クリスマスに
久しぶりの新作です。評価いただけましたら、幸いです。
機械惑星バルクーナにも、クリスマスはやってくる。
しかし幸助には金がなかった。家賃と支払いで、今ある金も右から左だ。何が悪かったか。二ヶ月前、勤め帰りにチューブトレイン駅近くの雑居ビルにオープンしたガールズバーに立ち寄ったのが、そもそもの始まりだった。
その日は早い時間に切り上げたから、6000クレジット程で済んだが、カウンター越の女の子が、幸助の気分を一気に掴んでしまった。
「初めまして、ルナと申します」
と頭を下げた女の子は、襟の大きく開いた青いビニールクロスのトップで、昔の女性兵士の様な略帽をかぶっていた。
胸が大きい。他愛のない会話で身体を動かして笑うと、カウンターの縁に胸元が押し付けられて、幸助は唾をのんだ。
「君、可愛いね」
ジントニックのグラスを片手に、相手に囁いた。
「まぁ、嬉しい。私、この仕事まだ慣れてないから、色々教えてくださいね」
それは嘘かもしれなかったが、なんとなく秘密めいた約束のようで、その瞬間に幸助は舞い上がってしまった。
「ルナ、って名前は誰が考えたの?」
幸助が訊くと、
「あっ、これ本名よ。カナでルナ」
「君に似合ってるよ。ちょっと神秘的で」
幸助は、ダウンライトにかたちを浮かび上がらせた相手の白い胸元を視界に意識しながら、表向きは平静を装って言葉をかけた。
店内はやはり勤め帰りのダウンを羽織った客がちらほらと女の子と談笑している。
一時間は、あっという間だった。ルナ、と名乗ったその子は、ドアの外のエレベーター前まで幸助を見送った。
「また、遊びに来てくださいね」
笑った顔の目元が涼しげだった。
その翌日、幸助は再び店を訪れた。翌週も、二度程訪れて、ルナを指名した。
他愛のない会話を交わして、それでひとときが過ごせることで、幸運と思った。気が向けば延長した。支払いは、月末締めの翌月払いのカードになった。
そして、クリスマスだ。店で幸助は金が無いことをルナに打ち明けて、間をあけて、また遊びに来ると告げた。恥を忍んでの会話だった。
ルナは言った。
「お金の都合で逢えないなんて、寂しいわ」
ルナは、少し沈黙したのち、幸助の顔を覗きこみ、
「ねぇ、いい仕事があるのよ。あなたさえ、良ければ」
機械惑星バルクーナの低層には労働者向けの賃貸ユニット住宅があり、その上下の階層には人がひしめいていた。幸助がルナに紹介されたのは、その低層に埋もれているレアメタルを探知する仕事だった。
銀河のあちこちで紛争が勃発していたから、希少金属はもてはやされている。幸助は測定器で埋没しているレアメタルを見つけ、電子マップにマークしていく。それをルナに渡し、ルナは買い取り屋に売って金にした。
幸助は、ルナから貰った金で、店で飲んだ。同じ金がぐるぐる回った。そのうち、ルナに感じていたものに、違う異物が混入してきたような気がして、幸助は、酒にも酔わなくなった。
地球に帰りたいな。
幸助は、切実そう思った。
その昔、地球には初恋の女の子がいた。二人で聖夜を過ごした思い出も、遥かかなただ。
夜、幸助は空を見上げた。地球の夜空と同じような、静かな瞬きだ。
宇宙船係留塔には青いイルミネーションでメリークリスマスの文字があった。
交代要員を乗せた地球帰還船到着まで、あと七ヶ月。
読んでいただけて、嬉しいです。