15 四日目
朝、少し寝坊をしてしまったようだ。
食欲をそそる美味しそうな香りに誘われるようにふたりに近付くと、リリシアさんの肩にもたれかかるようにしてマユリさんが眠っている。
「ついさっきまで起きていたのですが」小声のリリシアさん。
起こさないように静かに朝食。
トースト硬パンにこま切れにした干し肉を乗せたもので、味付けは甘辛。
と、昨日と同じ野菜サラダ酸味風味。
ごちそうさましてから、リリシアさんへ一言。
「夜の見張りで無理させちゃったみたいなのでそのまま寝かせておいてください」
「起きなかったらおぶって行きますから」
何とも言えない表情のリリシアさん。
乙女の誓いにお姫様抱っこが抵触しないならおんぶも大丈夫ですよね。
旅路は順調、背中は心地良し。
「これなら日が暮れる前に町に付きそうです」と、リリシアさん。
昼食は歩きながらでも良いですかという無茶なお願いも聞いてもらえた。
しばらく口数が少ないリリシアさん、怒ってないと良いなと思っていたら空気が変わった。
この世界に召喚されて自分に起きたこと、魔法やスキル以外で一番変わったことは殺気が読めるようになったこと。
例えば、城での訓練を見学中に誰が本気なのかが分かるようになった。
あれが殺気と言うものだと気付いたのは後になってからだが。
そして今、目の前にいるリリシアさんからは明らかに鋭い殺気が感じられる。
目線の先には、ってなんだあれデカい。
道のすぐ脇、林の中からゆっくりと出て来たのはいのしし。
なんか自分の知ってるいのししとはだいぶ違う凶悪な見た目と大きさ。
リリシアさんは腰の剣をゆっくりと抜いて構えた。
俺も参戦の準備をすべきか、背中のマユリさんを置ける安全な場所を探すべきか、迷っている間にいのししが動いた、早い。
いのししの突進にも動じないリリシアさん、ぶつかるぎりぎり、踊るように優雅にスッと横に動いた。
足が止まったいのししは突進の勢いのまま前へと滑って、ようやく止まったその眉間にはリリシアさんの細身の剣。
静かに近づいて剣を抜き、血のりを払う仕草の美しさ。
こちらを見て人差し指を唇に当てるポーズ。
マユリさん、今の残酷で美しいシーンを見逃したのは後悔すべきだよ。
俺の『収納』にいのししを入れ、リリシアさんに大丈夫か確認すると、
「先を急ぎましょう」とささやかれた。
そういえば、と思い出す。
リリシアさんが教官として訓練にあまり参加しなかったのは、訓練生から嫌われたから。
なにせ容赦しない。
今なら分かるけど自分の訓練内容が目の前にいる相手の今後の生死に直結するんだから、手を抜くなんて出来るわけが無い。
無言で歩むふたりと、寝言も無い無言のひとり。
急いだ甲斐もあって、夕方前に町に着くことが出来た。




