チューベローズの誘い
艶やかなシルバーの髪に、パッチリとした澄んだ金色の瞳、そしてまだあどけなさの残る容姿。
この国で一番の美貌と謳われるほどの美しさをもつレティシア。
彼女は名の知れた伯爵家に生まれ、両親や兄弟からとても可愛がられていた。
キラキラ輝く宝石に可愛らしい人形、素敵なドレスに美味しいものだって。なんでもレティシアに与えられた。
そんなレティシアでも簡単に手に入れることが出来ないものがあった。
「レティシア、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、お父様」
一級品のドレスやアクセサリーを身に纏いながら、父に淑女の礼をして優美に微笑んで魅せる。
その完璧な淑女の姿に父は涙ぐみながら何度も頷いた。
今日はレティシアの15歳の誕生日だった。
伯爵家総出でお祝いムードの中だったが、レティシアは人知れず沈んでいた。
そんなことは露知らず、父はルンルンと鼻歌を歌いながら1通の手紙を取り出した。
「レティシアに嬉しい知らせがあってな!なんと、今日のパーティーにジェイド様が来てくれるそうだ!」
「…ジェイド様が?」
サプライズだ!と、とても嬉しそうに手紙を掲げる父にレティシアは目を見開らいて聞き返す。
"ジェイド様"とはこの国の第一王子でありレティシアの婚約者。歳はレティシアのひとつ上でポッチャリした体格をしている。レティシアはそんな彼をとても可愛らしく思っていた。
しかし、ジェイドが会いに来るという知らせにレティシアの気持ちは暗くなる。
ジェイドとは2年も会っていない。文通はしていたものの頻度は多くなく、内容もお互いどう過ごしているか等、他愛のないものだった。
婚約者が自分に会いに来ない原因をレティシアは分かっていた。
婚約時、初めての顔合わせした時のことだ。
思わず自分がつい口走ってしまった言葉がいけなかった。
父達はレティシアの失態を知らないため、ジェイドの王族の教育のため忙しいためレティシアに会いに行くことができないという内容を信じて疑っていない。
レティシアは小さく息を吐いた。
今日はきっと、婚約破棄のために来るのだろう。
(お父様、申し訳ありません)
レティシアは憂鬱な気持ちを隠し、何食わぬ顔で父に笑いかける。
そして刻々とパーティーの時間が近付くさなか、レティシアは客間に呼ばれた。
ジェイドがふたりきりで話したいとパーティーより早い時間にレティシアのもとを訪れたのだ。
"ふたりきりで"この言葉が意味するのはやはり婚約破棄についてだろう。
レティシアは心を固め、淑女の面持ちで客間に入った。
「失礼いたしま…す…」
完璧な淑女の礼は、目の前の男を見て崩れた。
サラサラのブロンド髪に切れ長の翡翠色の瞳。身体はスラリと細長く、身長はレティシアを越えていた。
眉目秀麗で、まさに物語に出てくるような王子様がそこに立っている。
呆けるレティシアを他所に、男はレティシアを見てはじけるような笑顔を見せた。
「久しぶりだな、レティシア」
レティシアは目の前の色男が誰か必死に思い出す。しかし、それに似た人間はひとりしか出てこなかった。
「ジェイド様…?」
名前を呼ばれ、ジェイドは満足そうに笑う。
「どうだレティシア!これで豚だなんて言えないだろう!」
2年前のあの日、初めてジェイドを見たときはあのぽちゃぽちゃの身体にふごふご鳴らす鼻がまさに子豚のようで、レティシアはジェイドをとても可愛らく思った。
そしてその意のままジェイドに「まあ、なんて可愛らしい豚ちゃん」と満面の笑みで言ってしまったのだ。
実は、レティシアには誰にも言えない秘密があった。それは加虐心が強かったこと。どうしても意中の人を苛め、自分以外を愛せないほど、どろどろに溶かしてやりたい。
その気持ちをレティシアは人知れず抱えていたのだ。
だからこそ、初めて会った子豚は調教しがいがあり、これからの日々を想像するだけでレティシアは恍惚となった。
しかし、その時にジェイドは豚扱いされたことにプライドを傷付けられ、この2年間レティシアに会わなかった。流石に考えなしだったとレティシアも反省した。しかし…
「この姿ならお前の横にいても可笑しくないよな?」
照れながらも意気揚々と話すジェイドに、レティシアはすぐに反応できず、ただひたすらジェイドを見上げるだけだった。
2年後で肌荒れの酷かった顔が艶やかに。身体も歩く度揺れていた肉が消え、すらりと筋肉質になっている。
ここまで絞るには並みならぬ努力があったはず。
豚と言われ傷付き、怒りに任せて婚約破棄をするのではなく、彼は努力してレティシアの隣に並ぼうとした。
レティシアを嫌って会わなかったのではなく、レティシアのために努力し完璧な姿になるまで会わなかった婚約者に、レティシアはハートを鷲掴みされる。
(ああっ、本当に可愛らしい方!)
素直にレティシアのために努力をするジェイド。
そんな健気なジェイドの姿に、レティシアは内心たまらなかった。
それでもレティシアは淑女の仮面は外さず、小さく微笑んだままゆっくりとジェイドに近づく。
「…そうですわね。私は可愛い豚ちゃんでも構いませんでしたが」
グイッとジェイドの後ろにあったソファーに押し倒し、彼の上に馬乗りになるレティシア。
なにが起こったのかもわからず、とっさにレティシアを見上げたジェイドは息を飲んだ。
淑女の仮面をはがして妖艶に微笑む彼女は言葉を失うほど、とても美しかった。
レティシアは互いの息が感じられる距離まで顔を近付け、ジェイドの頬を優しくゆっくりと撫でる。
「ワンちゃんでも愛しいですわ」
「っ!?」
ー私の可愛いワンちゃん
つっ…と頬を撫でていた手がジェイドの胸に移動しながら耳元で甘く囁やかれれば、ジェイドは顔を赤らめ固まってしまった。
状況が飲み込めず顔を赤らめながら戸惑うジェイドの姿はなんとも扇情的で、レティシアの心をざわつかせた。
確かこの国では婚前交渉は認められている。
パーティーまでにはまだ少し時間があるし、遅れたとしても、主役が遅れて来ることはよくあることだからお咎めはないだろう。
そうレティシアは考えながら、愛しい彼にとろけるような口付けをして自分の甘い誘惑へ引き込むのだった。
チューベローズの花言葉:危険な快楽