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異世界転生ってことでしょ!

推しを見守って幸せになってもらいたいと思ったことは何度もある。たとえそれが公式の中であまり人気がないキャラだったとしても。

「うっうっ……リズくん……お部屋から出てきておくれよぉ〜」

私の好きな乙女ゲームである『サン大陸シリーズ』。その中でも三作目に出た黄金の国を舞台とする『レデュイール』が特に好き。理由としては攻略対象キャラ……ではない男を推しにしているからだ。

仕事で疲れきった三十路の女が薄暗い部屋で乙女ゲームや二次創作に勤しむ。最高の人生である。


私の推しのゲーム、『レデュイール』では王国の第一王子、第二王子のそれぞれの派閥があり各王子それぞれルートの他に外出パートで出会うことのできる商人と町医者。それと借金をする事で出会うことのできる金貸しと、隠しキャラの暗殺者。六人が攻略対象である。けれど、私の推しはそこではない。

第一王子、第二王子のどちらにも所属しない第三王子。名前をエリザベス。彼が生まれたと同時に王妃が亡くなったことから、皮肉にもその王妃の名前をつけられた王子。ゲーム攻略中に「どうも」「僕に構わないで」「さようなら」くらいしか台詞のないモブポジションの男を好きになってしまったため、創作畑は常にリズくんのあれやそれを妄想しながらそれぞれで耕しているような状態だ。

残業仕事終わりの重い体を引きずりながらも心だけは潤いを求めてスマホでネットを眺めながら帰路に着く。

「はあ、リズくんが不憫すぎる……もっと周りにリズくんのことをわかってくれるキャラがいれば……オリキャラ……いやでも原作至上主義としては……」

ぶつぶつと独り言を呟きながら道を歩いてる最中、悲鳴のような声と強い衝撃が私を襲った。



「……ま、……さま、……お嬢様!」

「ん……んん……?」

体を大きく揺さぶられている感覚に、意識が次第に覚醒していく。ぐわんぐわんと揺れる体が少しずつ起きていくのに合わせて、重い瞼もゆっくりと開いた。

「ああっ、アーリお嬢様!」

「アーリ、目が覚めたのか!」

いや、私は有香ですけど。ベッドに横たわる私を覗き込むように見つめる父親と侍女の顔を見ながら、私は心の中で突っ込んだ。いや、待って。なんで見たこともない人を父親だと思って、知らない女の人を侍女だと思った?

考えた瞬間、心臓がいま生まれ落ちたかのように動き出してバクバクと早鐘を打った。見たこともない走馬灯が一瞬で駆け巡り、私は震える声で口を開いた。

「だい、じょうぶです。おとうさま、クラリス……」

「ああよかった。だから乗馬なんてはやいと言ったんだよ。アーリの頑固さに負けてしまった自分が情けない」

「ちがっ、おとうさまは悪くありません。アーリが、わたしがワガママを言ってこまらせてしまったから……」

「はあ、いいんだよ。子供は我儘を言うものだ。それよりも頭を打ったんだ。他に痛いところや違和感はないか? 気持ち悪くは?」

目の前にいる男性が父親のベルダであり、侍女の名前はクラリス。流れ込んだ意識の中で、口が動く。私は落馬して頭を打って、いま自室のベッドに運ばれたのだ。

首を左右に振り、何度も大丈夫である旨を伝えるとベルダはやっと胸を撫で下ろした。

「よかった……クラリス、私はこれから残りの仕事を片付けてくるからアーリについていてくれ」

「かしこまりました」

一歩下がったクラリスが頭を下げたのを見届けて、父親は手を伸ばして指の甲で頬を撫でた。優しい手つき。ベルダはいつもこうやって慈しむように触れてくる。

「では行ってくるからね。何かあったらすぐに私を呼び戻すんだよ」

「はい、おとうさま」

扉が閉まるまでのわずかな間、理解が追いつかないと思いながらも必死に取り繕う。ここが何処かわからないまま、なぜか子供の体をしてアーリと呼ばれていることに違和感を覚えないまま、私は寝転んでいる。

「……クラリス」

「はいっ、いかがなさいましたか、お嬢様? やっぱりご気分が優れませんか? 医者をお呼び致しましょうか」

「そうではなく、えっもお水を、頼んでもいいかしら。氷入りがいいの」

「かしこまりました! キッチンに取りに行って参りますので安静になさっていてくださいね」

「わかってるわ」

「では、失礼いたします。すぐに戻って参りますので」

一礼をして去るクラリスを見届け、私は盛大なため息をついた。


「はあ〜〜、本当に言ってる? え、まじで?」

むくりと体を起こし、ベッドの横にある大きなベランダに続くガラスに映った自分を見つめた。そこには九つくらいの歳の濡羽色の髪の少女の姿が映り込む。

流れ込む情報の中に知ってるものがいくつもある。黄金の国レデュイールの公爵貴族シープ家の一人娘、アーリ。母は三年前に他界。父親ベルダは片親になった後、後妻を取るつもりはないと言い切り二人分の愛を注いでアーリを育てている。そして、そんな父親のことを私は大好きだ。

水を頼んだ侍女クラリスも私のお気に入り。そこまでわかっていながら、早鐘を打つ心臓は止まることを知らない。いや、止まったら死ぬのだから当然なのだけれど。緊張感が血流の巡りを良くしている気がした。


「え、だってレデュイールってリズくんのいる……」

ゲームの世界だ。私の、好きなリズくんのいる世界。あいにくと『アーリ』という人物に聞き覚えはないし、主人公でもないけれどそんなことはどうだっていい。なにか情報を。キョロキョロと辺りを見渡し、キラッと何かが光った気がしてそこを凝視した。

「あ……えっ! あれは!」

私は飛び起きて自室の本棚に駆け寄り、そこにある情報誌を手に取った。

「やっぱり、ゲーム内システムの情報誌……! えっ、アーリは主人公じゃないのに、えっえっ」

この国で新聞のような役割をする情報誌は週に一回発刊されており、この雑誌はいわゆるゲームにおける攻略ノート。いたる情報が記載されており、これがここにあるということは知りたい情報もあるはずなわけで。

ぱらぱらとめくっていくと、ゲーム内でパラ上げの際に重要になる週間占いとその後ろにずらりと並ぶ攻略対象キャラのシルエット。立ち絵を何十回と流し見してきた私にはわかる。これは、これは! まごうことなき、レデュイール攻略対象キャラたち!

各キャラクターの真っ黒なシルエットの下にゲージがないのが気になるけれど、出会ってないからかもしれない。そんなことはどうでも良く、第一王子と第二王子が存在するということはやっぱりリズくんもいる時間軸の世界線。

「お待たせしました、ってお嬢様!! 安静にしてくださいと申したはずですよ!」

「だ、だだだってクラリス!! わた、わたし!!」


異世界転生ってやつでしょ、これ!!


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