事をして、瑠佳を抱きしめ返した。

 抱きしめ合ったまま瑠佳は、見覚えのある黒縁眼鏡を見つけた。

「あ、黒井戸氏」

 ついでのように手を上げて、あいさつした。

 黒井戸は少々やつれていたが、意志を感じさせるその目は変わっていなかった。

「同窓会の日取りが決まってから、こいつらが毎日『つれていけ』とうるさくてな。電車にも乗れないし、駐車場を探してたら遅くなった」

 こいつら、と言う時に会場を埋め尽くす怪異たちを指した。

「免許持ってるんだ。意外」

 瑠佳はどうでもいい感想を口にした。

「あと、霊感の御札貼ってるでしょ。会場の周りに」

「よく気付いたな」

 黒井戸が眼鏡を上げる。

「それで、呼ばれていない人間もいるようだが」

 蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされたテロリストたちを見上げて黒井戸は言った。

 彼らは焦点の合っていない目をして、よだれを垂れ流している。薄く笑っている者もいた。

 くねくねを直視していない者もいるだろうが、これだけの怪異に遭遇したら正気も失うだろう。

「あっそうだ。警察に連絡」

 瑠佳はポケットを探すが、スマートフォンは怪異たちの足元だ。黒井戸がスマートフォンを取り出して110番をした。

「時宗」

 笠井が狸になつかれながら来た。足元を擦られて歩きづらそうにしている。

「時宗、ありがとう」

「いやいや。私、何もしてないし」

「おれのために怒ってくれただろ」

 笠井は言った。

「第一志望の大学に落ちてから、家の中で居場所がなくてさ。でも、おれはおれのやりたいこと、見つけるよ」

 笠井は恥ずかしそうに笑った。

 瑠佳はそれを見て、みおりと顔を見合わせた。

「うん、頑張れ!」

 二人は歯を見せて笑い、笠井にエールを送った。


 同窓会の帰り。

 瑠佳とみおりは駅のホームで電車を待っている。

「みおり、ウロを祓った時のこと覚えてる?」

 瑠佳はたずねた。

「なんにも。必死だったから」

「そっか」

 人工的な鳥の声が響く。

「私、黒井戸と結婚したほうがいいのかな」

「瑠佳がしたいならすれば」

「したくないから聞いてるの」

 電車が遅延するというアナウンスが流れる。

「ねえ、瑠佳」

 みおりが呟く。

「私、ウロがいなかったらなんの役にも立たない。ただの嫌な奴だよ」

 みおりは、俯きがちに笑った。久しぶりに見せる表情だった。

「今日だって、瑠佳を助けられてないよ。黒井戸がいたからなんとかなっただけ」

 みおりは続けた。

 対岸のホームに列車が到着する。人々の流れを見ながら、瑠佳はおもむろに呟く。

「……そんなことないよ。って、言ってほしいの?」

 瑠佳はみおりの顔を覗いた。

「残念でした。みおりは相当(ソートー)、嫌で役立たずです」

 そう言って、笑う。

「は、はあ?」

 みおりは目を丸くして声を漏らした。目じりに浮かんだ涙をぬぐう。

「でも、私は大好き」

 瑠佳は、みおりの手を取った。

「……そう」

「そうだよ」

「そっか。ありがと」

「いいってことよ」

 二人は手を繋いで電車を待った。

「ねえ、瑠佳」

「ん、何?」

「沢馬の墓参りに行きたいんだけど、一緒に来る?」

 みおりははじめて、自ら瑠佳を誘った。

「……うん!」

 電車が来るまで、乗り込んでもなお、二人は手をつないだままだった。


 墓という場所は。

 墓という場所は、人を弔うために有る。

 骨や遺物を納めて供養する場所であり、その場所で誰かが死んだわけではない。

 なのに「気配」を感じずにはいられない。墓そのものをかつて生きていた人に見立てて、人は弔う。


 想起。

 情愛。

 悔恨。

 懺悔。


 人は墓を見ると、想わずにいられない。

 それでも、お墓で人は死んでいない。

 人はいつでも、墓の外で生きて死ぬ。


 おわり


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