十三・二
今日アリーズが潜んでいた場所、何かの塔の十階まで私は急ぐ。明日以降に試すあの作戦とは別に何か驚かせられないかと考えながら。
「……あ、そうだ。」
走りながら一つ良いことを思いついた私は、それを実行するためにパッと自分の気配を消した。もっと言えばその塔からこちらが見えないような場所へと隠れながら。そう、前職の頃のような感じで。
そう、『近づいてきたと思ったら急に気配が消えて背後から現れてあらビックリ驚いたよ!』作戦だ。長ったらしい名前だなんて気にしたら負けだ。
ターゲットはアリーズ。殺気は一ミリも出さず、自分の呼吸音ですら悟られないように、細心の注意をして塔に入る。
そしてそのまま階段を登り、アリーズがいた場所、書物がたくさん置かれている部屋の窓際に近寄る。
私はそのまま背後からアリーズの脇を鷲掴みすると、アリーズはワッと声を上げた。
「……近づいて来ているのは知っていたけど、まさか脇を攻撃されるとはね……。やってくれたネェ?」
ゆっくり振り返ったアリーズがそう言い放った瞬間、ポンと肩を叩かれる。
「うわっ!?」
ここにはアリーズがいるから警戒することは無い、と気配察知を怠っていたから、まさか背後を取られるなんて思わなかった。
一体誰がこんなことを、と振り返るとそこにはトーラスがいた。
「マロンの気配がこちらに来る途中で消えたから、何か仕掛けてくるだろうと思ってね。ちょうどここにいたトーラスを呼び止めといて正解だったよ。……我輩を出し抜こうだなんて十年早いよ。」
「悪いわね、マロンちゃん。面白そうだったからアリーズちゃんの策に乗っちゃったわ! でも気配の消し方は上手かったわね!」
「えへへ〜。トーラスの気配に気づけなかったし、探知能力はまだまだだなあ。頑張らないと。……っていうか気づけなかったというより、アリーズしかいないと思い込んでいたのが敗因かなあ……。」
「いついかなる時でも周りを探れるようになれば良いんだけどねえ……」
アリーズにそう言われ、私は脳内で言い訳を並べる。殺気が無い気配って辿りづらいと言いますか、何と言いますか……。
微量でもそれが含まれていればもう少しやりやすいのだが、この平和な場所ではそうそうそんなことも無く。これから頑張ることリストに書き加えておいた。気配察知、大事。と。
「さて、マロンさん。」
「なんでございましょうかアリーズさん。」
少しおちゃらけたように名を呼ばれ、私もそれに倣って聞き返す。するとアリーズは途端にニヤリと人が悪い笑顔を浮かべた。
うわ、その笑顔怖っ。それを見て寒気がしたが、それを表に出さないように──出すと出したで揶揄われて面倒臭いと以前学習したからだ──次の言葉を待つ。
「なんか面白いこと企んでるんだって? 簡単にトーラスから聞いたけど、我輩も混ぜてはくれないのかい?」
「企んでいるだなんて人聞きの悪い。自分の周りの環境を良くしようとしているだけだよ。」
「うんうん、良い傾向だね。……で、具体的には何をするつもりなの?」
「近々学校で武術大会が開催されるって友達から聞いたから、それにエントリーして優勝を掻っ攫おうと思っててね。
そうすれば少なくとも私の力を見せつけることは出来て、表立って何かされる確率は減るかなって。
今の所嫌悪の視線と悪口、体当たり、ゴミを投げつけられる、鉢植えが落ちてくる、とか可愛いものしか無いけど、鬱陶しさはあるからさ!」
「うわ……」
羽虫を払う程度は出来るかなって思っていたりする、と笑うと、二人にドン引きされた。解せぬ。
「マロンちゃん、それはイジメよ! 笑っている場合じゃないわ!」
トーラスは焦ったようにそう言う。ちょっと意味が分からない。
「え? イジメって死ぬ寸前まで追い込むものなんでしょう? 爪剥いだり、目を抉ったり、死なない程度に滅多刺しとかなんじゃないの?」
「あ、だめだこの子に常識を教えないと。」
トーラスはそう言って顔を手で覆ってその場に崩れ落ちた。
「……マロンさんやい。今君がされていることは世間一般でイジメと呼ばれるものだ。そんな楽観視できるものではない。という常識くらいは頭に叩き込んでおけ。」
「う、ういっす」
アリーズの剣幕な態度に押され、私は肯定するくらいしか返事ができなかった。
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イジメ、ダメ、ゼッタイ!!