九・二
「ねえ、ルッツ。なんでこのクラスはこんなに息がしやすいの? 私、色々あってここ以外だと目の敵にされているって言うか、その……何であんなやつがって言われるんだけど……」
分からないことは聞く。これ鉄則ね!
この前スコーピオに教えられたその言葉に従って、そう聞いてみる。
「ああ、それなら僕が皆に伝えておいたから、かなあ。」
「……と言うと?」
「ええとね、この学園では爵位よりも属性魔法の量と質によって優劣がつくんだ。だから子爵家の出だけど、このクラスで唯一複数の属性魔法を操れる僕が実質ここのトップというわけで……マロンは良いやつだよって少し入れ知恵させてもらったんだ。」
「ほ、ほう……」
属性魔法の量と質で優劣が……。そんなこと聞いたこと無かったから、驚きで気がきく返事なんて出来なくて。曖昧な音だけが漏れた。
「だから、このクラスの皆はマロンに敵意を持っていないんだ。……それにしても、不運だったね。」
「え? 何が?」
「クラス編成のこと。複数属性を操れる、それも僕よりも上の存在であるマロンがこんなにいびられるのも、マロンと同じクラスに全属性持ちがいたからだし。クラスが別だったらマロンがそのクラスのトップに立って、クラスの中だけでも印象操作なり何なり出来ただろうに、ってね。」
「あ、あぁー……なるほど、確かにそうか。」
良く考えれば分かることだ。ルッツよりも一つ多く属性魔法を操れる私が学園内で針の筵になるのは、常識がない自分にも原因はあれど全属性持ちが同じクラスだったから。ナガミーレの印象操作によって、私は完全な悪になってしまっていたのだ。
しかしそのことに悲観になっても現実は変わらない。それなら何か挽回できるナニカがあれば良いのではないだろうか? 私はすぐさまそう考えついた。
「ねえ、ルッツ。この現状を打破する良い機会なんて、学園の行事には無いかな?」
「そう、だねぇ……。僕も全てを把握しているわけじゃないけど……あ、来月に交流会って名目で武術大会が開催されるんじゃなかったっけ。武術なんて言ってるけど魔法もありきで、だったかな?」
「へえ、そんな行事が……。でも何で来月?」
「武術大会なんて言ってるくらいだからさ、入ったばかりの一年生は体も出来ていないし、魔法の扱いもまだまだ未熟。そんな中で上級生の素晴らしい武術を見て倣いましょう、みたいな行事らしいよ。」
「なるほど。先輩の威厳をそこで見せつけましょう、ってわけね。」
「そう。で、そこでは全学年が集まるから、力を見せつけるにはうってつけってわけ。一年生でも力自慢はこぞって申し込みするらしいよ。……まあ、一年以上この学園で鍛錬を積んだ上級生にはどうやっても叶わないらしいけど。」
「ふぅん……。あ、過去、一年生が優勝したことはあるの?」
「いや、ないらしい。」
「へぇ……」
まあ、別に今の居心地が悪く嫌われたままでも良いかもしれない──ここに来るまでだってそうだったし──が、やはり少しでも自分にとって過ごしやすい方が心身ともに良いからね。
十二星座の皆と出会ってから知った『楽』という感情を大事にしたいと思ったからこその決断を、今、私は取る。
「じゃあ私が第一号になってやろうかな?」
ニヤリと笑うと、ルッツは頑張れ、だなんて言って微笑んでくれた。
前例を覆すことがとても大変な道だったとしても、成し遂げる意味はあると私は思う。
「よし、目標も決まったことだし、帰ったらアリーズに稽古つけてもらおっと。」
「その意気だ、マロン。僕にも出来ることがあれば言ってくれ。」
「ありがとう、ルッツ。」
この心境の変化が、これからの私にどう影響してくるのか。この時の私にはまだ分からなかった。