ゆきんこの冒険
しんしんと雪が降る山にゆきんこのぼたんは兄弟や雪女たちと暮らしていました。
山では時折、どーん、どーんと大きな音がします。
“りょーじゅー“というやつの音です。
「“にんげん“が狩りをするときに使う道具でとっても危ないのよ」
そう雪女が言っていました。
でも、ぼたんは山の奥深くに住んでいるので“にんげん“という生き物は見たことがありませんでした。なので“にんげん“どんな生き物か知りません。
ぼたんはちょっとだけ“にんげん“を見てみたい気もしましたが、“りょーじゅー“の音を聞くとちょっと怖いとも感じていました。
ある日のことです。
その日もしんしんと雪が降っていました。
ゆきんこは雪の精なので雪の降る日はとっても元気です。ぼたんは元気が良すぎてうっかり池の氷を割って落ちてしました。
でも、ぼたんはゆきんこなのでそんなのはへっちゃらです。
「ばあ!」と言って冷たい水の中から這い上がりました。
しかし、さっきまでいた兄弟たちが見当たりません。雪もすっかり止んでしまっています。
代わりに見たこととのないゆきんこがいました。
ゆきんこはみんな藁頭巾姿の同じ格好をしているのにその子は赤い服を来ています。
「あなただぁれ?」
ぼたんは尋ねましたが、そのゆきんこは目を丸くしてぼたんを凝視しています。とっても驚いたのでしょう。
「ねぇ!」
ぼたんが呼びかけるとそのゆきんこびくりと肩を震わせ、やっと口を開きました。
「大変だわ!? こんな冷たい池に入って、死んでしまう!!」
そのゆきんこは大きな声を上げると、いきなりぼたんの腕をつかみグイグイと引っ張ってどこかに連れて行こうとします。
ぼたんは驚いてそのこの手を振り払って逃げてしまいました。
そのままぼたんは家の方向に向かって走りましたが、どれだけ走っても家には辿り着きません。
──迷子になっちゃった!?
ぼたんは真っ白な雪の中で一人途方に暮れました。
──こーんこーん
ふと、遠くできつねの鳴く声がしました。ゆきんこはそちらに向かって歩き始めました。
「おや、ゆきんこじゃないかこんなところで何をしているんだい?」
きつねはゆきんこに尋ねました。
「迷子になってしまったの」
「そりゃあ大変だ! この先の洞窟にゆきんばが住んでいるから尋ねるといいよ! きっと帰り方も知っているさ」
そう言ってきつねはゆきんこの足跡の残る方向を指しました。
「けどその近くに“にんげん“の集落があるから気をつけるんだよ」
きつねは別れ際にそう言いました。
ゆきんこは再び家に向かって一人で歩き始めました。見上げると空は青く澄んでおり、雪の大地は光を反射して煌めいています。
その光景はとても綺麗なのにぼたんはそれを一人で見ていることがとても寂しく感じました。
「──ああ、やっと見つけたわ! あの子よ!」
「おや、成る程この子かい?」
ぽてほてと雪の中を歩いているとさっきの赤い服を来たゆきんこがいました。ぼたんを探していたようです。そして、その隣にはゆきんばも一緒でした。ただ、そのゆきんばは足が二本ある変わったゆきんばでした。でも、ぼたんはそのゆきんばがきつねの言っていたゆきんばだと思いました。
「お前さん、名前はなんて言うんだい?」
ゆきんばがぼたんに尋ねました。
「ぼたんだよ。お家への帰り方がわからなくなってしまったの」
「おやおや、それは困ったねぇ」
そう言ってゆきんばはぼたんの頭を優しくなでてくれました。
「どうやったら帰れますか?」
ぼたんが尋ねるとゆきんばは空を見上げました。
「雪が降ったら帰れるだろうさ。だが、もう暫くは降らないだろうね。その間、うちに来るかい?」
途方に暮れていたぼたんはゆきんことゆきんばについて行くことにしました。
