城下街と本屋と新たな出逢い
知識は読んで読んで読むしかない。
九つの私が読むのにふさわしくないような本ばかりを選んでいくのを、クラリスは目を丸くしながら眺めていたけれど仕方がない。
馬車を走らせやってきた城下街は、本来の中世ヨーロッパとはかけ離れており見た目だけがその雰囲気を保ったまま衛生面は完璧だった。
水洗トイレがあるから高層階から糞尿が道へ撒き散らされる心配もないし(だからおしゃれな傘が生まれたわけで)、道に糞尿が落ちていないからそれを踏まないようヒールの靴が生まれたわけで(でもおしゃれとしてのヒールってかわいいと思うの)、そんなところまでリアルに作られていたらどうしようかと思ったけれどさすがご都合主義といいますか、乙女ゲームといいますか。ここは素直に感謝しかない。
ずらりと並ぶ古書に新書。目ぼしいタイトルのものはとりあえず買おうと集めていると、クラリスから途中でストップの声がかかった。
「アーリお嬢様、いくらなんでもこれは」
「でも、クラリス。私に才能がないかどうかの瀬戸際なのよ。……レデュイール王立魔法学園に行きたいの、何がなんでも」
リズくんと同級生になれるチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
ヒロインであれば光の魔法を所持してスルーパスとなるこの学園への入学も、私の場合にはほぼ無理ということになっている。だって、攻略本が告げているから。そこをねじ曲げるためにはどうにかして抜け道を探す他ない。
黄金の国レデュイールにおける魔法力所有者は、そう多くはないのだ。
サン大陸とは、わかりやすく三つの大陸に分かれている。ゲームお約束の安易な名前。
その中の一つ、アオの大地出身の血が少しでも流れていなければ魔法は使えないと言われており、キの大地に属する中でもアカの大地の国境そばにある黄金の国レデュイールは民族的にもあまりアオの大地出身者と血が混ざることが少ない。
それでも先祖返り的に魔力を有する存在は少なくともいるわけで、本国の二人の王子はそれにあたる。そうでなくとも、王族は強い魔力を有する者を常に血族として招き入れて成り立っているのだから、本流になるほどそれは色濃く反映される。
そして、一方でアカの大地との国境により近い場所に位置する領土を与えられているシープ家では自ずと魔力よりも武力に力は変異していき、その移行してからも長い。
お父様が皆無であっても、仕方がないのだ。血が、民が、それを必要としなかったから。
「それでも、どうにかして魔力を手に入れる事はできるはず」
「……どうして、それが欲しいの?」
「えっ? ひゃ、ひゃあ!」
がたん。
急に聞こえた声に反応しようと勢いよく振り向いた拍子に乗っていた台座がぐらりと揺れて体勢が崩れた。落ちる。
衝撃に備えようと身を小さくしてぐっと歯を食いしばるがいつまで経っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、倒れた身体はそのままの形で固まっていた。重力は感じるのに、いつまで経っても身体は床に触れないまま浮いている。
「え……」
「お嬢様!!」
「だ、大丈夫よ……」
ふわりと浮いた身体はそのままゆっくりと降ろされていく。
クラリスの叫びを手のひらを突き出して静止させ、私は床の冷たさを感じながら顔を上げた。
「ごめんね。驚かせたから」
「いいのいいの! 私の方こそ注意散漫だったし、それに助けて……くれたのよね?」
私よりも少し低い背丈に顔を覆う紺色のローブ。裾はすこし糸が出ていて、ずいぶん着古されてよれているものだった。
こくり、と頷いてくれる顔をよく見ようと目を凝らすけれど深くフードをかぶっているせいでよく見えなかった。あまり長く凝視するのも失礼だから、さっと立ち上がりスカートの裾を持ち上げ一礼をする。
「ありがとうございます、見知らぬ方」
「別に大したことじゃないんで……」
大したことじゃない?
その人の言葉に、思わず声が出た。
「そんな、大したことですわ!! だって、私とおそらく年齢は変わらないはずなのにこんなに使いこなせてるなんて!」
「それはただ昔から使えたからだし。それで君は、魔法が使えるようになりたいの?」
「ええ! どうしても、レデュイール王立魔法学園にいきたいの。でも私の一族は、基本的に魔力がないらしくて。……来年の魔法力測定の日までにどうにかしたくて」
だって憧れのリズくんとの学園生活が待っている。出会ってしまえばどうにかなるだろうし、関係性を作るためにも入学することは必須事項。
むしろここで発現しない場合、私のような爵位のある家に生まれた子供は家庭教師とかつけられて、社交性は度々あるパーティーで身につける程度になってしまう。
いやだ。絶対にリズくんとのルートがなくなってしまう。
「……へぇ、変なの」
「え?」
「だって君には……いや、なんでもない。とりあえず、その手に持ってる本は必要ないんじゃないかな?」
こてん、とフードのまま首が少し傾く。指差す視線を追って自分が手に取っていた本に視線を落として、身体が固まった。
『異性を落とす四十八手。数多の手法をお教えします!』
「お、お嬢様! なんてものを!」
「ちちちちがっ、私はこれが見たかったわけじゃなくて!」
クラリスと目の前にいる人に弁明しようと声を荒げたところで、もうすでにその人はいないことに気づいた。
驚く私に合わせてクラリスも辺りを見回したけれど、結局もう一度その人影を見ることはなく本屋を去ることになった。
(入学できたら会えるのかな)
口調的にまだ入学しているとは考えにくかったところを想像すると、背格好的にも同世代になることが予測できた。
風魔法を操る優秀な人材。今ではなくとも、きっといつか会えるだろう、なんて私はこの時は呑気にそんなことを考えていた。
***
「アーリお嬢様、ね」
不思議な子だった。
別に力がないわけでもないだろうし、それに気づいていない。そして、なぜだか学園への入学に固執していた。
何かきっかけがあれば会えることになるだろう。自分は既に学園への入学は決定しているのだから。
「……会えたら、面白いことになりそうな気がする」
風が運んできた出会いに、不思議とそう思った。