二人について行った場所はゆきんこ達が暮らしていた場所と違い三角の茅葺き屋根がたくさん建っています。大きなゆきんこや小さなゆきんこの姿もちらほらありました。
しかし、ぼたんの格好とは違います。また家々の中央にはかがり火が煌々と燃えており、溶けてしまいそうです。
「あれは何をやっているの?」
ぼたんが尋ねるとああやって火を焚いて新年を祝うのだとゆきんばが教えてくれました。
「──なあ、ばあちゃんその子は誰だ? どこの子だ?」
大きなゆきんこがゆきんばに尋ねました。
「ぼたんちゃんだよ。さあ、雪が降るまで遊んでやってくれ」
「おう!」
ゆきんばに背中を押され、ぼたんは大きなゆきんこと一緒に遊び始めました。様子を見ていた小さなゆきんこも集まってきます。ぼたんはそのゆきんこたちと雪合戦やかまくらを作って遊びました。
遊んでいる間はとても楽しくて気がつけば空が暗くなって再び雪が降り始めていました。
「ああ、もう帰らんと」
一人のゆきんこが言いました。帰れないぼたんはまた寂しくなりました。
「さぁ、ぼたんちゃんもおうちに帰るんだよ。ついておいで」
ゆきんばにそう言われ、ぼたんはゆきんばの後をついていきました。歩きながら、ゆきんばはこんな話を話始めました。
──むかしむかしはこの集落は雪の精たちの住処と行き来が出来たんだ。
だが、だんだんと行き来がなくなり、今はもう交流があったことすら忘れられているのさ。
それでもこんな雪の日には雪の精たちと“にんげん“の住処の道が開いてしまい、うっかりゆきんこが“にんげん“の集落に迷い込む事がある。
迷い込んだゆきんこの為に雪が降っている間だけ通れる道があるのさ。
その話を聞いたぼたんは漸く目の前のゆきんばがゆきんばでないことに気が付きました。
そして一緒に遊んだゆきんこたちもです。
「ゆきんばは“にんげん“なの?」
恐る恐る尋ねるとゆきんばは微笑みました。
「さぁ、あそこだよ」
ゆきんばが指差す方向を見ました。そこには小さな洞窟がありました。あれがきつねの言っていた洞窟に違いありません。
「さあ、あの洞窟を通って帰るんだよ。集落の人たちには内緒だが、あの洞窟は迷い込んだゆきんこが家に帰るための通り道があるんだ。いいかい、決して後ろを振り返ってはいけないよ」
ゆきんばみたいな“にんげん“がどうしてそんなことを知っているのか不思議でしたが聞く事ができませんでした。
ぼたんは“にんげん“にお礼を行って洞窟に入りました。
洞窟の中は真っ暗で坂になっているようです。坂を下りながら、心細い気持ちになったぼたんは振り返りたい気持ちになりましたが、“にんげん“の言葉を思い出しぐっとこらえました。
暫くすると、青白い光が見えました。洞窟の一番奥深くにある池の水が月の光を反射してきらきらと煌めいているのです。水だけでなく洞窟の壁に張った鏡の様な氷も光を反射しています
ぼたんがその氷に触れるとパァッと眩い光に包まれました。
「──こりゃ、驚いた」
誰かの声が聞こえました。目を開けるゆきんばが立っていました。足が一本しかないので、本物のゆきんばです。
「まぁた、うっかりもんのゆきんこが人間の住処に行っちまったのか」
ゆきんばは顔を顰めました。ぼたんはそのゆきんばに飛びつきました。
「おうおう、心細かったろう」
そう言って、ゆきんばはぼたんの頭を撫でてくれました。
ゆきんばがぼたんの手を引いて家へと送ってくれる帰り道、“にんげん“の集落に行ったことや雪遊びをしたことをたくさん話しました。
「“にんげん“は思っていたほど怖くなっかったよ」
ぼたんがそう言うとゆきんばは「そりゃあ良かったねえ」と言って相槌を打ってくれました。
ぼたんは兄弟たちにこの冒険談をどんな風に話すか考えて一人わくわくしていました。